ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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長閑

 

「きゃああっ!?」

 

 突然の閃光に驚いて、ルイズが仰け反る。

 しかし、眩しいだけで熱などはなく、光はすぐに収まった。

 

「……フフッ、驚いたか?」

 

 ネイがにやりと笑って、手を引っ込める。

 

「な、何よ、今のは?」

光爆炸烈衝(スキッド=ロア)という呪文の見た目だけを、幻術(イリュージョン)で再現したものだ」

「イ、幻術?」

 

 ルイズは一瞬怪訝そうな顔をしたものの、眩しく光っただけで特に何の影響もなかったので、こけおどしの類なのだと結論した。

 ハルケギニアにおいては幻術は主として遺失した『虚無』の系統に属するものであり、他の系統には顔貌の特徴を変えるといったごく限定的なものが高等呪文として残っているくらいで、それ以外では高度なマジックアイテムの類でしか見ることができない。

 よって、彼女は自分の知識の範囲内で、今のは系統魔法で言えば初歩的な『火』系統に分類される瞬間的な発熱による閃光を放つ呪文か、メイジなら誰でも使える基本的な『コモン・マジック』に属するライトの応用のような呪文だと判断したのである。

 

「剣の一本もあれば、もう少し別の芸を見せてやってもいいのだがな」

「剣?」

 

 ネイの言葉に、ルイズが眉をひそめる。

 

「そんなもの、何に使うのよ」

「剣舞だ。私はただの魔法使いではなく、魔法戦士だからな」

 

 そんなネイの言葉に、ルイズは肩をすくめた。

 

 こけおどしのような魔法に、平民が頼るような武器の腕前の自慢。

 武器などというのは大凡魔法を使えない平民が頼るものであり、そんなものに依存するようでは術者としてたかが知れているのだ。

 

(やっぱり、大したことはないみたいね)

 

 それでも、何もできないよりはましだろうと、ルイズは気を取り直した。

 大体、もし仮に本当に強いエルフを召喚したのであれば、メイジとして貴族としての立場や自分自身との比較などから考えてそれはそれで複雑な感じで、嬉しいかどうかは微妙なところだろう。

 

「それに、いざという時に護衛の役目を果たせというのであれば、武器はあったほうが心強い」

 

 そんな彼女の胸中を知ってか知らずか、そう話を続けるネイに、ルイズはどうでもよさそうに頷いた。

 

「いいでしょう。今度の休日にでも町へ行って、買ってあげるわよ」

「そうか……。やはり、すぐには難しいか?」

「そうねえ。この学院の中じゃ、別に護衛とか要らないと思うし。他に何かしてほしいことがあるってわけでもないから、あわてることはないでしょ」

 

 ルイズとしては、ネイはあくまでも形式の上でやむなく使い魔にしただけで、今のところ彼女に何かさせようとか、その能力に期待しようなどという気はないのだ。

 まあ、これがまったく無能力の平民でも召喚していたなら、雑用係にでもするしかないところだが……。

 

(って、何考えてるのよ、私は。いくらなんでも、平民なんか召喚するわけないでしょ常識的に考えて)

 

 どうも自分は相当相当疲れているらしいと、ルイズは思った。

 思い返せば何度も召喚に挑戦したり、やっと成功したと思ったら出てきたのがハーフエルフで驚くらや慌てるやらだったり。

 その後も長々と話し込んで、時間もずいぶん遅くなっている。

 

「そろそろいいかしら? もう遅いし、たくさんしゃべってたら眠くなっちゃったわ」

 

 ふあああ、と、一つ欠伸をしながらそう言うと。

 ネイの返事も待たずに、さっさとブラウスのボタンを外しにかかる。

 

「ああ、わかった。今日のところは、これでお開きにしよう」

 

 ネイは頷くと、きびすを返した。

 さすがに使い魔とはいえハーフエルフと生徒を同じ部屋で寝泊まりさせるのは問題があるからと、学院側が彼女には別の個室を用意している。

 

「では、また明日だな」

「ええ。おやすみ……」

 

 ルイズが大きめのネグリジェを頭からかぶり、指を鳴らして魔法のランプの灯りを消してベッドに潜り込むのを横目に見ながら、ネイは彼女の部屋を後にした。

 そのまま階段を下って、自分にあてがわれた部屋に向かう。

 先ほどルイズの部屋に向かう前に案内されたので、場所はわかっていた。

 

「ここだったな」

 

 貴族用の部屋のそれに比べるとずいぶん質素な木製の扉を押し開けて、中に入る。

 ルイズの部屋に比べると家具も内装も遥かに質素なものだが、戦場のテント生活や冒険中の野宿にも慣れているネイとしては特に何の文句もなかった。

 

「ふう……」

 

 ベッドに腰を下ろすと、一つ溜息を吐く。

 

「……ダーシュ……」

 

 今すぐにでも元の世界に戻って彼のことを待ち続けたい、という思いに、胸を苦しめられはする。

 こうしている間にもD・Sがあの隠れ家に戻ってきていたらどうしよう、彼と行き違いになってしまったらどうしようと思うと、抑えがたい焦燥感を感じもする。

 

 それでも、あまりに異常な状況のためか、ネイはかえって冷静になっていた。

 自分には元の世界に帰還する呪文を即座に開発することなどはできないし、召喚者のルイズを締め上げてみたところでどうにもならないらしいことも、既に把握している。

 ここは、こちらの様子を学びつつ、様々な方法を検討していくしかないだろう。

 

(大丈夫よ。ダーシュがあの家に戻ってきてくれてさえいたら、その時に私が家にいなくたって……)

 

 彼が戻っていれば、その痕跡は必ず家に残るはずで、見ればわかる。

 それで、たとえそこでの合流を諦めて家を後にしていたとしても、既にD・Sが復活して世界のどこかにいるのだということは確認できる。

 それさえわかれば、後はあの隠れ家を後にして彼のことを探せばいいだけだ。

 あの男が復活したら各地で騒ぎにならないはずは……本人自身が騒ぎを起こさないはずはないから、すぐに見つけられるだろう。

 

 今大事なのは、たとえ時間がかかっても、とにかく無事に元の世界へ戻ることだ。

 

「…………」

 

 自分が彼の下に行くのが遅れれば、その間に他の女たちと……という嫌な想像を、ぶんぶんと首を横に振って全力で無視すると、ネイは用意された寝床に潜り込んだ。

 着替えようにも、そんな物は持ってきていない。

 戦地などで切羽詰まった状況であれば贅沢を言う気はないが、普段の生活でずっと同じ服を着ているというのは、あまり愉快なものではない。

 

(どうしたものか)

 

 まあ、そのあたりもおいおいルイズに問い合わせるなりして、なんとかしていかねばなるまい。

 ベッドの寝心地は悪くはなかったが、D・Sと共に過ごした思い出のあるあの隠れ家の褥が恋しかった。

 

「……待ってて、ダーシュ。必ず帰るから……」

 

 窓から赤青の二つの月が寄り添っているのを眺めながら、ネイは最後にそう呟いて目を閉じる。

 長い一日で精神的な疲労が溜まっていたこともあって、眠気はすぐにやってきた。

 

 

「……む」

 

 心地よい日差しと小鳥の鳴き声を受けて、ネイは目を覚ました。

 ベッドから降りて、軽く体を伸ばす。

 

「やれやれ、朝か……」

 

 ふうっと溜め息を吐く。

 朝食はどこでとか、この後どうすればいいとかいったことを聞いていなかったので、ネイはひとまずルイズの部屋に向かった。

 一応ノックをしたが、返事はない。

 

「まだ寝ているのか?」

 

 合鍵はもらっていなかったが、そもそも自分が部屋を出る時にルイズはもう寝ていたので、彼女がまだ寝ているのであれば鍵はかかっていないだろう。

 扉を開けて、中に入る。

 ルイズはすやすやと、ベッドの中で寝息を立てていた。

 実にあどけない、幼気な寝顔である。

 叩き起こすかとも思ったが、周囲の部屋からもあまり人が起き出している気配はないので、まだ早いのだろう。

 

(もう少し寝かせておいてやるか。しかし……暇だな)

 

 床を見ると、昨日ルイズが脱いだ下着が散らかっていた。

 ネイはなんとなく、それを拾って畳んでやる。

 D・Sとの共同生活や、鬼道衆にするために孤児たちを育てた経験から、家事全般はこなせるのだ。

 

(洗濯もしておいてやるか? 大方、使用人などが洗うのだろうとは思うが……)

 

 メタ=リカーナで再会したD・Sとは、ごく短かったものの共に生活をしていたのだが。

 昔のように身の回りの世話をしてやろうとしたら、洗濯は自分がやるからと言い出したのには驚いた。

 どうも、依代になっていたルーシェとかいう少年の趣味に影響されたらしい。

 自分の知らない間に変化した彼を見て、ちょっと寂しいような、彼と十数年も一緒にいたヨーコという少女のことが妬ましいような、なんとも言い難い気分になったものだ。

 

 そんな事を思い出したのもあって、ほんの気まぐれと暇潰しにではあるが、自発的にルイズの下着を洗っておいてやることにする。

 

「ふむ。洗い場は……」

 

 ルイズの部屋を出て、廊下のあちらこちらの窓から下を覗くと、それらしいものが見えた。

 いかにも使用人っぽい格好をした黒髪の少女が、洗濯桶を抱えてそこに向かっていくのが見える。

 

「あそこか……。よし」

 

 ネイは窓を開け、下着を落とさないように小脇に抱えると、適当にそこらの壁や出っ張りを蹴ったり手がかりに使ったりして、ひょいひょいと下まで降りていった。

 別に階段を使ってもいいのだが、この方が早い。

 危なげなく地面に降り立つと、先ほど見た黒髪の少女の方に歩いていって、声をかける。

 

「ちょっといいかしら」

「は、はいっ!?」

 

 ネイの存在に気付いていなかったその少女は、びくっとして振り返ると、しゃんと背を伸ばして行儀の良い姿勢をとる。

 てっきり、相手が貴族だと思ったのだ。

 だが、相手が貴族の証であるマントを付けていないことに、すぐに気がつく。

 

「……ええ、と……」

 

 その少女はネイの見慣れない服装や容貌、特に尖った耳のあたりを見て、困惑した様子だった。

 若干、怯えているようにも見える。

 どう見ても人間じゃない、亜人がどうしてこんなところに。

 尖った耳といい、まさか噂に聞くエルフなのでは、などと思っているのだ。

 

「そ、その。あなたは……?」

「私はネイという者で、使い魔としてここに召喚されたのだけど」

「使い魔……」

 

 その少女は、目を瞬かせていたが、はっと何かを思い出した様子だった。

 

「もしかして、ミス・ヴァリエールの召喚された方ですか? 噂で聞きました。ハーフエルフを使い魔にしたって」

「……もう噂になっているのね」

 

 ネイは小さく溜息を吐いた。

 大方、召喚の場にいた生徒らの一部が漏らしたのだろう。

 あのコルベールとかいう教師は口止めをしてはいたが、あんな年頃の子供らに黙っていろと言ったところで、全員がそれを遵守するわけもない。

 まあ、別に知られたところで困るわけでもないが。

 

「ええ、そうよ。それで」

 

 ネイはこほんと咳払いをして、用件を切り出した。

 

「ここは洗い場でしょう。洗濯をしたいのだけれど、場所と道具を使わせてもらってもいいかしら?」

「えっ? あなたが、洗濯を?」

 

 まだ少し緊張した様子だったシエスタが、きょとんとする。

 

「そうよ、何か変かしら。人間でもエルフでも、ハーフエルフでも、洗濯はするでしょう。服を着ているのだから」

「あ……、そ、それはそうですよね!」

 

 シエスタはちょっと顔を赤らめて、頷いた。

 

 彼女にとっては、エルフだのハーフエルフだのは自分とは違う世界かおとぎ話の中の存在だった。

 ずっと「メイジさえ恐れる最強の妖魔」だの「忌まわしい穢れた血」だのと聞いて、人外の怪物だろうと認識していたものの口から、洗濯などという身近で日常的な言葉が出てくるとは思ってもいなかったのだ。

 だが、確かに言われてみれば当たり前のことであろう。

 そう考えると、目の前の女性が急に、身近な存在であるように思えてきた。

 

「でも、洗い物でしたら渡していただければ、私たち使用人の方でいたしますから」

 

 にっこりと笑ってそう言うシエスタに、ネイは微笑み返して首を横に振る。

 

「いえ、今は暇だから。自分でしたいのよ」

 

 彼女の笑顔に見とれて、シエスタは胸中で感嘆の溜息を漏らした。

 

(きれいな人だなあ……)

 

 ネイはそんなシエスタの胸中などつゆ知らず、苦笑しながら話を続ける。

 

「もっとも、洗うのはルイズ……あなたのいうミス・ヴァリエールの服で、私のものではないのだけどね。ここへは、着替えも何も持たずに来たものだから……」

 

 着替えがないと聞いて、シエスタは首をかしげる。

 

「そうなんですか。それは……、大変ですね」

「ええ。どうしようかと思っているのよ」

 

 そこで、シエスタがぽんと手を打った。

 

「あ。それでしたら」

 

 

「朝だぞ、そろそろ起きろ。周りの部屋の連中も、起き出している」

「うーん、むにゃむにゃ……」

 

 部屋に戻ったネイに揺さぶられたルイズは、のそのそと身を起こして寝ぼけ眼をこすり……。

 それから、ネイの姿をじっと見つめた。

 

「……なによ、その格好」

「ああ、ここに務めている使用人から貸してもらったのだ。着替えがなかったのでな」

 

 普段は滅多に着ないほど露出の少ない、ひらひらしたメイド服を着たネイは、まんざらでもなさそうに微笑んだ。

 

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