ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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因縁

 

「お前はまだ、自分が思うように魔法を使えないのだな?」

 

 ルイズの失敗のためにめちゃくちゃになった教室の片付けを手伝いながら、ネイがそう尋ねる。

 

 先ほどの騒ぎを聞きつけてやってきた教師が、罰としてルイズ自身が部屋の片づけをするように、と言い付けたのだ。

 魔法を使ってはいけないという条件も付けられたが、元々ルイズは魔法がろくに使えないので、楽をさせないためというよりは教室をこれ以上壊させないためであろう。

 シュヴルーズは医務室に運ばれていったが、まあ、ネイが先ほど見た限りでは主にショックで気を失っただけで、命に別状はなさそうだった。

 

「そうよ。悪い?」

 

 ルイズがネイを睨みながら、不機嫌そうに、煤で汚れた机を拭いている。

 

「別に、悪くはないが……」

 

 ネイはというと、こちらもあまり機嫌がよくなさそうな顔をしていた。

 

 重たい窓ガラスや机の搬入は、すべて彼女がしてやった。

 並みの男など足元にも及ばないほどに鍛えられている彼女にとっては大した負担でもなかったものの、面倒ではあった。

 とはいえ、ネイの機嫌が悪い理由はそれではない。

 

「お前には、私が帰還するための方策を探すのに協力してもらう約束だ。いつまでも、魔法が制御できんままだというのでは困る」

 

 ネイがそう言うと、ルイズは悔しそうな顔をして、そんな彼女をきっと睨んだ。

 

「私だって、がんばってるわよ! 魔法書は隅々まで読んだし、実習だって何度も何度も繰り返して、完璧に詠唱できるようにしたわ!」

「……別に、お前の努力が足りないせいだとは思っていないぞ」

「じゃあ何よ。私には才能がないって言いたいの。そんなこと、とっくに」

「いいや、わかっておらんな」

 

 ネイは溜息を吐いて、首を横に振る。

 

「お前に、才能がないはずがあるまい」

「えっ?」

 

 予想外の言葉に、ルイズは少し戸惑った様子だった。

 

「お前は、他の誰よりも遠い地から、私を召喚したのだぞ。それだけの魔力がある証拠だ。先ほどの爆発を見ても、十分な魔力を有していることは明らかではないか」

「そりゃ……魔力はあるでしょうよ。メイジだもの」

 

 ルイズは顔をしかめる。

 

「だけど、それをうまく呪文にできないから困ってるんじゃないの!」

「召喚の呪文は成功しただろう」

 

 ネイはそう指摘した。

 

「先ほども言ったが、人には得手不得手というものがある。お前はおそらく、まだ自分に合った分野を見つけられていないのではないか?」

「……何よ、系統魔法のことなんかろくに知りもしないくせに。私はどの系統の呪文も勉強して、とっくに試してるわ。何度となく!」

「少なくとも、召喚は昨日が初めてだったのだろう。そして、誰よりも成功した」

 

 腹立たしそうにするルイズに対して、ネイは落ち着いた態度で説き聞かせる。

 

「ならば、それを手掛かりに探していけばいいはずだ」

 

 だが、あまり功を奏さなかったようだ。

 

「ええ、ええ。確かにあんたは呼び出せたわね。だから、もしかしたら他の呪文もできるようになってるのかもしれないって、そう期待したんだけど!」

 

 吐き捨てるようにそう言って、雑巾を乱暴に机に叩きつけた。

 

「ハーフエルフを召喚したことが他の誰よりも成功だったなんて、思えないわよ。ドラゴンを召喚した子もいるのよ。それに、やっとあんたを呼び出せるまで私が何回失敗したかなんて、知らないんでしょ!」

 

 それきりぷいと顔を背けて、ネイから離れる。

 すっかり拗ねて不貞腐れた様子のルイズに、ネイは黙って肩を竦めた。

 

(これは、少し落ち着かないと駄目みたいね)

 

 後に優秀な配下である鬼道衆となった孤児たちを引き取って育てたときも、時々こんな風になる子はいたものだ。

 一刻も早く元の世界に、いやD・Sの下に戻りたい自分としては、正直ルイズの未熟さは苛立たしいが。

 

(焦っても、どうなるものでもないし)

 

 ここは彼女を見守りつつ、できる範囲で自分もその成長に協力してやるしかないか、と。

 まだ幼いカイやシーン、ランなどを育てたときの、いくらか母親めいた気分を思い出しながら、ネイはそう考えた。

 よって、それ以上は声をかけようとはせず、黙って片付けを続ける。

 

(しかし……)

 

 実際のところ、ルイズは一体何が得意なのだろうか。

 自分を遥か彼方にある異なる物質界から召喚したという事実からすれば、召喚呪文かとも思える。

 だが、失敗が爆発を引き起こすというところから見て、制御できないエネルギーが破壊的に溢れ出すのだとすれば、エネルギーを放射する攻撃呪文の類かとも思えるが……。

 

 いずれにせよ、先程の爆発は規模、威力の面から見て爆裂(ダムド)の足元にも及ばない程度だったし。

 まだまだ未成熟なことは間違いないだろう。

 

(……先は長そうだな)

 

 やはり、ルイズだけをあてにするのではなく、自分でもこの世界の魔法や何かについて学び、色々と調べてみなくてはなるまい。

 窓枠に新しいガラスをはめ込みながら、ネイはそう考えた。

 

 

 昼頃になってようやく片付けが済んだ二人は、昼食を摂るために食堂へ向かった。

 ルイズは相変わらず、ぶすっとして不機嫌そうなままだったが。

 

「……じゃ。朝と同じように、食べ終わったら外で待っててちょうだい」

 

 それでも食堂の入り口まで来ると、ネイにそう声をかけた。

 

「ああ、わかった」

 

 ネイはそう返事をしてルイズと別れると、またあのおいしい食事を食べられるのかと、少し華やいだ気分で厨房の裏手に向かった。

 しかし……。

 

「む?」

 

 その行く手に、三人の男子学生が立ちはだかった。

 たまたま出くわしたのではない、明らかに自分の行く手を遮るように立っている。

 

「……なんだ。私になにか用か」

 

 ネイは、そいつらのどう見ても悪意のある様子に顔をしかめた。

 こういう手合いには、幼い頃から数え切れないほど出会ってきているのだ。

 

「何か用か、だと?」

 

 そいつらの中でリーダー格らしい真ん中の男が、ふんと鼻を鳴らす。

 金髪で、そこそこ体格は良い。

 顔立ちもなかなか整っている方だが、嫌な表情を浮かべているので台無しになっていた。

 

「いいや、用なんかないね」

「では退いてもらおう。私は食事に行くところだ」

 

 そう言ってネイが脇を通り抜けようとするが、彼らは前に回り込む。

 

「……用はないのだろう。どういうつもりだ」

「僕らだけじゃあない。この学院の誰も、お前なぞに用はないさ」

 

 リーダー格の男が、侮蔑心をあらわにしてそう言った。

 それに、左右の生徒らも同調する。

 

「我々の品位に関わるんだよ。この伝統ある魔法学院に、きたならしい混血などに迷い込まれてはね」

「荷物をまとめて、さっさと出ていけ。さもなくば!」

「さもなくば、なんだ?」

 

 一番左端の小柄な少年が杖を突きつけて喚くのを、じろりと睨み返してやると、そいつは途端にたじろいだ。

 ネイは、ふっと唇の端を歪めて、不敵な笑みを浮かべる。

 

「昼食の前に、運動でもさせてくれるのか。一暴れした後の食事はうまいだろうな」

 

 そう言ってやると、左右の二人は不安そうに真ん中の男の顔色をうかがった。

 しかし、真ん中の男は怯まず、にやけた笑みを浮かべている。

 

「ふん。そんな虚勢を張っても無駄だぞ、能無しめ」

「ほう?」

「メイドの服なんか着やがって。お前にエルフどものような先住魔法が使えるのなら、あの『ゼロ』にそんなふうに仕えるわけがないだろうが」

 

 思っていたより肝の据わった男なのかと思えば、なんだ。

 相手が無力だと見て強気になっているだけか……と。

 冷ややかな目をするネイをよそに、男は得意げに話し続けた。

 

「大体、これまで成功した試しもないあいつが召喚したって事自体、疑わしいんだ。今日だっていつもどおりの失敗だったしな。大方、召喚ができなきゃ退学になりかねないからって、どっかの混血を拾ってきたのさ。いかにも『ゼロ』らしい、浅はかな魂胆だ」

 

 リーダー格の男のそんな強気な態度に、横の二人も自信を取り戻したようだ。

 

「そういうことだ。痛い目に遭わないうちに、さっさと出ていくんだな!」

「ご主人さまと一緒に退学にさせろって、学院側に訴えてやるぞ!」

 

 ネイは、やれやれだというように首を横に振った。

 

「昨日のうちに、学院長どのの許可は取ったぞ。私はルイズの使い魔として、当面ここで生活する約束だ。出ていくわけにはいかん」

「買収された学院側の、堕落した決定なぞは関係ない」

 

 リーダー格の男は、そう決めつけると杖を突きつけて、居丈高に宣言した。

 

「エルフは始祖の時代からの仇敵、その血を引くものを排除するのは、メイジとして当然の権利だ!」

「……ああ、そうか」

 

 ネイは、ふうっと溜め息を吐いて顔を背けた。

 

(どこの世界でも変わらんものだな……)

 

 もちろん、こいつらが本気でそんな理念を持っているのだなどとは信じていない。

 もしそうならば、もっと早い段階で挑んできていてもいいはずだ。

 教室での一件などから相手が弱いと見て取り、それを追い出すだけで恐ろしいエルフと勇敢に戦ったという名声が得られる、これは美味しい獲物だとでも考えているに違いない。

 要するに、馬鹿で下衆な輩というだけなのである。

 それでも念のため三人がかりで来るあたりに、小心さも透けて見える。

 

 そう結論してうんざりしているネイの胸中などつゆ知らず、三馬鹿は喚き続けた。

 

「さあ、どうする!?」

「服従するか、それとも死か!」

 

 そんな陶酔したようなセリフを吐く男たちの方など見もせずに、ネイはどうでもよさげに返事を返した。

 

「ああ、わかったから。やかましく騒ぐのはそのへんにしておけ」

「主と一緒に、ここから出ていくというんだな?」

 

 そう言われて、軽く首を横に振る。

 

「なんだと!?」

「お前たちなぞは、まーったく私の好みではないのだがな。そうしつこく誘われては仕方がない、食事前の運動の相手くらいはさせてやろう」

 

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