ゼロの雷帝 アーシェス・ネイ異聞録   作:ローレンシウ

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私闘・2

 

「そうか。私はネイ、アーシェス・ネイだ」

 

 自己紹介をしたクレマンに対して、ネイがすっと手刀を構える。

 

「かかってくるがいい」

 

 クレマンは、にやっと笑った。

 

「うぬぼれるなよ。半端者など、僕自身が相手をするまでもないさ」

 

 そう言って、しゃらんと杖を振る。

 

 先端についていた小さな金属の輪が一つ外れて地面に落ちたかと思うと、たちまちのうちにそれが膨らんで、銀色にきらめく肌をもつ金属製の人形になった。

 身の丈は概ねネイと同程度か少し大きいくらいで、かなり筋肉質だが乳房のついた、両性具有的な人型の姿をしている。

 背中には羽根のようなものもあったが、さすがに飛べるとは思えないので、ただの飾りであろう。

 

「これは……」

「僕の二つ名は『錫鳴』。錫鳴のクレマンだ。よって錫製のゴーレム、『エンジェル』がお前の相手をする」

 

 それを見て、周囲の観衆たちがざわざわと話し合う。

 

「ふうん。あの新入生、『土』系統か」

「入ってきたばかりでもう系統がはっきりしていてゴーレムまで作れるとは、なかなかやるんじゃないか?」

「基本については、家でしっかり学んできてるってわけだ」

「デザインは悪趣味だけどなー」

 

 そんな周囲の声をよそに、それと対峙するネイの方はぽつりと独り言ちた。

 

「そうか、魔操兵(ゴーレム)か……」

 

 この世界のものはこれが初見だが、ゴーレムについてならよく知っているし、飽きるほど見てもいる。

 なにせ、十五、六年ばかり前に中央メタリオン大陸全土を席巻しようとする大戦「魔操兵戦争(ゴーレム・ウォー)」を起こしたのはあのD・Sであり、自分は彼の下で四天王の一人として戦ったのだから。

 

(金属製か。見たところ、動かすのに呪符を使っていないようだが……)

 

 やはり、あちらとこちらとでは、魔法の構成にはかなりの違いがあるようだ。

 

 ただ、そうは言ってもD・Sの使っていた人間よりも遥かに巨大な石のゴーレム兵などと比べれば、どう見ても大したことはなさそうである。

 大体、錫なんてのは柔らかい金属であり、武具などを作る際には銅と混ぜることで青銅にして使うのが一般的だ。

 合金にもしていない単体の錫などで作ったゴーレムが、実用的な代物だとは思えない。

 

(とはいえ、油断は禁物か)

 

 クレマンはそんな彼女の様子を見て、ゴーレムを相手に手をこまねいていると考え、にやにやと笑った。

 

「どうした。さっさとその無粋な、剣だか包丁だかを抜くんだな。今さら怖気づいたところで、もう遅いぞ?」

 

 ネイはその言葉に応じて、牛刀包丁を抜く……のではなく。

 それまで手刀の形に構えていた片手を返すと、くいっと軽く手招きをした。

 

「構わんから、かかってこい。そんなガラクタを斬って、せっかくの包丁を刃こぼれさせることもあるまい」

「……! こいつッ!」

 

 クレマンの顔が、さっと紅潮する。

 怒りにまかせて杖を振り上げ、ゴーレムを突撃させようとした、ところで。

 

「待て、クレマン」

 

 後ろの方に控えていたマクシム・ド・アギヨンが、制止の声をかけた。

 

「何ですか先輩。止めないでくださいよ!」

「別に、止めやせんけどな。『エンジェル』にそいつを攻撃させる前に、ゴーレムをもう一体、お前の側に作っておいたらどうだ?」

「その通りだ。ドラゴンは羊を狩るのにも全力で、と言うぞ?」

 

 マクシムとヴィリエがにやつきながら、そう提案する。

 それを聞いて、クレマンははっとした顔になった。

 

 無力な平民が圧倒的に力で勝るメイジと戦うときの常套手段は、とにかく懐に潜り込んで組み付くなり、杖を狙うなりして魔法を封じることである。

 武器を抜かないあたりから見て、この女の狙いは大方それだろう。

 金属製のゴーレム相手に刃物で斬りつけても無意味だと見て、後ろのメイジを直接叩く気なのだ。

 

 そのわずかな希望の芽を摘み取った上で、もはや為す術もなく、かといって今さら引っ込みもつかなくなった憐れな雑種を、存分に嬲り倒してやるのが面白い。

 

「それもそうですね」

 

 クレマンはにやっと笑って頷くと、杖を振った。

 また一つ金属の輪が地面に落ちて、彼の側にもう一体の『エンジェル』があらわれる。

 

 ただ、今度のものは最初のそれに比べると全体的に外見がいささか不格好で、動きも少しぎくしゃくしている。

 一度にニ体のゴーレムを十全な状態で操るには、彼のキャパシティはまだ不十分なのだった。

 それでも、敵の接近を防ぐ盾代わりにするには十分だろう。

 

(さあ、どうだ!)

 

 これであの生意気な女も、あてが外れてさぞ震え上がることだろうと、彼らは残忍な期待をもってネイの方を見た。

 だが、その予想に反して、彼女の態度には目に見えるような変化は何もない。

 

(ええい、どこまでも腹の立つ!)

 

 クレマンは苛立って、杖を振り上げた。

 

「その無表情が偽りのポーカーフェイスであることを暴いてやる! いけ、『エンジェル』ッ!」

 

 主の指示を受けて、天使を模したゴーレムがネイに真っ直ぐに向かっていく。

 そいつは右の拳をぐっと固めて、ネイの腹に向かって殴りかかった。

 

 ネイは軽く横に動いて、その攻撃を避ける。

 ゴーレムはそれを追って立て続けにパンチを繰り出し、左右の腕を振るって、彼女を打ち倒そうとする。

 だが、それらの攻撃はすべて彼女に危なげなくかわされ、空を切った。

 

(なんだ、こいつは……)

 

 ネイは、内心拍子抜けしたような、呆れたような思いを抱いていた。

 

 彼女はまだ、本物の天使(エンジェル)を見たことはない。

 だが、こいつがその足元にも及ばない強さなのは間違いないだろう。

 基本スペックはそこらにいる並の人間と大差ないようだし、その上操り手が明らかにド素人だ。

 体が金属製であることや、痛みを感じないという強みがなければ、そこらの農夫などと戦っても勝てるかどうか怪しいものだった。

 

「……やれやれ」

 

 自分はついさっきまで、この程度の相手を警戒していたのかと。

 いささか馬鹿馬鹿しくなってきたネイは、むやみやたらに振られ続ける拳をかわした後でそいつの腹のあたりを横から足で押すようにしてバランスを崩させ、地面に蹴り転がしてやった。

 

「うっ!?」

 

 攻撃役のゴーレムが転倒させられたのを見たクレマンは、ネイがすかさず自分の方に突っ込んでくるだろうと思い、あわてて防御用のゴーレムにガードの指示を出す。

 だが、ネイはそんなクレマンの方を冷ややかな目で見て、呆れたように肩を竦めただけだった。

 

「……痛い目を見んうちに、もうやめておけ」

「な、なんだと?」

「こんなガラクタでは、オークの雑兵一匹さえ殺せん。お前と私とでは、レベルの差がありすぎるのだ」

「なっ!」

「たかが軽薄な子供らの言動に乗せられて、こんな決闘ごっこに付き合おうとした私の方が大人気なかったようだ。これで終わりにしておいてやる」

 

 クレマンの顔が、怒りのあまり赤黒くなる。

 

「くっ、ぐっ……」

 

 しかし、激昂して叫びそうになるのを堪えて、無理に笑ってみせた。

 

「……ぐっ、ぐは、はははははっ! ああ? 命乞いをしたいなら全裸になって地面に頭を擦り付けるとかしろよ、この雑種が!」

 

 ネイは何も言わず、冷ややかな目をクレマンに向けたままだ。

 

「そんなに、頭を下げて慈悲を請うのが嫌か。安っぽいプライドで、相手を言いくるめて降伏させようって魂胆か。寝言は僕の『エンジェル』を何とかしてみせてから言えよ、逃げ回るだけの能無しめ!」

 

 クレマンはいきり立ち、唾を飛ばして喚き散らしながら、杖を振り回した。

 転倒したゴーレムが跳ね起きるように立ち上がって、ネイに向かって猛然と突っ込んでいく。

 

「もう許さんぞ。殴り殺してやる、このド畜生がッ!!」

「口で言ってもわからんようだな……」

 

 ネイは溜息を吐くと、軽く右の拳を握った。

 大振りの一撃をたやすく避けて懐に潜り込むと、それをゴーレムの胴体に叩き込む。

 

 バギィィィッ、と、金属がへこんで破砕される嫌な音がした。

 

「……へっ?」

 

 次の瞬間、胴体部分がぶち抜かれて派手に変形したゴーレムが、猛烈な勢いで術者であるクレマンの方に飛んでいった。 

 彼の前に立っていた防御用のゴーレムに追突し、そいつも一緒に吹き飛ばして、背後にいたクレマンまで巻き添えにしてしまう。

 

「ブギャス!?」

 

 何が起こったのかも把握しきれないうちに、クレマンは頭を強く打って失神した。

 

 しぃん……と、周囲が静まり返る。

 ネイは何事もなかったかのように、残る二人の方に目をやった。

 

 彼女は本来魔法剣士だが、素手の打撃であっても、強力な魔法の盾(シールド)に常時守られたD・Sの体に有効打を与えられるほどの威力を誇っている。

 メタ=リカーナ王城の戦いでは、彼の脳天を手刀で穿ったり、叩きつけられた石壁が砕けるほどの勢いで殴り飛ばしたりしていたほどなのだ。

 防御魔法も何もかかっていない人間大の錫製ゴーレムなど、一発殴っただけで破壊できるのは当たり前のことである。

 

「さあ、お前たちもかかってくるか。それとも、もうやめにして、そいつの手当てをしてやるか……だ」

 

 ヴィリエとマクシムは顔を見合わせ、口をぱくぱくさせる。

 二人とも、嫌な汗をたらたらと流していた。

 

 しかし、三人で挑んでおいて後輩一人に戦わせ、それが負けたら尻尾を撒いて逃げ帰るなどということはできなかった。

 そんなことをすれば面目は丸潰れで、名声は地に堕ちる。

 とんだ恥さらしだ。

 相手を追い詰めて嬲り者にしようとして、逆に今さら引っ込みがつかない立場に追い込まれたのは彼らの方だった。

 

「どうするつもりだ?」

 

 ネイに再度問われて、二人はやむなく杖を抜いた。

 

「た、たかが馬鹿力が自慢な程度で、うぬぼれるなよ!」

「魔法も使えない雑種め、力だけでは本物のメイジに勝てないことを教えてやるッ!」

 





名称:魔法の盾(シールド)
分類:精霊魔術(力)
解説:呪文や物理的ダメージを軽減する呪文。
 高位の術者になれば、通常攻撃を寄せ付けなくなる。
 超上級者は無意識にこれをまとうため、常時強力なバリアで守られたような状態になっている。
 D・Sのそれは、9巻の時点で魔戦将軍マカパインとバ・ソリーの必殺技による同時攻撃を弾き返すほどの強度をもっていた。
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