「……お、おい。あいつ、金属ゴーレムを殴り飛ばしたぞ?」
「クレマンがやられた!」
「は、ハーフエルフって、あんな怪力なのかよ!?」
はっと我に返った周囲の連中が、ざわざわと騒ぎ始める。
「じ、実はエルフじゃなくて、オークとのハーフとかなんじゃ……」
ネイの耳が、ぴくりと動く。
「うるさい、外野!」
「ひぃっ!?」
怒鳴られたマリコルヌという名の小太りな生徒が、ぴょんと飛び上がった。
そんな周囲の騒ぎをよそに、ヴィリエとロレーヌは少し震える手で杖を握りしめながら息巻いている。
「仲間をやられた以上、もう容赦はせんぞ。雑種め!」
「今度はこのヴィリエ・ド・ロレーヌと、マクシム・ド・アギヨンが貴様の相手だ!」
そんなふうに喚く二人に対して、ネイはどうでもよさそうに顎をしゃくった。
「ふん……、能書きはいい。さっさとこい」
その不遜な態度に、ヴィリエらはぎりぎりと歯を鳴らす。
しかし、彼らにはまだ勝算があった。
(なあに。どんな馬鹿力だろうが、当たらなければ意味はないさ!)
無粋なゴーレムなぞを使って、相手と同じ土俵の殴り合いで戦ったために、さっきの未熟者は破れた。
だが、距離を取っての火や風による攻撃ならば。
二人のメイジが協力して戦うのならば、話は違うということを教えてやろう。
「いくぞ!」
マクシムは短く『ファイヤーボール』の呪文を唱えて杖を突き出した。
彼の杖の先からメロンほどの大きさの火球があらわれ、ネイをめがけて飛んでいく。
ドット・クラスのメイジでも使うことができる、『火』系統の基本的な攻撃呪文の一つだ。
ネイは、軽く横に跳んでそれをかわす。
着地と同時に再度地面を蹴って進む向きを変え、二人に接近するつもりだった。
「今だ!」
しかし、今度はヴィリエが呪文を唱えて、ネイの着地点のあたりに杖を向ける。
「む……」
魔力の脈動を感じたネイは、予定を変えてさらに後方へ飛び退いた。
一瞬後に、彼女のいたあたりの地面に『エア・ハンマー』の呪文による不可視の空気の塊がぶつかって、土が舞い散る。
「まだまだ!」
間を置かずに、マクシムが再び火球を放つ。
かわすのは造作もないことだったが、相手との距離は少しずつ離れていく。
それで相手が防戦一方だと見たか、対峙している二人は余裕を取り戻してきたようだった。
「ははは、どうだ。近づけなければ、自慢の馬鹿力も振るいようがあるまい!」
勝ち誇ったマクシムの声に、ネイは軽く溜息を吐いた。
「……それで? 私が疲れ果ててかわせなくなるまで、この単調な攻撃を続けようとでもいうのか」
そもそもこいつらの魔力が、そんなに保つとも思えないが。
ヴィリエはにやりと笑って、杖を構え直す。
「いいや。次で最後だ」
そう言って、詠唱を始めた。
今度は、広範囲に強烈な突風を放つライン・クラスのスペルを放とうというのだ。
この風を受けて吹き飛んだところにマクシムの火球で追撃をかけられれば、かわせるはずがない。
先程まで使用していた呪文に比べて詠唱が長いので、安全に放てるよう、下級の攻撃呪文で牽制しながら距離が離れるのを待っていたのである。
「いいだろう。次で最後だな」
ネイは静かにそう言うと、初めて牛刀包丁を抜いて、無造作に構えた。
(馬鹿め、今さらそんなものが役に立つか!)
ヴィリエは内心で嘲りながら、呪文を完成させていく。
仮にこちらに向かってあの牛刀を投げるつもりなのだとしても、もう手遅れだ。
そんなものなどこの『風』の威力の前には、使い手もろとも木の葉のように吹っ飛ばされるだけである。
「喰らえッ!」
叫ぶと同時に、杖を向けて呪文を解き放った。
不可視の爆風が高速で迫り、ネイを飲み込む。
「きゃあぁぁあぁっ!?」
悲鳴を上げて、ネイが吹き飛んだ。
先ほど彼女自身が殴ったゴーレムのように。
数メイルは宙を舞って、激しく地面に叩きつけられる。
「もらった!」
それを待っていたマクシムが、快哉の叫びを上げて杖を振るった。
これまでのものより一回り大きい、たっぷりと魔力を注ぎ込んだ火球がネイに向かって飛ぶ。
彼女は起き上がるまもなく、炎に呑み込まれた。
「いやああぁぁっ!!」
「ネイっ!!」
シエスタとルイズの悲痛な絶叫が重なる。
観客たちの中からも、いくつかの悲鳴が上がった。
そんな周囲の反応にも構わず、ヴィリエとマクシムは嬉々としてはしゃいでいた。
「はははは、やってやったたぞ!」
「卑しい雑種の分際で、分をわきまえんからこういう目に遭うんだ!」
その時、すぐ近くから声が聞こえた。
「どういう目だ?」
「ははははは、……は?」
そちらに目をやった二人の表情が固まる。
そこにはネイが立っていた。
まったくの無傷だ。
「う、うわぁぁっ!?」
「な、なななな!」
二人があわてて杖を構え直そうとするかしないかのうちに、ネイが無造作に牛刀を振るった。
ぽとりぽとりと彼らの持つ杖の先端が切り落とされて、地面に転がる。
「貴様らは、その杖がなければ魔法が使えんようだからな」
彼女は淡々とそう言うと、刃物を鞘に納めた。
「ばば、馬鹿な!」
「な、なんで生きてるんだ。さっき、確かに……!」
二人は突然の事態に頭の中が真っ白になって、すっかり混乱していた。
観客たちも同じ気持ちだ。
先ほど確かに吹き飛んで燃えたはずの『ネイ』の方に目をやる。
そこにあったのは、あちこちが破損し変形し融かされかけて無残な姿になった、クレマンが作った防御用ゴーレムの残骸だった。
ネイは刃物を抜くのと同時に
「な、な何をしたんだ、あの女?」
「すごい!」
「いつの間に入れ代わったんだ、手品か!?」
観客たちがわあわあ騒ぐ中で、ヴィリエとマクシムは顔を真っ青にして、がたがたと震えている。
「さて……」
ネイが、彼らの方に一歩近づいた。
「そこらの人間なら死ぬような攻撃をしかけてくれた以上は、覚悟はできているのだろうな?」
「……く、くそおぉっ!」
マクシムがやけになって、懐に手を入れる。
予備の杖を隠し持っているのだ。
だがもちろん、目の前でそんなことをするのを、ネイが黙って見ていてくれるはずもない。
「ふん!」
「ぶべらっ!?」
杖を抜く間もなく顔をはたかれたマクシムは、その場でくるくると二回転ほどして、あっけなく地面に伸びてしまった。
「ひっ! ……ひぃぃぃっ!」
目の前で仲間を倒されたヴィリエは、何もされないうちから腰を抜かしてその場にへたり込んだ。
もはや持っていても意味のない、半分ほどの長さになった杖を放り出すと、這いつくばって逃げ出そうとする。
だが、あえなくネイに押さえ付けられて、制止されてしまう。
「どこへ行く気だ?」
「ゆ、許して!」
「この期に及んで、自分だけ逃げ出すつもりか」
「後生だ! なんでも言うことを聞くから命だけは!」
必死に懇願するヴィリエの体を、ネイはがしっと掴んで持ち上げた。
「ああぁぁ!」
恐怖のあまり半ば錯乱したヴィリエが、涙と鼻水で顔をぐずぐずにしながら、じたばたと見苦しくもがいた。
だがもちろん、逃げられるわけもない。
彼の股間のあたりが、じんわりと濡れだしていた。
「見苦しいぞ。このアーシェス・ネイと一度斬り結んだ者には、降伏など許さん」
ネイは冷ややかな声でそう宣告すると、ヴィリエの体をつかんでいるのとは逆側の手を振り上げる。
「ち、ちょっと、ネイ? もうあんたの勝ちよ、やめて!」
ルイズが制止の声を上げる。
周囲のメイジたちの中にも、はっとした顔になって、あわてて杖に手をかけようとするものがいた。
「ダメだ。こーゆー輩にするべきことは一つだ」
ネイはきっぱりとそう言うと、ヴィリエに向かって手を振り下ろす。
「ぎゃひぃ!?」
平手で尻をはたかれたヴィリエが、目を見開いて悲鳴を上げる。
「なっ、何を……!」
「はんせーしろ、この悪ガキがーっ!!」
目を吊り上げたネイが、猛烈な勢いでヴィリエに尻叩きの嵐を食らわせる。
「ぎゃあ! 痛い! ひぃぃ、許して! ごめんなさい!!」
顔を真っ赤にして泣き叫ぶヴィリエに構わず、ネイの容赦ない平手の乱打は続く。
周囲のルイズらは、呆気にとられてただ見守るばかり。
中には、手で赤い顔を覆って指の隙間からちらちらとその様子をうかがいながらきゃーきゃーはしゃいでいる女子生徒や、妙に前屈みになってその様子を凝視している男子生徒もいた。
さっきネイにハーフオーク疑惑をかけていたマリコルヌやシエスタなども、妙にきらきらした熱っぽい目を向けている。
「ふーっ……」
やがて、ヴィリエの尻が真っ赤に腫れ上がり、ひくひくと痙攣するばかりになったあたりで、ネイはすっきりとした顔をして彼を放り出すと、ルイズの方に向き直った。
「待たせてすまんな、ルイズ。そろそろ、午後の授業に行かねばならなかったのではないか?」
「え、あ……。う、うん」
ルイズは心ここにあらずと言った感じで、こくこくと頷いた。
「そこで気絶している二人の手当てを、誰かしてやってくれ。私はそこまで面倒は見んからな」
最後に周囲の観客らに向かってそう言うと、ネイはルイズを伴って去って行った。
観客たちも、決闘に関して思い思いに論じながら三々五々解散し、気絶していたクレマンとマクシムも、世話焼きな生徒によって医務室へ運ばれていく。
「……う……うぅぅ……」
最後に、無様に地面に伸びたままのヴィリエだけが、すっかり忘れ去られてぽつんと取り残される。
彼は、激しい羞恥心と、尻とプライドの痛み、そしてまたしても捲土重来を成せなかった無念さに、一人しくしくと泣いたのだった。
名称:幻術(イリュージョン)
分類:精霊魔術(精神、光)
解説:術者が望んださまざまな幻覚を作り出す。
原作初期の頃によく使われており、気付かれないうちに偽物と入れ替わったり、夢に干渉したりなど、多岐に渡る用途に用いることのできる柔軟性の高い呪文である。
さほど高等な呪文ではなさそうなのだが、四天王のガラやD・Sでさえもこれに騙される描写があり、上手く使えば有用性は高い。