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「ところで昨日のあの物騒な事件、衛宮は大丈夫だったか?」
「いや、俺は3つ隣の電気街まで買い物に行ってたんで知らなかったんだよ」
男2人で教室へと向かう途中、俺──衛宮士郎はふと友人からそんな話題を振られる。
俺が事件を知ったのは、今朝のテレビのニュースをぼんやりと眺めていた時だ。画面には"未確認の怪物の出現、そして謎の消滅"と大げさなテロップが流れていた。
現場はソラシド市の交差点とショッピングモール付近で、ショベルカーに模した姿の怪物が手に付けられないほど大暴れした様子が映し出されていた。またしばらくして、警察と消防隊が到着した時には既に消滅していたという。本当に起こっていた事象らしいが、その場にいなかった俺にとってにわかに信じ難いものだった。
「何処よりも平和な街と言われるこのソラシド市が、まさかここまでの大事件に見舞われるとはな……」
想定外の出来事が起きたことに溜息1つつく友人を横目で見ながら、到着した自分達の教室の扉を開ける。
時刻はちょうど8時10分。
ホームルーム開始5分前の予鈴が鳴り出した教師のいない教室内では、例の事件の話題に持ち切りだった。
「どうせあれだろ?迷惑系キュアチューバーだろ?」
「いやいや、そんな比じゃなかったって!一歩間違えれば死んでたし!」
やはり中には俺と同じ思いのクラスメイトも一定数いるようだ。
迷惑系キュアチューバーなのかどうか。スマートフォンは持っていても電話くらいしか使わず、動画配信アプリを使わない俺にとっては良く分からない問題だが、何であれ他人事のように聞く耳だけ立てながら席に座った。
そんなこんなで、ホームルーム開始の鐘が鳴る。
普通なら遅くても鳴り始まりと同時に担任が入って来るのだが、このクラスはそうではなくベルが鳴ってから1分ほど経った後。つまり、
「ゔおおああァァァ!!遅刻ちこくうううゥゥゥ!!!」
そう叫びながら猪突猛進する担任を迎え入れるところが朝の始まりなのだ。
「セ──ーフッ!!」
『アウトだよタイガー!!!』
「タイガーって言うなァ!!……ていうか、何で皆一斉に立ち上がるの?ダメよ?ちゃんと座りなさい」
全力疾走して息を切らしているはずだが、そんな様子もなしにいつもの調子で教壇に立つ。あまりにも必死すぎてそれまでの記憶と共に疲労も抜け落ちたのだろう。
1年C組担任、藤村大河。
別称、タイガー。
女性なのに男っぽい名前がついているからそう呼ばれているのだが、本人はそれを嫌がっている。
藤ねえ曰く、女の子らしくないんだもん、とのこと。
だが本人がああいう人なんで当然というか、自業自得というか。
そうしてそのままのんびりと朝のホームルームを始めた。
特にこれといった中身のない連絡事項の合間にも必要のない雑談をするものだからちっとも進まず、ただ時間だけが過ぎていく。
「あと、昨日変なデカい奴が街で大暴れしてたのは今朝のニュースで見てたでしょう?さっき警察から連絡が来て、また事件が起きるかも分からないし原因と犯人が分かるまでは寄り道しないでまっすぐ下校してくださいとのことだから、ちゃんと守るように。最終下校時刻も6時って早めてるから、部活の子達も長居しないようにね」
『えー!』
「えーじゃない。良いでしょう?今日定例会で午前中しか授業ないんだから。さっさと帰って宿題しなさい!」
不安の残る者も多いが、これ以上の追及は誰もしない。
この担任は相手が生徒だろうが教師だろうが関係なくケジメをしっかりつける人だ。まだ文句を垂らすものなら、次は本気で虎となって襲い掛かって来るだろう。
「それじゃ今日のホームルームはここまで!また3時限目で会おうねー!」
そう手をヒラヒラ振りながらこの場を去っていく。
直後、入れ違いで一時限目の先生が入りそのまま授業が始まる。
時間ギリギリまで喋り尽くすおかげで、ウチのクラスの朝はいつもこんな感じになっていた。
午前で終わる授業はやはり一瞬のように早い。
午後2時、すぐに帰ってきた俺は私服に着替えて再び外出する。
最近ショッピングモールの家電量販店で良い感じの中華鍋が入荷したらしいので、早速買いに行くことにした。
「藤ねえには隠しておかなきゃな……」
そんな非現実的なのが頻繁に出て来るわけないだろ、とは思うが、藤ねえはああ見えてこういったことにはやけに真面目だからなあ。しばらくは目につかないところにしまっておこう。
「……それにしても寒い」
今日は風が強く冷たい。
いつしか頬や手がかじかんでいる。
春がもうすぐ訪れるとはいえ、今はまだ寒い冬の街はこの時間でも相変わらず冷え込んでいた。
「……?」
やけに店内や外の周囲が騒がしい。
"賑やか"ではなく"騒然"としている雰囲気に思える。
「広場の方か……?」
この平日の昼間。
やや凍てついた青空の下、悲鳴交じりの騒がしい声が気になり。
その真偽を確かめるために、俺はその場所へと足を動かせていた。
「自動販売機……?」
広場にまわった俺が初めに遠目で見た時はそうとしか見えなかった。
だが、そのイメージはすぐに振り払った。自販機にしては建物並にデカすぎた。
それ以上は逃げ惑う人の波を掻き分けて進んで見るしかない。
『ランボーグッッッ!!!』
爆音で、より勢いを増して聞こえて来る。
この世のものとは思えない叫び声。
まさか、あれが例の怪物──?
「馬鹿馬鹿しい。何を考えてるんだ俺は……」
脳裏に過ったものを苦笑で否定して、両目を擦ってもう一度見上げる。
刹那。
本能が危険を察知していたのか、身を隠せるほどの大きな看板の裏に寄り添って、より近くから音の発信源を確認する──。
「な」
何かよく分からないのがいた。
青と黄色で描かれた自動販売機に模した化物。隣には豚なのかカバなのか分からない姿の怪人。
そいつの命令に従う怪物は中から巨大なペットボトルを大量に発射し、それらはミサイルとなって周囲を荒らしていた。
理解出来ない。
視覚も聴覚も追えない。
それどころか現実感のなさすぎる現状に五感までもが正常に働かない。
ただ爆発音と煙幕だけが、あいつらがこのショッピングモールを破壊しようとしているのだと知らせてくる。
──ただ、これだけは言える。
アレに絶対近づいてはいけない。今すぐ離れなくてはならない。
──離れていても伝わってくる……いや、殺気が迫ってきている。
……死ぬ。
鼓動が身体を激しく揺らして危険を伝えている。
それに気づいた瞬間、ここにいては生きていられないと、体が瞬時に理解していた。
「っ──」
それなのに体はピクリとも動かない。
逃げなければと思う心に対して、逃げたところで間に合わないという否定。
その
「危ない!」
「──え」
その時。
それは、俺の横から魔法のように現れた。
思考が停止している。
そんな中、たった今脳に焼きついたのは、現れたそれが少女の姿をしていることだけだった。
「はあああぁ!」
それは現れるなり、俺に襲いかかってきたミサイルの数々を拳で破裂させ、そのまま躊躇なく怪物の腹に叩き込んだ。
「何をやってるのねん!さっさととっておきを使うのねん!」
『ランボ──ーグ!!!』
今度は一回りも二回りも大きなペットボトル状のミサイルを放つ怪物と、それを空中で両手を広げて受け止めようとする少女。
「大回転プリキュア返し!」
少女はミサイルの威力を利用し、自分ごとそれをぶん回して怪物に投げ返した。
そしてそれが直撃したことで、何度も火花が飛び散る。
威力が軽減することはなく、怪物は尻餅をついて大きく後退りした。
「ヒーローガールスカイパンチ!!」
握りしめた右拳で繰り出した渾身の一撃で、怪物を殴り飛ばす。あれこそが少女の持つ必殺技か。
喰らった怪物の身体は灰色に変化していき、やがて清らかな顔立ちでショベルカーの形へとその原型が消えてなくなっていく。崩れていた地面も戻っており、元の街並みを取り戻すようになっていた。
となれば、次は──。
「ひいっ!か、カバトントン!」
だが、怪人は尻餅をついた情けない格好で不明な言葉を唱え、身体中に発生した黒い靄に包まれてこの場から消えていった。
これ以上は分が悪いと判断したのだろう。あんな奴でもそこまでの知性はあったようだ。
──風が強い日だ。
僅かながら姿を見せていた雲がなくなっており、青空が広がっていた。
周囲を差し込む太陽の光が、近くにいた少女を照らし上げる。
青空を連想させる清涼な水色のツインテール。ピンクのグラデーションが掛かったワンピースドレスに、両手にはオープンフィンガーグローブを身に着けている。少女らしさとは程遠い格好というか、まるで勇者または王族のような凛々しさも感じられた。
「──」
声が出ない。
突然の出来事に今も混乱しているわけではない。状況をしっかり分析できているし、意識はある。
ただ、宝石のように綺麗な瞳でこちらを見据える目の前の少女に言葉を失っていた。
「怪我はありませんか?」
「え……あ……はい……」
戸惑いながらも問いに答え、差し伸べられた手を取って立ち上がる。
彼女が何者なのかは俺には分からない。
今分かることと言えば──あの怪物を操る怪人の敵。つまり、人々の味方であるということだけ。
「ソラちゃーん!」
その時、横から第三者がこちらへと駆け寄る。
"ソラ"というのは、恐らくこの少女の名前だろう。小豆色の髪の少女が近づいてくる……って、ちょっと待て。小豆色なんて珍しい髪色をしている女子なんて俺の周りには1人しかいない──。
「……うえぇ!?士郎さん何でここにいるの!?」
「ましろこそ何でここに──っぐ、訳が分からなすぎて頭痛くなってきた」
「大丈夫ですか!?もしかしてランボーグの被害を受けたんじゃ──とにかく、ましろさんの家に連れて行きましょう!」
「いや、その前にまずあんたが一体何者なのかを説明しろ!」
突然の出来事の連続で再び混乱状態に陥ってしまう俺であった……。