前回の方に乗っける予定だったのですが、本作品の読みやすさと情報量を考えて分けました。
物凄い重圧の時間からしばらく経ち、就寝時間になる。
今夜の衛宮家には、縁あって聖先輩と藤ねえ、そして桜も泊っている。おかげでさっきまでとんでもなく賑やかだったのだが、今は座敷の明かりが消えて静寂が戻ってきた。
女三人寄れば姦しい、と言うが、それは大人しい桜でも当てはまったらしい。
「……違うか。聞こえてきたのは殆ど藤ねえの笑い声だもんな」
それでも賑やかだったのは事実である。
すぐ近く、同じ屋根の下で同年代の女の子達が騒いでいた、というのは精神衛生上よろしくない。
「──くそ。気になって眠れなくなってきた」
色々考えるほど頭が痛くなって、眠気なんて吹っ飛んでしまった。
最低なことを考えてしまう前に、俺は布団から身体を起こす。
「──」
時刻は午後11時。
屋敷の電灯は消え、外は物音ひとつしない。
座敷で眠る藤ねえ達を起こさないよう、足音を立てずに部屋の襖に手を掛けた。
庭に出る。
月は明るく、切りつける風は冷たい。
春が訪れるというのに、静かな夜はまだまだ肌寒かった。
当然のことながら、土蔵は静まり返っている。
不覚にも入り口は開きっぱなしで、内部は来る者を拒むように黒々としていた。
中に入る。
扉に入って外気を遮断し、おんぼろなストーブに火を入れた。
「……戦うって決めたんだ。遠坂やソラやましろと肩を並べて戦えるように、せめて魔術だけは鍛えないと」
土蔵の真ん中に腰を下ろして、すう、と深く長く息を吸った。
「ふぅ──っ」
……呼吸を整えて、いつもの修練を開始する。
閉じた目蓋の先にはいつもの映像。
空っぽの頭に浮かび上がる剣の姿。
それを無視して、更に思考をクリアにしていく。
全身に魔力を通したら、あとはいつもの強化の練習。
裏山、保育の専門学校でのランボーグとの戦いと珍しく二度も成功した強化の魔術。
その感覚を忘れないうちに繰り返して、確実にモノにしていけば問題ない。
「──
半眼になって肺の中身を絞り出す。
聖杯戦争も、ソラのことも、遠坂のことも、この工程に没すれば全てなくなる。
未熟な自分の数多くの迷いを一切忘れるほど思考を無にしなくてはならない。
ただ、その過程。
自分がこうしている今、魔術師である遠坂も同じ鍛錬をしているのかと。ソラは今も葛藤を続けているのかと──そんな雑念が、頭から離れなかった。
──不自然な闇を抜ける。
人気が完全に途絶えた深夜。
月明りに照らされていながら一寸先も見えぬ真っ暗闇の通路を抜けて、遠坂凛はその室内に入った。
そこは、とある建物の一室。
収容された従業員は50人ほど。
殆どが男性で、その全員が、糸の切れた人形のように散乱していた。
「──」
歯を食いしばる。
闇で視界を閉ざされていたためか、少しばかり救われた。
腐乱した空気は、草の薫りが煙となって室内に充満している為だ。
「──なんの香だろう、これ。アーチャー、貴方判る?」
ドアを開け、窓を開けながら凛は自らの背後に問う。
人影はない。
ただ、立ち込める煙より濃密な気配が揺らめいている。
「魔女の軟膏だろう。毒性が非常に強い、セリ科のヤツかな」
「ドクニンジンか。愛を破壊、だっけ……この惨状の仕掛け人、よっぽど男を恨んでいたようね」
「しかも、相手は魔術師ではなく私のような"英霊"らしい。君の目の前に転がっている先程の男、直に枯れるがほんの僅かに魔力が残っている。なんの恨みがあるかは知らないが、外の世界を無理にでも飛び出してまで八つ当たりするとは、そいつの夢幻召喚にかなり不満を持っていたか、或いは男への怨恨が深いか」
「……ともかく、窓を開けて頂戴。──こいつ以外の連中はまだ息があるか。今から連絡するにしても朝になって発見するのと変わらない。用が済んだら手早く離れるわよ、アーチャー」
一面の窓を開け放ち、特別状態の悪い人間の手当てをし、凛は室内を後にする。
「……服。クリーニングに出さないと」
コートの匂いを嗅ぐ。
特別触れたわけではないが、コートには錆びた鉄の匂いが移っていた。
まあ、密室と化した空間の中じゃ匂いが引っ付くのは当然と言えば当然なわけで。
その床には、50人もの人間が吐き出した血が溜まっていたのだから。
凛の背後にいた気配が、形となって現れる。
そこにいたのは、赤い外套を纏った1人の弓兵。
霊体として遠坂凛を守護していたサーヴァント、アーチャーである。
「それで、やはり流れは柳洞寺か?」
「……そうね。あの魔術師も含めて、奪われた精気はみんな山の方に流れていってる。最近起きてる昏睡事件はほぼそこにいるヤツの仕業ね。貴方の言う通り、こんなの人間がやるには手に余って不可能だし、キャスターの英霊でしょう」
「柳洞寺に巣くう魔女か──なら、昨夜は失態だったな」
「失態……?ケイネスと引き分けた事?アレは突然あの子達がやって来たのもあって防ぎようのない事だったと思うけど」
「どうかな。キャスターがそれほど広範囲な網を張っているのなら、昨夜の戦いも盗み見ていただろう。にも拘らずケイネスを倒し損ね、更にあの少年を初め彼女らに危害を加えてしまい、こちらは手の内を晒してしまった。防ぎようがなかったとはいえ、失態であることには変わらないと思うのだが」
そう、アーチャーは皮肉げに語る。
「もっとも、2つ目に関しては君の恐れていたことが現実になってしまった。しかもただの一般人ではなく、英霊の力にも対抗出来るほどの能力を兼ね備えている。キャスターにとって厄介な敵だと判断すれば、彼女らも討伐対象に入ることになるぞ」
──ケイネスを撃退したことも、衛宮士郎を助けたことも間違いではない。
そして何より──アーチャーは手の内を晒してなどいないのだ。
昨夜。
アーチャーが放った"矢"がケイネスを止めたのは事実だ。
だがアーチャーだけではない。あの2人も、まだ本人達も知り得ない技を持っているはずだ。
「──凛」
──プリキュア。
謎の光に包まれた末に誕生した、魔術師に見えて魔術師でないモノ。
一見玩具に見えるペンを手に取って、彼女らは変身を遂げた。
──無限に広がる空、キュアスカイ。
──ふわり広がる優しい光、キュアプリズム。
2人の戦士は、それぞれそう名乗った。
「……凛」
その力は、凛達を退屈させてはくれなかった。
結果として劣勢に終わったものの、相手は指折り数える程度しかいない時計塔の
「凛」
だからこそ、逆にケイネスがプリキュア2人を押していたのが疑問だった。
凛から見て、2人の連携は少しばかりぎこちなかった。
広範囲で援護するキュアプリズムを、キュアスカイが気にかけて守っているように見えたのだ。
つまりキュアスカイは、キュアプリズムの力を全面的に信用していない。
もし、それが解消され2人が肩を並べて戦うようになった時、あの時よりもかなり強力な、新たな技を生み出すことになるだろう。そうなれば、凛にとっても好都合だと──
「凛!」
「っ!あ、ごめん、聞いてなかった」
「……今夜はこれからどうすると訊いたのだ。先程の戦闘で疲れているだろうし、大事を取って戻らないかとな」
「──」
アーチャーの言葉に、凛は僅かに拳を握る。
先程の戦闘。
建物の通路に蠢いていた骨作りの雑魚達。
その全てを、彼女は1人で破壊した。
アーチャーの助けなど不要だったし、そんなことでアーチャーの能力を曝け出す気もなかった。
何より──魔術師としてのルールを破り、こうして第三者を巻き込んだあいつが気に食わなかったのだ。
だから破壊した。
容赦なく、完膚なきまで叩きのめした。
……その骨の材料がつい先日まで生きていた一般人だったとしても、一切の情はかけなかった。
その戦いで、凛が負った傷はない。
ただ。
必死に、吐き気を堪えながら戦った代償として、唇を血が滲むまで噛み千切ってしまっただけ。
「──キャスターを追うわ。気配はまだ残っているんでしょう。柳洞寺に逃げられる前に片付ける」
「……驚いたな。出来ないと思ったことはやらないのが君の主義ではなかったか?」
「そうだけど、これは別でしょ。今から追いかければ尻尾ぐらいは掴めるだろうし、なにより──」
「──喧嘩を売らなければ気が済まない、か」
「と言っても、あの子達みたいなのに捕まらない限りはね。流石に夜中の11時に出くわすなんて、顔立ちを見るにそうないでしょうけど」
「……ほう。では、彼女らが目の前に現れた時は話は変わるのかな。たとえば、未だ聖杯戦争の事情も分からぬままソラ・ハレワタールが首を突っ込んできたとしたら」
試すような言葉。
感情のないその声に、夜の街を見下ろしながら、
「──殺すわ。見逃すにしても一度きりだし、命知らずの馬鹿にかける義理なんてないもの」
そう自分に言い聞かせるよう、遠坂凛は断言した。