結局、何事もなく一日が終わった。
授業は全て終了し、教室には若干数の生徒しか残っていない。
これといって特に用事はない。
ましろ達との約束通り、早く家に着いて2人を出迎えに行くと、
「──ランボーグッッッ!!!」
その呻き声を聞いた途端、思わず窓を開けて外を見渡した。
遠くて小さいが、微かにランボーグの姿が見える。あの場所ってましろの通学路じゃなかったか……!?
「え、ちょっと、あれ何なの!?」
「と、遠坂……!」
急に教室に入って窓の外に首を出すなり、驚きの声を上げる遠坂。
でもそんなことに戸惑っている場合ではなく、俺は即座に駆け出した。
「待って!1人で先走ったら危ないわよ!」
「そんな場合か!モタモタしてたら被害が大きくなる!」
「分かってるわよ!だから危ないって言ってるんじゃない、ばか!」
目的地へ到着する。
時折爆発音が聞こえていたのだが、どうやらソラ達が先に戦っていたようだ。
戦況はプリキュア側が優勢、ランボーグは全身のバランスを崩して仰向けに倒れている。
「ソラ!ましろ!」
「っ、シロウさん!」
「……なんだ、俺が急がなくても問題なかったみたい」
学校からここまで、それほど距離も時間もかからないはず。
それなのに、この短時間でランボーグを瀕死状態まで追い込んでいる。
今の2人は、以前よりも格段にパワーアップしているようだった。
「スカイ!私達の必殺技、士郎さんに見せよう!」
「はい!」
『スカイトーンWシャイニング!』
スカイとプリズムはスカイミラージュに見たことのないスカイトーンを装填し、形をマイクのようなものに変化させる。
『スカイブルー!』
『プリズムホワイト!』
スカイミラージュを天にかざして2人のイメージカラーのエネルギーを頭上へ照射する。
すると、上空に円盤状の飛行物体が出現し、そこからトラクタービームに似た光線がランボーグに降り注ぎ、吸い込んでいく。
「見ててくださいシロウさん!私たちの必殺技を!」
『プリキュア・アップドラフト・シャイニング!!』
直後、飛行物体の中で大爆発が起こり、2人はそれを背に受けて滑るようにランボーグから距離を取った。
「スミキッタ〜」
こうして、大爆発を浴びたランボーグは浄化していった。
カバトンも既に姿を消しており、荒れた近辺が元に戻っていた。
「凄い、な……」
なんと言うか、2人の新しい技を見て、その一言が真っ先に浮かんだ。
これ以上誰も傷つけたくないからこれからも1人で戦う、とソラは言っていたそうだが、元気を取り戻した上にましろとの友情も深まったそうで良かった。
「あ、あのっ!」
声をかけられる。
ソラは真っ直ぐな視線、覚悟を決めた表情で俺の瞳を見据える。
「私、ましろさんともシロウさんとも、もっと一緒にいたいです!」
その言葉に、ましろが微笑んだのが目に映る。
「私も同じ考えだよ。2人がいないと、時間が過ぎるのがゆっくりだなぁって」
「はい!だから、シロウさんにはこれ以上傷ついて欲しくないんです。確かに、シロウさんが突き飛ばしてくれなかったら私が貴方の立場になっていました。でも、自分が助かる代わりに誰かが犠牲になる、それも仲の良い"友達"がなんて、そんなのは絶対に嫌だ!」
「ソラ……」
「だから、やっぱりこれ以上──」
──戦って欲しくない。
聖先輩や遠坂の証言を聞くに、この言葉が返ってくると予想するのは難しくなかったが、そこまで言って声を詰まらせている。
でも、もう答えが決まってるから、言わせてもらう。
「……ごめん、その要望には応えられない。俺は出来る限りのことは尽くすって決めたんだ。ソラがエルをスカイランドにいる両親の元に帰したいって言うなら、最大限手を貸したいんだ」
「──」
「それに、2人が死ぬ気で戦ってるのを見てるだけなんて嫌だ。俺だってまだ魔術師としては半端者だけど、それでも俺のことを"友達"って言ってくれるなら二度とあんなヘマをしないようにちゃんと魔術を鍛えて、2人と肩を並べて戦えるように、役に立てるようになりたい」
「シロウさん……」
「だから頼む。一緒に戦わせてくれ」
頭を深く下げる。
俺の無茶な行動で皆を悲しませてしまったことへの謝罪と、それでも戦いたいという願いを込めて。
たとえ、ソラが残念がったり軽蔑したとしても──
「……ふふっ、顔を上げてください」
何がおかしかったのか、ソラは僅かに口元を緩めて俺に告げた。
反射的に顔を上げる。
「やっぱりましろさんに言われた通りです。シロウさんは一度決めたことは曲げない。ある意味頑固過ぎてこっちが砕けるしかないって」
あー、俺って頑固者なんだ。
自分でもそう思うことはなくはなかったけど、周りから見たらそう思うのか……褒められてるのか分からないから何とももどかしい。
「分かりました。私、シロウさんとも戦います!」
「っ──ありがとう、改めてこれからもよろしく」
「はい!」
ソラに差し出された右手を、こちらも右手を出して握手を交わそうとする。
「それがファイナルアンサーってことで良いのよね?」
「「?」」
その時、背後から声が聞こえた。
視線を振り返ってみると、そこには──
「最近怪物出没のニュースが減ってきたと思ったら成程、貴女達が退治してたってわけか」
夕陽に照らされながら仁王立ちしている、遠坂の姿があった。
「何だよ遠坂、来てたのか」
「当然でしょ、貴方を追ってたんだから」
ハァ、と呆れた風の溜息を吐く遠坂。
そういえば何度か呼び止められたような気がしなくもない……。
「それより、そろそろ決断して欲しいのだけれど。時間かかりそうって思ってはいたけど、いい加減待ちくたびれたわ」
そう、感情のない声で呟く。
「だから言ったろ。俺は遠坂に協力するけど、俺だけであれこれ決めるのも良くないから2人と話し合って最終的に決めるって」
「だから2人に聞いてるんじゃない。この街の平和を守る正義の味方2人に」
「え、何だって2人に……」
「この前、ソラちゃんとの帰りに凛さんに会ってね。聖杯戦争っていう戦いで、士郎さんが凛さんに協力するかしないかは私達と話し合って決めるんだって伝えられて……」
……クソ、余計なことしやがって。
遠坂が俺より先に2人に接近して、悪く言えば逃がさないようにしたってわけか。
矛先をソラとましろに向ける遠坂に、固唾を飲む二人。
いや、そもそも元からソラ達に対して問いかけていたのだろう。
2人が頭を縦に振るとなれば遠坂との契約は締結する。選択の余地はない中で、決断は2人に委ねられているのだ──
「……私も、凛さんに協力したいです」
「ソラちゃん……!」
「以前聞いた話を含めても私達には知らないことが多すぎます。でも、もしその聖杯戦争というのがソラシド市やスカイランドに危害が及ぶものなら、その戦いを止めたいです!」
「わ、私もソラちゃんと同じです!役に立てるかは分からないけど、士郎さんを助けてくれたことの恩返しもしたいから……!」
そう、覚悟を決めたようにソラとましろは協力する意思を示す。
俺も聖杯戦争についてまだまだ知らないことが多いし、魔術師としても未熟だ。
こういう形で遠坂と手を組めるのなら、こんなにいい話はないと思う。
その言葉に、感情のない声音で話していた遠坂の表情が緩くなっていく。
「決まりね。それじゃ握手しましょ。あーあと安心して、わたしも怪物退治には手を貸してあげるつもりだから」
「「っ、ありがとうございます!」」
ソラ、ましろと来て俺は差し出された手を握る。
……少し戸惑う。
遠坂の手は柔らかくて、握った瞬間に女の子なんだなんて実感してしまった。
そんな手に比べると、ガラクタいじりで傷だらけのボロボロな自分の手が申し訳なく思う。
「──」
そう思うと、気恥ずかしくなって手を慌てて引いた。
「どうしたの?やっぱり協力するのイヤになった?」
「い、いやそんなんじゃない!遠坂と協力し合えるのは助かる。今のは全然そんなんじゃないから気にするな」
遠坂は不思議そうに俺を見つめた後、
「ははぁ、そういうことー」
なんて、とんでもなく意地の悪い顔をしやがった。
「な、なんだよ。つまんないこと言ったらお前の言うことなんか聞かないからな。いいか、絶対だぞ。絶ッッッ対だからな!」
「貴方、女の子の手を握るの初めてだったんでしょ?なんだ、士郎ってば顔が広そうなのに結構奥手なんだ」
「ち、違うっ!そんなんじゃなくて、ただ」
相手が遠坂だったからちょっと照れただけだーなんて言えるはずもない。そりゃああんなに同い年の女の子と強く触れあったコトも今までなかった。
同い年抜きにして、ましろとも別段強くは触れ合わなかったし藤ねえは異星の人なので除外。
聖先輩は……スキンシップが多い人だから慣れるのは早かったしな。ここまで照れてはなかったと思う。
「──って、む?」
なんか、今の遠坂の台詞、妙に違和感のある単語が混じっていたような……?
「聞いてた通りほんと顔に出るのね。ま、追及しないであげましょう。ヘンにつっついて意地張られても困るし」
……なんか癪に障る言い方だな、こいつ。
「さてと、それじゃわたしは帰るわ。もっと色々話したいことはあるけど怪物退治で疲れてるだろうし、返事を貰っただけでも十分よ」
「え?ああ、そうか。お疲れさま」
協力するというからには長時間拘束されるものだと少し思っていたので驚いた。
流石にあり得ないとはいえ、遠坂は常識が通じ無さそうだしつい思ってしまっていた。
「今更だと思うけど、聖杯戦争を怪物退治と同等だと思わない方が良いわよ。ただ目の前の敵を倒すのが通用するほど、この戦いは甘くはないから」
最後にきっちりと注意事項を言葉にして、遠坂は帰路について行った。
遠坂もソラもましろとも別れて、緊張の糸が切れたおかげか。
熱を持っていた体がだるく感じられて、そのまま居間に寝転がった。
「──」
何かポジティブなことを考えよう。
そういえば、ソラは近々転校生としてましろと同じ中学校に通うらしい。
ましろと同じ制服を着て、ましろの友達や同い年のクラスメイトと多く接することが出来るようになったのはめでたいこと。
何よりソラはプリキュアである前に1人の人間、1人の女の子なんだからそういう生活を送るのは大事なことだ。
「──」
そんなことを考えているうちに、こつこつと静かな居間に時計の秒針が刻まれていく。
「……魔術師同士の戦い、か」
それが一体どういうものなのか、未だ判りかねる。
はっきりしているのはこの手に余る、ということだけだ。
少しでも聖杯に興味があるのなら、もう少し実感が湧くのだろうが──
「何でだろう。聖杯には嫌悪感しか湧かない」
望みを叶えるという杯。
それがどんなモノかは知らないが、サーヴァントなんていうモノを呼び出せるほどの聖遺物だ。
どんな望みも叶える、とまではいかないまでも、魔術師としては十分すぎるほど価値のある物だ。
それでも──俺はそんなモノに興味はない。
実感が湧かず半信半疑ということもあるのだが、結局のところ、そんな近道はなんか卑怯だと思う。
「それに、選定方法が戦いだっていうのも質が悪い」
とはいえ、これは椅子取りゲームのようなものだ。
どのような思惑であれ、参加したからには相手を押し退けないと生き残れない。
その、押し退ける方法によっては、無関係な人々にまで危害を加えることになる。
だから、
──喜べ衛宮士郎。
俺の戦う理由は聖杯戦争に勝ち残るためじゃなくて、聖杯の悪用を企むヤツをなんとしてでも止めること。
エルをスカイランドへ送り届ける理由も、
──君の望みは、ようやく叶う。
それと、同義だ。
「──っ」
また目眩がした。
当然だ。
いくら怪我が完治したといっても、一度は心臓を貫かれた身だ。
死ぬまで後遺症が残るって言われても納得できる。
それに、たかがナイフで刺されたのではない。
かつての"英雄"が愛用していた武器でだ。
そんなヤツ相手に力のない者が戦いに参加すれば、傷つくのは当然だ。
俺は己の力量不足の代償として身体を失いかけ、
ソラ達は、そんな状況下でも死に物狂いで奮闘した──
「士郎、たっだいまー!」
玄関から藤ねえの陽気な声が聞こえて来る。
時刻は午後6時半過ぎ。
そろそろ夕飯の支度をしないとな、と若干よろける身体を起き上がらせる。
「おかえり。これから飯作るから、ちゃんと手洗いうがいしておけよ?」
「言われなくても分かってますよーだ!やめてよね、私のお母さんじゃあるまいし」
そんな何気ない挨拶を交わして、俺は台所へと歩いて行った。