いつも通りの朝に、いつも通りの日常。
俺達は虹ヶ丘家にて、それぞれの作業に徹していた。
「歓迎パーティーなんて……そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ」
「何言ってんだよ。俺達がやりたいって言ってんだから、気を遣ってなんているもんか」
折角ツバサが新しい仲間として加入したんだし、今一度意気込みという形で歓迎パーティーをしようじゃないかと提案する。
発案者はましろだったのだが、俺もソラも異論はなくすぐに賛成したので、あとはツバサに了承を得てもらうのみだ。
「ツバサくん、ダメかなぁ……?」
「あっ、いや……」
「えるぅ~!」
「ダメってわけでは……嬉しいです。ありがとうございます!」
「そうと決まったら早速準備に取り掛かろう!」
「では、ボクも手伝います!」
「分かった。じゃあ──う?」
部屋の飾りつけをお願いしようとして、思わず踏み留まる。
別段、おかしいことでもない。
今回の主役であるツバサが準備の手伝いを要望してただけのはずなのに──って、そこが引っかかってたんだ。
「いやいや、ツバサくんの歓迎パーティーなんですから、主役はどーんと構えていてください!」
「で、でも、何だかジッとしていられないっていうか、申し訳なくて……」
「そうか。じゃあ、ソラのが一番大変そうだから手伝ってやって欲しい」
「はい!」
こうして、ソラとツバサは飾りつけ、俺とましろで料理を担当することになった。
飾りのイメージ図は絵描きの上手いツバサが描いたもので、青空を背景に飛行機や鳥などが描かれている。
如何にも、ツバサが主役の歓迎パーティーだと分かりやすい図になっていた。
一方、料理班はまずサンドイッチ作りに入る。
無論、ツバサの一番食べたいものを作るのが最適なんだろうが、それだけだとパーティーとして味気ないので色々と作ってみることにした。
ましろは盛り付け担当。
マヨネーズ、マスタード、ハチミツ、粗挽き胡椒を混ぜてソースを作っておく。
対して、俺は葉物野菜を1~2分程度茹で、アクや苦味、余分な水気を取った後、ベーコンをこんがり焼いたりスクランブルエッグを作ったりと本格的な調理担当だ。
「ソース出来たよ、士郎さん」
「よし、じゃあ次は食パンにバターを塗ってくれないか。その上にこいつらを乗せる」
食パンの片面にバターを塗った後、油を取ったベーコン、野菜、スクランブルエッグの順番で乗せていく。
「すごい慎重に乗せるんだね」
「野菜がパンに引っ付くとバランスが悪くなるだろ?そうならないように、ベーコンで隙間を空けずにみっちりとやるんだ」
それはスクランブルエッグにしても同様。
なので、ベーコンの上に野菜を同じように全体に乗せていき、またその上にましろの作ったソースをかけ、スクランブルエッグを乗せたらもう一個のパンで閉じる。
出来たらすぐには切らずにパンが乾燥しないようにラップなどで被せて密閉し、お盆などの平らな物で数分ほど押さえ、具材同士を馴染ませる。
包丁で適度な大きさに切ったら、具材がどっしり詰まったサンドイッチの出来上がりだ。
「やっぱり士郎さんは凄いや。見ただけで美味しそうな物をサッと作れるんだもん」
「そうか?ましろだってちょっと練習すればこれくらいは簡単に作れると思うけどな」
おー!とドッグフードを求めた飼い犬のように食いついてきたソラを横目に、予定通り今度はツバサの為にもう一品作ろうと思う。
「ツバサ、何か食べたい物はあるか?ツバサの好きな物で良いぞ」
「そうですね……やっぱり、パーティーと言えば"ヤーキターイ"ですかね」
……ヤーキターイ?
初っ端から聞いたことのない食べ物が来たな……。
「……ソラちゃん、知ってる?」
「その料理は微かに聞いたことがあります。確か、プ二バード族が食べるお祝い料理だったと思いますが、私も詳しくは……」
スカイランドにある料理かと思ってましろは聞いたんだと思うが、その中でも好んで食す種族や地域が限定されているのかもしれない。
「ヤーキターイというのは外はふわふわ、中はしっとり甘くて、すごく美味しいんですよ。最後に食べたのはここに来る少し前だったなぁ」
「ここに来る前って?」
「1年くらい前のことです。ボクの絵がコンクールに入選して、父さんと母さんがすごく喜んでくれて、あの時みんなで食べたヤーキターイ、とっても美味しかったなぁ」
「そういえばツバサくんは、もうずっとこの世界にいるんですよね。1年とちょっと前から」
「というと?」
「そっか。家族と離れ離れになってるんだよね。寂しくない?」
「……あっ、ホームシックとかじゃないですよ!両親とはヨヨさんのミラーパッドで連絡も取れてますし、大丈夫ですよ」
「それは安心しました」
「じゃあ俺達で作ってみるか。そのヤーキターイってやつ」
「え、でもどうやって?ボクも作り方は分からないし……」
「作り方なら、ミラーパッドに書いてあったわよ」
と。
そう言って唐突にヨヨさんが部屋に入って来るなり、持っていたミラーパッドの画面を見せてきた。
「え、ミラーパッドってそんなことまで分かるの!?」
しかも、かなりあっさりと調べられることだって出来てしまう。
マズい……俺も昨今の機械に早く慣れておかないと、この先時代遅れまっしぐらだ。
「完成するとこんな料理みたいね」
「「おー!」」
「「……え」」
ふんわりとした魚の形に、薄茶色の程良く焼けた色合い。
そんな図を見て、これは間違いなくヤーキターイだと言わんばかりにうんうんと強く頷くツバサ。
スカイランドでもプニバード族にのみ伝わる特別な料理らしく、ソラもこの料理は初めて見たと感激した表情で言っている。
「とても美味しそうですね!ましろさん、シロウさん!」
そして一方。
あまりに見覚えもあるし食べたこともあるしで何とも言えない表情を浮かべる俺とましろ。
「? どうしたのですか?」
「「……これ、たい焼きでは?」」
「へぇ~、たい焼きって言うんですか……えっ?」
今、この部屋全体に『?』が飾られている。
これがカルチャーショックというものなのだろうか。いざ直面すると何とも言えない微妙な空気感が一瞬にして包み込まれていく。
「そうね。確かに見た目はこっちの世界で言うたい焼きで殆ど間違いではないけれど、材料はスカイランドの物を使うから、たい焼きとは少し味が違うと思うわ」
「そうなの?」
「生地には"プニ麦粉"、あんには"プニの実"が使われているみたいよ」
それに関しては、俺達の世界で言うところの小麦粉と小豆で大方間違いはないはず。
ただ、味が違うとなると完全に再現するのは些か難しいか……。
「うーん……じゃあ、まずは試しにたい焼きを作って食べてみてくれ。もし本当に味が違ったらその時じっくり考えよう」
「はい!お願いします!」
たい焼きのレシピ自体は知っていても少しでもヤーキターイの味に近づけるため、一度ミラーパッドで端から端までレシピや材料を重点的に確認してから、俺達は台所へと移動した。
「分かってると思うけど、調理の前には手を洗うのは基本中の基本だからな」
「はい!綺麗に洗います!」
まずは生地作りから始めていく。
卵を割った後にボウルに黄身と小麦粉と水を投入して、更に甘味を加えるためのハチミツを入れていく。
「流石ましろさん、手慣れてますね!」
「士郎さんには敵わないけどね。次は生地をかき混ぜていくよ」
「この時、力を入れて強くかき混ぜるのは生地が零れることもあるから良くない。ましろがやってるみたいに優しく丁寧にやるのが良いんだ」
「なるほど、勉強になります!」
そして、数分経って綺麗な生地が完成した。
「これでばっちり!あとは生地をホットサンドメーカーに零れないように入れて、と」
「小豆よりもいい材料があったんで、この餡子を入れることにする。あとはこれを生地の中に入れれば準備OKだ」
いよいよこの調理も終盤に差し掛かる。
メーカーのタイマーをセットしてスイッチを入れて、あとは時間まで待つだけ。
ソラもツバサも待ち望んでいる様子でメーカーの中の生地を見守る中、段々とふっくら焼き上がってきた。
「そろそろ出来上がります!」
その合図でタイマーが時間を知らせ、熱々のホットサンドメーカーを取り出す。
「うん。ちゃんと形の良いたい焼きが出来上がったな」
「よかった~」
上手くできるか怪訝の様子で見守っていたましろは、その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべた。
さて、その味を早速ツバサに試してもらう。
「見た目はヤーキターイと全く同じ。生地の焼き具合も色合いも一緒です」
「あとは肝心な味ですね」
「それじゃあツバサ、思いっきりガブッと行ってみろ」
「えっ、良いんですか?」
「当たり前だろ?お前のために作ったんだから」
「わ、分かりました。いただきます!」
ツバサはたい焼きを手に取って、俺の言う通り一口頬張ってみる。
「「じ──ーっ」」
「うぇ……」
「こらこら、見過ぎだぞ。食べづらそうにしてるじゃないか」
なんて言っても、2人はその視線を止めない。
そんなに気になるなら、ついでに自分達も食べてみればいいのに。
ツバサはそんな圧を押し退けるように一口ガブッと口に入れた。
「……おいしいです!」
「ということは!」
「ヤーキターイと同じ味かな?」
「あー、そ、それは……」
満足そうにしていたツバサの表情が、少しばかり曇る。
「む、やっぱり違ったか。餡子を小豆にしたのが良くなかったかな」
「うーん、生地は同じ味なんですけどね……でも、美味しかったですし十分ですよ!」
「……ううん。ここからがスタートだよ」
「えっ……?」
「このたい焼きの味と違うところをツバサくんから教えてもらえれば、ちゃんとツバサくんの知るヤーキターイが作れると思うんだ!」
ツバサには一番食べたい物、好きな物を食べて欲しい。ツバサに喜んでもらうためのパーティーなんだからと、ましろはその味そのものを作ることに諦めてはいない。そんな気迫がひしひしと伝わっていた。
「そうだな。じゃあ、今度は小豆にしてみようか」
「それ以外にも色々試してみようよ。幸い、うちには色々あるし!」
「今度は私も手伝います!作り方はだいたい覚えましたので、やってみたいです!」
「あ、ボクも作ってみたいです!」
「よし、みんなで試行錯誤してみるか!」
「「「おー!」」」
意気込んだのは良いものの、そこからの道のりは長く、とても長いものだった。
ましろを中心にこの家にある可能な限りの材料を集めた結果、カボチャやカレールーなど約10種類を使って中身の改良をしていくことにする。
人数が多い分、作業効率も上がってテキパキと工程が進められた中、ツバサがくしゃみをしたことで全身が小麦粉まみれになるなど不運に見舞われることもあった。
ただ、それを賑やかな方へと思考を変えて不運を撥ね退け、どうにか10種類のたい焼きを作ることが出来た。
4人で試食する為、それぞれ適量にちぎって少しずつ味見をしてみる。
「いただきます」
「「……」」
……何故かまた緊張感が走る。
だが、今度はツバサも物怖じせずに次々と全種類を一口ずつパクッと口にする。
「どれも美味しかったんですけど……すみません、ありませんでした……」
「む、全部違うとは、難しいな……」
ここまでやってもヤーキターイには辿り着けないのか。
他の材料って言ったって、もうそれっぽくなりそうな材料は殆ど尽きているので、街まで行って買いに行かないとだが……。
「じゃあ、まだまだチャレンジだね!」
「も、もう十分大丈夫ですよ」
「ううん、ここまで来たらまだまだやっていくよ!」
「なら、みんなで買い出しに行こう。気分転換に身体も動かしたいし」
「はい!」
こうして、今あるたい焼きを全て完食してから、俺達は街へと出くわすのであった。