「──っていうことなんだけど……士郎さん理解出来てる?」
「……悪い。理解しようとはしているんだが、整理が追いつかない」
結局、ましろの家にやってきた俺はリビングにて不思議な少女──ソラ・ハレワタールが何者かについて訊き出したのだが、聞けば聞くほど混乱してくるという事態にまで陥っていた。
取り敢えず、意地でも話の内容をまとめよう。
まずソラはこの世界の人間ではなく、"スカイランド"という全く別の世界から飛ばされてきた異世界人だという。
この時点で訳が分からなかったが、確かに『ソラ・ハレワタール』なんて外国人でもあまり聞かない名前だとすぐに納得出来た。
では何故飛ばされたのか。先程のあの怪人──ザブトンかカツドンに似た名前らしい。そいつに誘拐されたエルを助けるべく立ち向かった末、突然このソラシド市へ飛ばされた。運良く着地した場所がましろの目の前だったらしい。
ソファの近くに置かれたゆりかごに揺れている赤ん坊こそがエルである。
その後、怪人がこの世界にも現れ始め、未確認の怪物──ランボーグも出現することとなった。
テレビのニュースでも放送された例の奴の正体は間違いなくそいつだと、俺は即座に断定した。
また、同時にテロップで流れた"謎の消滅"というのも、ソラが繰り出した攻撃によって起きた現象だと確信した。
そんなソラだが、初めて会った時とは姿も雰囲気も随分と変化しており、先程の凛々しさとは程遠い。
黄色いリボンで右側にまとめたサイドテール。服装に関しても、白と水色のツートンカラーのシャツに青いスカートと女の子らしいオシャレな格好をしている。曰く、ましろがコーデしたとのことで、本人は割と自慢げに語っていた。
しかし、変化するのは前々から持ち合わせていた能力というわけでもない。スカイトーンスカイとミラージュペンと呼ばれたアイテムが目の前に現れ、その時に"プリキュア"またの名を"キュアスカイ"として変身し戦うこととなった。
少女漫画やアニメに出て来る魔法少女みたいな名前であまりにも非現実的すぎると思ったが、既にこの目で見てしまっているのだから認めざるを得ない。
ただ、何故変身するようになったかはソラ本人にも分からない。正に成り行きで導かれたというわけだ。
そして現在は元にいた場所へと戻り、エルを両親の元へ帰すという目的を持って、その方法を必死に模索しているとのこと。
以上がこれまでの話の内容となる。
「しかしまあ、良くすんなり受け入れたな。あの婆さん」
「そうなの。お婆ちゃん私の滅茶苦茶な説明にもすぐに分かってくれたし」
ましろの祖母──ヨヨさんは懐はかなり広い人である反面、悪く言えば何を考えているのか分からない人だ。
ソラを居候させるにも何か意図があるはずなんだが、俺達にはそれを読み取ることはほぼ不可能である。
「えぇぇぇるぅぅぅ!!!」
「エルちゃん……?」
「よしよし……」
その時、エルが大きな声で泣き出した。
慌てて近寄るましろに対し、ソラは冷静に対処を試みる。
ミルクが欲しいのかおしめを替えたいのか聞いてみるが、エルは首を横に振って否定の合図を出した後、寂しそうな表情で辺りをキョロキョロと見回した。
「……きっと、両親に会いたいんだろうな」
「シロウさん、分かるんですか?」
「赤ん坊の子守りなんざ、前に経験してるからな。自然と伝えたいことが伝わってくるんだよ」
「そうなの、エルちゃん?」
「えるぅ~……」
ましろの問いに、今度は首を縦に振って応える。
言葉も話せないってことはまだ生後間もないのだろう。そんな子がいきなり両親から引き離されたりすれば、人里や両親の温もりが恋しくなるのも当然だ。
「とは言っても、スカイランドに戻る方法は分からないままですし……」
「うーん。せめてパパとママの顔だけでも見せてあげられたら──」
「出来るわよ」
リビングに入るなり、唐突にヨヨさんはそんなことを言い出した。
「両親の顔を見せてあげる方法があるの。コレを使えば、スカイランドと通信が出来るわ」
そう言って差し出したのは一枚の鏡。
何の変哲もないオシャレな鏡に見えるが、異世界との通信機能が搭載されていることにソラとましろは驚いていた。
「これはミラーパッドと言って、好きな場所を映せるの。スカイランドに居るこの子の両親ともお話が出来るのよ」
説明と共に、実際にタッチパネルに触れて操作して見せる。
画面に映し出されているのはソラシド市の背景。ショッピングモールの広場や街中の化粧品店など、あらゆる角度から監視カメラの如く映していた。最近のスマートフォンと言い、中々に近未来的なアイテムである。
「へぇ~、この世界には便利な道具があるんですね!」
「いやいや!そんなのないよ!」
──え、ないの?
ましろの真っ向な否定に少々がっかりする中、動揺を隠せないましろは祖母に問い詰める。
「こんなもの持ってるなんて、おばあちゃん一体何者なの?」
「実はね──私はスカイランド人なの」
「へーそうなんだ、おばあちゃんってスカイランド人なんだ~」
成程成程、とソラとましろは納得の表情で何度も頷く。
確かに、スカイランドと通信出来る機能を持つミラーパッドを所持していた人なので、ヨヨさんがスカイランド人なのも合点が──。
「「スカイランド人!?」」
段々と深く考えていると冷や汗が溢れ出て来て、それによりこの人がとんでもないことを口走ったのだと知らせる。そのおかげで、思わず馬鹿デカい声で驚嘆した。
「スカイランドで博学者だった私は、50年前この世界の事を調べにやって来たの」
「いやそれより、ましろに言ってなかったのかよ。自分が異世界人だってことを」
「突然言っても信じてくれないでしょう?まあ今でも嘘だと思うでしょうけど、この子達がいる今なら信じてもらえるかしら」
ああ、今なら合点が行く。
ソラとエルの存在。キュアスカイへの変身。スカイランドやミラーパッドに関する情報……異世界について色々と隅から隅まで教え込まれた今では、疑おうにもしんじる他なかった。
「ということは……ヨヨさんもしかして、私とエルちゃんがスカイランドに戻る方法も知っているんですか?」
「えぇ、ちょっと時間が必要になるけど私に任せておいて」
またも何気なくそう答えた。
淡々と話が進んでいくので、どうも腑に落ちる思いだ。
ましろに至っては、頭からパンクしたように煙を出して放心状態になっている。驚きの連鎖で考えることも中断されてしまっているのだろう。
「ですが、先ずは寂しそうなエルちゃんの為、スカイランドと通信するのが最優先です!」
先々の目的よりも今やるべきことを片付ける方が先だと主張するソラ。
ここで我慢させてしまえば、エルの精神的ストレスに繋がるからな。
ヨヨさんは本棚から本を取り出し、付箋の貼ってあるページを見開いて見せる。
俺達には読めない謎の文字で説明文が書かれており、その上にはサファイアみたいな青い宝石が描かれていた。
「通信をスカイランドまで届けるには、沢山のエネルギーが必要なの。エネルギー源はこの宝石よ」
「スカイジュエル、この世界にもあるんですね」
「スカイジュエルって?」
「スカイランドにある、様々なエネルギーになる鉱物です」
ってことは、この文字もスカイランド産ということか。
「でも、これがスカイランドにおけるエネルギー源なら地球上で見つけるのって難しくないか?」
少なくとも俺はこの鉱物を見たことはない。最悪、日本にはなく遠い外国で発掘されているかもしれない。
そうなれば、戻れる方法を見つけ出すのに時間が必要なんて範疇じゃない気がするが……。
「大丈夫、スカイジュエルは家の裏山にあると思うわ」
「すぐそこかい!」
「意外と近場でしたね……」
本当に遠い所にあって大冒険しなければならない始末なんかよりは幾分マシではあるが、歩ける距離にあるは流石に予想外過ぎて気が抜けてしまった。
何はともあれ、それなら早速──。
「えるぅぅぅ!!!」
出掛ける支度を始めようとしたその時、エルが再び大きな声で泣き出した。
何故泣いているのか、今度はソラもすぐに理解出来たようだ。
「では、エルちゃんも準備しましょうか」
「ああ、それなら──」
ヨヨさんは部屋からスリングを取り出してソラの肩に装着する。
そこにエルを入れれば、不自由なくより安全に連れて行くことが出来る。
粉ミルクや哺乳瓶、おむつなどの育児用アイテムはこの家に揃えてあるらしいが、本当に何でもあるんだな。
「まさか、おばあちゃんがスカイランド人だったなんて……」
「ということは、ましろさんもちょっとだけスカイランド人ってことですよね!」
「そういうことになるのかなぁ」
のんびりと、そんな何気ない会話をしながら林道を歩く俺達。
正直、無関係の俺が行くまでもないとは思ったもののソラ達だけで行かせるわけにもいかない。今回は保護者として同行させてもらう。
「私達が出会ったのは運命かもしれませんね!」
「ふふっ、そうだね!」
ヨヨさんがスカイランド人なら、孫であるましろもその血を持っていることになる。
生まれも育ちも全く違うのもあって、この出逢いは実に奇跡的だ。
それを運命なんてロマンチックに言うあたり、やっぱり女の子はそういうのが好きなんだな。
「えぅ~……」
「……1名はそう思ってはいないらしい」
それなりに歩いてきた今現在でもお姫さまの機嫌は良くならない。
涙目で頬を膨らませていて、本当の両親が身近にいないことの不安を拭えないでいる。
若い男女には難しい子守りをしながらスカイジュエルを探索しなければならないので、決して時間がかからないとは限らない。すぐに元気を出してくれると助かるのだが──。
「はいエルちゃん。ふわふわの綿毛だよ~」
ましろは側にあった開花前のタンポポの綿毛を手に取り、エルの目の前に見せた。
ふぅーっ、と息をふきかける。
綿毛はパラパラと散り、空高く飛んでいく。子供の頃に良くやった遊びだ。
「える!えるぅ!」
エルの機嫌が一変する。
かなり興味津々になったようで、ケラケラ笑いながら両手を広げて綿毛を掴もうとしていた。
「上手いじゃないか、子供のあやし方」
「えっ?」
「赤ちゃんにとって大事なのは、今何を感じているのかを分かってあげる事ですから。私もましろさんは上手だと思います」
エルの元気にしたいという思いそのままの行動だろうが、身近なもので自然と動いたのはファインプレーと言える。当人はえへへー、と照れ臭そうに笑みをこぼした。
「私も何かエルちゃんのために……あっ、これなら!」
ソラが何か興味深いものを見つけ、手に取ろうとする。
紫の斑模様がある赤いキノコ──。
「……ちょっ待て!ストップ!」
咄嗟に俺はその腕を掴んでソレから強引に引き離した。
「そいつは毒キノコだ。山にある植物は大抵が危険なヤツだから、無闇に取ったりするのは良くない」
「わ、分かりました。ごめんなさい……」
「えるぅ~……!」
エルがまたも機嫌を悪くして泣きそうになっている。
両手を上げて何かをアピールする仕草を見て、流石の俺達もそれは分かった。
「お腹が空いたんですね」
「さっきミルク飲んでなかったしな。少しその辺で休憩しよう」
近くに日の差し込んだ木々に包まれていない場所があるので、そこまで移動する。
ましろが広げたレジャーシートに腰を下ろし、手っ取り早くミルクを飲ませた。
「さっきましろとクリームパンを作ったんだが、ソラも食べるか?」
「あ、はい!ありがとうございます!」
エルがミルクを飲み終えたタイミングで、俺はバッグからパンを出して2人に渡す。
生地はふんわり、中は甘いカスタードクリーム。ソラはそんなパンを一口食べて、その食感や香りを味わっていた。
「このパンって雲の形ですか?」
「うん、スカイランドをイメージしてみたの。名付けてくもパン!」
「型はましろがデザインしたんだよ。スカイランドがどういう所かは分からないけど、良く出来てるだろ?」
そう言って、エルの前で雲の動きを真似るようにして見せつけてみると、キャッキャと笑顔で触れようとする。
その姿が、とても素直で愛らしく見えた──。