「こうして2人の女の子は一緒に戦うことになりましたとさ、めでたしめでたし」
「──」
ゆらゆらと揺れる車の助手席に座って車窓を眺めながら、運転手が口ずさむ絵本にありそうなお話をぼんやりと聞いていた。
行先は虹ヶ丘宅。家から車を頼るほどの距離はなく、寧ろ歩いて通えるのだが。
「……なあ、俺を連れて行く意味あるのか?」
「久しぶりに会ったのにはいさよならーって言うの寂しいし、賑やかな方が良いじゃん?」
「それはそうだけど、久しぶりって言っても一週間前も家に顔出してただろ。会おうと思えばいつでも会えるじゃないか」
「一週間前なんて長いよ~。あげはちゃん先輩は3日間誰かに会えないと寂しくなって死んじゃうのです。うさぎさんなのです」
それは重症だな。
ましろとなんてしばらく会ってないだろうに、どうやって精神補えているんだ。
そんなこんなで、目的地へと到着する。
車を降りてドアを閉め、玄関前まで歩いてインターホンを押す。
「お待たせしまし──ッ!?」
「久しぶり!」
挨拶をしながら扉を開ける家の者の姿が見えた瞬間、こちらから扉を全開にして飛び出し、力一杯に相手を抱きしめる。
絶好のロケットスタートだった。呼び出し人が誰なのか認識出来ていない時にそんなことされても困惑するだけだと思う。
「ちょっと見ないうちに背伸びた?髪型変えた?髪型どころか髪色も変わって──」
「落ち着け。その子はましろじゃない」
「え……誰!?」
「こっちの台詞です!」
相手の顔を見て硬直する先輩を引き離す。
似た感じで突然の出来事に困惑する目の前の女の子はましろではなく、この家でプリンセス・エルと居候の身になっているスカイランド出身のソラ・ハレワタールである。
「あれ、士郎さんに……あげはちゃん!」
「ましろん!」
そんな2人の間に、ましろがエルを抱えて顔を出してくる。久々の再開に驚きを隠せないようだ。
「何で?どうして!?」
「ちょっとこっちに用事があってさ」
「どちら様ですか?」
割って入るようにソラが疑問を投げかける。
心なしか少々警戒しているようにも見える。大体はこの人が悪いので正しい行動だ。
先輩はソファに座ってソラと身体を向き合うと、バッグからタブレットのようなものを持ち出す。
画面には幼い頃の先輩とましろに似たキャラクターの絵が映し出されていた。
「むかーしむかし、ソラシド市に2人の女の子がいました。名前はあげはちゃんとましろん!二人はご近所さん同士。ところが、母さんのお仕事の都合であげはちゃんは遠い街へ引っ越すことに……『ママ嫌い!こんなうち出ていってやる!』さて、お家を飛び出したあげはちゃんはどうなって──」
「日が暮れるから手短にやりなさい」
「むぅ、つれないなぁ士郎くんは……でもそうだね、分かった」
タブレットの画面を閉じて膝の上に置くと、こほんと咳払いをして再び自己紹介を始める。
「私は"聖あげは"、18歳!血液型はB。誕生石はベリドット。ラッキーカラーはベイビーピンク。最近のブームはイングリッシュティーラテ・ウィズ・ホワイトチョコレート・アド・エクストラホイップ。はいそっちのターン!」
「……あ、えと、初めまして。この家でお世話になっているソラっていいます」
「この街の子?」
「いいえ、私はエルちゃんと一緒に別の世界に来ました」
「ターイム!!!!!」
立ち上がって張り上げる声にびくっと身体を震わせる。
ましろは口元に指でバッテンを作って、ソラが言っちゃいけないことを漏らしていることを伝えた。
「そうでした!大騒ぎになるからスカイランドの事やエルちゃんがプリンセスだって事は内緒にするって──もごもご!」
「声に出てるぞソラ!」
「スカイランド?プリンセス──ぷぎゅ」
「あ、あげはちゃん!今ソラちゃんが言ったことはきれいさっぱり忘れて!ね!?」
「え、えー、かくゅしごとぉ~?」
ソラの口を手で塞ぐ俺と、先輩の耳を強く塞いでその頬を抓るましろ。
もはや何もかもを漏らしてしまったし、疑問符を浮かべたことをすぐに忘れるわけにも行かないが、どうにか説得してみせる。
「ごめんねあげはちゃん、友達の秘密は言えないよ」
「OK!いつか、私にも教えてくれると嬉しいな」
自己紹介中に急に騒ぎ始めた上、咄嗟に聞かなかったことにしてくれと懇願されるのは不満が残るのは致し方ないかもしれないが、先輩はそれらを飲み込んですんなり理解してくれた。そのことに、ソラもましろもホッと胸を撫でおろした表情を見せた。
「そういえばあげはちゃん、用事って一体何だったの?」
「あ、それは俺も聞いてなかった」
「へぇ~、士郎くんも気になるんだぁ?」
……何かそんな言い方されるとムカつくな。
ましろもあまり乗り気じゃない中、ソラは前向きな返事を出す。
「知りたいです!」
「なら、これからある場所へ行くけど皆も行く?きっと分かると思う!」
「はい、お願いします!」
「邪魔にならないんだったら、俺は別に構わないけど……」
「私も士郎さんに同じ……」
「よし!そうと決まればレッツゴー!」
「おー!」
「「おー……」」
先輩に振り回されるまま、俺達はある場所へと向かった。
「全く、どうして午前中からこんなに疲れてるんだ……」
「あげはちゃん、凄く元気だよね」
ある場所のベンチでぐったりとしている俺を見て、苦笑いを浮かべるましろ。
ここはソラシド市の福祉保育の専門学校。要するに、保育士の専門学校である。曰く、先輩の将来の夢は『最強の保育士』らしい。
俺達は部外者なので流石に同行するのは難しいので、広場のベンチで待機している。ソラはエルを抱えて周辺の散歩に向かっていた。
「……少し聞いて欲しいことがあるんだけど、良いかな?」
「ん、珍しいな。何か悩み事か?」
かなり真剣な声音だったので、こちらも姿勢を正して彼女の方へ向き直る。本人にとって結構大事なことなのかもしれない。
「悩み事と言えば悩み事、なのかな……あのね、朝早くにソラちゃんとランニングした時のことなんだけど」
ソラとのランニングは朝のルーティンにしており、体力作りのために毎朝適度な距離を走っているそうだ。
「毎日ランニングを続けたら、もっと鍛えたらソラちゃんみたいに強くなれるかなってソラちゃんに聞いたの。そしたら、今の私のままでいいって……」
「あぁ……どうして強くなりたいんだ?」
「どうしてって……ソラちゃんがあんな必死に戦ってるのに、私はただ見てるだけっていうのが、その……」
一緒に戦えない自分が情けない、と自身を責めているように見える。
成程、改めてましろは凄く優しい女の子なんだと実感した。
「多分、俺もあの場にいたらソラと同じことを言ってた気がする。今のましろのままで良いって」
「え……?」
「無理に強くなる必要はないと思う。それに、ただ見てるだけって言ったけど、ましろはソラの代わりにエルを護るって役目をちゃんと果たせてるだろ?それで十分じゃないかな」
何より、ましろがあんな奴らに傷つけられる姿を見たくはない。そうなってしまったらとても辛いし、ソラもエルも悲しむと思う。
どちらかと言えば、戦わないで欲しいという私情の方が強い。
「そうなの、かな……」
俺の言葉を納得したのかは分からないが、それでも複雑な表情で答えるましろ。
顔を俯かせて押し黙ってしまったのを見るに、もう少し寄り添った方が良かっただろうか。
いや、それでも悪と戦うことはソラのように容易に出来ることじゃないんだから、こうやって根強く言った方が良い。
「ただいま戻りました」
「えるぅ~!」
そこに、散歩に出かけていたソラが戻って来る。
エルも楽しんだようで、満足げに挨拶の声掛けをしていた。
「なりたいものの為に頑張ってるあげはさんって、とても素敵ですよね」
「そうだね。ねぇ、エルちゃんは大人になったら何になりたいの?」
「えるぅ?」
そんな質問をしてみるが、すぐに適切な回答が返ってくるはずもない。
まだ赤ん坊だし、エルには早いよな。
「ソラちゃんは大人になったら何になるの?」
「それはもちろん、ヒーローです!ヒーローしかありません!」
まあそれしかないか。
逆にそれ以外のことを言われたら、それはそれで困惑すると思う。
「ところでましろさんは、大きくなったら何になりたいんです?」
「私はね~……」
そう言って思考を張り巡らせながら、しばらく沈黙の時間が続く。
「……特にない!?どうしよう!?」
「それでも良いんじゃないか?俺も特別これがしたいっていうのは今のところないし」
「でも、クラスの子達はちゃんと将来の夢とか決まってるし、私も決まってないとダメなパターンじゃない!?でもでも、私これと言って得意なことないし~!」
得意なことがないなんてことはないと思うんだが。
料理とかファッションとか……でもあるからと言って面と向かって得意なこととは言えない気持ちも分かる。
「あっ、ブタさんが危ない!」
そうましろと一緒に悩んでいると、ソラがナニカを見て驚愕する。
黒い小豚が以前裏山で見つけた毒キノコとあからさまな罠に向かって直進しているのが視界に映った。いや、あからさまなのは罠だけじゃない。豚もキノコも怪しすぎる。
それを言う前に、ソラは罠とキノコを退治し小豚を抱えて救出する。
だが、その正体はか弱い小豚ではなくエルの誘拐を図る怪人カバトンだった!
……そうやってソラ以外驚くはずもなく、俺とましろはただその場にその末を呆然と見つめていた。
「……まさか、このカバトン様がブタに化けていたとは……あっ、お釈迦様でも気づくめぇ!」
「な……なんてずる賢い!」
「コントかな?」
「……ん、なあソラ、ミラージュペン持ってきてないのか?」
「え、ミラージュペンならここに……あれ!?」
常時腰に装備しているとミラージュペンを手に取ろうとするが、何故かそこにない。
対して、カバトンは人を馬鹿にしたような薄ら笑いを続けている。その手にはソラが探さんとしているものの姿があった。
「ッ、いつの間に!?返してください!」
「返せと言われて返すおバカさんがどこにいるのねん!」
うわ、悪党のくせに正論かましてきやがった。
「あの時の復讐をするのねん!コイツでお前らにも毒を味わわせてやるのねん!」
『カモン!アンダーグエナジー!』
禍々しいエネルギーを毒キノコを媒体に取り込み、ランボーグを召喚する。
ミラージュペンを奪われプリキュアに変身出来なくなったので不利な状況である。
「プリキュアになれないお前なんか怖くないのねん!今度こそプリンセスを頂くぜ!」
怪物の出現に逃げ惑う人々に構わず、ランボーグは身体から触手を放って俺達に襲い掛かる。
「ッ、2人とも下がって!」
即座にソラが先頭に出て、触手を蹴りで弾き返す。
元々の身体能力は並の人間と比べられない程の高さなのだが、やはりキュアスカイの時と比べると何処か劣ってしまう。
危険を察知して一歩退いたのが仇となったか足首手首と巻きつかれ、全身を拘束される。身動きが取れない状態となってしまった。
「ソラ!」
不味いことになった。
あいつらはキュアスカイにしか撃退出来ない故、その手段は今なくなってしまった。これでは奴らを倒すことは不可能だ。
「ましろん!士郎くん!」
外の騒ぎを聞きつけたのか、聖先輩が校舎内に避難するよう促す。
一方、ましろは視線を交互に送る仕草をして躊躇っている。ソラを助けるか、エルを抱えてこの場から避難するかの葛藤をしているのだろう。友達を人質にしたくないし、だからといってエルを危険な場所にいさせる訳にもいかない、そんな迷いが生じている。
……いや、それだったら、迷う必要はない。
今が奴らを倒せない不味い状況なら、それを打破すればいい。
たとえ端くれだろうと魔術師である衛宮士郎が、それを出来ないなんて言わせない。こんな時に自分が動けないなんて無様、見せるわけにはいかない──!
「……いいぜ。やってやろうじゃないか」
下手なことを考えるのはやめた。
今やるべきは、ランボーグを叩くことだけ。
「……ましろ。先にエルと行っててくれ」
「先にって、士郎さん何するの……?」
「少し用を済ませるだけ。危なくなったら、すぐに俺もそっち行くから」
「……もしかして、戦う気じゃ」
「いいから早く!」
このまま居座っても危険な目に遭わせるだけだ。
大声を上げてでも、ましろへ避難を促す。
「う、うん!でも、すぐに来てね!」
そう言って、エルと共に校舎内へと入っていった。
よし、まずは第一ミッション達成。
「危険すぎます!シロウさんも逃げて──むぐっ」
ソラの声を喧しく感じたのか、ランボーグは触手で口を塞いだ。
心配かけてすまない。今助けに行くからな。
「まずは武器をどうにかしないと」
さっきも言った通り、俺は強化の魔術しか使えない魔術師の端くれだ。戦うには武器が必須だ。
結局は探しに行かなきゃならず、どのみち時間を要するかと思ったが、そこまでの不運は持ち合わせていなかったらしい。
「……ラッキー、何でこんなところに金属バットが」
近くに転がってあったバットを拾い上げる。
福祉保育の専門学校内に合わない代物だ。子供が使うプラスチック製や木製ならまだしも、よりによって金属製なんて少々気味が悪い。
だが、武器としては有難い。これなら思い切って前進出来る。
「──
暗示の言葉と同時に、金属製の武器に魔力を通す。
あの怪物を叩きのめそうというモノに仕上げていく。バットにその程度の魔力を通し、固定化させなければ武器としては使えない。
「──構成材質、解明」
意識を集中する。
皮膚越しに自らの血液をバットに送るように、魔力をそこに浸透させる。
「──構成材質、補強」
こん、と何かが底に当たる感触が全身に響き渡る。
バットの隅々まで魔力が行き渡ったことによる信号で、それがすぐさま溢れようとする。
「──
ザッ、とバットの固定化と自身の魔力の送還への接触を断つ。
金属バットの硬度は鉄以上のモノとなっている。恐らく、コンクリートにクレーターを作ることなんざ容易なはずだ。
それでいて軽さは元のままである。元の金属バットでも文句なしなのだが、急遽の武器としては実に幸運なものだ。
巧く、いった。
強化の魔術が成功したのは何時ぶりだろうか。
前回の戦いで柔らかい岩に向けてやったのはあくまで失敗例だ。ちゃんとした成功例はここ何年もなかったと思う。
ともあれ、これでなんとかなるかもしれない。
「むーっ、むーっ……!」
俺はゆっくりとランボーグに接近し、ソラの救出を試みる。
触手越しに訴えるように声を上げるが、今はそんなこと関係ない。
「──うおおおぉぉぉ!!!」
怪物に向けて、渾身のフルスイングを放った。