Hero Sky Blade Works   作:ゆぐゆぐ

8 / 15
#08 目覚め

 

「子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 不意に。

 俺から見たら正義の味方のようなものの切嗣は、懐かしむように、そんなことを呟いた。

 

「何だよ、それ」

 

 むっとしたので言い返す。

 切嗣はすまなそうに笑って、遠い月を仰いだ。

 

「残念ながら、ヒーローは期間限定で、大人になると名乗るのが難しくなるんだ。そんなこと、もっと早く気づけば良かった」

 

 そう言われて納得する。

 具体的にどう納得したかは難しかったが、切嗣の言うことだから間違いないと思った。

 

「そっか。それじゃしょうがないな」

 

「ああ。本当に、しょうがない」

 

 笑みをこぼして、相槌を打つ切嗣。

 だからその時、次に言う台詞は決まっていた。

 

「うん。しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんは大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ?任せろって、爺さんの夢は」

 

 "──俺がちゃんと形にしてやるから。"

 

 そう言い切る前に、切嗣は微笑んだ。

 そして、そうか、と長く息を吸って、

 

「ああ──安心した」

 

 静かに目蓋を閉じて、衛宮切嗣の人生を終えた。

 

 それが五年前の冬の話。

 月が落ちるまで、泣き声も上げず騒ぎ立てることもなく、ただ十年分くらいの涙を流していた。

 そのおかげか、その後はサッパリしていた。

 

 藤村家や虹ヶ丘家の御家族に諸々の世話を焼いてもらって、結局衛宮の屋敷に1人で住むことになった。

 切嗣がいなくなっても変わらない。

 衛宮士郎は爺さんのような正義の味方になるのだから、のんびりしてる暇なんてない。

 

 ──そう。

 ちゃんと、俺は覚えていたんだ。

 十年前、大火事で取り残された自分を救い出してくれた男の姿を。

 意識もなく、全身に火傷を負っていた死にかけの子供を抱き上げて、目に涙を溜めるくらい何度も何度も喜んで、外に出してくれた。

 

 その時から、俺は彼の憧れになった。

 誰も助けてくれなかった。

 誰も助けられなかった。

 そんな中で一人だけ助けられた自分と、ただ1人助けてくれた人がいた。

 

 ──そんな人に、俺は憧れた。そういう人間になろうと思ったんだ。彼のように誰かを助けて、誰も死なせないようにする正義の味方に。

 

 子が父の跡を継ぐのは当然のこと。

 衛宮士郎は誰かの正義の味方になって、かつての自分のような誰かを助けなくてはいけない。

 

 幼い頃の俺は、そう誓った。

 誰よりも憧れを抱いた切嗣の代わりに、俺が彼の夢を果たすのだと。

 

 ……だが、正直分からない。

 

『確かに士郎くんみたいな人がいるのは心強いけど、いつも他の人達にいいように使われてるじゃん。人助けは良いことだけど、人が良すぎるって』

 

『シロウさん……お願い、です。返事を、してください……!』

 

 切嗣の言っていた正義の味方ってどんなモノなのとか、俺がソラを突き飛ばしたあの方法は正しかったのかとか、切嗣の口癖だったみんなが幸せでいられるように、とかいう魔法みたいな夢の実現方法とか、人が良過ぎるってどういうことなのかとか、プリキュアとか、スカイランド人とか、プリンセス・エルとか──数えきれない情報量で頭んなかがごちゃごちゃだ。

 俺は、本当にこれで良いのだろうか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 目を覚ますと見慣れた部屋が視界に広がった。

 

「おぇ、口ん中、まっず……」

 

 濁ってどろついた血の味がする。

 口内に血が溜まって残っていたのか、呼吸した時の空気でさえもどろっとしたものが流れ込んできた。

 

「すぅ、すぅ……」

 

 ……えっ。

 別の寝息が聞こえると思ってその方向を向いた瞬間、聖先輩が何故か両腕で顔を覆って俯せになりながら寝ていた。

 あの後、皆で俺を運んでくれたのだろうか。でも、俺はあの時心臓を貫かれてて……。

 考えようにも猛烈に吐き気がするんで、すぐにでも洗面所に行って顔を洗いたかった。

 

「──っと」

 

 邪魔にならないように、そっと体を起こす。

 直後、目眩がした。

 思わず倒れそうになって、なんとか壁に手を置く。

 

「……うっ」

 

 動くと吐き気がする。

 いや、吐き気より苦痛に近い。

 

 体は重いし、動く度に頭ん中がぐるんぐるんと回るよう。

 額からひたひた垂れ、滲む汗を何回も拭う。

 

「──士郎くん。無理しないで」

 

 苦痛に悩んでいる間に、聖先輩は目を覚ましていた。邪魔をしてしまっただろうか。

 

「悪い。ちょっと洗面所に行きたくて」

 

 倒れんとする俺の肩を先輩に支えられながら、よたよたと壁つたいに部屋を出た。

 

「どう?落ち着いた?」

 

「少しだけだけど、おかげさまで」

 

 顔を洗って、ついでに汗ばんだ体を拭いて、どうにかスッとした。

 

「……ってあれ、何で上半身裸になってるんだ俺」

 

 しかも、腹には包帯が巻かれている。

 先輩に事情を聞こうとしたが、何故か複雑な顔を浮かべながら外方を向かれてしまう。

 

「なんか、ごめん……」

 

「……本当に覚えてないの?」

 

 記憶がぐちゃぐちゃになっていて、覚えていない。

 それ以上は何も言って来ず、思い当たる節もないので、取り敢えず保留にしておく。

 

「お腹空いてない?さっき作り置きしといたんだけど」

 

 そういえば、胃の中がぐるんぐるんに気持ち悪いのに、体は栄養を欲している。こういう時に作り置きしてくれるのは有難い。

 

「くっ……」

 

 これ以上世話を焼かせるのも良くないし、ええいと気合を入れて壁つたいに歩きだしてみた。

 のだが、ダメだ。相変わらず苦痛は起きるし、何より体が鈍い。

 

「いた──いたたたっ」

 

「もう、だから無理しないで!大河先生にも今日は学校休むって伝えといたから!」

 

 情けない声を出しながら肩を支えられる。

 ……ほんと、寝る前に何をしたんだ、俺。

 こんな、体中が筋肉痛になったり吐きそうになるような鍛錬をした覚えはないんだけどな。

 

 そんなこんなで、居間に到着する。

 時刻は10時半。桜も藤ねえも今頃授業か。

 居間には白米、味噌汁、サラダ、鮭の塩焼きとTHE・和食って感じの朝食が並べられている。

 こんな遅い時間の朝食は珍しいが、騒がしい藤ねえの暴走もない静かな空間での食事は中々に新鮮だ──

 

「おはよう。勝手に上がらせてもらってるわ、衛宮くん」

 

 ──ちょっと待てい。

 

「な、は、遠坂──!?」

 

 座布団に座っているのはあの学園のマドンナと言われる女子生徒、遠坂凛だ。

 その落ち着きようと言ったら、まるでこっちがお客様なのでは、と聖先輩に勘違いされるほど。

 

「まあ取り敢えず……座ろ?」

 

 なんと返答していいか分からず、先輩に言われるがまま座布団に座る。

 そんで、深呼吸をして一言。

 

「遠坂が、何で俺の家に」

 

「待った。その前に謝ってくれない?昨夜の一件について、わたしと聖先輩、あとあの子達にも。そうじゃないと落ち着けないわ」

 

 うちに居るのでございましょうか、なんて言う暇もない。

 

 遠坂は如何にも怒ってます、という視線でこっちを睨んでいる。先輩も外方を向いた時の複雑そうな表情を再度浮かべていた。

 どうも昨夜の一件とやらに腹を立てているらしいが、それで何で遠坂が怒るのか。そもそも昨夜の一件って一体──

 

 

 

「──あ」

 

 思い出した。

 そうだ、何をのんびりしてるんだ。

 俺はソラを助けようとして、それで──ケイネスに槍で心臓を突かれたのだ。

 

「……ぅ」

 

 ……箸で食べ物を掴もうとして、吐き気が戻って来る。

 あの、体も意識もぽっかりとなくなった感覚を思い出して寒気がした。

 

 でも、おかしいだろ。

 俺、ほぼ即死だった筈じゃないか?

 

「──変だ。なんだって生きてるんだ、俺」

 

「思い出した?昨夜、自分がどんなバカをしでかしたかって。少しは反省なさい」

 

 ふん、と鼻を鳴らして非難する遠坂。

 

「……む、何で遠坂がそんなこと知ってるんだ」

 

 なんかカチンと来たので、思わず強く言った。

 先輩はともかく遠坂が家にいる不思議さで固まっていた頭に、ようやくエンジンがかかる。

 

「あの時、遠坂ちゃんもあの場にいて、士郎くんを助けてくれたのも遠坂ちゃんだったの。士郎くんが使うみたいな魔術を使って」

 

「え──う?」

 

 理解出来ていないのに、何故か腑に落ちた。

 先輩が真剣に言うものだから、妙に信憑性が高い気がして、余計に何が何やら分からなくなる──

 

「でも、どうやって──まさか、遠坂も」

 

「魔術師なのか、って言いたいんでしょ?隠す必要もないけど、まあ似たようなもんね」

 

「く──」

 

 だから、そんな落ち着いた感じで言われると訊いてるこっちが間抜けみたいじゃないか──

 だが、その時点で言うまでもなく、治癒再生の魔術を持つ彼女の腕前は俺の理解の外だと感じた。

 

「……俺を助けてくれたのは礼を言う。でも、遠坂の言い分には納得いかない。あの時はあれ以外することなんてなかったんだよ!あ、いや、そりゃあ結果だけ見れば確かにバカだったけど、本当はもっと上手くやるつもりだったんだ。だから、アレは間違いなんかじゃない」

 

 過程も総じて見ればバカじゃないぞ、と強く抗議する。

 

「はあ……」

 

「……む」

 

 先輩までなんだよ。

 2人してこれ見よがしに疲れた溜息なんてこぼしやがって。

 

「貴方がやられた時、ソラ達がどんな気持ちで貴方を想いやったか。あの子達を救いたかったのなら、もっと安全な場所から出来る手段を考えなさい。全く、あんな化け物同然のヤツから身を挺してまで守る、なんて行為は無駄以外の何物でもないって解ってるの?」

 

「庇った訳じゃない。助けようとしたらああなっちまっただけだ。俺だってあんな目に遭うなんて想像してなかった」

 

 あんなヤツに近寄れば死ぬだろうな程度には考えてはいたが、それはそれ。

 

「……違うよ、士郎くん」

 

 そんなこっちの考えを見抜いたのか、聖先輩は悲しげな表情を浮かべる。

 

「ソラちゃん、あの時凄い泣いてたよ。もう1ヶ月分は泣いたんじゃないかなってくらいにごめんなさい、ごめんなさいって、何度も繰り返しながらずっと泣いてた。しかも、私が未熟過ぎたから、弱すぎたからこんな目に遭わせてしまったんだって、自分のことを凄い責め立ててた」

 

「ソラが……?」

 

「あの子を助けようとした結果、逆にあの子を苦しませる羽目になってしまった。貴方がやった行いを今一度見つめ直した上で、完治したら真っ先に謝りに行きなさい」

 

 逆にソラを苦しませている……そんなことになるとはあまり想定していなかった。

 

「……けど、それでどうして遠坂がそんなに怒るんだよ。俺がヘマしたことに遠坂は関係ないだろ」

 

「関係あるわよ。わたしだって、この一晩ずっと心配してたんだから!」

 

 俺が持っていたイメージとは裏腹に、癇癪を起す遠坂。

 ……けど、そうだよな。

 心配してくれたのは素直に嬉しい。

 俺を救うために、あれやこれやと回復の手段を尽くしたのだろう。

 

「そうか。遠坂と先輩には特に世話になったみたいだな。本当にありがとう」

 

 感謝と謝罪を込めて深々と頭を下げる。

 

「ふん、分かればいいのよ、分かれば」

 

「もうあんなのは見たくないから、2度としないでね」

 

 ぷい、と視線を逸らす遠坂と、苦笑いで頬を掻く先輩。

 まだ言葉や仕草は少し棘が見られるが、何となく機嫌が良くなった気がする。

 

「じゃあ、この話はお終いね。本題に入るけど、いいかしら?」

 

「あれ、今のが本題じゃないんだ」

 

「まさか。そうだとしたら、学校を休んでまでわざわざ他人の家には来ないです」

 

「あー、仮病とか?」

 

「いえ、親戚の方の葬儀で」

 

 まあ確かに、俺は助けられた身ではあるけれど、遠坂とはあくまで他人だ。

 衛宮士郎に用がなければ、遠坂凛は既に自分の棲家、もしくは学校で生活しているだろう。

 

 そんな彼女が、俺の家に居座ってまで話したがる本題とは何なのか。その思惑にも興味はあるし、昨日あれからどうなったかも詳しく知りたい。

 

「ああ、分かった。聞こう」

 

「じゃあ率直に聞くけど、衛宮くん。貴方ってどれくらい魔術を使えるの?」

 

「どれくらいって、まだまだ端くれだぞ。一応、強化の魔術くらいは使える程度」

 

「……え、それだけ?」

 

 急に素っ頓狂な声を上げる遠坂。

 

「いやいや、そんなことないでしょ?割れたガラスの修復とか、入門試験で出されるような初歩なものだって扱えるでしょ?」

 

「そうなのか。俺は親父にしか教わってないから、基本とか初歩とか知らないんだ」

 

「──はあ?」

 

 ……あれ、なんか言ってはいけないこと口にしたみたいだ。

 

「……じゃあなに、衛宮くんは自分の工房の管理も出来ないってこと?」

 

「いや、工房なんて持ってないぞ」

 

「……確認しとくけど、もしかして五大要素の扱い方とかも知らない?」

 

 段々と視線が痛くなってきた。

 それでも、おう、と素直に頷く。

 

「強化とかいう半端な魔術以外はからっきしって、端くれどころかド素人にも程があるでしょ……」

 

 そう言って、思いっきり睨んでくる。

 はっきり言うと、めちゃくちゃ怖い。

 

「……はあ、なんか時間を無駄にした気分」

 

 そしてがっかり、とため息をつく。

 なんか、腹が立つ。

 俺だって遊びでやってたわけじゃないんだぞ。

 こっちが未熟なのは事実だけど、それとこれとは話が違う。

 

「……ま、いいわ。別に魔術を使えるヤツなんて転がってるわけじゃないんだし、不平をこぼしても始まらない。そんなことより、今は借りを返さないと」

 

 遠坂はふう、と一息つくとゆっくりと腰を上げると、

 

「じゃあ、そろそろ行きましょうか」

 

「「はい?」」

 

 いきなり、わけの分からないことを言い出した。

 

「行くって何処へ?」

 

「話をする前に、会って欲しいヤツに会って欲しいの。本当はあの子達も連れて行きたいんだけど、今は話が出来るような精神状態じゃないっぽいからね。衛宮くん、あの出来事についてもっと詳しく知りたいでしょ?」

 

「──まあ、当然っちゃ当然だ。けどそれって何処だよ。いくら時間があるからって、あんまり遠い所に行くのは」

 

「大丈夫、隣町の商店街だから遅くても生徒の下校時間までには帰ってこれるわ」

 

「あー、遠坂ちゃん?士郎くんはまだ体調が優れないから休んでからにしたいんじゃないかな」

 

 俺の言いたいことを、聖先輩が代弁してくれる。単純に未だ疲労が取れないから、少し休んでから物事を整理したいだけなのだ。

 

「それなら車で向かいましょう。聖先輩、今日は車でいらしたんですよね?」

 

「え?ああ、うん」

 

「待て待て。俺はともかく先輩は無害だろ。あんまり巻き込むなよ」

 

「あら、もしかして先輩をわたしに取られるのは危険だからイヤってこと?」

 

「そ、そうじゃないっ!いや、危険なのは確かにそうだけど、先輩はあの場の目撃者だとしても何もやってない。だから、行くのは俺だけでいいだろって話だ」

 

「……目撃者だからよ」

 

 薄らと笑みを浮かべていた遠坂の瞳が真剣な眼差しに変わる。

 

「いい?目撃者である以上、ケイネスは確実に貴方達を殺しに来るわ。あいつはまだ何処かに潜伏しているかもしれないし、もう逃げられない立場にあるの」

 

 遠坂は俺の身を案じているかのような穏やかな視線で、静かに見据える。

 

「私は大丈夫だよ。ランボーグのこともあるし、怖がるのはもう今更かなって思ってるから」

 

「……分かった。行けばいいんだろ、行けば」

 

 その言葉に、にやりと意地の悪そうな笑みをこぼす遠坂。

 もしや、何も知らない俺達を振り回して楽しんでるんじゃないか?

 偏見でしかないが、あいつ本当は性格に問題があるんじゃないかと不安になってきた……。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。