「諸君、我々は戦闘を余儀なくされた。これは半強制的なものであり、危険を承知でこの戦場に兵士としてやってきた我々と言えど、受ける謂れのない任務となる。故に、私はここに誓おう。未来ある諸君がこの場でもしも斃れることがあれば、その時は必ずや合州国と、合州国の正義に勝利を捧げた英雄として凱旋できるように取り計らうことを。さぁ、極めて遺憾ではあるが、これも祖国へ帰るための試練だ。腹立たしい話はここまでにして、今は我々の前に立ちはだかる帝国軍のことだけを考えよう。敵の倒し方だけに全ての資源を投入しようではないか。総員3分で身支度をせよ。3分後、野戦陣地指揮所前に集合。武器、階級章、軍服、全てを入れ替えても、我らの心には潔白なる17の星々と母なる青い河、先祖が流した赤い血の染み込んだ合州国の正義の旗がはためいている。各員行動開始!」
◇
ターニャが戦闘準備を始めたそのころ、南ノルマンデル駐屯地上空では熾烈なドッグファイトが繰り広げられていた。
「一機撃墜!次ッ…待て!1時前方に新手だ!」
「帝国軍の203空!?ノルデン以来の精鋭のお出ましだ!引き締めろ!」
帝国軍の航空魔導師による上空からの地上軍殲滅を防ぐことが手一杯の状況下で、手強い新手の登場は嬉しくない報告だった。だが、首都パリースィイを失陥したことに対する責任、そして闘志がフランソワ兵の胸の中では熱く燻っていた。戦場の狂気が平然と人を殺すことを可能にしてしまう。その恐怖の宴が、地上でも、空でも延々と広がる光景に胸を痛める者は、少なくともここには誰もいなかった。そんな聖人がいたとしたら、彼らは真っ先に土の下に迎えられることだろう。誰しもが、そこでは等しく瀕死の人であり、命がけであった。
高度1000メーター近辺での激しい戦闘に新たに加わる影は帝国の203空と呼ばれた部隊だけではなかった。
「おいあれを見ろ!味方だ!味方の魔導師だぞ!」
「数も多い!100?…いいやもっとだ!300はいるぞ!」
味方のものとも敵のものとも知れない叫び声。阿鼻叫喚の中でも目立つ300名の集団こそ、ターニャが率いる偵察大隊であった。
ターニャを先頭に散開の上で錐陣形を組んだ部隊は勢いよく、共和国と帝国の航空魔導師同士の戦闘に乱入。乱戦を展開しながら続けざまに命令を発した。
「敵部隊が乱戦を解きやすいように外縁の包囲を緩めろ!」
「各士官は部隊を三つに分けてそれぞれ台形陣形を組んで山裾に追い立てろ!抑えるだけでいい!ゆっくりと押し込んでいけ!」
ターニャの指示と同時に彼女の麾下兵士たちは動き始めた。彼らは自分でも驚くほどに幼女ターニャに従順であった。それは先の戦闘で彼女が見せた変態機動への畏怖でもあり、また可憐さと凶暴さが放つ神秘への敬服もあった。
従順な兵士たちの機動は息の合ったものだった。
しかし、今度の相手は先刻の小部隊とは異なり、一人一人の練度のみならず、その装備や連携に関しても大きく上回るものだった。
「士官が一人やられました!大尉!」
「敵の攻勢です!連携して二か所同時に襲われてます!」
敵部隊は隊を二つに分けて離合集散を繰り返して、当初の目的であった封じ込めを余裕をもって躱していた。戦術目標の未達成が明白な今、ターニャは戦術の変更を余儀なくされていた。
「(クソッ!実戦経験が乏しいことだけが私の隊の弱点だったはずだ!なのに今は装備の質ともに後手に回っている…なんとか、何とかしなければ!)」
「いいだろうッ!何がなんでも私は坊ちゃまの元に帰る!そのために焦りなど、感情など不要だ。総員傾注、これより作戦を転換する。全部隊は横陣を敷き散開、敵右翼との乱戦に持ち込め!勝つ必要はない。包囲しやすそうな餌を演じろ!その隙に私が首を斬り飛ばすッ!!敵が陣形転換を図っている!今だッ!行け行け行け!!!」
ターニャの命令で兵士たちは敵部隊に一斉に襲い掛かった。あまりにも我武者羅な戦術に面食らったのも一瞬、帝国203空はいとも容易く包囲殲滅の準備を始め、一人虚空を泳ぎまわる敵指揮官…ターニャ…を笑った。狙いも漫ろに、只管食いついてくる敵部隊への違和感を203空の指揮官が感じた時だった。
『彼女』は外に出すぎていたのだ。
「貰ッたぁぁぁッ!!!」
「…ッグゥぅぅッ!?」
「ヴィクトリヤ大尉ッーーーー!!」
「……!?」
味方が包囲殲滅戦に移行するとともに、指揮官であるヴィクトーリヤ・イヴァノーヴナ・セレブリャコーフ大尉は、押し出されるように人口密度の低い外周側に出すぎていた。印象的なマップケースと将校用の拳銃、一人だけ違う銀リボンの階級章。全てが指揮官の記号として、強化されたターニャの視線を奪った。
そして、先刻にも披露した真下からの急激な上昇からの奇襲攻撃ですべてを決するつもりだったのだ。
だったのだが…
「(ヴィクトリヤ…坊ちゃま………………の銃ッ!!)クソッ!!」
「えッ?キャーーーーッ!?(なんで撃たなかったの?)」
ターニャは自分よりは年上であろう若い女の士官を、その名前が故に引き金を引くことを躊躇い殺すことができなかったのである。彼女は苦肉の策として銃を奪い、胸をむんずと鷲掴むや、揉みくちゃになりながら眼下の森へとヴィクトリヤという敵指揮官と共に墜ちて行った。
ターニャとヴィクトリヤの墜落は周囲に騒然をもたらした。
まず手始めに起きたのはお互いに撤退を確認し合うということであった。
「大尉が墜ちたぞおぉおぉぉぉ!?」
「デグレチャフ大尉ぃいっぃぃぃぃぃぃぃッ!!?」
「ヴィクトリヤ大尉いいいいいぃぃぃ!?」
「一旦休戦だ!!撤退!てったーいッ!!」
「おいッ!フランソワ軍も一旦退け!」
そして戦う相手が消えた共和国軍にも一旦退くように要請を送りと…とにかく、形振り構わずであった。
「退く!?追撃戦じゃぁないのか?…ッ何かあったのかっ!」
「指揮官が敵の指揮官と共に墜落したんだッ!」
「な、なんだってぇぇ!?」
勝敗は引き分けといったところか…互いに損失を出しつつも壊滅的被害には程遠く、戦闘継続能力を十分残したままの撤退であった。
双方が再戦は遠くないと感じていた。互いの背を黙って見送りつつも、彼らは緊張から身を引き締めずにはいられなかった。