ちはやしふう様
あまにい様
誤字報告ありがとうございます。
「いつつ…あれ、私は確か…。」
「あ、お目覚めになりましたか?」
ターニャが墜落現場で目を覚まし、周囲を見回すとそこにはついさっき一緒に墜ちた敵の指揮官がいた。
「…ぬぁあッ!?貴様はッ!……なぜまだここにいる!それに、どうして私はまだ生きている!」
「…それはぁ…どちらかというと、私がお尋ねしたくて…それで。」
驚くターニャに対して敵の指揮官…ヴィクトーリヤ…は落ち着いて言った。
彼女の言葉に、「苦労するタイプだな」と思いつつ、その義理堅さゆえに寝首をかかれなかったと思えば感謝の念も一応は湧いてくるわけで。ターニャは軽く礼を言うことにした。
「それで生かしておいたというわけか…まぁ、理由については秘密だが…ひとまず礼を言おう。」
「いえ、私の方こそ…貴女が撃たずに一緒に墜ちてくれたから助かった命ですし…。」
「ふん…そうか…で?これからどうするつもりだ?」
ターニャが切り出したのは今後のことだった。敵同士の間柄で仲良くすることはお互いにとって良くないことだからだ。
「はい?」
「ここがどっち側なのか、分かった後では遅いのだぞ?」
「あぁ~!なるほど、そういうことですか!」
合点がいったと全身で表現するヴィクトーリヤの表情はこれから自分が厳しい現実に直面するかもしれないというのに明るいものだった。握りこぶしをつくり、肩幅に開いた両腕を胸の前で…いわゆるガッツポーズのように…添えると、ターニャにはない胸部の脂肪の塊が揺蕩った。何故か深い敗北感を感じつつ、仕切りなおすように、或いは自分の憂いを払うように、ターニャは人差し指をびしりと突き付けて言った。
「そう言うことだ!」
「じゃぁ…」
「では…」
「「お前(私)が捕虜ということで!」」
ターニャの聞き間違えでなければ頗る都合がいい提案である。しかし、実際に簡単に捕虜になってくれる人を知らない以上…いいや、知らなかった以上、彼女の感じた驚きは常識的と言ってよかった。
「…不思議そうなお顔、何か私が変なことを?」
「……は?」
これが、以後戦場で度々出会うターニャと『ヴィーシャ』の、二人の馴れ初めであった。
◇
身の振り方も定まったところで、二人は食事にすることにした。
「わぁ~!それ、美味しそうですね!フランソワのレーションですか?」
「ま、まぁな…(しまったぁ~…食べ物だけ合州国軍のレーションを持ってきてしまった…。かくなる上は…。)よ、よーし!何かのよしみだ、少し分けてやろう。」
ターニャが出したのは所謂Cレーションというもので、その場で食べられる甘いお菓子や栄養価の高いジャムやスプレッドに、乾いたクラッカーなどがたくさん入った、見る者が見れば合州国の学生が好むランチボックスがそのまま再現されたような野戦食だった。
ターニャは口封じと、その大人でも持て余す凶悪なカロリーを食べることで隠滅することを目的に、自分がそこまで好まないカサカサのビスケットと濃厚なジャムやスプレッドをヴィーシャに譲った。
「え!いいんですか!でもぉ…悪いですよ。」
「私がいいというんだから、ほら、さっさと食べてくれ。ただ、このことは他の奴には内緒だぞ?いいな?」
ヴィーシャが口にしやすいようにと…さっさと食い尽くしてくれるようにと…ターニャもキャンディーやチョコレートを口にした。
「ハイ!任せてください。わぁ~いい匂い…いただきますっ…んッ!?」
「どうしたッ!?悪くなってるはずないんだが…。」
ターニャはヴィーシャの異変を食べ物が悪くなっているものと分析し、「残りはお前にやる」といって自分はどうしようかと頭を悩ませた。
◇
しかし、現実は非情である。たまたま美味しくないのにあたっただけだったようで、その後もりもりと美味しそうにターニャのレーションだったものを味わうヴィーシャ。
「~~~ッおいしぃ~ッ!帝国のものとは全然違いますね!」
「ふ、ふふ、そうか…よかったなぁ!(くそぅ…私が食う分がなくなってしまったではないかッ!あぁ、ならば仕方ない…アレをたべるかぁ…。)」
一度譲ったものを、ましてや一度腹の中に納まったものを返せとは言えない。ターニャは仕方なく気温50度でも解けない…炭を食った方がましな…茹でたジャガイモより美味しくないチョコレートバー(釘が打てる)を懐から引っ張り出した。
「あのぅ…これ、よかったらどうぞ。」
「!?これは?」
ヴィーシャがおずおずと差し出したのは香ばしい匂いと湯気を立てる黒い液体だった。
「野戦キットで沸かしたお湯で恐縮ですけど…粉末のコーヒーが一袋あったので…。」
「おぉッ!わかってるじゃないか!」
「喜んでいただけて何よりです!」
今日一番に明るいターニャの反応に嬉しそうなヴィーシャ。
チョコレートを少しは溶かせるかもしれない!と希望を抱いたターニャは早速、つい先ほどまで口に入れることすら戸惑われた黒い板(スマホではない)をメスキットに付属するアルミのカップに注がれたコーヒーにひたひた…。
「ふふ…これで大分食べやすく…ふぎゅッ!?」
「大丈夫ですかっ!?」
「クククッ…無様だろう?まさか、チョコレートに歯が立たないなんてッ!うぅう…役に立たん乳歯めッ!」
じ~ん、と骨に響いた痛みに顔をしかめたターニャを、ヴィーシャは優し気な瞳で見守っていた。
◇
食事も終わり、静かに焚火を見守る時間がやってきた。特に話もせず、かといって険悪な雰囲気も皆無。
そんな折、ヴィーシャがくすくすと笑いだした。
「ふふふっ…楽しい人ですね、貴女は。」
「突然笑い出したから何かと思えば…くだらん、私はもう寝る。寝るが…逃げるなよ?お互いが命綱替わりなんだからな…言わずとも貴様なら理解していようが…。」
「あの…。」
「なんだ…?」
ヴィーシャに袖口を摘ままれて、ついターニャは振り向き尋ね返してしまった。どちらが年上で、身長も上なのかこれでは分かったものではない。それでも振り払わない程度には自分がヴィーシャへの警戒を解いていることを、ターニャは無自覚にも行動で示していた。
「お名前、聞いてませんでした。私、ヴィクトーリヤって言うんです。是非、ヴィーシャって、呼んでください。」
「…ターニャだ。好きに呼ぶと言い。」
「じゃぁ、ターニャちゃんで!」
「……おやすみ、ヴィーシャ。」
ターニャは寝るまで変な気分だった。友達がいたらこういう感じなのか、などと彼女が思いつくことはなかったが…それでも、不思議な奴だ、気に入った程度には感じていた。確かにヴィーシャは不思議な子だった。どうして子供が戦場にいるのかなんて、そんなことを聴くこともなかったし、自分を撃たなかった理由を深く知ろうとあの手この手で聞き出すこともしなかった。ターニャはヴィーシャを変な奴だと思っていたが、ヴィーシャもヴィーシャでターニャのことを不思議な子だと感じていた。
二人の相性は至極良好に見えてならなかった。
◇
こうして夜は更けていき、二人は更に二晩を供にしてから無事に共和国の陣地に着いたのだった。
共和国の陣地で捕虜受け渡しを恙なく終えたターニャだったが、直前、共和国兵士の視線がヴィーシャに集まっていることに気が付き、コホンと咳ばらいを一つ、彼女は聞こえるように大きな声で言った。
「この女には気をつけろ!大の男も軽々と投げ飛ばして玉を踏み潰すことに少しの躊躇もない!!捕虜として扱うなら精々、緊張と礼節を以て士官として十分に待遇することだ!気に障ったからと戦場で女になりたくないやつは気を引き締めろ!!」
このターニャの言葉を侮るものはいなかった。基地に戻ってきて早々にド・ルーゴから先日の件で大いに称賛を受けていたところを多くの兵士が目撃したからだ。その勇戦を馬鹿にすることは許されず、また幼女の身に余る戦闘狂だともっぱらの噂になっていたことも幸いした。
ヴィーシャは胸の内でターニャに感謝しつつ、南ノルマンデル駐屯地の士官用独居房で監視されることになったのである。
◇
ヴィーシャとの出会いから数日。合州国から帰りの船が到着し、帝国の再攻撃の前に足早に出港していった。帰り行くターニャたちの背を羨ましそうに見つめる共和国軍や連合王国軍の兵士は少なくなかったが、ヴィーシャだけは独居房の鉄格子越しに手を振り笑顔で見送っていた。
ターニャが撮影班と共に本国に帰還してしばらくの時間が経過していた。上陸地点策定は順調に進んでいるとの報告が上がり、三か月もすれば義勇軍上陸の準備が整うだろうとの試算だった。
しかし、ことはそう順調に動きそうもなかった。
従軍賞他複数の礼状を受け取り久方ぶりの休暇を手に入れ、何時ものように官舎でヘッケンからの手紙を肴にコーヒーを嗜んでいる時だった。
「ターニャ・フォン・デグレチャフ大尉は至急三階会議室まで。繰り返します。ターニャ・フォン・デグレチャフ大尉は至急三階会議室まで。」
アナウンスと共に、あちこちから様々な職権の将校たちが飛び出してきていた。向かう先は同じ様子だったことから、あまりいい知らせではなさそうだ。ターニャはコーヒーを飲み干すと、茶色の皮革が充てられた編み上げ靴の紐を締め、かわいいサイズのオリーブドラブ色の開襟のサービスコートに袖を通して急ぎ足で会議室に向かった。
◇
会議室に入るや、直属の上官でもある航空作戦部長のアーノルド・メイトリックス大佐が単刀直入に言った。
「南ノルマンデルが失陥した。駐屯地はライン戦線で総指揮を執ったクルト・フォン・ルーデルドルフ麾下の第三軍による再侵攻で再起不能の打撃を受け、ド・ルーゴ将軍はフランソワ西端のブレスト要塞に籠城。尚、敵は何らかの新型兵器を利用した模様だが…これは目下諜報網を駆使して探っている最中だ。これで帝国は共和国の中部と南部を除き北部一帯を実効支配下に置いたわけだが…百年戦争じゃあるまいに…とにかく、これで我が軍の上陸作戦は大幅に前倒しされることになる。」
敵がノルマンデル海岸線の要塞化を完全なものとするよりも早く、合州国は上陸を完了させなくてはならない。
ヘッケンに困難が迫っている緊迫感と不安の一方で、あのお人好しのヴィーシャが元気にやっているかもしれない安堵という相反する複雑な感情に苛まれたターニャは、迷い余ってド・ルーゴの幻影をドついたのであった。