専属メイド・ターニャ大佐   作:ヤン・デ・レェ

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水上 風月 様

誤字報告ありがとうございます。


上陸前夜 ターニャ S

ヘッケンが連合王国の遠征軍駐屯基地で活動を続けている頃、ターニャもまた重要な案件の処理に追われていた。ついに上陸する海岸線の策定が完了し、今や上陸部隊の配置と、その予想される被害、相手の勢力規模など…莫大な情報を処理する後方事務が今のターニャ大尉の仕事だった。

 

偵察任務を無事に終えた彼女はしかし、キャリアが十分ではないとの判断から前線職を開戦初日までの数か月間外されることになったのだ。これに焦ったのはターニャだった。

 

「坊ちゃまが殺されるッ!」と気が気ではなかったターニャはなんとかして自分が如何に愛国心に溢れ、前線勤務を切望し、また敢闘精神に富んでいるのかを、懇切丁寧に上官であるアーノルド・メイトリックス大佐に直訴した。

 

しかし大佐の返答は「面白い奴だな、貴様。気に入ったぞ、私の下で将校の何たるかを学んでから戦場に送り出してやる。死ぬのが最後になるようにな。」というものだった。

 

ターニャが「そんなッ…どうしてこうなったッ!」と内心で頭を抱えてももう遅い。こうして彼女は開戦初日まで、またしてもヘッケンとの再会の機を逃しまったのである。

 

 

 

 

ターニャの一日は意外とゆっくりである。いや、ゆっくりとは言うなかれ。よく考えれば彼女はまだ8歳9か月の幼女である。

 

官舎で寝起きする彼女にとって、隣の職場までは5分もかからない。朝10時に自分のデスクで業務開始であるから、9時過ぎまで寝ていても悪いわけではなかった。彼女は平常8時過ぎに起床すると、ゆったりパジャマ(モルガン家からの持ち込みの私物、尚シルク製)のまま洗面台で顔を洗い、タオルで優しく水気をとり、子供肌にも関わらず美容保湿を欠かさずにしてから、うがい手洗いの後朝食を摂る。

 

朝食はコーヒーと、それから官舎に届けてもらう食事をそのまま食べる。合州国はすべてがデカいので、基本的に子供用など存在しない。その為、ターニャは大人用を朝昼に分けて食べている。分厚いベーコンやミートローフ、時にはステーキも出るので、こういう時は温め直すなりして食べることにしている。パンはザクザクになるまで焼く時もあれば、白くてふかふかのものをそのまま食べる日もある。飲み物はミルク!ミルク一択である!あの日みたヴィーシャのふくよかさは、ターニャに拭い難い敗北感として残り続けていた。

 

少しの場違い感や不便こそ感じつつも、ターニャは基本自由に食事を楽しむことができていた。

 

食後はコーヒーを片手に新聞を読み込む。罷り間違っても知り合いの死人が出ていないか、具体的にはヘッケンに何かが起こっていないかとお悔やみ欄は特に血眼で読み込んでいる。

 

今日も朝食の時間が終われば、洗面所に行き歯を磨き…接吻する時に臭いと言われたら死んでしまうから…入念に口腔内のケアを済ませてから、パジャマを脱ぎ、コヨーテ色の上下シャツとスラックスに着替え、靴下を履き、暗い焦げ茶色の革が充てられた編み上げ靴の紐を締め、オリーブドラブ色の開襟のサービスコート(常勤服)に袖を通し、ボタンを留めたら完了だ。

 

制帽は式典の時以外にはターニャは基本被らない。坊ちゃまに見せるための髪型が崩れてしまうから。

 

準備が終われば職場に向かおう。

 

いつものようにターニャは「坊ちゃま、行って参ります」と誰もいない部屋に向かって呼びかけると、背伸びして扉を閉めた。

 

 

 

 

ターニャの職場はセントラルから少し離れて、航空作戦課にあった。航空作戦部の直属の下部部門であり、主に名の通り航空作戦に関わる様々な業務をこなす。ターニャの肩書はここの課長補佐であったが、肝心の課長が不在の為、実質的に課長待遇だった。

 

「純然たる人員不足を、冒険し放題特権とは…言い換えもここまでくると清々しいな…。」

 

ターニャはがらんどうの作戦課室を課長補佐のデスクからぐるりと見回して言った。

 

「しかし、ここまでくると如何に我が国が航空魔導師の育成と運営という分野で帝国や共和国、あの協商連合にさえ遅れを取っているかが、分かるというものだな。だが、まぁ言い訳が出来ないわけでもない。我が国には他国にはない高馬力かつ長距離飛行が可能な大型輸送機があり…とはいえコレもまぁ、本国にあるものと同じ巨大滑走路が無ければ飛ばしっぱなしになる代物だが…。」

 

ターニャはただ日がな一日、大佐が訪ねてくるまで只管ボーっとする訳にもいかず、自国の航空軍の軍事ドクトリンは勿論、その軍事配備状況の粗探しと、分析、研究に勤しむことにした。

 

「何はともあれ、先日の任務と戦闘で理解したことは、航空魔導師の練度は数である程度は補い得るが、それにも限界があるということだ。加えて、航空魔導師は基本的に最高速度・殲滅力共に個々人の技量によりその差が明確に現れる。」

 

ターニャは引き出しからまっさらな紙と無駄に鋭く研がれた鉛筆を取り出すと、サラサラと思いついたことを書き連ねていく。

 

「また、集団で動く蜂のようなもので、既存の…まだこの世界では既存ではないが…既存の航空戦術は多くの場合適合しない。人間の身体の稼働領域が限界点。逆を言えば、人間の身体を稼働できる範囲内では航空機よりも繊細かつ高度な機動を実現し得る。しかし、その上で重要なのは現在の我が国が抱えているような…ただ銃を抱えて飛べるだけの存在を戦術的航空魔導師に数えることは出来ない、ということだ。」

 

「となると…やはり、相当な数を間引く必要が出て来る…訓練も今の今まで学んできたものでは実戦からかけ離れすぎている…初戦での我が隊の撃墜数は合計で20…しかし、その内訳は私が18機、まぐれが2機だ。対して我が隊の損耗の最終的内訳は、損失50、損害38…、今考えれば私もよくぞ従軍記章と礼状を貰えたものだな…オフレコではあったが…。」

 

ターニャが鉛筆を止めると、がらんとした室内で鉛筆の転がる音が軽快に響いた。

 

「さて、これくらいでよしとするか…今のところは、だが。先ずは質だな。空を飛べる人間が多いことに越したことはない。無駄死にさえしなければ、そのうち戦士に生まれ変わるだろう…それにしたって、出来の好いのを選抜するしか今は方法がないのだが…うぐぐ…どんどん、坊ちゃまから遠ざかっていく…。」

 

 

 

 

ターニャはそれから三日間、徹夜で構想を練った。

 

そして四日目に練りに練った強化案を合州国航空魔導師再編戦略草案という題名で上官アーノルド・メイトリックス大佐に提出した。

 

提出後。大佐はその場でターニャの提出した冊子を読み込み、即承認。三日後には大佐のお陰もあって陸海空軍の三長官からの承認印を分捕った冊子がターニャの手元に戻ってきた。

 

大佐はターニャにこう命じた。

 

「ターニャ・フォン・デグレチャフ君、貴官にはこれより1か月以内に選抜され鍛え抜かれた航空魔導師による、戦術的打撃能力を有する特殊作戦部隊の編成を命ずる。貴部隊には大統領より名前を与っている。我が軍が誇る最初の本格的航空魔導師団として、『アパッチ魔導大隊』の名を授与する。編成後、貴官とアパッチ魔導大隊は即座に欧州大陸西部戦線に投入される。最初の任務は上陸部隊の支援になるだろう。本日より部隊編成の為の人員募集をかける。募集人員の選定・扱きは君に一任する。存分にやってくれたまえ!!以上!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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