上陸の一か月前のこと。ターニャは大統領令により新大隊アパッチ部隊の編成の為、空軍司令部のデスクに齧りついて訓練内容他重要事項の決裁に追われていた。そんなある日、コーヒーで成り立っているような精神状態で廊下を歩いていると、書類箱を抱えた巨漢にぶつかった。びくともしなかった巨漢のことはさておき、その拍子に一枚の紙がひらりと舞い落ち、ターニャの目に留まった。
それは件の部隊員を公募する為の軍内部で配られるパンフレットだった。赤と青と白。合州国のシンボリックなカラーが大々的に使われており、黄文字ででかでかと「勇者求ム!」と書いてある。アンクルサムも居心地の悪さに身じろぎするほど、この国の男たちを呼び込むのに機能しそうなパンフレットだった。舞い降りた一枚を手に取ったターニャは失笑気味に評して言った。
「なになに?フェアリーガーデンへようこそ…我らがアパッチ大隊に勝利を齎す女神…ターニャ大尉…ふ、ふふふっ…誰だ?どこの馬鹿がこんなものをッ!?」
「私だよ、大尉。」
すると、すぐ真上から声がするではないか。恐る恐る、その巨漢を見上げると、そこには厳ついサングラスで目元をギラつかせるアーノルド・メイトリックス大佐が、書類箱を抱えてターニャを見下ろしていた。
「大佐殿ッ…でありましたか…。これはなんというか、失礼いたしましたッ!」
「いやいや、構わんさ。悪いとは思ってるよ。」
そう言って大佐はサングラスを外した。円らな瞳がターニャには眩しく見えた。
「しかしなぜ?小官などを…。」
「君は特別、自己評価が低いのかね?」
「いえ、そんなことは。」
「なら簡単だ。君が士官学校を史上最年少で次席合格…実質首席で卒業したからだよ。」
「しかし、いくらなんでもそれだけで…。」
ターニャは実際疑問だった。自分のような小娘が…宣戦布告前であり戦果を大々的に公表することができない以上、どうやって自信家で実力主義者が多い合州国の男たちを納得させられるのか。
「君は、外見がとてもキュートだからね。男所帯の軍隊じゃぁ、女神みたいなもんなのさ。所謂、夢を見させてやるというやつさ。」
「は、はぁ…。」
「さ、勤務に戻り給え。そろそろ、公募が終わる。君の仕事はそこからだ。」
「承知いたしました…。」
案外安直な理由に安堵しつつ、また変な居心地の悪さを感じつつ、ターニャは自分の職務に戻った。大佐はそんなターニャの哀愁漂う背中をなんとも気の毒そうに見送ったのだった。
◇
募兵は順調だった。結果的に1000人もの応募者が集まり、ターニャはその一人一人の軍歴や受章歴に目を通しつつ、自身の構想する部隊にとって都合のいい順にファイリングしていった。およそ現時点で公表された限りは実戦経験があるものは皆無。若い世代がほとんどを占めていて、長らくの平和にどっぷりと浸かってきた弊害を思わぬところで発見することになった。使い物になりそうなのは、ターニャと共にフランソワ・南ノルマンデルでの秘密作戦に従事した400名弱、その中から更に特に見込みのあるものを選別する必要があった。前途多難な現状に目頭を揉みつつ、ターニャはコーヒーを呷った。
書類選考の時点で500人ほど落としたが、それでもまだ500人も残ってしまった。
「よくもまぁ、五百人も志願者が集まったものだ…ここから何人に減る事やら…百人くらいがいい目安か?ともかく…私の手となり足となる覚悟がある者だけ…あわよくば、坊ちゃまの盾にも喜んでなれる狂った奴だけを集めるとしよう。」
ターニャはそれから一昼夜かけて500人分の資料を読み込み、その中でも特に見どころのある人材とそうでない人材を分別、翌日の初の集会でこの分別したグループごとに試練を与えることに決めた。
空軍の演習場を貸し切りにしたターニャは極秘部隊設立の為の重大案件であることを前置きに説明し、それから間を置かずに500人を五つのグループに分割、それぞれを更に五つの班に分け、互いを競わせる形式で演習兼試験を開始した。
試験は困難を極め、およそターニャとヘッケンが経験した生き残るための限界に挑戦する特別メニューとほぼ同等の内容だった。そのためターニャの予想では、開始直後は脱落者が頻発するものかと思われたが、案外に脱落者は少なく、正午までに脱落した人数は10人ほど。この段階で、ターニャは焦り始めた。
「こ、こいつら正気か!?これだけやっても食らいついてくるとは…案外骨のあるやつらだな…。」
「というか、何故脱落しない!なぜへたり込んだヤツが私を一目見て再び立ち上がり走り始めるのだ!」
「まッ…まさか、私はとんでもないことを仕出かしたのでは?今、一堂に会しているのは合州国で最も屈強なペドフィリア共ッ!?い、いかんッ!このままでは私が危ない!危険だ!このままでは…そ、そうだ!公募からやり直そうそれがいい……ダメだぁ~~そんなんじゃァ間に合わない!それに、こいつら以上の変態が集まってきたらどうする!海坊主みたいに汗を垂れ流しつつも、桃色に染めた頬を見せつけながら敬礼してくる連中だぞッ!あ、あぁ、坊ちゃま…私はどうすれば…クッ!殺せ!いっそ殺せ!」
「そ、そうだ…殺されるなら私が先に殺してやる!貴様らはペドに生きペドに死ぬがよい!よぅし、決まれば早い。今の倍の距離、倍の重量を設定して全員まとめて地獄に堕としてやる!生きて合格できると思うなよ!泣いたり笑ったり出来なくしてやるぅ!」
ターニャの決意によって、実際に合格に必要な数値はすべて倍に設定され、先ほどまでとは打って変わり次々に脱落者が現れ始めた。しかし、しかし…ターニャが得意になることはなかった。ついてくるのである。
ついてくるのである!
最終選考に残ったその数なんと64名!
ターニャは絶望した。
◇
ターニャの絶望とは裏腹に、64人の合格者たちは皆、高い志と卓越した技能、抜群の身体能力と突出した愛国心の持ち主だった。彼らは皆、揃いも揃って、上官であるターニャが史上最年少で士官学校を卒業した才媛であることも、その実力が本物であることも理解していた。尊敬と憧憬の眼差しはしかし、疑心暗鬼にかられたターニャの眼には全くの別物へと変質して見えていたのであった。
ともかくも、大佐の口添えもあり最終選抜に残った64名が初代アパッチ大隊の大隊員として、セントラルで新設された第一特殊作戦コマンド、その第一の名簿に登録された。これにより、ターニャ・フォン・デグレチャフ大尉は以後、欧州遠征軍の最先鋒として戦局を牽引することが求められると同時に、戦術的な航空魔導師運用の実践者として、合州国本国での地位を築いていくことになる。
ここに、合州国軍義勇軍或いは欧州方面遠征軍最高司令部付き統合作戦参謀本部直属「第一航空魔導戦闘団特殊急襲部隊」、またの名を「第一特殊作戦コマンド独立行動部隊・アパッチ大隊」が成立したのである。