専属メイド・ターニャ大佐   作:ヤン・デ・レェ

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副題『戦略』『理論』『戦術』



水上 風月 様

先日に引き続き、誤字報告ありがとうございます!お世話様です!


D-Day S

その日、僕たちは大陸に向かった。カチンスキーやクロップ、チャーデンも一緒だ。帝国が支配する北ノルマンデル海岸へと、強襲上陸作戦の為に、故郷から500マイル以上離れた土地へ重い背嚢を背負って、敵の命を奪う銃を抱えて、僕たちは揚陸舟艇に沖合で乗り換えた。天には分厚い雲が張っていた。夕食を食べすぎたクロップのはちきれそうなお腹みたいに。

 

 

 

 

その日はありとあらゆるところで、爆音と破裂音と悲鳴、それから何かが拉げて崩れる音がした。一日の始まりから終わりまでずっと、その音は鳴りやまなかった。連合国軍が上陸作戦の前段階で実施した破壊工作により、北ノルマンデル海岸線に続く橋は大きなものから小さなものまでその殆どが破壊された。橋の爆破に並行して、合州国軍が誇る長距離輸送機により落下傘部隊が投入され、彼らによる妨害工作が各所で発動した。だが、最も顕著だったのは陸海空軍が合同で選抜した要員による落下傘部隊の工作でも、上陸直前に行われた暴風雨に例えられるほどの艦砲射撃でもなく、合州国により投入された最新鋭の航空魔導師部隊による爆撃或いは殲滅射撃だった。

 

ノルマンデル南西から北東へ、舐め上げるように海岸線の帝国軍仮設陣地、特にその指揮所を集中的に殲滅爆撃したことで、一時的に指揮系統の混乱を引き起こし、帝国側の上陸妨害が弱まった。これにより、寄り付くことが困難だった各所にも部隊が上陸を開始、初日で橋頭保の確保は確実であるという予測を、敵味方両陣営に抱かせた。

 

時を同じくして、リアルタイムで情報収集に励んでいた連合国軍総司令部に内陸のスパイから入電があった。この報せにより、敵陣の概要が判明。まず帝国軍は今日までに軍を再編成していた。そのため、軍全体の名称も変わり今は欧州の中央部分を包括的に防衛・侵略する戦闘能力を有することから、部隊全体をして中央軍集団と改名。総司令官はクルト・フォン・ルーデルドルフ大将が先の南ノルマンデル攻略により昇進、元帥として続投することが分かった。加えて、麾下部隊はノルデン以来の猛者が集う第三軍が続投、軍司令官はルーデルドルフ元帥の意向により参謀本部から着任したハマーシュタイン中将が務める。続いてこれもノルデン以来の強者揃いであり、尚且つ203空が第三軍より失態を理由に移設されている第一軍だ。第一軍は軍司令官を老将軍マッケンゼン中将が務める。そして、北ノルマンデル海岸線の防衛側の軍こそ急設された第十二軍であることが判明した。司令官は中央からグレーナー参謀総長により左遷されたラインハルト中将である。

 

敵軍概要が判明すると同時に連合軍は敵司令官ラインハルトの抹殺を決定、新設されたばかりの航空魔導師団もとい、特殊作戦コマンド独立行動部隊に首狩り任務を通達、仮称アパッチ大隊はターニャの指揮下、目標の抹殺の為にノルマンデル制空戦に挑んだ。

 

 

 

 

 

 

上陸作戦が開始されたのは合州国が帝国に宣戦布告してから48時間後のことであった。当初帝国側は、敵軍は連合王国の島嶼から最も近いパン=ド=カリーを目標地点に定めたと確信し、疑っていなかった。この確信は、先日捕虜から解放された帝国士官ヴィクトーリヤ大尉の証言…「北ノルマンデル偵察の痕跡あり」…を聞いた後でも覆らず、カリー岬を中心として一帯を優先的に要塞化することで陸海空が合意していた。そんな中、このような判断は誤りであることを主張した将校が帝国側にも三人いた。

 

一人目は、第一軍麾下第七師団『アイゼンクロイツ』師団長アイネライヒ・フォン・マンシュタイン大佐。

 

二人目は、第三軍麾下第十三師団『パンツァーリーベ』師団長ハインツ・グルンデリアン大佐。

 

三人目は、第十二軍麾下第六十六師団『プール・ル・メリット』師団長エルダー・ロンメル中佐。

 

の三人である。マンシュタインは代々軍人の家系であり貴族の家柄も持つ戦略の権威的存在である。グルンデリアンは大戦緒戦で圧倒的勝利を齎した戦車と航空魔導師を利用した電撃戦を考案し、当時の参謀本部次長ハンス・フォン・ゼートゥーア准将に承認させた人物である。そしてロンメルは庶民階級出身ながらも、現場で叩き上げで将校になった猛者であり、若くして勇敢苛烈な戦術で敵を翻弄することで数多くの戦果を挙げた傑物である。

 

この三人の懸念は参謀本部において取沙汰されはしたものの、この時ばかりはゼートゥーア現中将も首を縦には振らなかった。職責故に振れなかったという意見もままあろうが、三人の不信感は増大した。

 

さて、連合軍上陸の報が齎された時の帝国軍の布陣を見てみよう。

 

まず、ヘッケンが上陸する中央のビーチ、ここは第十二軍司令部直轄であり、最も抵抗・妨害ともに激しくなることが予想される。司令官は言わずもがな第十二軍軍司令官ラインハルト中将だ。彼は軍大学での秀才だったが、権力闘争で現参謀総長グレーナー大将に敗北した経緯があった。そのため、左遷人事とも言われている曰く付きの司令官である。軍全容は急設の為、実戦経験の乏しい兵士が集まっているが、司令官命令で麾下部隊から吸収した航空魔導師部隊を上空に張り付かせており、ここに直接打撃を加えられたのは後にも先にもターニャのアパッチ大隊によるものを除けば皆無である。また、この打撃も急襲による一時的なもので、原状回復可能な程度でしかなかった。優先的に構築された鉄筋コンクリートのトーチカ群、対艦重砲群に阻まれて、航空支援を除けば支援らしい支援を上陸後の将兵に与えることが容易ではない苦難の戦場である。

 

続いて、西海岸。西海岸では中央海岸とは真逆に容易く上陸が可能であった。と言うのも、大きな出島のように半島が突き出ており、断崖絶壁部分への警備兵の配置が余りにも杜撰だったからである。この敵軍の手抜かりにより、連合国軍にとっては僥倖とも言える迅速さと少ない被害で海岸一帯を制圧することが叶ったのだ。西海岸には早くも連合国軍の拠点が構築され始め、その上空は亡命者による共和国軍航空魔導師に加えて、今日まで共闘してきた連合王国軍の航空魔導師がぴったりと張り付いて警戒を厳と成していた。

 

最後に東海岸だが…東海岸では西海岸とは真逆の、中央海岸よりも悲惨な光景が広がっていた。要塞設備こそカリー海岸線や中央海岸線に劣るものの、この三番目の戦場は堅固な要塞線であるパン=ド=カリーに最も近かった。パン=ド=カリーが避けられたと見るや、その守備に就いていた師団の一つ、第六十六師団『プール・ル・メリット』がいち早く上陸部隊に反応。迅速な移動により展開中の上陸部隊を叩くことができ、一日で千人を超える死傷者を出すこととなった。一時撤退を余儀なくされた東海岸では方針転換が図られた。連合国軍総司令部は東海岸への部隊上陸を断念し、逆に中央海岸線への敵師団『プール・ル・メリット』の到達阻止を作戦目標に掲げた。連合国軍の死傷者が増大する一方、この目標転換によって『プール・ル・メリット』は中央海岸線の友軍救援への道を断たれ、パン=ド=カリーへの撤退を余儀なくされるのである。

 

 

 

 

 

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