僕たちは後続部隊と合流して敵地の奥深くへと侵入した。敵と味方の死体を踏み越えて。死んだ体に違いなどなかった。僕たちは少なくとも生きていて、戦車にひき潰されて歩兵に蹴飛ばされる彼らと、蹴飛ばす側の僕らとの一番の違いだった。僕は自分のライフルを背中に背負うと、合州国兵士の標準的な小銃に持ち替えて進んだ。進んでは、撃ち。撃っては、進んだ。まるでゲームみたいだと思った。一人、一人、また一人。僕はまさに機械だった。戦争機械だった。物陰に隠れている兵士は障害物ごとライフルで吹き飛ばした。鐘楼に登っている敵は、鐘を銃弾で鳴らせるくらい、仲間と一緒に撃ち込んで倒した。僕たちは姿…彼らの鉄兜、彼らの軍服の色、そう言ったものに反応して引き金を瞬時に引くだけの機械だった。けど、その一事に関して言えば故郷に残してきたどんな人よりも上手い。僕たちは、そういう奴らだった。時折、ターニャの姿が僕たちの頭の上を通過した。ものすごい勢いで、正に女神か妖精さんだ。彼女にこんな才能が秘められていたなんて、きっと僕しか知らなかった。いいや、僕は最初に知っただけで、僕だって最近の話なんだ。彼女は神様に愛されている。僕はそのことがとても嬉しい。きっと、君は死なないね。生きて帰ってくれるね。それなら、好いんだ。僕にはそれだけで満足だった。勲章も名誉もいらない。僕は君と一緒に生きて帰りたい。君と…せめて君だけでも生きて帰ってくれ。
◇
大トーチカの防衛線を突破した僕たちは、飢えた獣みたいに中の兵隊たちに襲い掛かった。もう、この段になると投降を受け入れる余裕もなかった。それでも投降してくる人はいる。だから僕たちは、彼らが手を挙げて降参を態度で示す前に、撃ってしまった。目に入れた瞬間に、彼らを撃ってしまうのだ。そうすれば、心騒めく必要もない。君たちの分の恨みや悲しみも、敵の大将に味わわせておいてあげるから、だから許して欲しい。僕たちだって、皆みんな関係なく死んでいったのだ。死んだ仲間の顔も、死んだ敵の顔も見飽きた。たった一日で、余りにも僕たちは死に触れすぎていた。けれど、おかしくなる彼らや仲間を見ていても、僕は冷静だった。僕はずっと、ずっと、ずっとマトモでいられた。少しも心を囚われることなんてなくって、ただ只管、僕の頭の中には温かい家と、家族と、そして何よりターニャのことがあった。僕はターニャの為だと、勝手に彼女の為だと言い張って、次々に人を撃った。僕が撃てば、当たる。だから撃ったんだ。仲間から、死んだ仲間から弾丸を貰って、自分のM1自動小銃で撃ち続けた。ターニャで撃ち続けた。僕は国家の為でも、他の誰の為でもなく、自分の為に撃ち続けた。ターニャが好きだから、だから撃った。
18歳の誕生日に理解したよ。僕は君のことが好きだ。でも、なんて言えばいいのかわからないんだ。だから、代わりにこうやって撃ちまくってる。滅茶苦茶に撃って、滅茶苦茶に当てる。弾倉が空になるころ、撃った弾の数だけ敵兵が死ぬ。これは具合が好かった。僕は勝手に撃つ。僕が勝手に撃てば、味方も、そしてターニャも無理をしなくて済む。僕はマトモだ。だから、僕が撃つんだ。ターニャ、力を貸してくれ。
◇
ヘッケン達が大トーチカを超えた辺りから敵の攻撃が大幅に弱まった。これを彼らは自分たちが敵を圧倒しているからだと考えて更に前進。更にその速度を速める切欠となったのが、我らがヘッケン坊やの狙撃手としての覚醒だった。彼の超越的なスナイピングスキルにより、優先的に敵の士官が排除され、いとも簡単に敵陣地が後退を始めたのだ。この時、軍内部ではヘッケンとターニャが時の人となっていた。だが、彼らの明るい感情とは全く異なり、その戦略的立ち位置は決して芳しくなかった。中央を押し込んだヘッケン所属の第一歩兵師団他合わせて3万の軍勢は順調に突出しており、既にその先端部分では敵軍による猛反撃が開始されていた。先鋭化する部隊を横に縦に分断、孤立させたうえで各個撃破を狙うロンメルの戦術眼に狂いはなかったのだ。そして、ヘッケンの元にもその鋭利な牙が届こうとしていた。
◇
「全隊止まれえぇ!!一旦停止!警戒を厳とせよ!!囲まれた!囲まれたぞ!」
部隊長の声が聞こえたのはそれが最後だった。嫌な予感がする。そう思った次の瞬間には悪夢が待っていた。
「空軍からの援護はどうした!!索敵は!?」
「分からん!ついさっき敵航空魔導師と戦車部隊の発見報告で途切れたままだ!」
「撃ってくるぞ!気をつけろッ!?」
「ぐあぁッ!!熱いぃぃぃ!!」
「火炎放射器だぁぁッ!!!」
上から見た時は迷路のようだった敵の後方基地。半地下のようになっているトーチカもあった。それまでは普通に進んでいたのに、狭い路地に差し掛かったあたりだったと思う。僕たちは前後を挟まれてあっという間に孤立した。さっきまで真上をビュンビュン飛んでいた魔導師の姿もない。僕たちだけだ。
「坊ちゃん!こっちです!トーチカの残骸から敵を迎え撃ちましょう!」
「カチンスキー!チャーデン!クロップ!」
「はいはいさ!」
「私はここにいます!無事ですよ坊ちゃん!」
「さぁ、早くトーチカへ!」
「トーチカはダメだ!火炎放射器で皆焼かれてしまう!」
「じゃぁ、いかがするんで?」
「僕についてこい!前だ!前に進むぞ!」
「前だってぇ!?戻った方が好いんじゃないですかい!?」
「話は単純だ!ここまで来て帰してくれないことは分かってるんだ!それなら敵の要塞線に潜り込んだ方が生存率は上がる!幸いここは入り組んでいる!そして、敵も味方も壁を壊しながら進めるわけじゃない!味方が来るまで持ちこたえるなら迂闊に火炎放射器も大型兵器も使えない室内が好い!」
僕は頭に入っている簡略な敵陣の図を三人に地面に描いて見せた。今いる路地を真っ直ぐ進めばトーチカに、トーチカの脇には敵の要塞線に通じる通路があったはずだ。大トーチカ内の掃討中にみた地図には、少なくとも後退時の通路は書いてあった。この順に進めば、僕たちは狭い要塞路で常に一対一で戦える。これなら人数差も関係ない!
「なるほどッ!戦場そのものを変えちまうんですね!」
「そうだ!行くぞ!僕に続けッ!」
「おい!クロップ、坊ちゃんをさっき拾った敵の機銃で援護しろい!おいらぁ、煙幕を投げて目を晦ますぜ!」
「分かったで、カチンスキーのおやっさん!ならチャーデンはポインターだッ!」
「難しい言葉をよくご存じで!狙撃しつつ、敵兵の位置をお教えします!ちょうど戦車兵の咽喉マイクもあります、片方は坊ちゃんに!」
僕はチャーデンから渡された咽喉マイクを首に装着すると、戦車から引っ張り出した無線装置を背負って駆け出した。今からは勿論、あとで使うかもわからない代物だ。捨てておくには惜しい。僕が駆け出すとクロップの機銃が火を噴いた。僕が直進するから、右側に射線を張ってくれている。まだ敵は殲滅戦を始めたばかりだ。彼らがいる方向の逆、つまり真後ろに浸透するまでには少しだけ時間がある。その隙に、早く道を切り開かなきゃ。僕はトーチカと正面から撃ち合う覚悟で走り抜けた。
「さぁ!今だ!」
「煙幕投擲!!」
「9時の方向機銃手!12時の方向狙撃手!機銃手はお任せを!」
カチンスキーとチャーデンのお陰で僕だけは周囲の状況が理解できた。チャーデンが狙撃手の位置を教えてくれた直後、僕の耳に銃声の反響音が届いた。まだ生きてる。なら今度は僕の番だ。弾の弾ける音からして、100mかそこらか…大した距離じゃない。僕は立ったまま愛銃デグチャレフを構え、大雑把に狙いをつけて引き金を引いた。
バキンッ!
煙幕を追い払いながら突き抜けた弾丸が、狙撃手の隠れる家屋の鉄扉に当たった。鉄扉には勢いよく内側に吸い込まれたような大きな穴が空いていた。撃ち返しては来なかったから死んだんだろう。僕はもうそのころには前を向いて走っていた。走りながら次の弾を込める。見えた!!トーチカだ!半地下状態で機銃だけが僕の方を向いている!今にも撃ってきそうだった。でも、僕は焦らず、ゆっくりとその場に倒れるように俯せになった。死んだように動かずに、一瞬、一瞬だけ体を起こす。それだけで勝負は決まるから。
起きる!狙う!撃てッ!
バキンッ!
防弾ガラスを突き破って、僕の撃った弾丸がトーチカの機銃手を殺した。僕は念のため注意深く観察していたけれど、もう撃ってくる気配はなかった。僕は三人の方に振り返り手をグルグルと空をかき混ぜるように振った。三人の歓声が聞こえた。
◇
僕たちは無事に要塞線に潜り込み、そこで頑丈な部屋を見つけて拠点にした。時々、近づく敵兵を殺し、死体を隠して待ち構えてを繰り返した。僕たちが籠城してから二時間も過ぎるころ、外の方で大きな爆発音と歓声が聞こえた。敵のものか、味方のものかわからない。カチンスキーやクロップが見てくると言ったが、僕が行くことにした。僕は三人の命を預かった上等兵だから。
トーチカの脇から出たところで、僕の体に衝撃が走った。
痛い。痛いくらいだった。
温かかった。それは人だった。
僕に抱き着く誰かだった。
ターニャのほかに、彼女のほかに僕にはその誰かが思いつかなかった。
冷たい鉄ばかり触っていたっけ。僕は無性に彼女の頬に触れたいと思った。
空はいつの間にか晴れていた。ターニャの瞳のような紺碧の空が僕たちを見下ろしていた。