ヘッケン達が敵の猛反撃に晒されている頃、ターニャもまた敵軍の反撃に阻まれていた。
「戦車砲最大仰角!!白燐弾装填ッ!時限信管よーい!敵高度800mぁッ!!」
「時限信管よーいッ!よし!」
「ッてぇーーーッ!!」
ドゥンッ!!
ガコンッ!!
「次弾装填よーいッ!!」
「敵部隊発見」の報告に急行すれば、そこには滞空する航空魔導師部隊と、地上から空を狙う戦車群が待ち受けていた。当初は単なるこけおどしかと思われたが、開戦後、敵航空魔導師はあっさりと撤退、滞空を繰り返した。敵部隊の主攻はなんと戦車砲だったのだ。
しかし、この戦車砲が思いのほか効いた。白燐弾という拡散する砲弾を選択したこと、また帝国軍の戦車砲が高高度に対しても威力を発揮したことで、肌を焼き、水を以ても消火できない凶悪な白燐を連合国軍の航空魔導師部隊が飛び交う高度まで届けることが可能だったのだ。この攻撃は、思わぬところで航空魔導師という人間を主軸に置いた戦術兵器の脆弱性を露呈し、また帝国に貴重な空の脅威の撃退策のサンプルを入手させることになった。
ターニャは自部隊を散開させるのみならず、その高度を更に上昇させ、その上で戦車の機動性を上回り、また仰角の届かぬ後方へと突っ切る戦術を採り、これに対抗した。しかし、ここで通せば虎の子の戦車部隊が全滅することが火を見るより明らかである以上、帝国航空魔導師も必死の抵抗を試みた。彼らの敢闘はその都合通りの威力を発揮し、連合国軍の航空魔導師の多くに消えない火傷を残した。
「邪魔だぁぁぁッ!!!!!!」
だが、それでもターニャは止まらない。
「アパッチ大隊!総員この場を離脱!離脱の上、目下大トーチカ上空での制空戦に参加する!」
「大尉殿!しかしこのままでは味方の航空魔導師がッ!」
「こればっかりはブッシュに同意です!我らがこの場を離れれば、練度から言っても数からいっても味方が不利になりますッ!」
珍しくドナルド・リーガンとジョルジュ・ブッシュの意見が合った。
「そうか、ならば私の命令を無視して貴官ら二人はここに残って戦うことを許可しよう!」
「いえ、命令違反をしたかったわけでは…。」
「そ、そうですよ大尉!俺たち、あんたに誤解してほしくなくって!」
リーガンとブッシュがバツの悪そうな表情で言った。すると、ターニャはにこりと笑って言った。
「誤解などどうでもいい。私が言いたかったのは、ここで口論などする暇はないということだ。我々は今や敵の狡猾な手の内にある。今、目下展開中の敵魔導師との制空戦に敗れれば、第一歩兵師団以下中央軍が陸空から殲滅される…理解したか?貴様らは戦略的勝利を捨て戦術的勝利に固執しようとしたのだ!!!戦闘中であっても優先順位の取違は許されん!まだ文句があるなら勝手にしろ!」
「文句がないなら私に続け!各々の部隊を率いて乱戦に持ち込め!地上軍に指一本触れさせるな!囮は囮に任せておけ!連合王国軍の航空魔導師のお手並み拝見と行こうではないかッ!!」
「「イエス!マム!」」
ターニャはこうして航空魔導師と戦車部隊の同時撃滅という極上の餌を放り捨てて、地上軍の上空で乱舞する敵味方の別動隊同士の制空戦に乱入した。ターニャらアパッチ大隊の乱入により、拮抗していた戦局は一気に連合国軍に傾き、約二時間ほどで制空戦は終了。結果は、連合国軍側の圧勝であった。被害を40以上出したうえ、戦車と航空魔導師による別動隊も連合王国の航空魔導師が包囲を突破したことにより撃滅された。帝国側は航空魔導師を60以上損失し、戦車は合計で40両、重砲は30門超を損失した。将兵の損害も甚大であり、一日で三千人以上が戦死、負傷は一万人を超えた。
対して連合国側の被害も想定よりは軽微であるものの、二千名以上の死傷、戦車20両、砲18門、航空魔導師30余名の死傷が確認された。今後の侵攻には追加兵力が投入されるものの、彼らの一人一人に遺族がいることを忘れてはならない。
そして、ヘッケンとターニャ、この二人は帝国の作戦を打破した英雄として大々的に祭り上げられると同時に、帝国の各部隊・各将帥に明確にその存在を脅威として認識された。連合国と帝国はヘッケンを『神箭手』『ハンター』または『死神』『恐怖』の符号で呼称し、ターニャを『妖精』『聖女』或いは『悪夢』『絶望』の符号で呼称した。
大戦始まって以来の『ネームド』の誕生により、戦争はより深みへと填っていくのである。
◇
「ふんッ!『ノルマンデルの悪夢』か…中々やるじゃないか!見破られたが、ひとまずの目的は果たした…しばらくは生きているとも死んでいるとも知れぬラインハルトの陰に怯えるがいい…。さて、早いところマンシュタインのおっさんと合流するか…フギンとムニンを持ってきてくれ!なにぃ?わからないだと?バイクのことだよ!俺と副官の愛車を頼んだぞ!」
ロンメルは撤退しながらそう零し、副官と共にもと来たように崩壊寸前の前線を立て直しつつ、自身の師団が粘り続けているパン=ド=カリーへ向けて進路をとった。
ターニャとロンメル…今だ直接の面識のない二人だが、彼らに生まれた因縁は今後も大戦を通して深まっていくのである…。
◇
また同時刻、パリースィイにある帝国軍中央軍集団総司令部では二人の男が対談していた。
一人は中央軍集団総司令官クルト・フォン・ルーデルドルフ元帥。
一人は帝国技術開発部で主任技師を務めるアーデルハイト・フォン・シューゲル、通称ドクトル。
二人の会談中、駆け込んできた兵士がいた。連絡要員であり、参謀本部からのお目付け役でもあった、元人事部所属の現中央軍集団参謀幕僚であるエーリッヒ・フォン・レルゲン中佐だった。
レルゲンが言った。
「元帥閣下ッ!!ノルマンデルが突破されました!!」
「馬鹿なッ!?ラインハルト閣下はどうした!」
「戦死なされたとの報告が入っていますッ!…誤報であるとの電報も入っておりますが、情報統制の為の緘口令とも考えられ…。」
「…むぅぅ…シューゲル!実験機導入時期は早くとも問題ないな?」
「な、何の話を…?」
「レルゲン君!喜びたまえ!君は歴史的な瞬間にいるのだよ!元帥閣下が命じ、私が開発し、君の口からその導入が参謀本部に報告されるのだから!」
「な、まさかッ!しかし適合者はまだのはずではッ!?」
「今さっき、君の報告に前後する形で入ったのだよ…適合者発見の報告がね…。」
「しかし、本当に可能なのでしょうか?」
「報告書にはこう書いてある。『異常高度に耐えうる』と。」
「い、異常高度!?」
「名前は、フランツ・ウルリッヒ・ルーベル。23歳の若き鷹…帝国初のエレニウム九十五式四発型演算宝珠適合者だよ。彼を前線に実戦投入する。許可はゼートゥーアが必ずや獲ってきてくれる。これで、西部戦線は我が軍の再起に向けて動き出すことだろう。」
「神がそのように望まれておられるのですッ!!!!!私は神のまにまにッ!この研究を神への信仰心によって完成させたのですッ!!!」
「量産こそできないが、十分に脅威となろう…さ、レルゲン君、君も仕事に戻り給え…。」
レルゲンはこのタイミングで現れた適合者の存在に、或いはその背後で蠢く何者かの意志のようなものを感じ取り、背筋が凍ったような感覚を覚えずにはいられなかった。
「(何かがオカシイ…何か、大きな渦に呑み込まれていくようだ…。)」
勘の鋭さをおくびにも出せず、レルゲンは高笑いするルーデルドルフとシューゲルのいる部屋に背を向け歩き出した。