専属メイド・ターニャ大佐   作:ヤン・デ・レェ

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番外 ラブレター C

ターニャが偵察任務に赴いた数日後のこと、帰還後間もなく手紙が届いた。宛名はターニャ・フォン・デグレチャフ様。差出人はヘッケン・ウルフ・モルガンJrだった。

 

ターニャにとっては生まれて初めての想い人からの手書きの手紙。これまでずっと傍にいたから、手紙でやり取りなんてする必要もなかったのだ。遠く離れた今に感慨深さと共に寂しさを覚える瞬間だった。

 

ラブレターで舞い上がるなんてそれこそ子供の、ロマン主義者の妄想だと思ってきたターニャだが、丁寧に丁寧に手紙の封を切る手を止めることは出来なかった。

 

仄かに香るガンオイルの匂いすらも、ヘッケンのモノだと思えば香水のように感じてしまい、手紙の文面を眼よりも先に鼻を近づけて嗜んでしまったのは愛嬌である。

 

うずうずと微笑ましく期待を膨らませるターニャは、立って読むべきか、座って読むべきか悩んでしまい、うろうろと手紙を持ったまま部屋の中を三周した。滲んでくる手汗で字が滲んでしまうことを危惧したターニャは、思い切ってゆったりとしたパジャマに着替えてから、慣れて久しい硬いベッドに横になり、うつぶせの状態で布団の中で読むことにした。

 

誰も盗むわけがないとしても、ターニャにとっては黄金にも等しく、眩しい代物だったからだ。

 

毛布に潜り込み、体に比して大きめの懐中電灯で真上から照らしつつ、ターニャは整然と並んだヘッケンの文字に目を走らせた。

 

 

 

 

拝啓ターニャへ

 

 

僕は元気です。三か月ぶりに会えると思っていた矢先に、君は戦地に一足先に向かってしまったけれど、僕は君が生きて帰ってくることを疑っていないよ。てっきり、一緒に出兵するものだと思っていたからね、ちょっぴり寂しい気持ちに嘘は吐けないけれど…。

 

君と僕はそれぞれ特別メニューに励んだ後に、わざわざ正規のルートを進んだわけだけど君の方はどうだった?士官学校の勉強はやっぱり難しかったかな?でもきっとターニャのことだから、ちょちょいのちょいで記録を塗り替えちゃったりもしたんじゃないかな。何も知らないくせにこんなこと言ったら悪いね。ごめんね。

 

お互いに軍務のことは何も書けないけれど、代わりに僕はブートキャンプでのことを書こうと思うよ。でも、案外つまらない話かもしれないね。だって、そうだろう?僕たちが経験した特別メニューに比べたら、随分余裕をもって受け止めきれる訓練が大半を占めていたからね。あぁ、でもやっぱり君がいないと寂しいよターニャ。これまでずっと僕のそばには君がいたし、もしも君が僕がいないことに居心地の悪さを感じていてくれているのなら、今の僕も同じ気持ちだと離れていても断言できるよ。

 

僕の兵科はね…あ、え?ダメなの?…ごめんよターニャ、書いちゃダメみたいだから。代わりにブートキャンプで頑張った話をするね。あのねターニャ、実は僕には得意なことができたんだ。というのも射撃訓練で…え?これもダメ?だって、たくさん当てたってだけの話じゃないか!…んー…ごめんよ、ターニャ。

 

うぅーん、でもそうなると書けることがいよいよ無くなっちゃうなぁ…あ!そうだ、とびきりのがあったよ!

 

ねぇ、ターニャ。僕に新しい友達ができたんだ!彼女は少しお堅いところもあって冷たい奴なんだけど、それでも僕にべったりでね。ドジな僕を、よく訓練でも元気づけてくれるんだ。名前はターニャって言うんだけど、このターニャは実は君の名前からとったものでね…それで、ね?えへへ、少し照れるなぁ…君の子にも、勿論兄弟でも相棒でもいいんだけど、ヘッケンとかウルフって名付けてくれてたら嬉しいなぁ!

 

もうすぐ消灯の時間になるから今日はここまでにするね。あ、あと上等兵になったんだけど皆に何を教えればいいと思う?今日は試しに生でミミズを美味しく食べる方法をレクチャーしたんだけど、内臓と泥を濾しだす工程で皆は吐いて倒れちゃったからね…うぅ~ん、加減が難しいや。

 

じゃあねターニャ。向こうで会える日を心待ちにしてるよ。体に気を付けて。

 

 

ヘッケン・ウルフ・モルガンJr

 

 

 

 

………。

 

……。

 

…。

 

 

なんだろう、読み間違いかな?

 

私の勘違いでなければ、この文章の中で坊ちゃまは明らかに私以外の女に現を抜かしているようにも読めるのだが…しかし、ん????

 

 

 

…ちょっと待て、おいおいおいおい、どういうことだ!?冷たくて硬い奴って…それにこの匂い、ガンオイル…。

 

まさか、坊ちゃまは銃にターニャと名付けられたのでは????

 

は!?う、うううう、嘘だッ!?

 

そんなことあっていいのか!それじゃあ、私は無機物に嫉妬を……。

 

いや、だがオカシイだろう。どう考えてもオカシイだろう。だが、現にこのような手紙を私に送って寄越された訳であるし…もしや、何か助けを求められているのでは?何かの暗号?或いは私を求めるあまり、直接は気後れするからともう一人の同姓同名の人物を経由して、あれ、いや、どういうことだ!?

 

わ、わからない!坊ちゃま!貴方のターニャは私です!その冷たくて硬い女などより、温かくて柔らかい私の方を是非に!

 

あれ?おかしいのは私の方か?これは違うのか?違う解釈か?なッ…なら私は、私はどうすれば。

 

このままでは、私のヘッケン坊ちゃまが得体のしれない無機物に盗られてしまうではないかッ!?

 

 

 

 

ガバリ!とターニャは布団から抜け出すと、裸足のままペッタペッタと自分のクローゼットに向かった。士官用の個室である以上、モノをどこに置こうと勝手である。クローゼットの中からM1カービン自動小銃が出てきてもおかしくはないのだ。

 

ターニャはじぃ~っと自身の愛銃を見つめると、しばらくそのまま見つめ、それから温度で色が変わるグラスのように見る見る顔を真っ赤にした。首筋に沿って頭のてっぺんまで真っ赤になったターニャは、ぼそりと、本当に誰にも、それこそ自分の耳にも聞こえないほど小さい声で自分の銃に語りかけた。

 

「…ヘッケン………坊ちゃま…。」

 

「M1カービンのヘッケン……坊ちゃま…。」

 

「私の、ヘッケン…ぼっ……私のヘッケン…。」

 

「ぅ…」

 

「ぅう……」

 

「ぅううがあああああああ!?」

 

愛銃は沈黙を保ったまま、クローゼットの中に叩き込まれる…寸前でしなしなと床に腰を下ろしたターニャの胸に抱きかかえられた。

 

「うぅ…道具に名前なんて…付けるべきではなかった…。いや、でも…。」

 

ターニャはライフルをそれはそれは大事そうに胸に抱えて呟いたとか呟かなかったとか。

 

 

 

 

その晩遅くまで、ターニャはお返しの手紙の内容にこのことを書くか書くまいかで悩みに悩み抜き、結局書かないことにしてペンを執ったのだが、後日、選任射手として護身用に支給されたガバメント拳銃にヘッケンが『勝利』を意味する自分以外の女性名『ヴィクトリヤ』と名付けたと手紙で知り、今度こそ荒れに荒れたターニャであった。

 

 

 

 

 

 

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