専属メイド・ターニャ大佐   作:ヤン・デ・レェ

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初戦闘 S

ターニャが降下してから続々と兵士たちが後に続いた。最年少で最勇敢などお笑い話にもならない。幼女に負けるな!という気合を込めて、兵士たちは真っ逆さまに超低空域ギリギリまで最高加速で突っ切った。

 

危なげなく低空域で浮遊し、部下たちの到着・配置を待ってから、ターニャはライフルのスリングを腕に絡ませ、双眼鏡で周囲を見回した。

 

副官が撮影班を引き連れて降下してくるのを認めると、マガジンを外して弾丸を確認してからガシッ!と音が鳴るまで力いっぱい叩き込んだ。ターニャはコッキングを引いていつでも撃てる状態にした上で各員に命令を発した。

 

「総員傾注!これより我々は南南西に続く海岸線に沿って散開飛行する。撮影班は順次撮影を開始、フラッシュの光で敵が寄って来る可能性があることを肝に命じろ。情報ではパリースィイ以南は未だ共和国の領域だが、我々が今いるのは帝国の実効支配領域である!パリースィイ以北に片足を突っ込んでいることを忘れることなく、戦闘班は迎撃態勢をいつでもとれるようにして置け!いいな!」

 

「イエス!マム!!」

 

幼女にマムとはこれ如何に。

 

耳元の無線通信装置と、それから見える範囲の部下に命令すると、彼らの威勢のいい声が返ってきた。しかし、ターニャから見れば緊張と興奮が入り混じった硬い声である。少々の不安を胸に彼女は「行動開始」を宣言した。

 

 

 

 

高度300メーターから500メーターの間で散開陣形をとったターニャの大隊は、撮影班を縦一列に細長い蛇のように配置した。ターニャ自身は中心に近い部隊の上空、先頭を切って飛翔していた。革ベルトの軍用時計を視れば、蓄光文字盤が淡く光ることで、文字が浮かぶように現れる。時間はマルフタサンゴ、行動開始から一時間近くたっていた。

 

隊列を崩さぬまま、また上下左右に味方の機影が重なることがないように配慮しつつ、適宜位置の入れ替えを指示することもターニャの役目だ。同じ光景を見続けると、人の判断能力は緩慢になり、また慣れから些細な違和感を見逃し杜撰な判断を下す確率が増加する。それは由々しき事態である。

 

ターニャの采配は確かだった。だからこの時も、敵航空魔導師の機影を機先を制して発見することが出来たのだ。

 

その時無線が入った。

 

「大尉!9時の方向、海岸線の北に向かう機影あり!数は約50!こちらに真直ぐ…ぐぁあぁッ!?」

 

ジジジっ!と耳元で潰れるように鳴った無線機のノイズが、ターニャが経験した最初の戦闘の始まりの音だった。

 

「総員戦闘配置!索敵班が敵部隊と接敵!迎撃班は私に続け!護衛班は撮影班と共に進路を直進!接敵時の想定通り、南ノルマンデル・フランソワ共和国軍駐屯部隊と合流せよ!以上、送れ!」

 

ターニャの発令と同時に、部隊から見て前方東北に火の粉が散った。索敵担当の部隊と敵部隊との戦闘が始まった証だった。人数差はこちらが圧倒している。しかし、戦闘経験では向こうに分があることは間違いないだろう。そのことだけが気がかりだった。

 

「(いつ、どこで死ぬかも分からないのが戦場だ…だが、私には坊ちゃまが…坊ちゃま、どうか私に力を…そしてヘッケン、貴様は私と坊ちゃまの敵を討て!!)」

 

ターニャの首元で大モルガンから贈られた宝珠から光が噴きこぼれるように溢れだし、瞬間、ターニャの飛翔速度はそれまでの1.5倍を優に超え、まさに夜空に流星を駆る様な勢いで前線へと突入していったのだ。

 

 

 

 

ターニャが突入してすぐに、彼女の下に配属された士官たちは幼くも勇敢な上官の期待に応えるべく声を張り上げ、指示を飛ばした。

 

「総員戦闘配置!総員戦闘配置!迎撃班は大尉に続け!散開上昇始め!送れ!」

 

「撮影班!撮影はここまでだ!これより我々は全速力で直進!南ノルマンデルでフランソワ共和国軍と合流する!帰国は数日間は無理だと思え!行くぞ!」

 

撮影班が高精度カメラを仕舞いこみ、限界速度で彼方まで駆け抜けていくのを横目に、副官ら戦闘部隊総勢200名はターニャの後を追った。

 

 

 

 

ターニャが直率する部隊50名と駆けつけた時、すでに戦闘は終わっていた。カーキ色のコートと軍服を着た味方の機影がない代わりに、敵影らしき濃い緑の軍服と毛皮のファーが付いた外套を纏った兵士たちが50機ばかり滞空していた。

 

「馬鹿な!海岸線側には50名の兵士を配置していた筈では!」

 

こちらを確認するや散開陣形のまま真直ぐに突進した敵部隊は、ターニャの小隊と交差する直前に上昇、すれ違いざまに高高度から弾丸を撃ち下ろしてきたのだ。

 

「(チッ…練度に違いがあり過ぎる。今ので何人かは呑まれたか?…それより、向こうの目的は明らかに我が軍の、合州国航空魔導師の威力偵察…不味いな、南ノルマンデルで待機している共和国の友軍の存在も、勘づかれていても可笑しくない…だが今はッ!)」

 

撃ち下ろされた銃撃につい頭を低く抱えるように飛ぶ新兵が数名。彼らの前を塞ぐようにターニャは躍り出た。

 

「今は目の前の敵だけに集中せよ!敵との練度の差は人数とチームワークで埋めろ!人的資源はこちらの方が潤沢なのだ!私が攪乱する、士官は釣れた奴から囲んで墜とせッ!」

 

ターニャは言い切るとすぐさま上昇した。背中に士官の「大尉殿!一人では無理です!」という声が当たって砕けた。

 

 

 

 

ターニャには逃げられない理由があった。

 

「(結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚ッ!!!!坊ちゃまとの結婚の結納品として儚く空へと散れ!帝国軍!)」

 

ターニャの咆哮は誰にも届かなかったが、代わりに上昇後も異常な加速で接近してくる敵機に、帝国軍の魔導師達は困惑を隠せなかった。

 

「一機突出してくるぞ!速い!速いぞ!気をつけろ!」

 

散開陣形から、ターニャを受け止めるサッカーゴールのネットの様に、への字を描いた陣形で銃を構える帝国軍の魔導師達。彼らの射程内にターニャが入ったと思った瞬間。

 

「死ねぇッ!!」

 

引き金が引き絞られ、横一列に炸裂する花火の様に50門のマズルフラッシュが瞬いた。

 

硝煙を晴らす様に、一機が墜ちた。真下は海だ。煙に抱かれて虚空に堕ち行く、気の毒な敵兵を憐れんだ帝国兵だったが…

 

「おい、あれ隊長じゃないか?」

 

「は?…う、うわぁぁぁ!?」

 

撃ち落とされたのは味方だった。しかも、ついさっきまで陣形の中心で部隊に指示を出していた隊長機だったのである。顎から入った弾丸は脳幹を吹き飛ばし、後頭部に大きな空洞を開けていた。爆裂する寸前に、リンボーゲームのように体を滑り込ませ、そのまま流れるように真下から中央の隊長機を狙撃したのだ。

 

正気の沙汰ではなかった。巻き込まれれば幼女の小さく脆い肉体など骨も残らないというのに、ターニャは敢えて爆風の前へ、その真下へと自分の反射神経と直感を信じて飛び込んだのだ。それはまさに、戦闘狂或いは精神異常の自殺志願者ですら思いつかない変態機動だった。

 

「何が起こった!?」

 

そう、全員が思った瞬間、彼らの背後から自動小銃の火線が伸びた。驚く間もなく、本能的に回避行動を取るも既に遅い、瞬時に二名があの火線に貫かれて無惨に散った。

 

「貴様!何者だ!」

 

戦場で口走るには滑稽すぎるその言葉を、しかし彼らは吐かずにはいられなかった。隊長機を皮切りに、次々に墜とされていく友軍機。それは絶望の感情に近かった。何が起こったのかすら、理解できないままに。誰にやられているのかすら、知らないままに。そのまま死んでいくなんて、と。

 

「うぅうぅぅああああああ!!!」

 

ゴムまりが金属の檻をのたうち回るように機動する影、その姿を捉えることも出来ないまま、視界の端から、その外から、頭上から、次から次に銃撃されたことで戦意を喪失するほどの恐怖に襲われたある若い兵士が逃げ出した。

 

しかし、熟練兵が敵の増援と戦っている隙に、全速力で敵前逃亡を試みた彼の目の前に、小さな影が浮かび上がった。

 

それは、底から音もなく生えてきたようにしか見えず、また敵にも味方にも見えなかった。

 

「き、君は、だ、誰だ?そこを、そこをどいてくれ!俺は行かなきゃならないんだ!」

 

それは小さな女の子だった。でも変だ、と兵士は思った。

 

体にぴったりのカーキ色の軍服と、その上から少し濃い色のカーキのコートを着ている。体のあちこちにはごてごてと無線やマガジンが所狭しと付いていて、士官が好むような黒革のマップバッグも掛けている。そういえばあのバッグには見覚えがある。あぁ、そういえば隊長が肩に掛けてたやつじゃないか。

 

…。

 

小さな女の子は腕にライフルを抱えていた。切り詰めた銃床と、延長された銃身。普通よりも長い弾倉には赤くてドロッとした液体が撥ねていた。

 

小さな女の子の顔は…顔、それは顔と言ってよかったのだろうか?

 

凶相、だった。

 

それは正に凶悪な顔だった。眼を見開き、可愛らしい犬歯をむき出しにし、口角を歪めて微笑んでいた。そう、微笑んでいたのだ。

 

彼女は年若い兵士に向かって初めて口を開いた。

 

「あぁ、やっぱりまだ慣れていない。上手いこと足元をすくう様には出来たが、まだまだスケート選手みたいにはいかないものだな。耳の近くを弾が通った所為で頭が痛い…それに、上体を上げたままでの降下は上手く行ったが、反りが遅かった上に甘かったせいで鼻先が焦げてしまう所だった…坊ちゃまには可愛い私を視て欲しいからな。それは許容できない。今後は要練習だ、そういえばこのマップバッグ、つい取ってしまったがちゃんと作戦資料は入っているのだろうか?ううむ、まぁ不要なら処分すればいい。にしても、災難だった。まさか三十名近い損失を出してしまうとは…だが、部隊を半分に割って救護に回したから、後で復帰してこれる奴もいるだろう。合州国の男はタフなのが多いからな…あぁそれと…?なんだ、居たのか。」

 

「なら逝ってくれ。」

 

それは話しかけているというよりも独り言だった。恐らくは脳震盪か何かで目も廻っていたはずだ。幽鬼のようにふらふらと、だが純粋に脅威のみを判別するマシーンと化した彼女は、その計算高さをそのままに、本能に忠実に体を動かし、敵を討ち、射線を回避し、そうして敗残兵さえ狩ってしまった。

 

意識がない内にと、ターニャを敵と判別し銃を構えた瞬間に、若い兵士は脳天を撃ち抜かれて死んだ。最後の言葉が「この悪魔め」だったことを、ターニャさえも知る由はない。

 

 

 

 

彼女の意識が完全に戻る頃、帝国軍部隊は15名の損失を出し撤退。ターニャの大隊は30名の損失と40名の負傷者を出したが初の戦闘に勝利した。傷は浅くなかったが、部隊は負傷者を二人一組で牽引しつつ南ノルマンデルの合流地点へと進路を定めた。

 

 

 




撮影班 100
迎撃班 200
護衛班 100
索敵班 100

ターニャ 1
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