原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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どらごんぱわーで器物損壊

 

「遅い」

「すみません……」

 

 ルノアにお願いした特訓。ルシアは初日から遅刻した。

 初日から。

 

「あんたから頼んできた事でしょ。なんでよ」

「そ、その……闇派閥(イヴィルス)に拉致された件を踏まえて派閥(ファミリア)内で私を一人で外出させるのはやめようという話になりまして……」

「それで?」

「ルノアさんのところに行こうにも誰かしらついてきそうになってしまい、説得していたら遅れました」

 

 正座で反省の意を表現しながら求められるがままに淡々と経緯を説明するルシア。

 恩人とはいえ、偶然出会ったルノアに仲間を差し置いて指南をお願いしたことを知られれば不審に思われるし、自分達が指南すると言うに決まっている。故に、なんとか誤魔化して来たということだ。

 

「何やってんだよ……。貸し作りたくないとか言って、仲間に頼らなかったら逆に面倒なことになってるじゃん」

「はい。自分でも浅はかだったと思います……。此の度は、こちらからの申し出だったにも関わらず誠に申し訳ありませんでした……」

 

 腹ぺこ人生ン十年。ルシア・マリーン、心からの反省である。

 ぺこりと綺麗に背を畳む。コイツ、やたら土下座似合うな……という印象も相まってルノアは呆れる。

 

「はぁ。もういいよ。ほら、ささっと始めようよ。あんたと無駄な時間過ごす必要性ないから」

「わかりました。では、お言葉に甘えて……今日からよろしくお願いします」

「はいよ」

 

 気を取り直して二人は特訓を始める。

 場所は待ち合わせに使えそうな大きな木がある広間だ。都市民の住居が近くに沢山ある。

 

「まず、あんたの依頼は戦い方を知ること。だったよね」

「はい」

「最初に言っとくけど、私ステゴロしか知らないからそれしか教えられないけどいいの?」

「大丈夫です。問題ありません」

「そっ。なら、基本から対人戦のことまで順に教えるからちゃんと吸収しなよ」

「はい」

 

 ルノアが事前に注意事項を伝え、ルシアは二つ返事で頷いて返していく。

 全て了承した上でルシアはルノアに教えを乞う。

 

 ルノアはただの喧嘩屋でもあるが、賞金首を狙い、それで生計を立てている。いわば喧嘩の専門家(プロ)でもあった。

 都市に来る前から同じような生活をしてステイタスもLV.3。実力も確かだ。

 

 そんな彼女の戦い方はほぼ独学だが、経験から基づいているため、合理性があった。

 何より実績が数字に現れている。経験則や独学も結果が出ているならばバカにできない。

 ルシアから見て彼女から教わる拳の技術も戦う上での心得も唸るものがあった。

 

「んじゃ、ここにさっき言った通りに撃ち込んでみな」

 

 一通り基本的なことを学んだ後、実際やってみろと言われた。

 ルノアが的にする木を軽く叩いてみせる。

 だが、ルシアは戸惑った。

 

「えっ。この木は公共物では……? 傷つけるのは良くないかと」

「エルフはお堅いなぁ。安心しなよ、駆け出しの冒険者の拳なんてヘナチョコなんだから。今のあんたよりこの木の方がよっぽど強いよ」

「な、なるほど……?」

 

 困惑しながらも通ってるような通ってないような理論を説いてくるルノア。それに対するルシアは首を傾げならも無理矢理納得する。

 そして、思い切って言われた通りに殴ってみた。

 

「ふんっ!」

 

 腰を低くして体幹を意識し、思い切り拳を打ち込む。

 ドン!! と音が響く。加えて、ミシィ!! と音が反響した。

 

「「……………………ミシッ?」」

 

 根拠の薄い大丈夫でしょ! というルノアの言葉を信じて拳を入れたら嫌な音がした。うん、とても嫌な予感がする音。

 二人は冷や汗をかきながらまさか……と思考が過ぎる。

 そして、次の瞬間。予想通り、木が大きな音を立てて傾き始める。

 

「ヒョ、ヒョエッ…………」

 

 自分が殴ったことで倒れる木を目にしてルシアの顔面は蒼白。風に流されそうなほど消え入りそうな声を漏らし、突然のやらかしに焦りながらルノアに助けを求める。

 

「えっ!? 木が倒れ……て、えっ!? どうしましょう! ルノアさん!!」

「逃げるよ」

「なるほど、逃げっ……えっ!? 逃げっ!? 逃げる!? えぇ!?」

 

 耳を疑った。犯罪では!? 

 しかも振り返った時にはルノアは走り出し、ルシアには遠のいていく背中を見せていた。

 

「走れ! ルシア!」

「ちょ、ちょっと。待ってください! ルノアさん……!」

 

 公共物をぶっ壊して人に見つかる前に逃げる、なんていうのはルシアの性格では無いが、ルノアにつられて逃げてしまった。

 見つかる前に現場に居なければ無罪でしょ! とルノアが走りながら解くがそんな訳無くないですか!? とルシアが困惑する。

 やがて、二人は元いた広間からかなり離れた場所で息をついた。

 

「あ、あんたどんな馬鹿力してんのよ……。エルフのパワーじゃないでしょ。ほんとはドワーフなんじゃないの!?」

「あぁ~えっと……ドウナンデスカネ。アハハ……」

 

 肩で息をしながら目を逸らすルシア。心当たりが無い訳では無い。

 ルシアはドラゴンである。つまり、恩恵(ファルナ)が無くとも生まれつき力持ちだった。そんな(パワー)で思い切りぶん殴ったものだから、木が折れても仕方ない! ということである。……逃げたことは弁明のしようがないのでは? 

 

「ル、ルノアさんの教え方が良かったのかもしれません!」

「しれっと私に罪擦り付けようとしてない!?」

 

 何とか誤魔化そうとしたら恩を仇で返してしまった。この教え子も、実に酷い。

 それはそうと、ルノアはルシアの拳を思い返す。

 

「でも、まああんたの馬鹿力を差し引いてもしっかりと打ち込めてはいたし。筋がいいのは本当かもね」

「はい。何だか掴めた気がします。もっと教えてください。ルノアさんの『物損パンチ!』を……!」

「だから、私のせいじゃないから! てか私の拳に変な名前つけんな!」

 

 ぐっ、と拳に力を込めるルシア。このエルフは……とルノアは責任転嫁女に翻弄される。

 とにかく、安全なところまで逃げてこれたから、ルノアは路地裏の冷たい地面に座り込んで休んだ。そんな時、ふと思い出す。

 

「そういえば、私があんたを助けた時にあんたを引取りに来たの【アストレア・ファミリア】じゃなかった気がするんだよね。どう?」

「はい。【ガネーシャ・ファミリア】のシャクティさんです」

「【ガ―――。あんた、とことんボンボンじゃん……」

 

 まったく、この責任転嫁エルフの口からは中堅派閥や大派閥の名前ばかりが出てくる。

 LV.1の駆け出しのくせに自分より条件のいいファミリアに、良い環境にいる。別にそこに劣等感を抱く背景はルノアにはないが、今のルシアは誰が見ても幸運だ。妬ましいというよりはちょっと羨ましい。

 

「シャクティさんは【ガネーシャ・ファミリア】の団長さんで、とても良い人です。あの後、私のことを抱き寄せてくれました」

 

 ルシアがシャクティという人物について教えてくれる。その瞬間の彼女の表情は今まで見た中で一番穏やかだ。

 だが、ルノアはシャクティの人物像とかこの前助けた時の事後の話とかそんなのは訪ねてない。

 

「は? 何、自慢?」

「い、いえ。そういう訳では……。その、他人に大切にされるのが初めてだったので実はずっと浮かれていて……。すみません、関係の無い話をしてしまいました」

「……あんた、派閥に恵まれた良い育ち(ボンボン)じゃないの?」

「えっ」

「この前もさ。なんか斬りつけられるのは慣れてるーとか言ってたじゃん。そういう暗い背景? 今のあんた見てても……なんていうか、印象無いんだよね」

「あぁ。えっと……」

 

 大切にされるのが初めて、を裏返せば大切にされたことはないということ。殴られたり斬りつけられたり、そういうことが慣れてると言ってたのも多分ホント。

 でも、今のルシアからそれを感じ取るのは難しい。ルノアの経験を通してもまあ確かに理不尽な暴力を受けたことはありそうな身体、とかろうじて分かるレベルだ。

 

「その、そもそも【アストレア・ファミリア】に加入したのは最近で、シャクティさんに良くしてもらってるのもつい先週からの話です。私は元々エルフの森で肩身の狭い生き方をしていました」

 

 ルシアが自分の生い立ちについて述べる。ルノアが自身に抱く印象もルシア自身の言動が不一致なこと、それはなんとなく理解出来た。だから、一から説明する。

 ルノアも口を閉じて聴く姿勢を取る。胡座をかいてたり凄く治安の悪い座り方だが。

 

「森から出た後は旅を長いことしていましたし、その時も決して余裕があった訳ではありません。それなりに過酷でもありました」

 

 色んな場所に行った。そして、何度も怪物(モンスター)と認識されて襲われた。

 怪物(モンスター)にだって襲われる。ルシアという生き物にとって、世界の全てが彼女を拒否した。同一の存在がいないからだ。

 

「だから、その……多分ルノアさんが思ってるほど私は恵まれてはいないかと」

 

 これまでの人生を振り返るとルシアは伏し目がちになる。

 思い出したくないことばかりだ。

 

「……確かにあんたの生い立ちは私の想像より酷そうだね」

 

 ルシアの身体的な特徴など核心には触れていないフワッと概要だけを掴んだ生い立ちの説明だったが、ルシアの表情なども含めてルノアには充分その苦しさが読み取れた。

 だが、だからこそ()()彼女への印象は変わらなかった。

 

「でも、やっぱあんた恵まれてるよ」

「えっ?」

「私はあんたみたいに良い居場所に辿りついたことないし。今もこうして一人でフラフラしてるし。ファミリアだって点々と改宗(コンバーション)してる」

 

 次はルノアが脳裏で想起(フラッシュバック)する。

 

「あんたにとって【アストレア・ファミリア】が一時的に厄介になってるだけの場所だとしてもさ。そんだけ大切にして貰ってるなら、あんたはやっぱ恵まれてるよ」

 

 これまでの居場所に大きな不満があった訳では無い。

 だが、ルシアが今いる居場所のような心穏やかになるところに所属したことはない。そんな場所に改宗できるような人間でもないと自分で評している。

 

 無縁だったものがルシアという存在と共に少し身近に感じた。

 だから、余計な思考が入ってきちゃったんだ。そういう環境に入れる人間になったら、そんな勇気が自分にあったら人生はどう変わるんだろうって。

 

「……そう、ですね」

 

 ルノアに指摘され、ルシアは自覚した。

 確かに【アストレア・ファミリア】もシャクティも好きだ。とても居心地がいいし、お気に入りの人達だ。

 でも、まだ本当のことを打ち明けられる場所じゃない。シャクティは受け入れてくれるが、彼女一人で自分のことを背負うのは無理がある。

 

 それに、ルシアの気持ちは変わらない。世界に自分の居場所はない。

 あったとしても好きな人達を困らせてしまう。

 だとしたら、諦めてしまった方が心が楽だ。

 

 特訓と逃走で熱くなっていた身体がもう冷めてきている。

 ルノアの言いたいことはわかった。そして、ルシアも同意する。

 

 確かに、最期の場所にはとても良い選択だった。正義の女神に拾われたことは、こんな自分でも多少は頑張って生きたと世界がご褒美をくれたのかもしれない。

 そう考えると、まあ恵まれてると言えるかも。ルシアはルノアに見えないところで少し口角を上げた。

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