中庭で仰向けに倒れるユウカは、虚ろな目で空を見上げる。
「……ユウカは、間違ってない」
そう言って彼女は瞼を伏せる。
想起するのはあの【試練】の日。
軽い気持ちと興味本位で入ったファミリアは、恐ろしい世界だった。
暴行の限りを尽くされている鬼人。
それを受け入れろという横暴。
無理やり従わされている可哀想なハーフエルフの女の子。
イブキちゃん、リョーカちゃん。
「……」
ユウカの髪が風に揺られる。
あの【試練】の日、衝撃を受けたのは自分も同じ。
しかし、咄嗟に機転を効かせて興味のないふりをできた。
その後、視線を送った2人も、ランは危なかったが、空気を読んでくれた。
3人でその後誓った。
これから先、できる限りリョーカの為に動こうと。
しかし、相手はあの最強の
Lv.8相当の化け物相手に、Lv.3のユウカ達ができることは何もない。
それは、現実も、人の気持ちも知らず、能天気に惚れた女に軽はずみな言葉をかけたあの子供も同じ。
「……ホント、子供ってきらーい」
ユウカは片腕で目を覆う。
あんな子供の言葉でさえもリョーカちゃんは希望を抱いていた。
本人だって子供の何の責任もない言葉なのはわかってる。
それでも、そんな子供にすら無意識に縋ってしまうほど彼女は弱っている。
だから、スズネリアにはチンたらされたら困る。
期待させたんだから、無謀でも迷いなく進んで欲しかった。
なのに、冒険する勇気すらない。
所詮子供だということだ。
あんな子供、リョーカの英雄を目指す資格はない。
戦場にすら相応しくない。
子供だというのなら、子供は子供らしく、戦いとは無縁な世界で元気に生きていればいい。
「……ユウカも子供だったら楽だったのになぁ。ユウカ、大人だもん。責任取らなきゃ」
スズネリアが、あのお子様が現実を目の当たりにする前に。
精神性が成熟していないというのなら。
真実を知った時、受け入れられず壊れてしまうような子供なら。
彼がショックを受ける前に、助けてあげないといけない。
それが大人の役目だ。
「……あの悪魔を倒すには、ユウカ達でも、夢だけ見てるお子様でも、無理」
ユウカは空を見つめる。
迷宮攻略や黒竜討伐は確かに大事な事だし、大事だ。
けれど、本来人々を救うために行う英雄的挑戦を。
誰かを傷つけてまで遂行しようなど本末転倒。
特定の誰かに犠牲になってもらってまで、世界を救わなきゃいけない理由があるとは思えない。
それでも、その必要を良しとする異常者がいる。
その悪魔。
ルシア・マリーン。
あの女を止めるには、ユウカやスズネリアじゃ役者不足。
もっと特別な存在じゃないとあの特別な悪魔は倒せない。
でも、黒竜やダンジョンと違って、奴は
その特別性はステイタスでもいい。
さっき戦った少年の特別性を、ユウカはその身をもって確かめた。
青い空を見上げて、口元を緩める。
「ユウカ達はいくらでも踏み台になってあげる。だから、その
―――Lv.8まで。
ユウカは、口は動かさなかった。
口の動きは千里眼で読まれるから。
「ベル君!」
「神様……!」
命を背負うヴェルフとリリルカをおんぶするヘスティア。
4階を目指すベルと彼らは合流した。
ベルはヘスティアに回復薬を貰って、ステイタスも更新してしまう。
「神様、どうですか?」
「うん。アビリティは凄く向上してるよ」
「それじゃあ……!」
「いや、ランクアップはまださ。さっき相手をした女の子の騎士は本気じゃなかったんだろ?その分、偉業の達成は満たしていないみたいなんだ」
「そ、そうですか……」
下を向くベル。
この先もLv.3以上が待っている。
一体スズネリアはどこにいるのか。
3階まではくまなく探したが、いなかった。
やはり上に行けば行くほど彼の居場所に近付くような気がする。
何故なら出てくる騎士の格が段階を踏まれているから。
ベルは知っている。
まだ、あの騎士が現れていない。
キリエ・スロットルが。
「なるほど。つまり、まだキリエを出すほどの段階でもないっていうわけか」
「うん。もっと上に行かないと。キリエさんに会えたら、スズにも近付いてる気がする」
「だな」
ベルとヴェルフは天井を見る。
厳密には上を意識している。
「よし、行こう」
「おう!」
「あぁ」
ベルの言葉にヴェルフもヘスティアも頷く。
命とリリルカも背負って連れて上がる。
置いていけばどんな扱いを受けるかわからない。
そうして彼らは4階の広間へと来た。
この階にもスズがいるかもしれない。
念の為に見渡す。
が、真っ先に視界に飛び込むのはやはり―――騎士。
今度は、大きい。
否、"長い"。
あまりに長身で細身すぎる狼人の男だった。
「……」
「またか!」
「この人……【
「知ってるのかい?」
「はい!元【ガネーシャ・ファミリア】の人です!」
「マジか」
ベルとヴェルフが構える。
シロウもまた、黙って構える。
今度は細長い剣だ。
「……行くぞ」
「来るぞ!」
「うん!」
シロウは早速駆け出し、戦闘に入る。
ベルはヘスティア・ナイフとクラレンターを抜き、ヴェルフも武器を構える。
そして、彼らも走り出し、衝突しようとする。
すると。
「ぐあっ!?」
「がはっ!?」
「……」
まだ間合いが詰めきれていないうちにシロウは剣を横薙に振るい、ベルとヴェルフの胸部を斬った。
そして、彼らが反撃しようと武器を振るうも遠すぎる間合いを持つ彼には簡単に後退で避けられてしまう。
「こいつ……!」
「身長だけじゃない。腕が長い!足も!リーチが長いし、攻撃も当てづらい!」
「あぁ。戦いにくいな。クソ!」
2人とも悪態をつく。
シロウは恵まれた体躯を有効活用した戦い方を選んでいる。
ユウカと違って不器用な彼は手加減などできない。
最適な戦法で戦っている。
「ここは俺に任せて先に行けと言いたいところだが……」
「あんなに間合いが広いんじゃ、誰も抜け出せない!」
ベルの言う通り、シロウの戦闘領域は広い。
その上、敏捷もある彼から逃げることは難しい。
「……上へは行かせない。あの子供は【試練】を超えていない。冒険する資格がない」
「……っ」
ベルは顔を顰める。
またしても同じようなことを騎士達は言う。
ふざけるな。
ふざけろ。
まだ挑戦も、努力も、尽力もしていない。
そんな前から無理だと言われるのは、子供を闇雲に否定する大人と一緒だ。
「スズの可能性を閉ざしてるのは、成長を止めてるのは貴方達だ!僕の仲間の可能性を、勝手に否定するなよ!!」
「ベルの言う通りだ!あんたらはちょっと過保護すぎるぜ……!」
2人は吠える。
しかし、シロウは無視。
言葉は届かない。
「……っ」
「……!」
「……」
会話は不要と判断し、睨む合う3人。
ベルは頭の中で必死に考える。
この男の攻略法を。
「そうだ……!」
ベルは閃く。
相手は間合いが広い。
ナイフは届かない。
なら、ナイフは使わなければいい。
スズネリアの剣を拝借し、彼の剣だけで戦う。
そして、彼の剣は同時に
近距離も中距離も隙がないあの長身の騎士に対する遠距離攻撃。
普段、ベルにはない攻撃手段だが。
この
「【ファイアボルト】!」
クラレンターの刀身を展開させ、透明のラインを出現させる。
そこに火を注ぎ込み、ラインは赤へと変わり、クラレンターは熱を宿す。
「ベル……!?そいつは……!」
「【
ベルが聖剣を掲げる。
加えて、鐘の音がなる。
これは、英雄に憧れた少年と、英雄に惚れた少年の
「……させん!」
「そりゃこっちのセリフだ!
「……っ!」
ヴェルフが魔剣を振るい、シロウが距離をとる。
その間にベルはチャージを終える。
「これが
「マジか!?」
「う、うあああああああーーー!?」
ヴェルフが威力に驚きながら射程から外れ、シロウは正面から受ける。
聖剣の一撃は爆炎の砲撃となり、壁を突き破って城の外の外門まで届く。
砲撃が収まると、城門に大の字で張り付いたシロウが丸焦げとなって、煙を吐く。
「かはっ……!?」
彼は時間差で重力に引かれて落ちる。
そして、倒れ伏せた。
これで4人目の騎士も倒した。