「スズネリア……?」
キリエが現場に到着すると、スズネリアの決め技の余波で伸びた【アポロン・ファミリア】の団員しかいなかった。
肝心のスズネリアの姿がない。
Lv.3のヒュアキントスにダメージを与えるほどの技。
魔道具ありきとはいえ、そんな事ができるなんてキリエは知らなかった。
それもそのはず、彼がヘスティアからの恩恵で得た力だからだ。
特に聖火の暖炉由来という点が。
しかし、何にせよそれほどの大技をLv.1の身で使用してタダで済むはずがない。
彼も相当のダメージを受けている……いや、ほぼ瀕死なはずだが。
「まったく。無茶をするね。入れ違いになったかな?」
キリエが急いで来た道を戻ると、道中呻いていたヒュアキントスの姿もない。
これは……。
「やられたね。困った王様だ」
こめかみを抑えてキリエはスズネリアの後を追う。
【アポロン・ファミリア】の本拠には、アポロンが愛する眷属たちが列をなし、主神の道を作っている。
その門番達が全員ギョッとして後退り、スズネリアに道を開けた。
「……」
スズネリアは、意識を失うまで顔を殴り付けたヒュアキントスを引きずり、神の部屋まで行く。
「開けんぞ」
その一言だけ発して、血まみれのスズネリアが扉を蹴り飛ばして開ける。
中には……。
「ひっ……!き、来た……!」
「……」
顔面蒼白のアポロンがいた。
彼は腰を抜かし、ボロボロのスズネリアにビビっている。
スズネリアは血みどろで肉も抉れている。
ヒュアキントスを引きずる方の腕は健在だが、利き腕は変な方向へ曲がっている。
骨も出ている。
何より、血まみれのその顔の、奥から除く剣幕が凄まじい。
「おらよ。テメェを最も愛してくれた奴だ」
「ひっ……!ヒュ、ヒュアキントス」
「うっ……ぐっ……も、申し訳……アポロ、ンさ……ま……」
アポロンの前に投げ捨てられるヒュアキントス。
彼に手を伸ばそうとするも、1歩前へ出たスズネリアに対してアポロンは手を引っこめた。
その態度を見て、朦朧とした意識と荒い呼吸の中、スズネリアはイラッとする。
「ったく。こんなに慕ってくれる奴がいんのによそ見してんじゃねえよ。浮かばれねえだろうがっ!!」
「ひぃ!?」
机を蹴り飛ばすとアポロンは縮こまる。
神が人間に対してここまで萎縮する。
今、アポロンは下界に降りた神の中で最も小さくなっているだろう。
「下っ端に言っても頭がこのザマだからな。直接言いに来たぜ。ベルが欲しけりゃかかってこい。全員叩き潰してやるからよ」
「ひぃぃぃ!?」
「ふんっ!」
言い放ってスズネリアは去る。
身体を引きずりながら、今にも倒れそうなくらい意識が朦朧としている。
真っ直ぐ歩くことも出来ない。
【アポロン・ファミリア】の中庭を抜けるだけでもかなり時間がかかった。
そして、その外門を潜った時、それは敵の陣地から出て公的なエリアに、安全区域に出たと身体が判断して力が途端に抜ける。
彼は倒れた。
「うっ……ぐっ……!ダメだ、俺ぁこのまま死ぬ―――」
大技の代償はデカかった。
あの技を放ったあと、寧ろここまで移動できたことが奇跡に近い。
いや、この身体でここまで動いたから悪化したのかもしれない。
とにかく、スズネリアは遠のく意識とボヤける視界に身を委ねていく。
そうすればするほど楽になるのがわかった。
もうこのまま―――。
「スズネリア君!」
「へへっ……そうだよな、ヘスティア様。まだ寝てらんねえよな……」
幻聴が聴こえてスズネリアは笑う。
敬愛する女神の声だ。
それで思い出した。
まだ欲しい未来を掴み取っていない。
ここで倒れる訳にはいかないと。
彼は、夢の中でヘスティアに抱き寄せられる。
「スズネリア君。ありがとう。君はベル君を守る騎士様だったんだね」
「ヘスティア様、俺は……」
「喋らなくていい。喋らなくていいんだ。君はよくやったよ。ありがとう。本当にありがとう」
「へへっ。やっぱりヘスティア様は最高だぜ……」
「君も最高さ。僕には君がベル君を守るために遣わせてくれた授かりものに思えるよ」
「ヘスティア……様……」
「おやすみ。スズネリア君」
スズネリアが意識を失い、ヘスティアが彼を大切に抱き寄せる。
そこにキリエが駆け寄る。
「スズネリア……」
「アマゾネス君。
「すまない。ヒュアキントスに渡してしまったよ。それにこの状態は回復薬では……」
「そ、それじゃあ……!」
ヘスティアが絶望する。
今、生死をさ迷っているスズネリアを諦めるしかないのか。
そう、嘆く。
しかし、そこへ。
「私が代わりましょう」
「……っ!君は……」
「マリーン。君がなぜここに……」
キリエとヘスティアが目を見開く。
現れたのはルシア。
彼女はキリエより前に出て、ロッド・フリテンを構える。
「【生きる者よ、死にゆく者よ。我は其方等の生を願う、その命に咲く花を枯らさない】」
「ドラゴン君……」
詠唱を唱えるルシア。
そんな横顔をヘスティアが見つめる。
「【もし、呪われし我が身を受け入れるなら。其の身体を治そう。父の呪い、塔の呪い、龍の呪いを有した我が求める】」
彼なら聞くまでもなく受け入れるのは容易に想像できる。
改める必要もないだろうとルシアは魔法の行使を止めない。
「【理想を身に宿し者、我の名はマリーン。我は
ルシアは、スズネリアの頭を撫でる。
彼女にとって、スズネリアは障害だ。
真っ向からルシアの行いを止めると言い放った。
故に助ける義理はない。
それでも。
「【花の魔術よ、命を咲かせたまえ】」
ルシアは、詠唱を終える。
奇跡の行使は許されなかったが、スズネリアに全癒はかけられた。
どんな回復薬でも不可能な治癒。
修復も可能だ。
スズネリアの身体も治るだろう。
ルシアも【アストレア・ファミリア】も救うと言い放ったスズネリア。
何も期待などしていない。
自身の無力さも知らない子供の言葉だ。
それでも、それをそのまま切り捨てるほどルシアも人を捨てていない。
それに、彼なら何か起こしてくれる気がする。
何故かそう思う。
贔屓目だろうか。
いや、そうだろう。
こんな力の低い者に期待する理由なんてそれしかない。
それでも、彼の言葉を……嬉しく思う自分がいた。
「フッ。リョーカさんが子供の言葉を真に受けるのも分かりますね」
ルシアは笑みを浮かべて、すぐにその口元を隠す。
自分でも無意識だった。
即座に冷めた目付きに変えて、市壁でも見つめる。
そして。
「【アヴァロン・リビヴァル】」
「……っ。ここは……」
スズネリアが目を覚ます。
ルシアは、彼の意識がハッキリする前に歩き出す。
「待ちたまえ。行くのかい?」
「……我々は一応敵なので」
「……随分親切な敵だね。彼を見る君の目はまるで親だよ」
「……」
ルシアは黙る。
千里眼で見る自身の姿に失笑する。
キリエが称したものとまるでかけ離れた堕ちた屑だからだ。
「ドラゴン君。僕からも礼を言うよ。ありがとう」
「……いえ。当たり前のことをしただけです。礼を言われる謂れも、親の資格もありません」
「えっ?」
目を丸くするヘスティアを置いて、ルシアは立ち去る。