思わず
見られた。もう居られない。また、受け入れられない。
その思考だけが彼女の脳内を支配していた。
「はぁ……! はぁ……!」
良い人達だった。ちょっと好きになっていた。でも、彼女の表情は曇っていた。
不審、疑惑、畏怖、憎悪、悪寒。そして、敵意。
ルシアという特異な存在に向ける視線と人類の敵である
「……っ!」
下唇を噛む。
女神の慈悲で温い環境に浸かって忘れていた。ルノアの言葉に納得してしまっていた。
思い出せ。これが現実だった。
ここから先の展開は嫌でも予想できる。何度だって経験してきた。
だから―――。
「ルシアじゃん。あんた、こんなとこで何やってんのさ」
「……っ。ル、ルノアさん」
声をかけられて顔を上げたらその先にはルノアがいた。つい数時間前に別れたばかりの恩人だ。
いつもなら特訓が終わればその日は会うことがない。故にルノアも怪訝に思った。
「どうしたんだよ。そんな息切らして。何か……あった訳?」
「え、えっ……と、その……」
言えない。ルノアに問われてルシアは言い淀む。
それに、ルノアが踏み込んでくるとは思わなかった。当人も彼女相手にそこまで踏み込んで聞く関係ではないと思ったのか、少し言葉が詰まった。結局、尋ねることにしたようだが。
「ルノアさん……! 私は―――」
そうだ。誰かにバレた時は居場所を追われる。オラリオにも居られなくなる。その事を思い出した。
と、なればルノアへの報酬は早く支払ってしまわないといけない。そう思って、口を開こうとした、その時。
「ほう。貴様が【黒拳】か。律儀にその娘の傍にいるとはな。手間が省けたぞ」
「「……っ!」」
突如、割って入る声。そして、ルノアの背後から白いローブを纏った者たちを連れた一人の男。白い髪を無作法に伸ばしたその風貌は特徴的で、都市の記憶にも刻まれている。
「は? あんた達、誰―――」
「やれ!! お前たち!!」
ルノアの問いかけを無視し、オリヴァスが叫ぶ。
すると、闇派閥の男達が一斉に魔剣を構えた。そして、標的を定め、振り下ろす。
「なっ!?」
ルノアが目を見開く。魔剣による火炎が、暴風が、雷鳴が。自分たちに向かって飛んでくる。
しかも街中だ。正直ルノアは避けられるが、後ろには駆け出しでステイタスのしょぼいルシアがいる。
いや、そんなこと知ったこっちゃない。こんな1ヶ月くらいしか付き合いのない
ルノアは全力の反射神経でルシアの方に振り返り、彼女に飛び込んだ。
「ルシア!!」
「……っ……ぁ」
ルシアは反応すらできていない。そんな彼女を抱えてルノアが魔剣を避けつつ、二人で地を滑る。肩を晒していたルノアは少し出血した。
それに、魔剣による攻撃も掠った。背中が熱い。痛い。
「うっ……! ぐっ!」
「ルノアさん……!」
ルノアにしてみれば軽傷だが、それでも自分が原因で攻撃を受けたことくらいはルシアにもわかった。だから、彼女の名を叫び心配する。
街中で突然魔剣を振りかざした暴族共。そんな者が現れれば都市の民衆は大混乱になる。加えて、今は暗黒期で闇派閥の悪名は浸透している。彼らが何者か皆、即座に理解できる。
「うわあぁぁぁーーー!!
「暴れてるぞ……! 逃げろ!!」
「誰か、冒険者を呼んでーーーっ!!」
「きゃああぁぁあーーー!!」
周囲にいた人々が狂乱する。皆が逃げ、叫ぶ。
その中を悠々と歩き、ルノアとルシアに寄ってくる者たち。集団を導くオリヴァスは、ルシアを抱えて倒れ伏せているルノア、そしてまたルシアに視線を動かして口角を上げた。
「くくく……っ。遂に会ったな、ルシア・マリーン。愚かな【アストレア・ファミリア】が抱えた弱点よ。邪魔をする【黒拳】を沈め、貴様を奪ってやるぞ。ルシア・マリーン……っ!!」
「……っ。
「そうとも。私はオリヴァス。混沌の使者にして、
ルノアに指を差し、不敵な笑みを浮かべるオリヴァス。
対するルノアは自身の身体についた土埃を払いながら立ち上がり、向かい合った。
「また懲りずに狙いに来たって訳だ。案外、諦め悪いんだな」
「
「ふーん。そっか。まあ別にいいよ。前のと違ってあんたは骨がありそうじゃん。そんなぞろぞろ連れて、魔剣なんか使わないでさ。私と
周囲の建物が燃え盛る中、黒い煙が昇り、その中でルノアは拳を構えて人差し指でオリヴァスを招く。
元々腕試しの意味も込めてオラリオに来た彼女にとって、強者からの挑戦状は受けて立った。
やる気満々で相手を指名し、自身の求めるスタイルを口にした彼女に、オリヴァスは目を細めて鼻で笑う。
「ふん。確かに私は貴様と同じLv.3だ。だが、正面からやり合うつもりなど毛頭ない! 愚かな冒険者とは違い、勝つことに意味があるこの時代の戦いで手段など選ばぬのだ……!」
「なっ!?」
魔剣による砲撃が再び放たれる。次はルノアが標的だ。
「この野郎……っ! そう何度も……!」
「本命は私だ!!」
「なぁ!? ぐっ……ぁ!?」
砲撃を避けるために後方を退いたルノアに、爆炎により立ち登る黒煙の中から出現したオリヴァスが追撃を加える。
斬撃はルノアを抉り、彼のステイタスが織り成す力に彼女は地面に叩きつけられ、跳ねて転がった。
「…………っ!! うっ……! っぁ……!?」
「ルノアさん!」
後方に吹っ飛んだルノアを、目で追うルシア。振り返りながらその名を叫んだ。
振り返ったその先でルノアは負傷し、動けなくなり、悪態をつく。
「ちょ……っ! 卑怯だろ!?」
「
多勢に無勢に、不意打ち。そうして膝をつけさせたルノアに、オリヴァスが余裕を持って歩み寄る。その手には武器を踊らせている。
「【黒拳】よ、トドメを刺してやる。我らに敵対した己の愚かさを呪いながら朽ちるがいい……!」
「……っ!」
ルノアもまだ抵抗できるが、オリヴァスと実力はほぼ拮抗している。負傷した状態で万全の彼に近付かれては追い込まれてやられてしまう。
オリヴァスが一歩踏み出す事に彼女に命の危機が迫る。
その光景を目の前にルシアが焦る。
「待ってください! ルノアさんにやられた被害を考えれば、もう仕返しは充分な筈です。それに、あなた方の目的は私では! 私は抵抗せず、従います! だから、もうこれ以上ルノアさんを傷つけないでください!」
「なっ!? あんた……っ。余計なことすんな!」
弱い癖に、それに関係だって薄い癖に庇われる。要らない貸しだ。言葉通り、余計だった。
でも、オリヴァスには通じたようだ。ルシアの言葉に目を細めた後、鼻で笑い、小さく頷き武器を引く。
「……良かろう。貴様の言うことも一理ある。それに、【アストレア・ファミリア】の弱点である貴様が無抵抗で我らに捕えられるというのならそれ以上に好都合な話はない」
どんなに相手が格下でも無闇に暴れられると少し面倒になる。大人しくついてくるならそれに越したことはない。
オリヴァスはルノアへと迫るその足を止め、踵を返してルシアの元へ戻った。そして、小さい彼女を見下ろす。
「こちらへ来い」
「はい」
「……っ」
大人しく承諾するルシア。尻餅をついていた彼女は、その腰を上げて自ら
そのまま連れられそうになる時、ルノアの方に顔を向けた。
「ルノアさん。一ヶ月間、特訓に付き合ってくれてありがとうございました。報酬は【アストレア・ファミリア】の
「あんた……っ! 何勝手なこと……!」
必要なことを話して
その背中をただ見送ることなく、自分でも無意識に追いかけようとしたルノアに、オリヴァスは部下に残忍にも命令した。
「貴様ら、やれ」
「「「はっ!」」」
「……!?」
衝撃の一言にルシアが思わず振り返る。
「ぐっ……! うっ……ああぁぁぁ……っ!」
周囲の民家と共に吹き飛ばされる。今度は正面から直撃だ。
ルノアの身体が跳ぶ。
「ルノアさん! 待ってください、話が違っ―――」
「くくくっ、ふははは! 誰が貴様達との約束など守るか!」
「ぐっ……! うっ……っぁ…………!」
暴風で浮き、雷鳴で肌を裂かれ、豪炎で包まれる。地に転がった頃には鮮血の腫れと火傷で満身創痍だった。
約束を破られたことで抵抗し、ルノアを助けに行こうとするルシアが闇派閥に抱えられて強制的に連行される。地に伏せるルノアの姿が遠のく中、ルシアは彼女に届かない手を伸ばした。
「ルノアさん……!」
「さらばだ、【黒拳】。そうして無様に這いつくばっているがいい! そして、これに懲りたならもう二度と我ら
ルノアを完全に打ちのめし、オリヴァスは心底愉快な様子で高笑いを残しながらルシアや部下と共にその場を後にする。
残ったのはめちゃくちゃになった民家とボロボロのルノアだけ。
「はぁ……はぁ……! あいつ、言いたい放題言いやがって。クソ。あいつら~! やりやがったなぁ……!」
荒く呼吸をすると、鉄分の味がする。肺が苦しい。喉が裂けそう。
それでもそんなこと気にならないくらい悔しかった。自信あったのに。ちょっと卑怯なだけの奴らにこのザマだ。
正直、勝てる相手だった。負けたとしてもここまで大敗にはならない。完全に相手の手口などの情報不足と自身の油断が原因だ。それが尚更悔しい。
体中、凄く痛い。それに怠くて動けない。でも、その感情に身を委ねたらもっと酷いものが蓄積してしまう。
今は、この休み方を受け入れてはダメだ。
目に映った適当な民家から勝手に井戸を拝借して顔を洗い、喉を
一旦落ち着くと、ルシアのことを考え始めた。いや、あんな
そういえば、別れ際に言ってたっけ。
訓練についての感謝の言葉。ということは本当にもうあれで終わりということだ。つまり、縁は切れた。関係性はない。だから、本当にもうあの
「……ったく。抵抗せず連れて行かれて何が特訓の報酬だ。意味無かったじゃんか」
こんな無様な戦い、ささっと忘れて帰って寝たい。そんで、【アストレア・ファミリア】に報告して報酬を受け取ったらもう金輪際関わりたくない。
でも、少しモヤモヤする。結局こっちが教えてやったことを当の本人は何も活用しなかった。
ルノアは報酬を受け取ったら、キチンと仕事をこなす性分だ。今回は相手の要望を満たせたとは言い難い。
「ヤバすぎでしょ、
傷口を洗いながら改めて自分の有り様に引く。正直、少し舐めていた。オラリオも、暗黒期も。あんな
こんなところで賞金首稼ぎをするなんて、正気ではないかもしれない。この仕事、辞めようかな……。そんな考えすらも過ぎる。
「……これ以上は関わりたくない。あんな
自分の命は惜しいし、他人の為に危険を侵したくない。それに、そんな義理はない。
「成り行きで助けて、報酬が良さそうだったから特訓に付き合ってあげただけだし? そうだよ、ここで手を引くのが
大きな独り言だ。自分で自分を正当化したいから。
あの娘の言った通り、【アストレア・ファミリア】に行って事情話して報酬貰ってそれでおさらばでいい。どうせ自分が行かなくても派閥に大切にされてるんだから彼女たちが助けに行く。
そう、今ここで助けに行けばルシアの身柄が完全に拘束される前に迅速に救出できるが、そんなことは知ったことでは無い。助けるのは、自分である必要は無い。
彼女は大切にされてるんだ。自分とは違う。だったら別に助けに行かなくても大丈夫。
ルノアは平衡感覚を取り戻すのを待つことなく、なんとか瓦礫に寄れかかって歩き始める。それと同時に想起した。
『それは……嬉しいですけど、ちょっと寂しいですね』
『寂しいって、なんでさ』
『だってルノアさんにこうして会いに来る理由が無くなっちゃうじゃないですか』
市壁の上で交わした会話。
なんで。なんでこんな時に、あんな奴の言葉を思い出す。
あんな、馬鹿。私みたいな馬鹿。
『私はルノアさんのこと、結構好きです。一緒にいて楽しいです。なんだか、『友達』がいたらこんな感じなのかなって思います』
『いや、意味わかんないし。何それ』
大切にされてる癖に。そんなことを言う。
自分にだけ、『友達』だなんて言葉を出す。私にだけ、そんな呼び方をする。
苛つく。腹立つ。情なんて、湧かないんだから。
「……何が『友達』だ。馬鹿じゃないの」
傷だらけの身体を引きずってルシアが連れ去られた方向とは逆の道を進もうとする。
だが、その足は止まった。
「あーもー! クソ……ッ! そういえば、私も馬鹿だったっけなぁ……!!」
頭をかきあげて、苛立ちがこもった強い口調が出る。振り返って、真逆の道を辿る。
馬鹿な自分を思い出し、受け入れてみた。だから、仕方なくといった感じの口調とは裏腹にルノアの口元には満足気な笑みが浮かぶ。
だって、ほっとけないよ。あのお巫山戯エルフの無邪気な笑顔が、頭から離れないんだから……っ!
ルノアは一人、