「き、消えた……?」
ベル・クラネルも動揺する。
彼が突き刺すはずだった女神の胸もない。
ナイフの矛先は行き場を失い、下へ下がる。
試験管を投げ、事の発端であるルシアも。
「き、消えた?何が起きたんですか?これは……失敗したんですか?」
ルシアは辺りを見渡す。
試験管を2本使った。
分子レベルで分解されたアンタレスと女神アルテミス。
融合していた彼らを1つの生命体とした時、1本目で霧散するのはわかる。
しかし、2本目の使用の対象であるアルテミスの姿がどこにもないのはおかしい。
千里眼で探してもどこにもいない。
そこでルシアは気づいた。
「まさか……!」
彼女は、遺跡の近くにある崖で行く末を見守っていた女神を捉える。
ルシアは彼女の論理が正しい前提で動いていた。
というか、
だが、なぜ勘ぐらなかったのだろう。
なぜ鵜呑みにしてしまったのであろう。
他でもない、賢いルシアが。
―――女神が嘘をついている可能性を鑑みなかったなんて。
「嘘?」
「あぁ、たった一つだけ。けど、9割の真実の中に混じるには絶大な効果のある嘘だ」
隣に立つテシレアに対し、説明するタレイアは指を1本立てる。
実験結果を見るために遥々彼女に運んでもらった。
そして、望むものは見れた。
非常に満足だ。
口角を上げて、彼女は立ち上がる。
「実に収穫のある茶番だった。何が世界の危機だ。これから何が起きようと僕の描く
「……それで、その『嘘』とは?」
「簡単な話さ。試験管の効力が発揮される対象は1人じゃない。―――『2人』だ」
「……!?」
テシレアが思わず瞠目し、彼女を見る。
彼女は待っていたかのように狡猾な笑みで迎えた。
「まず、アンタレスとアルテミスが同化していようと二人は別の生命体だ。試験管を使用した時、対象は1人と1体」
「2本目は……?」
テシレアが恐る恐る尋ねると、彼女はその瞳に白髪の少年を映す。
そんな彼女の横顔を見て、テシレアは再認識した。
彼女も女神だと。
「……やはりステイタスが
タレイアは少年から視線を外す。
もう彼に用はない。
利用価値を終えた。
彼はこれから、体内に女神がいることも知らず、のうのうと呑気にチンケな恩恵の元、常識の範囲内の
興味ないな。
「Lv.12に到達していないと、分子の
「そういうことだね。それが実証できてよかった。こうなれば、早く彼の【神殺し】のスキルを解かなくてはならない」
「【神殺し】のスキルを……?なぜ」
「あのスキルは
もし、その下降がランクを超え、彼のランクがLv.12を下回っていれば、せっかく育てた素材が無駄だ。
厄介なことにその下降はステイタス更新しなくても成される。
「またステイタス更新をすれば、黒竜と戦った経験値で再度ランクアップできるはず。例え壁を殴っているような感覚に襲われただけだとしてもね。それでもLv.10を下回っていればお釈迦だ」
「ならば、早く貴様の眷属に合流せねば」
「今はその時ではないよ。彼とは喧嘩中だからね。また彼が求めるその時まで……精々もう1つの『素材』を育てるのに注力するよ」
タレイアは遺跡を見下ろす。
千里眼を通して、彼女と目が合う。
タレイアは、フッと笑って背を向ける。
「帰ろう。もうここに用はない」
「いいのか?女神を1人、犠牲にしたようなものだが」
「何。形はどうあれ生存できたんだ。寧ろ感謝して欲しいね」
「……実態を持たない者が、生きている……か。死ぬより苦しい可能性もあるが」
「知らないね。手とり足とりしてやる義理はない。それに、恋愛対象の雄の遺伝子に混ざれたんだ。今頃興奮で失禁してるんじゃないか?」
「……品のない奴だ」
「品性なんて持っていても、ゼウスは子とは認めてくれない。さぁ、また運んでくれ。頼むよ」
「……」
テシレアはため息をつき、彼女を抱える。
Lv.9相当の身体能力で誰にも追いつかれることなく女神タレイアは離脱した。
そして、遠くなっていく遺跡に目を向ける。
「……アルテミス。実にいい収穫だった。都合のいい
タレイアは、権能を発揮する。
そして。
「―――君に、『繁栄』があらん事を」
祈りを捧げて帰った。