原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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二度掛けられる天秤

 あれはモンスターだ。

 間違いない。我々冒険者でも、都市の民衆でそう捉える。それ程までに超古代の大穴からの出現から現代に至るまで、あの異様な外見は恐怖の対象であり受け付けられない。

 

 ルシアは喋る。意思疎通ができる。人間のような高い知性があり、身体以外はエルフのそれに……少なくとも他者からそう見える。

 だが、翼がある。鱗がある。尾がある。

 

 それらがあるだけで、それら以外の全てが人間らしくとも無意味になる。あの身体はそういう身体だ。

 到底受け付けることはできない。

 

「……」

 

 本拠(ホーム)で一人、輝夜は考え込む。

 傍から見れば、冷静に瞼を閉じた精神統一だ。だが、内心はかなり動揺している。

 あの時も動揺し、逃げ出すルシアを、その背中をただ見送った。

 

 否。自身の腰に帯刀している『彼岸花』の柄に、反射的だが触れていた。彼女の肉体を見て、自分の身体は、脳はモンスターと接敵したと錯覚したのだ。

 それをルシアも去り際に目にしていた。走り去るその足が止まらなかったのはそれが原因かもしれない。

 

「……」

 

 輝夜は考える。無意識に彼岸花の柄を撫でた。

 ルシアを斬らなかったのは。ルシアに対し、抜刀しようとした自分に、少し戦慄したのは。短い時間だったが、同じ派閥にいて、人間性も嫌なところがなく、そんな彼女に情が発生していたからだ。

 

 そう。今にして思えば彼女のことを殆ど知らなかったが。少なくとも彼女をファミリアに迎えて、接して、今見せている一面だけでも彼女を仲間として受け入れていた。

 しかし、例え永年の仲だったとしても、いや寧ろ付き合いが長ければ長いほど、隠されていたその事実は重く響く。

 

「……」

「輝夜? どうしたの。明かりもつけないで」

 

 本拠(ホーム)の居間に一人、静かに熟考していた輝夜の元に、たった今帰ってきた主神が声を掛ける。

 その声を耳にし、輝夜は瞼をゆっくりと開けた。

 

「アストレア様。貴女は何故、ルシアを受け容れた」

「……っ!」

 

 たった一言。直接的ではないが、直球な言葉。

 アストレアなら意図を掴み、状況を一瞬で理解できると見込んだ初手だ。

 アストレアが息を詰まらせる中、輝夜は重ねる。

 

「貴女は知っていた筈だ。ルシアにステイタスを刻んだ。ならば、貴女は彼女の身体を見たことになる」

「輝夜。それは……」

 

 アストレアが言い淀む。それまで背中を見せていた輝夜は立ち上がり、面と向かった。

 何も責めたい訳では無い。自分の中で確固たる意見もある。アストレアだって、考えもなしにルシアを抱えた訳ではあるまい。

 話し合いが、必要だと考えた。だからこその姿勢だ。

 

「アストレア様。私とてルシアは悪くないことはわかります。あの()が我々に打ち明けなかったことも……理解できる。私が逆の立場でもそうする」

 

 ルシアは特異な存在だ。前例などあるわけない。完全な初体験。

 それでも輝夜は、彼女を仲間と認めていることを自覚しているからこそ、無理でも彼女の立場も考えた。

 アストレアは動揺しているのか、とにかく言葉を絞り出す。

 

「……輝夜。あの()は、ルシアは迫害されてきたの。だから―――」

「あの身体を見て、モンスターだと切り捨てる程、状況は単純ではない。あの()をモンスターだと認識して斬る程、私も単純ではありません」

 

 だから、斬れなかった。反射に身を委ねられなかった。

 

「だが、うちのファミリアではルシアを抱えていられない。あの()は追い出すべきだ」

「輝夜! そんなのあんまりよ……。ルシアの居場所が無くなってしまうわ」

 

 輝夜の意見にアストレアが嘆く。

 自分たちがルシアを匿わなければ、どこにも彼女の居場所はない。

 それが女神の主張。だが、それは。それは……! 

 

「それは貴女の我儘だ!!」

「……っ!!」

 

 輝夜の一言が核心を突く。

 なぜなら彼女は間違っていないのだから。

 

「あの()は追い出すべきだ。私の意見は変わらない。アストレア様。我々ではあの()を守り続けることなどできない」

 

 正義の神が持つ、特有の慈悲で安易に抱え込んでいいものではない。

 これは立派な『意見』だ。ここに公平な存在がいたとしても受け容れるだろう。

 アストレアもそれはわかっている。故に、一旦同意する。

 

「そ、そうね……。でも、そんなこと言ったらあの()を受け容れて、匿い続けられる場所なんてどこにもないと思わない?」

「思います」

「……っ」

 

 意表を突く肯定。

 アストレアが間を空けてしまった衝撃(リアクション)の間に、輝夜は畳み掛ける。

 

「大派閥があの()を抱えれば、富と名声を失う。零細派閥が抱えれば、その派閥ごとあっという間に押し潰されてしまう」

「それがわかっていてどうして……」

「あの()を守り続けられる場所などこの世界のどこにもない。それが現実です。つまり、それは我々も例外ではない」

「なっ……」

 

 アストレアが言葉を失う。

 同時に、先程まで白熱していた口論は勢いを失い、アストレアは口ごもり始めた。

 ここから意見ではなく、反論もなく、ただ彼女の私情だ。勝ち負けを決める、といった単純な口論では無いが、敢えて決めるなら輝夜が勝った瞬間となる。

 

「輝夜……。それでも……私は……。そんな……あまりにも……でも……」

 

 主神が珍しく狼狽する。

 その姿を見て、輝夜は視線を落とす。

 ここに頭の硬いエルフがいれば、輝夜を糾弾するだろう。主神を論でねじ伏せて満足かと。

 

「……」

 

 満足な訳がない。輝夜は複雑な感情を抱える。

 主神が持つルシアへの肩入れは、彼女に比べれば欠片ほどかもしれないが輝夜だって持っている。本当は、主神を責めたてたい訳でも、ルシアに意地悪がしたい訳でもない。

 

 ただ副団長として、普段の自分の役割として、真実を目撃した者として。

 するべきことをしなければならかったから、心を鬼にしたまで。

 私情を挟まなかった。自身の本心を無視した。派閥の未来を考え、全体にとってより良い選択を提示した。

 

「輝夜……」

 

 それは主神もわかっている。だから、自身の正義を。権能を。行使しない。

 互いが互いを理解しつつどうしようもなかった。重い沈黙が空間を支配する。

 

「あら? どうしたの、明かりもつけないで」

「……っ」

 

 割って入ってきたのはアリーゼ。

 他の団員達も連れて、都市の見回りから戻ってきたところだ。

 

「団長……」

 

 帰ってきた責任者(アリーゼ)を前に輝夜は立ち上がる。報告しなければならないことがある。そして、それを踏まえた上でどうするべきか提示しなければならないことがある。

 アストレアは輝夜が取ろうとしている次の行動に気付き、先にアリーゼに話し掛ける。

 

「おかえりなさい、みんな。今日はどうだった?」

「只今帰りました、アストレア様。全く問題なし! ……とはいかなかったですけど、概ねいつも通りでした!」

「そう。お疲れ様」

 

 アリーゼの報告に微笑を返すアストレア。

 その奥で佇む輝夜を見てアリーゼが問い掛ける。

 

「それで、二人して本拠(ホーム)を暗くして何を話していたんですか?」

「確かに。アストレア様も輝夜も帰ってきたばかり……という様子じゃないですよね?」

「言われてみれば。特に輝夜は外行きの格好ではありません」

 

 イスカにノイン、リューが口々に言う。ネーゼ、アスタ、セルティ、マリューも顔を見合わせて不思議そうに頷く。

 

「やだやだっ。二人で話してたのは、何か暗い話? 近頃何もかも暗くて()になっちゃうわね。私、これ以上は聞きたくないわっ!」

 

 闇派閥(イヴィルス)の悪事も横行し、治安も悪化している現オラリオ。暗黒期がもたらす暗い世の中で皆疲弊している。

 明るい話など舞い込む状況ではないと誰もが理解しているが、これ以上気分を害したくないというアリーゼの言葉には全員が同意気味で、うんうんと首を縦に振った。

 しかし、輝夜はそんな彼女達の事情を無視して口を割ろうとする。

 

「団長。ルシアのことで話が―――」

 

 どれだけ暗黒期でやれていても報告しなければならない。それほど重要な話。

 奥からアリーゼの元へと輝夜が前に出てきたのを、アストレアが目を見開いて、次に制止しようとする。

 だが、その全てを遮る一筋の軌道が『星屑の庭』の窓を破り、描かれる。そして、団員と主神たち全員が目に留まる位置に突き刺さった。

 

「「「……っ!?」」」

 

 視線が二分化する。床に刺さった矢と、貫かれ崩れ落ちた窓ガラス。

 矢には紙が結びつけられている。(ふみ)だ。

 

「これは……!」

「まさか!?」

 

 経験則から悪い予感がする。

 ネーゼが矢を抜き取り、文を取る。

 

「やっぱり闇派閥(イヴィルス)からだ!」

「犯行予告か……!」

「久々に来たわね」

 

 闇派閥イヴィリスからの犯行予告はこれまでにもあった。彼らと直接対立関係があり、活動を妨害する【アストレア・ファミリア】には特に多い。

 しかし、今回はいつもと内容が異なった。

 

「工業区への襲撃予告! ……って、えっ!? ルシアが捕虜!? ルシアの命と引き換えに襲撃を見逃せって……!」

「「「なっ……!?」」」

 

 読み上げられた内容に、【アストレア・ファミリア】の面々は主神も含めて戦慄する。

 

「ルシアが捕まった!?」

「アイツら、懲りずにあの()を狙ってたの……!?」

「ていうか、前のことがあったのになんで今日もルシアを一人にしたのよ!」

「ひ、人と会うから。一人じゃないから大丈夫って言ってたから……」

「オイオイ。終わったことを追い立てても意味ねえだろ。今は失態を犯したやつを見つけて晒しあげて責める場面じゃない」

 

 本拠ホームが揺れる。突然の事態に皆が動揺し、口々に喋る。全員が同じ心的状況だったが、文を読み上げた責任からか、ネーゼは皆の口論を前に冷静に説き伏せた。

 リューとライラがアリーゼを見遣る。アリーゼは求められていることを理解して輪の中央に出る。輝夜も奥からアリーゼの元へと歩み寄ってきた。

 

「……そもそも狙われていることはルシア本人も理解していた筈です。その上で我輪の保護下に収まらず自ら格好の餌になる本人も責任が発生するのでは?」

「いいえ、輝夜。ネーゼの言う通り、今は仲間を糾弾している場合ではないわ。それにその必要もない。誰も悪くないし、悪い人がいるとしたらそれは人を誘拐しようと考える闇派閥(イヴィルス)よ」

 

 これは正論だ。皆が暗黒期に慣れ、無意識下においていた非常識。

 一度の発言でアリーゼはそれを皆に思い起こさせた。そして、全員が目を見開いた後に同意の意味で頷く。

 正しい意識に誘導し、共通認識を確認したアリーゼは優しい微笑を浮かべて皆の熱を冷ます。続けて、団長としての責務にあたる。

 

「向こうはルシアを人質に私達の動きを制限しようっていう腹ね」

「団長。これは始まりだ。これからも同じようにルシアを餌に我々を脅し、支配下に置くつもりだ。今回のはその様子見、人質が我々に対して本当に効果があるのかを確かめている」

「……一理あるわね。なら今回、私たちが取るべき行動はルシアの奪還。ただし敵にはバレずに、あくまで従っているように見せなきゃいけない」

 

 言わば偽造工作(カモフラージュ)を用いた奪還作戦の決行。

 幸い、今回の工業区襲撃は【アストレア・ファミリア】が動けなくても【ガネーシャ・ファミリア】が対処できる。それも敵は織り込み済みだろう。

 

「輝夜の言う通り、今回は工業区の襲撃を成功させることが相手の目的じゃない。人質の効果を試してる。そして、実際に効果はあるし、それが相手に知られればこれからも利用されるわ」

「そうなってしまうと我々は二度と闇派閥イヴィリスに歯向かえなくなってしまう……。闇派閥(イヴィルス)に自由を与えることになる」

「【アストレア・ファミリア】の無力化かよ! 闇派閥(イヴィルス)の連中も考えるじゃねえか」

 

 ライラが拳に力を込めて打ち込む。

 分析を済まし、皆の意思が固まってきた。だが、その中で一人。輝夜だけは異なった。

 

「団長。ルシアを助けに行く必要は無い。我々は工業区へ向かうべきだ」

「輝夜!? 貴女、何を……っ!?」

 

 アリーゼでもさすがに瞠目する。

 全てを知るアストレアだけは、輝夜に違う視線を向ける。

 

「輝夜……」

 

 仲間を見捨てる提案。およそ正義の眷属とは言えない言動。

 輝夜のその態度がリューの正義心を焚き付けた。否、全員が輝夜の意見には同意できなかった。

 

「何故だ、輝夜! ルシアを見捨てるつもりか。正義の眷属ともあろう者が仲間を見捨て闇派閥の要求を簡単に飲んでしまうというのですか!」

「そうよっ! 貴女の正義はどうなったの!?」

 

 リューの糾弾に今回ばかりは便乗が重なる。他の面々もしきりに頷き、輝夜を信じられない目で見た。

 当の輝夜は至って真剣。その表情を読み取り、アリーゼは敢えて冷静に論を展開する。

 

「輝夜。貴女が何を思ってそんなことを言ってるのか、分からないけれど【ガネーシャ・ファミリア】もいるのよ。私達がルシアを見捨てる必要性がないわ」

「必要性ならある。ここで我々【アストレア・ファミリア】が襲撃を放っておけば今後、闇派閥(イヴィリス)に人質が有効だと学習させることになる」

 

 だから、と輝夜は続ける。

 

「―――ルシアは私一人で助ける」

「えっ?」

 

 意表を突く一言。

 激しく輝夜に物言いをぶつけてリューでさえ目を丸くして引き下がる。

 

「輝夜、貴女……」

 

 アストレアも驚きの目で輝夜を見る。

 

「【アストレア・ファミリア】は闇派閥(イヴィルス)に屈しない。その意志を敵に示すべきだ。故に、団長は皆みなを連れて工業区の対応をした方がいい。これは、【ガネーシャ・ファミリア】に全任していいことではない」

 

 唖然とする周囲を置いて輝夜は続ける。

 

「【アストレア・ファミリア】が現場に現れたとて、私一人が抜けているだけならルシアの救出も同時に行っていることは勘づかれない筈だ。ルシアは私が取り戻す」

「でも、ルシアが囚われている居場所はわかるの……? 私達が動くなら、あの()の安全は保証されないわ」

「必ず見つける。私を信じてくれ、団長」

「め、珍しいわね。輝夜、貴女がそんな根拠のないことを言うなんて……」

 

 こんな輝夜は見たことがない。アリーゼだけじゃない、リュー達も、アストレアでさえもだ。

 輝夜は感情論より理屈で動くタイプだった筈だ。

 

「輝夜。一体どうしたと言うのですか。アリーゼの言う通り、貴女らしくない言動だ」

「そうだぜ。お前ならもっとこう……きちんと状況証拠が揃ってねえと迂闊な動きはしない質だろ」

 

 リューにライラが困惑を露わにする。対する輝夜は冷静に、それでいて心中は熱く、述べる。

 

「私はただ、私の正義に従っているだけだ。例え我々があの()にできることは無くとも、あの()の命を見捨てる道理はない」

「……っ!」

 

 輝夜の言葉にアストレアが反応する。

 だが、他の面々はイマイチ話が掴めなくなってきた。

 

「えっと……何の話をしているの? 貴女」

「本当にどうしちまったんだ? 今日のお前、ちょっと変だぜ。輝夜」

 

 皆が顔を見合わせる。確かに誰の目から見ても少し不自然で輝夜らしくない。そんな言動や態度が目立ってきた。

 だが、事情を話す訳にはいかない。輝夜は怪訝な注目を甘んじて受け入れて、繰り返す。

 

「すまない、みんな。私には言えることはこれだけだ。どうか信じてくれ。そして、私にルシアを任せてくれ。必ず助ける。それだけは嘘偽りは無い」

 

 そうだ。これから、彼女を受け入れずに追い出すことになったとしても。派閥にとって危険分子でも。

 きっと私は人の見えないところでなら、あの娘こを助ける。もうそこまでは情が湧いてしまっているんだ。

 

 ゴジョウノ・輝夜の正義は大義名分。故に、大衆の目は気にするし、派閥の社会的地位だって意識する。

 だから、これは信条に反した行動だ。

 

「ルシア・マリーンは私の仲間だ。私は、あの()の命までは見捨てない」

 

 輝夜は、一人の少女の為に矛盾を抱えた。

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