ルシアが【アストレア・ファミリア】と離別してから5年半。
【アストレア・ファミリア】の平均ステイタスはLv.4となり、リューと輝夜以外はLv.4。
そして。
ゴジョウノ・輝夜 Lv.5。
―――リュー・リオン、Lv.6。
「リュー。調子はどうかしら?」
「問題ありません」
ステイタスを更新するリュー。
アストレアに背中を向け、淡々と答える。
「……」
アストレアは、リューのステイタスを見つめる。
ルシアが離反して、最初の1ヶ月でLv.4に到達した。
その2年後にLv.5。
そして、その3年を経て、Lv.6へに至った。
才能は本物。
リューは仲間と対峙する試練、そして数々の死地を乗り越え、【
「……ルシアはLv.8相当。まだまだ足りません」
「焦ってはダメよ、リュー。これからLv.7になるまで早くても何年もあるわ」
「わかっています」
リューは冷静だ。
もう未熟さも甘さも捨てた。
全ては、ルシアを取り戻し、救う為に。
【アストレア・ファミリア】を救う為に悪行を重ねる彼女が1番辛いはずだ。
そんな彼女を救う王子様になってみせる。
その為には生半可な気持ちではいられない。
ルシアを救う。
それはつまり、【アストレア・ファミリア】をルシアの代わりに救うことでもある。
「失礼します」
「えぇ」
アストレアから羊皮紙を貰って退室する。
部屋から出たリューはステイタスに目を通すが、やはりランクアップして数ヶ月ではアビリティが低い。
こんなものではルシアには届かない。
焦ってはいないが、困ってはいる。
強くなる方法が手詰まりになってきたからだ。
「お前のランクアップの手伝いをできるのはここまでだ。もはや我々の才能ではお前の相手にならん」
「輝夜」
リューの心を読んだのか、輝夜がやってきて声をかけてくる。
彼女の言う通り、リュー以外のステイタスの伸びは最近悪くなっている。
仮にダンジョン探索をできたとしても、Lv.6やLv.7に輝夜達が辿り着くのはかなり時間がかかるだろう。
要するに、【アストレア・ファミリア】はリュー・リオンを持て余している。
「どこかもっと有力な派閥にお前を委ねられればいいが……」
「【フレイヤ・ファミリア】は解体。【ガネーシャ・ファミリア】よりも輝夜、貴女の方が強い」
「あぁ。残るは【ロキ・ファミリア】だが……」
2人は思い悩む。
もうその道しか残されていないが、果たして迷宮攻略や都市の切り札である彼らがその片手間になんの見返りもないリューの育成に手を貸してくれるだろうか。
ダンジョン攻略に手を貸せるならともかく、リューがダンジョンに行けば死の予言が実現する可能性がある。
しかも、【ロキ・ファミリア】も最近襲撃があり、幹部が6人【ディアンケヒト・ファミリア】送りになったという。
今、都市で何かが起きている。
強い悪の勢力が再び暗躍している。
「お前の強化問題は後だ。まずは、二大派閥を倒した奴を洗い出し、叩くべきだ」
「一体誰があの二大派閥を……まさかまた
「いや、【
「全く未知の、新しい戦力……!」
「その可能性が高い」
2人が話し合うその時。
その視界の端、窓の外。
こちらへ飛び込もうと向かってくる人型を視認する。
2人は瞠目し、床を蹴り、その場から後退する。
そうして空間が出来た2人の間に―――ガシャン!と窓ガラスを割って侵入してきた者が着地する。
「なっ……!?」
「侵入者!ここが【アストレア・ファミリア】だとわかっての行いか!」
「―――無論」
その者は、肯定し、立ち上がる。
赤く奇怪な仮面とローブで全身を隠した
彼女は名乗る。
「我は『エイン』。【
「アクターズ、だと……?」
顔を顰める輝夜。
怪人は肯定する。
そして、奴の間合いに驚く。
輝夜も、リューも、5Mは距離を取っている。
なのに、敵の射程範囲内だ。
有り得ない。
しかも避けられない。
それはつまり、格上であることを意味している。
Lv.6のリューよりも上。
怪人エイン。
そのランクは―――Lv.7相当!
「【疾風】。恨みはないが、貴様を殺す」
「狙いは私ですか」
リューが抜刀する。
長い髪を1本に結って、完全に戦闘態勢。
エインは、彼女の準備が整ってから肉薄する!
「速い……!」
「貴様など、簡単に殺せる。我が悲願の為、死ね!」
「リオン!」
輝夜が叫ぶが割って入れない。
エインは凄まじい連撃でリューを追い詰めていく。
そして、リューもそれを必死に捌く。
目の前の戦いは高次元すぎる。
輝夜が介入できる領域はとっくに超えている!
「かはっ!?」
「リオン……!」
斬撃の嵐を必死に掻い潜っている最中の、蹴り。
リューはエインに吹き飛ばされて壁を突き破る。
物置へと転がり込み、倒れ伏せる。
「うっ……ぐっ……!」
「終わりだ。死滅しろ。未だ純白の妖精よ」
「~~~~~っ!」
土埃の中で、その眼を大きく瞳孔させる。
純白の妖精。
フィルヴィスが自身との対比で穢れていないリューに妬みでかけた言葉。
それが、リューの中では異なる捉え方に変換される。
まるで、穢れた妖精がいるかのような口振り。
それは、目の前の自身を指した自虐だが、エイン=フィルヴィスも、フィルヴィスの事情もリューは知ったこっちゃない。
想起するのは、
取り戻したい姿。
今は血と罪で穢れたかつての憧憬。
それが同胞という奇跡、喜び。
しかしてそれは既に失われているという喪失感と無力感。
そして、何より渇望。
憧れ焦がれたあの
フィルヴィスの言葉が意図せぬところで煽りへと変換される。
―――"未だ"、だと?
―――私はまだ、諦めていない。
―――まだ穢れたとは認めない。
―――彼女を、純白で取り戻す。
―――それまで。
それまで……!!
誰にも負けないッッッ!!!!
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーー!!」
「……!?」
突如、雄叫びを上げて身を起こすリュー。
フィルヴィスは驚き、瞠目し、足を止めて警戒する。
そして、フィルヴィスがリューに抱いていた幻想も打ち砕かれる。
勝手な個人の感情と事情で、同法というだけの相手に押し付けていたエルフの理想がかなぐり捨てられる。
否、【疾風】の幼稚で純粋な正義を風の噂で聞いていたからそう表現していた。
けれど、残念。
今、フィルヴィスの前にいるのは、【疾風】リュー・リオンではない。
リューの咆哮は、まるで蛮族の低音。
今の彼女は、自身の求める理想を自ら掴む為に、理性を失う狂人。
人は、彼女のように自らの手で掴み取る者を―――『英雄』と呼ぶ。
「勝負だッッ!!」
「なっ……!?さっきとスピードが違う!?」
リューが瞬間、立っていた位置からフィルヴィスの前に移動して剣を振り下ろす。
それを反射で防ぐフィルヴィス。
しかし、リューの猛攻は止まらない。
それに剣の筋が先程より遥かに鋭く、速く、強い!
「うおおお!!」
「馬鹿な……、私が圧されているだと……!」
フィルヴィスはLv.7相当。
なのに、リューの攻撃を防ぐので手一杯。
数値上、有り得ない劣勢にフィルヴィスは仮面の下で瞠目する。
そして、遂に。
「私はルシアを救うまで負けない!こんな所では負けないッッ!!」
「ぐあっ!?」
リューがフィルヴィスの腹に一太刀浴びせた!
有り得ない。
けど、事実だ!
リューの連撃が終わり、最後に振り下ろした剣と共にリューは肩を上下させ、荒く息を立てる。
フィルヴィスは後ずさり、自身の腹とリューを2度見した。
「こいつ……!」
「二大派閥を倒したのはお前か。何が目的だ!」
「……っ!」
「答えないか。いいだろう。ならば答えを聞かずして倒す!お前が何者でも、私は負けはしない!」
木刀、アルヴス・ルミナを構えるリュー。
フィルヴィスは狼狽える。
こんなに【疾風】が強いなんて知らない!
「はああっ!」
「ぐっ……!何故だ!私が、何故……!?」
圧され続けるフィルヴィス。
しまいには三連撃をマトモに受けて滅多打ちにされてしまう。
「ぐあっ!?」
「はあっ!」
「なっ!?かはっ……!?」
3回叩いて隙だらけになったフィルヴィスの腹を突くリュー。
フィルヴィスは足が浮き、10M後退してやっと足が地につく。
しかし、勢いを殺せず、前方に転けてしまった。
うつ伏せになり、顔だけ上げて、仮面の下で唇を噛む。
「有り得ない。こんなハズでは……!」
「うおおおお!」
「……っ!」
追撃の為に駆け出すリュー。
向かってくるその英雄に、フィルヴィスは慌てて身を起こして対応する。
が、やはり攻撃を防ぐので手一杯。
完全に圧されている。
Lv.7相当の
「ただランクアップしただけではない!一体どこからこんな力が……!」
「逃げるな!!」
「~~~~っ!!」
及び腰なことまでバレて、リューがさらに攻め立てる。
手数が増え、フィルヴィスは戦線離脱すらできないくらいリューの斬撃の雨に間合いを支配されていた。
そして、その劣勢に驚くのはフィルヴィス本人だけではない。
外から星屑の庭を千里眼で監視していたルシアもまた、驚愕する。
「そ、そんな。なんで。リューさんがあんなに強いはずが……!」
「残念。ちゃんと理屈があるんだな、これが」
「……っ」
背後から声がして、ルシアは振り返る。
そこにはタレイアがいた。
彼女また、星屑の庭を見下ろし、窓に見える戦闘を観察する。
「このままではフィルヴィスは負けるよ」
「……っ!?なんで、そんなことがわかるんですか?」
ルシアが尋ねると、タレイアは彼女を一瞥する。
そして、フッと口角を上げて、リュー・リオンをその瞳に映す。
「彼女は、『英雄』になろうとしている。救われ待ちの
「え、英雄……?」
「そうだ。今の彼女は例え色恋に出会おうとも揺るがない。男に止められても拒否するだろう。今は彼女が雄だ」
「言っている意味が……」
「君にはわからないだろうね。可哀想な自分を無意識に演出してる君には」
タレイアは、ルシアを一切見ない。
ルシア・マリーンなどはなから単体としては魅力がない。
とある事に必要だから目をつけてるだけだ。
ルシアが英雄になることはない。
だが、リュー・リオンは違う。
彼女は、『最後の1人』になる資格を得た。
そして、その英雄化への切符は、下らない神の恩恵を超える。
そんなものよりよっぽど大事だからだ。
「本来、彼女はベル・クラネルや【
タレイアの中で、興味津々と邪魔くさいが同居する。
今、見下ろしているあのエルフは、そのものとしては面白い。
だが、『最後の1人』の候補に上がってくるなら目障りだ。
タレイアがリューに目をつけているならともかく、彼女が選んだのは別の人物。
ひとつしかないその席を、彼に与えようとしているのに……面倒な奴が出てきた。
「ふん。まあ、彼女が育つ速度は亀だ。どうせ間に合わない。アストレアも……悠長なものだ」
タレイアが冷めた目を向けると、リューは遂にフィルヴィスにトドメを刺すところだ。
「【ルミノス・ウィンド】ォォ!!」
「ぐあああああっ!?」
窓ガラスを割って、フィルヴィスが外に放り出された。
そして、彼女は腕を抑えながら恨めしそうに星屑の庭を見上げて、足を引きずり逃げていく。
その光景をルシアもタレイアも目撃している。
「フィルヴィス……チッ。使えねえ」
「さて、これで君は自分の手を汚さなくてはいけなくなった」
「……っ。……わかっています」
「偽装工作も難しくなったね」
「~~~~~!?」
ルシアが星屑の庭に降りようとしたその足を止め、慌てて振り返る。
すると、タレイアの笑みが待っていた。
見透かされている……!
「……っ」
「安心したまえ。これから計画を変更してちゃんと殺せばいい。そうすれば契約は破綻にならない」
「……うるさい。黙れ」
低音で威圧を言い残し、飛び降りるルシア。
そんな彼女の態度すらタレイアには愉悦を感じて仕方がない。
口元を抑え、笑みが零れるのを堪えた。