復讐鬼リョーカ
「マ、マイアさんが……テシレアさんまで……」
千里眼で戦況を見るルシア。
なんとかリューから逃れたが、もう遅かった。
「タ、タレイア様……」
「なんだ。まだいたのか」
タレイアの部屋に行くと彼女は抜け殻のように虚ろな目でグッタリしていた。
もう全部どうでもいい。
そんな様子だ。
「マイアもテシレアも失った。全部ヴィヴィアンのせいだ。あの女、昔から私の邪魔をする。なんなんだ、一体」
「タ、タレイア様」
「あー。もう。話しかけないでくれるか?暫く自由にしたまえ。僕の眷属が戻ってきて
投げやりにシッシッと手振りをするタレイア。
彼女が言うにはマイアやテシレアは彼女の眷属が帰ってきた時のサポートメンバーにする予定だったらしい。
だが、せっかく揃えた駒は全滅。
完全に萎えてやる気をなくしたようだ。
そんな彼女の様子にルシアは困惑しながら部屋を後にする。
「……」
【女神連合】による空中迷宮タレイア捜索は2日に及んだが、結局見つけられず。
餓死回避のためにガレス経由でヴィヴィアンがガネーシャに頼んでいたワイバーンを使って連合は全員地上に降りた。
空中迷宮はその存在をギルドに没収されない為に、浮遊し続けてオラリオから離れ、姿を眩ませる。
ルシアはその前に自身の翼で地上に降りて、とぼとぼと歩いてオラリオに帰った。
「……」
オラリオの門を通ったルシアは、下を向いて歩き続ける。
千里眼で近況は理解している。
【ヘスティア・ファミリア】が
今、都市に【ヘスティア・ファミリア】はいない。
「……」
ルシアは、市壁の門を潜り、街を歩く。
すると、人集りができていた。
『おい、人が死んでるって』
『珍しい種族だな』
『背中に紋章が刻まれてるぞ。冒険者だ』
『あぁ。でも心臓を槍で突き刺して市壁から落っこちたんだ。いくら冒険者でも……』
『やだ。ってことは自殺?』
「……?」
人集りの会話を聞いて、ルシアは不思議に思い、輪に加わる。
小さい身体でなんとか人を押しのけて中に入り、そして。
そして――――――。
「えっ?」
ルシアは、目を丸くして……その目はやがて、瞠目する。
瞳が揺れる。
その眼に映したその姿を、疑う。
この日、市壁から転落自殺した者がいた。
彼女は珍しい
手首と足首についた拘束具と鎖、そして傷口が色褪せたボロボロの体が痛々しい。
まるで虐待の後だ。
そして、なにより、その胸は大きな槍で貫かれている。
そうして彼女は横たわっている。
完全に絶命している。
血の泉ができている。
もう、疑うまでもない。
自殺したのは、イブキだった。
「えっ?えっ。えっ……」
ルシアは混乱する。
目眩が起きる。
目の前の光景が信じられない。
受け入れられない。
クラクラとする視界、今にも倒れそうな足取り。
けど、そんなものが全て吹き飛ぶくらいの――――――
『―――――――――』
「………………ッッッッ!!!!!」
――――――殺意を、感じた。
まさか、とルシアが恐る恐る大きく見開いた目で市壁の上を見上げる。
すると。
「―――――――――」
リョーカ・アーサが、市壁の上からルシアを見下ろしていた。
「う、うわあああぁぁぁーーー!?」
『な、なに!?』
『なんだ!?』
「うわああああ!!」
ルシアは、自身の叫び声に驚き振り返る野次馬達を押しのけて、駆け出した。
市壁から離れるように。
都市の反対を、
「―――――――――っ」
リョーカは、市壁からゆっくりと身を投げる。
そして、壁沿いに落ちていき、足を壁に擦り、火花を散らしながら降下する。
地面が近づくと、斬撃を繰り出して地面を攻撃する。
「な、なんだ!?」
「……」
斬撃で衝撃を殺して着地に成功したリョーカ。
大きな音と破壊を起こして降りた彼女に、着地地点の近くにいた民衆は驚く。
しかし、彼女は気にも止めず、土埃の中からゆっくり立ち上がると。
「…………っ!」
「うわっ!?」
身を屈め、地を蹴り、急に加速した。
民衆がひっくり返る。
「はっ……!はっ……!」
必死に走り、転けて起きてを繰り返して逃げるルシア。
しかし、その背後に鬼の形相の影。
ルシアは、察知して振り返る。
すると、剣が振り下ろされていた。
「うわっ!?」
剣を避けるルシア。
彼女はその回避で尻もちをついた。
そして、彼女を前にする。
「……ルシア」
地面に剣を振り下ろして、小さな穴を剣先に作ったリョーカ。
彼女はゆっくり上体を起こして長い髪の中からその瞳を覗かせる。
『なんだ!?』
『冒険者同士の喧嘩よ!』
『いや、剣を持ってるぞ!本気だ!』
『抗争かよ!』
『また!?ほんと冒険者って……』
『いい加減にして!』
「……」
「……っ」
民衆の声を無視してルシアに1歩ずつ近づいてくるリョーカ。
ルシアは、息を飲む。
「死ね、ルシア」
「リョ、リョーカさん。な、なんでイブキさんが自殺して……」
「貴様がそれを言うか」
「……!」
ルシアは目を見開く。
剣を向けるリョーカは、散々言ったのに全然直らなかった威厳のある口調で喋っている。
まるで、当てつけのように。
「置き手紙があった。逃げても貴様の千里眼で見つかり、また逆戻りとなる。だから、私を自由にする為に死を選んだと」
「……っ!そ、そんな……そんな思いきった行動に出るなんて……」
「そして、貴様が、貴様達が私に求めた英雄王像を演じ、貴様達全員を殺す」
「えっ」
「手紙には自由に生きろと書いていた。故に、私は自由に復讐を謳歌するッッ!!」
「……っ!?」
双剣を抜き、宣言するリョーカに。
ルシアが驚く。
あのリョーカが。
気が弱くて、ルシアすら傷つけるを一度は躊躇ったリョーカが。
復讐鬼になった!!
「死ね、ルシア!!」
「りゅ、【竜人形態 モード飛竜】!」
振り下ろされる剣。
ルシアは咄嗟に翼を生やし、後方へと跳躍した。
そうして斬撃を避ける。
そのまま上空へと逃げようと、視線を一瞬だけ上に移した。
その目の動きすら、リョーカは鋭くその目で捉える。
「【ストライク・エーラ】ッッッッ!!」
「うわっ!?」
飛翔しようとしたその頭上を風の一撃が通過した。
ルシアは、飛翔をキャンセルして頭を抱えてまた尻もちをつく。
そこに一瞬で肉薄する殺意!!
「死ね!!」
「【竜人形態 モード岩石竜】!!」
今度は腕を硬化させて、リョーカの剣を防いだ。
『うわあああ!始まったぞ!』
『逃げろ!!』
「……!」
「……っ」
リョーカが剣に力を入れて、ルシアが腕でなんとか堪える。
そんな衝突に、周りの民衆は逃げ惑った。
「【モルガーン・エッジ】!」
「なっ……!?」
ルシアの腕は下から繰り出される2本目の剣に斬り上げられた。
バンザイをするルシア。
彼女は隙だらけ。
そこに。
「くたばれっ!!」
「かはっ……!?」
2本の剣による4連撃が、もろにルシアの身体を斬りつけた。
血を噴き、ルシアは吹き飛ぶ。
「うっ……うあっ……!」
転がり、血を地面に滲ませるルシア。
そこに、また剣が振り下ろされる。
「ひっ……!」
「逃がさん!」
ルシアが避けると、リョーカは追いかけて何度も剣を振るう。
やがて、ルシアは避けながら身を起こし、後退を繰り返す。
広場から抜けて街道へと入っていく。
「【ストライク・エーラ】!【モルガーン・エッジ】!」
「……っ!うわっ!?」
リョーカの双剣から繰り出される左右の必殺の嵐。
ルシアはそれをなんとか捌きながらどんどんと後ろ歩きでバベルへと向かっていく。
「カリバーン!モルガーン!」
「……!」
ルシアは、後方にバベルが見えるようになり、それを一瞥しながら両手を前に突き出す。
2本の聖剣を自身の元に呼んだ。
これでリョーカは力を失う。
そうやってこれまで無力になった彼女を虐めてきた。
今度も調子に乗っている彼女にお灸を据えてやらなくてはならない。
しかし。
「あ、あれ?」
「……」
聖剣はピクリとも反応しなかった。
未だリョーカの手の中にある。
そして、彼女は口角を上げて剣から視線を外す。
「……どうやら貴様から作られたこれも躾がなってないらしい。貴様に従順になるより、私の復讐の方が気に入ったようだ」
「私よりリョーカさんを選ぶんですか!?」
ルシアは剣に訴える。
しかし、そんな悲痛な叫びを口にしている場合ではない。
ニヤついたリョーカが上体を起こし、剣を手に歩みを再開する。
「ルシア!」
「……っ!」
「……!」
リョーカがルシアににじり寄るその横に。
アイラが現れる。
彼女は銀髪の隙間からその瞳を揺らし、今にも殺されそうなルシアを見る。
そして、リョーカと向き合う。
「……っ!」
「……」
だが、アイラは何も言えない。
リョーカを見ると、彼女もあまりに可愛そうでとてもルシアを殺さないでくれとは言えない。
アイラも道すがらイブキの死体は見てきた。
それにルシアがリョーカとイブキにしてきたことも知ってる。
アイラにとって、私情で選ぶならルシアだが、正義で選ぶならリョーカだ。
責めるとすれば自分。
なんでもっと早く止められなかったのか、なんの為に潜入したのか。
それに正直ルシアも断罪されるべきだと思う。
庇えるとしたら、せめて【アストレア・ファミリア】との最後の時間を彼女に過ごさせて欲しい。
そのあとになら殺してもいいと提案することくらいが限度だ。
それすらも烏滸がましいと思う。
「……っ」
「……」
アイラが悩む。
それをリョーカは察してる。
悩んでいる間に、先にリョーカが口を開ける。
「まずは、ありがとう」
「えっ」
「イブキに食事を届けてくれてたの、知ってる。イブキが好きな極東菓子を仕入れてくれてたのも知ってる。千里眼で監視されてるのに、リスクを犯してイブキを連れ出そうとしたのも知ってる。だから、ありがとう」
「リョーカ……」
「でも、揺るがない。ルシアは殺す」
「……っ!」
また剣を構えるリョーカ。
それを止められないアイラ。
ルシアは……ずっとアイラを驚いた目で見ていた。
だって、その声は。
その声を……知ってるから。
「えっ?へっ?な、なんで……」
「……っ」
困惑するルシアに、説明する余裕はないアイラ。
彼女が凝視するリョーカが歩みを再開する。
その前に、割って入って立ち塞がった。
「……何のつもりだ」
「ごめん!本当にごめんっ!ごめんなさい。ごめんなさい……!」
アイラは何度も謝って、それでもその場を譲らない。
もう謝罪することしか出来ない。
それでも、ここまでルシアのために動いてきた。
ここで彼女が殺されるのを見過ごせない。
「貴女じゃ無理。【疾風】ならともかく。私達に同情してしまった貴女では、私は止められない」
「そ、そうね。そうかもしれないわ。わかってる。それでも。お願い、待って。待って欲しいの……っ!」
「待たない。ルシアの命は今日ここで絶やす!!」
「……っ!!」
地を蹴るリョーカ。
剣を抜くアイラ―――ダメだ、間に合わない!
「【エーラ】!【グレア】!」
「うあっ!?」
リョーカの振るった剣にアイラは斬られる。
そして、倒れて転がり、そのマスクやローブが外れた。
彼女が身を起こすと……目の前にはルシアの顔が。
「ル、ルシア……!」
「アリーゼ……さん?ど、どうして……」
「……っ!」
アイラは自分の素顔が割れたことに驚き、自身の顔を触る。
顔を隠していたマスクがどこかへ行った。
銀色のアリーゼが、初めてルシアと対面する。
彼女達は見つめ合い…………ってる場合じゃない!!!!
「ルシア!のみ込め!そして、走れ!逃げろ!ごめん。10秒も持たない!!」
「……っ!!」
再会を味わう時間も、衝撃を受け入れる余裕もない。
アリーゼはハッとしてすぐに剣を抜いて振り返る。
すると、もう既に剣を振り下ろしているリョーカの威圧感に晒された。
「……っ!!」
「そこをどけ!!」
リョーカの斬撃を剣で受け止めるアリーゼ。
しかし、全く歯が立たない。
一切抗えず、上から力で押してくるリョーカに、押し潰されるアリーゼ。
「早く!!行けぇーーーー!!」
「~~~~~~っ!!」
アリーゼの叫びにルシアは身を起こし、走り出す。
もうその時には視界の端で斬り飛ばされ、建物に突っ込むアリーゼが映った。
「逃がさん!」
加速するリョーカ。
だが、彼女の敏捷はLv.4。
先に出発さえしてしまえばルシアに追いつけな―――
「【エーラ】!」
「うえっ!?」
突如、ルシアを抜かし、前で急ブレーキをかけたリョーカ。
そして、風の加速を得たまま剣を振るう。
ルシアも急ブレーキをかけて胸に剣先がギリギリ当たらないところで避けた。
「リョーカさん!?なんで……!」
「貴様達が連れ回してくれたおかげて色々と学んだぞ。例えば、剣技を繰り出しその衝撃で飛ばされ敏捷よりも速く移動する方法……とかな」
「なっ……」
言葉を失う。
逆にリョーカは口角を上げた。
敵から学んだことは多い。
御礼に返してやる!!
「【グレア】!」
「【竜人形態 モード斬撃竜】!!」
「……!」
リョーカが振り下ろしたモルガーンを、ルシアは腕で受ける。
攻撃を防いだルシアにリョーカは顔を顰める。
ルシアの最強形態モード斬撃竜はリョーカの二刀流と同じくLv.8相当。
しかもこれまで共闘した中で、ルシアの方が強いのは判明している。
つまり本気で抗えば勝てる。
ルシアは、逃げるのをやめてリョーカを正面から倒すことにした。
勝てるとはいえ、苦戦はするし、殺意が怖すぎて戦闘は避けようとしていたが致し方ない。
迷宮完全攻略の戦力である彼女を失うのは惜しいが、ここでリョーカを殺して―――
「えっ?」
瞬間、ルシアの身体に二太刀の斬撃痕が残り、鮮血が噴き出した。
ルシアは何が起きたかわからず、斬られたその瞬間の肉体を見下ろす。
そして、視線を前に向けると……斬ったあとのリョーカが鋭い視線で見上げている。
「かはっ!?」
「……ふん。本気を出せば勝てると踏んだか。甘いな」
斬られたダメージで、怪しい足取りで後ずさるルシア。
目を白黒させる彼女の様子に、リョーカは愉悦を感じて少し眺める。
「な、なんで……」
「私は戦いが嫌いだった。相手を傷つけることも、傷つくことも嫌いだった。貴様達に強いられていた戦いなど、身が入らん」
「……っ!そ、それって。ま、まさか……」
ルシアが気づいた。
狼狽えたあと、ハッとして顔を上げる彼女にリョーカはさらに口角を上げる。
「初めましてだな。これが私が人生で初めて見せる―――"本気"だっ!!」
「ひっ……!」
リョーカが剣を振るうと、ルシアが尻もちをついた。
ダメだ。
斬撃竜になっても勝てない。
殺される……!
「うわああああ……!」
「ハッハッハ!逃げ惑え!そして、逃がさん。死ね!」
走るルシア。
そこに追いつくリョーカ。
それを視界の端に捉えて、超速で振るわれる剣にルシアはギョッとする。
「ひぃ……!」
「避けるな!」
身体を反って回避したルシア。
そのまま膝滑りして、膝で跳躍し、足が地に着いたと同時に蹴り、続きで駆ける。
その後ろから迫るリョーカ。
彼女が斬撃で加速して剣を振るってはルシアが避け、彼女が視界から消えてはルシアが進み、また斬撃の衝撃で飛んできたリョーカの斬撃に何とか対応する。
それを繰り返して2人はバベルへと続く道の途中にある広場にまた出る。
「やめてください、リョーカさん!お願いします!」
「イブキも私も何度も頼んだ。だが、貴様は暴力を振るい続けた!!」
「うわあぁ!?」
振り返って懇願すると、それを隙ありと止まったルシアに跳躍して肉薄するリョーカ。
そんな二人の間に疾風が駆け抜ける。
「逃げろ、ルシア!!」
「リューさん!」
リューがリョーカの攻撃を受け止め、今にも潰れそうなのを堪えながら叫ぶ。
「行け!ルシアぁーーー!!」
「……っ!」
ルシアがまた背中を見せて情けなく逃げた。
リョーカはその背中を睨むも、リューが力んで前に進ませてくれない。
「邪魔をするな!」
「アリーゼから話は聞いている。貴女の気持ちも分かる。だが!ルシアは我々の仲間だ!」
「知ったことではない!奴は斬られるべき"悪"だ!」
「……っ!それは……」
言い淀むリュー。
迷いが発生して少し圧される。
そこへ輝夜達も合流する。
「リオン!揺らぐな!間違っていてもルシアを最優先しろ!」
「輝夜!」
「今は何も考えるな!余計なことを考えれば負ける!」
「……!」
刀を抜く輝夜。
その横でライラは足踏みする。
「ふ、ふざけんな!私は嫌だからな!?あんなのと戦えるか……!」
「ならば引っ込んでいろ!」
輝夜がリョーカの背後から飛びかかる。
これで挟み撃ち。
リューと輝夜がリョーカに襲いかかる。
「居合の太刀……!」
「【今は遠き森の空】!!」
「……貴様達では、私の相手にならん」
結果は見えている。
わかっている。
それでも、立ち向かわない選択肢は無い。
決死の覚悟で挑むリューと輝夜。
だが、リョーカが剣を振るった時、その表情はすぐに絶望と焦燥に変わる。
数秒後、広場で斬撃による暴風が起きた。
それは様々な家屋をも吹き飛ばし、爆発的な破壊力を誇る。
正義の眷属が2人、その衝撃に巻き込まれて、滅多斬りになって発見された。