「……」
「……」
馬車に揺られるレンとタレイア。
次の標的はベヒーモス。
二人の旅も、ここまで来た頃には会話がなくなっていた。
「レン。ベヒーモスは常に呪いを発している。奴の周辺は全て汚染区域だと思え」
「対策は?」
「そんなものはない。君は才能も特別なスキルも魔法も技術もない。あるのはアビリティだけだ」
揺られながらタレイアは言い切る。
レンに求められるやり方は一つだけだ。
「物理でねじ伏せろ。力で砕け。耐久で堪えろ。敏捷で差をつけろ。あらゆることに対して君の対抗策はそれしかない。早熟の数字で圧倒することだけが君の武器なんだ」
「わかった」
レンは頷いて水を飲んだ。
そして、口を拭い、馬車が止まったと同時に降りる。
「この先はその汚染区域。馬車はこれ以上進めない」
「……おい。俺の見間違えじゃなけりゃ山が動いてるんだが。まさかあれが生き物で、そのベヒーモスだって言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。君の相手は大陸級の巨体だ」
「マジかよ」
レンは淡々と反応するが、ちゃんと最初に絶句している。
軽く絶望した。
いくらLv.10でもアビリティ以外特に能力のないレンにあの巨体を相手にするのは厳しい。
汚染区域は国土くらい広く、レンと標的の距離はまだ長旅くらいある。
なのにその巨体は視認できる。
あまりにデカすぎるんだ。
本当に最低でも山脈レベルの規模はある。
加えて、レンの精神と肉体へかかる負荷は1歩踏み込むだけで発生する。
凄まじい悪臭だ。
レンは見上げて気が遠くなる。
「あれを討伐するのか……」
「汚染区域に踏み込んだらとにかく耐えろ。血を吐いても、内蔵が腐敗しても前へ進め。全ては君の精神と健闘に懸かっている」
「ここまで来て根性論かよ」
「そうだ。気合いで倒せ。我々の活路はそれしかない」
タレイアの言葉にレンは覚悟を決める。
そして、汚染区域に踏み込んだ。
「クソ……!」
戦闘開始から7日。
レンの攻撃は全く通っておらず、まだ一撃もベヒーモスにダメージを与えられていなかった。
奴の体表は恐ろしく硬いのだ。
力任せのレンじゃその岩石を砕けない。
『―――――――――ッッ!!』
「ぐあっ……!?」
彼を鬱陶しく感じた時、毎度ベヒーモスはこの手を使っている。
特に【ゼウス・ファミリア】が参戦してきた6日目からは顕著だ。
そんなこんなで彼らはずっと苦戦している。
その戦況を見兼ねてザルドが最終手段を使用していようとしているのを目撃した。
レンはそれを許さない。
「クソ!ふざけやがって。お前にこの呪いを全て喰わせるなんて真似、させるかよ。そんなことしても世界はお前に感謝しねえだろうが!!」
レンは背中への攻撃をやめて、頭部を目指す。
それも果てしない距離だが、彼の敏捷なら半日でたどり着く。
「やっと辿り着いたぜ。無駄にデケェ身体しやがって。テメェのその不細工な面、6日ぶりだな!」
『―――――――――ッッ!!』
頭の上に乗ると、ベヒーモスが警戒して咆哮を轟かせた。
レンは振り落とされないように踏ん張り、咆哮が終わると、奴が口を閉じる前に跳躍する。
「何をするつもりだ、レン……!」
「ハッ。見てな」
レンが重力に従い、落ちていく。
彼はベヒーモスの口を見下ろしていた。
その光景を見てザルドが心配する。
だが、レンは不敵な笑顔。
彼はこの7日間で汚染区域にいすぎて肌が変色している。
もう限界も近い。
その状態でも、まだ離脱しない。
やることがある。
咆哮直後、まだベヒーモスの口は閉じていない。
そこを目指す。
奴もモンスター。
どれほど規格外に巨大でも、無法な能力を有していても、災害級に厄介でも。
関係ない。
モンスターである限り―――テメェも魔石っていう共通の弱点があるだろうが!!
「……っ!!」
『――――――――――!!』
レンはベヒーモスの体内に侵入した。
ベヒーモスは喉を鳴らし、彼を飲み込む。
【ゼウス・ファミリア】の面々は狼狽した。
彼らはまだ、自分達を攻撃したレンを憎めずにいた。
彼らが彼の安否を心配し、焦燥した表情で状況を見つめる。
何を黙って見ている、レンを救出しろと指示を出すマキシム。
ハッとし、動き出す【ゼウス・ファミリア】。
しかし、その直後。
『―――――――――ッッ!!』
ベヒーモスの咆哮が轟いた。
さっきまでと違う。
今度は悲痛の叫びだ。
そして、次の瞬間。
奴の巨体は消滅した。
完全に消え去った。
山脈ほどあったその物体が突如、その空間からゴッソリといなくなり、空気がその空間になだれ込んだ。
無酸素地帯の中心に、立つのは1人。
「……」
少年は、立ったまま死んでいた。
身体はもう片足と骨盤、背骨と顔しか残っていない。
ベヒーモスが要する溶岩に溶かされたのだ。
魔石を砕くことは確かに有効だが、山と化している奴の体内に侵入すると、灼熱の地獄というリスクがある。
もはや星のコアと言ってもいい空間だった。
そこに飛び込んだレンの末路はお察しだ。
しかも完全に汚染が末期を超えていた。
奴の体内に飛び込んだのだから当然だ。
しかし、背骨に肉が少しだけ残っていた。
その紋章は、まるで執念と怨念を宿してるが如く、現存していた。
そこに近寄る女神。
この女もまた狂気。
汚染の中に飛び込み、笑っている。
彼女は死んだ男のステイタス更新をしていた。
美の女神の『魅了』に匹敵する、『繁栄』を使用し、彼を蘇生しながら。
対象者が壮大な進化を求める限り、その効力が有効となる。
「ふははははっ!よくやった、レン!これで君はLv.11だ!!ふははは!!はっはっはっ!ははは!ははっ!!」
ベヒーモスを倒した後、奴が死の間際に苦し紛れに放った大噴火が、溶岩の雨をもたらした。
それは国ひとつを焼き滅ぼす程の広範囲を焼き尽くし、当然タレイア達がいた場所にも降り注ぐ。
しかし、女神は爆発と爆風、地面が溶け、マグマが跳ねて身体が灼けようとも気にせず高笑いし続けた。
汚染と火傷に見舞われる彼女が、流石に死にそうになったところで復活した眷属の男が守った。
後に、女神も自身の力を自身に使い、回復する。
こうして死地から帰還した彼らは、三大クエスト攻略の実績を引っさげて、離脱する。
とはいえ、彼らにとってベヒーモスも経験値のための餌でしかない。
三大クエストのひとつをクリアした誇りなど、まるでない。
戦場の跡は汚染が酷く、溶岩も3ヶ月降り続けた。
その全てを【暴食】が食い尽くすことでやっと、国ひとつ分のエリアが安全地帯として開放された。