「さぁ、最後のステイタス更新だ」
浜辺から上がって、2日休んだ後、タレイアはそう切り出した。
レンは未だ仰向けで荒い呼吸のまま、彼女を見る。
「……最後の」
「どうした?ここまで来て心変わりかい?君がそんな小心者だったとは驚きだ」
「馬鹿言え。少し寝てただけだ」
レンがなんとか身を起こす。
正直限界だ。
Lv.11でも三大クエストのうちの2体を単騎で倒すのは厳しかった。
ベヒーモスを相手にして以降、本当は身体が言うことを効かない。
タレイアの『繁栄』は命を繋いではくれるが、『回復』してくれる訳ではない。
あくまで『復元』……いや、『復活』のみ。
ベヒーモスから受けた状態異常も、リヴァイアサンから受けたダメージも消えてはいない。
それでも。
レンは立ち上がり、最後のステイタス更新に乗り出す。
タレイアが隠していた彼のもうひとつのスキル、【
レンはイカれた感性で前へ進むことしかできない。
「……タレイア」
「あぁ」
「ステイタス……更新だ」
「……了解した」
タレイアは口角を上げる。
レンは彼女に背中を向け、タレイアは
そして、彼のステイタスが今、昇華する。
「……っ!」
レンは、感じた。
自身の身体から僅かだが神威に近い圧力を覚える。
「これは……!」
「そうだ。それが神に最も近づいた人間の証。人間が恩恵を受けて得れる可能性の最大値」
振り返るレンに、タレイアは頷いた。
そして。
「おめでとう。そして、ようこそ。神の領域へ。
Lv.12。ナガト・レン」
「……っ!!」
その言葉は強く、強くレンの中に響く。
遂に。
遂に到達した……!
Lv.12。
ステイタスの最大。
神化への切符!!
今、この瞬間の為に、全てを投げ打ってきた。
愛する女性の手を取らなかった。
尊敬する友達から離れた。
信頼できる仲間達を裏切った。
その苦しみがようやく報われる。
全てはこの時の為だけに。
何もかも犠牲にした!
「ようやく……終わる」
レンは天を仰ぎ、涙を流した。
全ての苦しみから解放され、ようやく誰とも関係を築かなくとも問題のない孤独に耐えられる肉体へと進化する。
もはや、今、万人が溺れるであろう力の実感にすら何も興味が湧かない。
レンの求めるものはその先にしかない。
「タレイア……!俺はこれで、これで神になれるんだな!!」
「あぁ」
「……っ!」
レンが興奮で振り返りながらタレイアに問うた。
そして、タレイアも穏やかな笑みで肯定の言葉を口にした。
しかし、その首は縦に振られていない。
彼女は、穏やかに、嘘をついた。
「俺はこれで神に……!」
「あぁ―――それは、嘘だ」
「…………………………………………は?」
レンが笑顔のまま固まる。
彼はタレイアを見つめる。
だが、彼女は、曇りひとつの無い満面の笑みを貼り付けていた。
レンは、ゆっくりと、目を大きく見開く。
その女の表情が、その嘘という言葉を嘘では無いと語っていたから。
「……は?な、何言ってんだよ、タレイア」
「……」
「……っ。ほ、ほら神を食えば俺は神になれるんだろ?用意してくれよ。俺が食う神を」
「レン。そんな話を鵜呑みにするなんて、君は本当に頭が悪い」
「――――――っ!?」
タレイアは淡々と、薄い笑みで当たり前のようにそのセリフを口にした。
レンはまた固まる。
もう、わかってる。
けど信じたくないんだ。
これ以上裏切られたら耐えられないから。
それでも、過去の経験が、その時の気持ちの感覚が残っていて、その記憶が警報を鳴らしている。
その直感は、今知覚している女神の裏切りは、事実だと。
「う、嘘だ……タレイアは、俺を騙したりなんかしてない。そうだろ?俺は……神になれるんだろ?」
「じゃあ神を食ってどう神になるのか。物理法則で説明したまえ。できないだろう?」
「なっ……」
タレイアは、自身が提唱した理論すら自身の投げかけで壊した。
彼女が自身の理屈を崩すことなどありえない。
ゼウスを打ち破る為の彼女の武器がそれだからだ。
しかし、ここでタレイアは過去の作品を否定した。
ということはつまり、それはタレイアにとって大事な理論ではなかったという。
本気で組んだわけではないデタラメの論説である何よりの証拠だった。
「おま、お前……俺を、騙してたの……か?」
「被害者面はやめたまえ。まるで僕が加害者みたいな空気感を作られるのは納得がいかないな」
「なっ……」
「だって、そうだろう?概要だけ聞いて話に乗った君が悪いと思わないかい?」
タレイアが口角を上げる。
それは、邪神より遥かに恐ろしい笑みだった。
神の中での天才を敵に回すことがどれほど恐ろしいことか、今証明されている。
「君はもっと詰めるべきだった。それを怠ったんだ。君の怠慢だろ?」
「なっ……」
レンは絶句する。
タレイアはそんな彼の反応を、固まる彼を放って立ち上がる。
そして、ようやく彼女は成し遂げた成果を享受することができる。
「ふふふ。くくくっ。はははははっ!やっと!やっと手に入れたぞ!!Lv.12の肉体!最高の―――『素体』を!!」
タレイアはレンが狼狽したのを確認して、自身のターンだと自覚した。
そんな彼女は天を見上げ、両腕を広げて喜びを露わにする。
全ては完璧だった。
我ながら惚れ惚れする手際。
最短でLv.12という素材が手に入った。
これほど効率のいいやり方はなかっただろう。
早熟を植え付け、ここまで順調に求めたものを手に入れたのだから。
逆にレンは困惑する。
彼はタレイアの計画の全容を知らない。
「そ、『素体』……?何の話だよ……」
「全ては―――【
「アブソリュート……デア……?」
レンは困惑した。
それが一体何なのかわからない。
その様子を見てタレイアはニヤつく。
「【
「お、俺を利用してたって言うのか……!」
「いや、利用するのはこれからさ。Lv.12に至った人間と神をこの試験管に保存された
「……っ!」
試験管2本を指に挟んで見せつけるタレイア。
そんな彼女を前にレンは動悸が酷くなり、胸を掴んで抑える。
呼吸が荒くなり、苦しい表情で彼女を睨んだ。
「タレイア……!お前は俺に、嘘をついたのか!そんなよくわからないものの為に……俺を利用したのか!!」
「よく分からないとは失敬な!君も至れば、実感すればわかる。その何者をも超える究極のパワーを、全能感を……!」
「俺はそんなものは要らない!!」
「要るんだ!!私には!!安心したまえ、地上も天界も含めこの世で最も優れた生命となった時……君は私に感謝し震えることだろう!!」
「――――――っ!!」
話が通じないタレイア。
彼女は自身の勝手が万人に受け入れられると本気で思っている。
全ての生命が賞賛し、羨望し、追求すると、本気で考えている。
だから、この押付けが寧ろ感謝されるとはすら主張する。
ふざけるな。
勝手すぎる。
タレイアも神だ。
自己中心的で快楽娯楽主義の【
人間には理解できない醜悪さの権化。
欲望の未到達領域。
そんなものを間に辺りにして……レンはこれ以上無いほどに不快に満たされ、表情を歪める。
「タレイア……お前も……お前も!俺を裏切る。いや、これまでで1番酷い最悪の邪神だ!」
「何を言う。君と融合してあげるんだ。神を食いたがってた君にとってはそれほど遠くない表現だろう?」
「なっ……」
「おや?ということは私は
「ふざけるな!!」
「罵倒される謂れはないな。寧ろ感謝したまえ。約束は守ったんだからね!ハッハッハッ!!」
「~~~~~~~~~~~っ!!」
腕を広げたと思ったら今度は大きく開いた片手で顔を覆い、天を仰いで高笑いするタレイア。
彼女の一言一句が醜悪。
邪神より邪悪な女神の嘲笑に。
レンは心底嫌な気持ちになる。
そして、彼の中で感情が震え、それはやがて黒い衝動を起こす。
また裏切られた。
神も信じられなかった。
もうなにも信用出来ない。
もう何も無い。
誰も味方じゃない。
傷つけられすぎて心が完全に壊れた。
最後の砦すら醜悪で、最後に心を繋ぎ止めていた希望も砕け散った。
トドメを刺したのは目の前の女神。
女神。
神。
許せない。
神。
憎い。
神が。
神を―――皆殺しにしてやる。
「タレイア……」
「んん~?なんだい?まだ恨み言かい?申し訳ないが演出はここまでだ。そろそろ計画を進めさせてもらおう。さぁ、僕と融合し―――」
「ふざけるなぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
「……!?」
突如、レンから黒い波動が溢れ出た。
それは凄まじい圧力で、タレイアは思わず後ずさり、顔を覆う。
そんな彼女は気づいた。
足元の小動物はまるでその影響を受けていない。
これは……!!
神にのみ、効果を発する黒い衝動……!!
「まさか……!これは!」
「うああああああああーーーーー!!!!」
「ぐあっ!?」
タレイアは吹き飛んだ。
黒い波動は、タレイアの肌をピリつかせ、彼女に血を吐かせた。
「かはっ!?馬鹿な……人間が、下等生物がこの【
有り得ない。
タレイアは口元の血を拭って瞠目する。
いくら下界では力を発揮できず、普遍の生物に成り下がろうとも。
その肉体は【
そう簡単に下界の生命が神を絶命させるに至らせることは叶わない。
しかし、この黒い波動には命の危機を感じる。
この本能の震撼は信じていい。
間違いなく、この力は……!
「神が与えし、
「タレイアァァァーーーー!!」
「……っ!」
黒い波動が溢れんばかりに放出される。
タレイアは顔を顰める。
そして、その力の正体を口にする。
「スキルとして発現したか!!対神特攻、【神殺し】……!!」
タレイアは言い当てる。
確かにステイタス更新は途中だった。
興奮で立ち上がり、二人で盛り上がってしまった。
まさかあのまま続いていたとは。
それにレンの憎しみが反映され、スキルを生んでしまった。
そして、今になって彼の背中の輝きは収まった。
神殺しのスキルを生んで、直後にステイタス更新を完全に完了したのだろう。
完全に大誤算だ。
そのスキルが生まれたのはマズイ。
「死ねぇ!!!!タレイアァァ!!」
「……っ!!」
レンは一瞬で肉薄し、拳を振るう。
Lv.12の身体能力だ。
タレイアは迫る拳に焦燥し、制止する。
「待て!いいのか!?君はここで最高の生命になれるんだぞ!神にはなれないが、人間はやめられるんだ!それが君の望みのひとつだろう!」
「……っ!」
レンはピタリと止まった。
しかし。
「そんなことはもうどうでもいい!人間をやめたって、どうせ誰も信じれない。孤独に耐えられる生命にもなれない。お前の言うことは全部嘘だ!全部信じられない!」
「なっ……」
「死ね、タレイア!」
「待て!わかった!私が悪かった!考え直せ!」
「しつこい!」
「本当に待て!君に発現したその神殺しのスキルはステイタスを下げ続ける。更新も関係なくランクが下がるんだぞ!」
「だから、どうした!」
「それでいいのか!?ロキやゼウス、ヘラの眷属のために役立てなくて!」
「……っ!」
「今ならまだ間に合う!神への、僕への憎しみを捨てるんだ!そうすればLv.12の力を君の大好きな仲間の為に使え―――」
「違うな」
「えっ」
レンの言葉にタレイアは固まる。
どうしてタレイアはここまで説得するのか。
力説するのか。
ただの命乞いじゃないことは、もうわかっている。
レンはタレイアを世界で1番よく知っている。
こいつは命乞いの為にここまで必死になったりしない。
そんな情けない奴じゃない。
もっと高尚だと自負している馬鹿だ。
こいつが執着するとすれば……それは。
「お前、俺に神殺しのスキルが生まれて焦ってるんだろ」
「……っ!」
図星だ。
タレイアが表情を歪める。
レンは……口元を緩めた。
こいつはいい。
タレイアのこんなに悔しそうな顔は初めてだ。
おそらく、こいつの言う神殺しのスキルは、タレイアの計画を唯一狂わす想定外なんだ。
それを利用しない手はない。
「タレイア。決めたぞ。お前への復讐は、お前の計画を阻止することにするで達成とすることにした」
「なっ……!」
「どうだ?お前がせっかく育てたLv.12は次期に消える。お前がこれまでやってきたことは全て……無駄になるんだ」
レンが愉快に笑みを浮かべるのとは対照的に。
タレイアはわなわなと震えた。
「ふ、ふざけるな!!私のLv.12を返せ!」
「『私』、か。お前が計画について話す時……いや、違うな。ゼウスへの憎しみに触れる時、一人称が時々変わっているのには気づいていた」
本当は私と言っていたんだろう。
僕と言うのはゼウスに女として見られないため。
どこまでも憐れで虚しい、醜い女だ。
「タレイア。お前への憎しみは捨てない。尤も、そんなこと抜きにして、捨てられないがな」
「ふざけるな!!貴様ァ!!」
タレイアがレンに掴みかかる。
その手が神殺しの力でバラバラになりそうとも構わない。
その狂気の元はタレイアの父に対する異常な執着。
いや、こいつはタレイアと名乗っているが、タレイア本人かも怪しい。
ゼウスはおそらくカリス三姉妹すら自分の娘と認識してない。
しかも顔と名前も一致してない。
そんな男の血を引いた子を孕んだ名もしれない女神の娘。
それがこいつ。
こいつは究極のファザコンだ。
だから、性的にしか見られないことを許せない。
自分は父性を都合よく求めてるくせに。
おおかた母親にいい思い出がないんだろう。
だから、実績のある父に縋り、その才覚を受け継ぐ自身に酔いしれることで満たされたい。
その為にはどうしてもゼウスに気づいてもらう必要があるのだ。
彼の子だと。
醜く不純な動機だ。
レンは心の底から彼女を見下す。
そして、その手を掴み、胸ぐらから強制的に離す。
「うっ、ぐっ……!」
「タレイア。俺は決めたぞ。お前の計画をぶち壊すことにした」
「な、なんだと!」
「【
レンは宣言する。
そして、拳を握る。
「いい事思いついたぜ。Lv.12と人間の融合が必要、だったな?」
「そ、そうだ!」
「だったら俺がLv.11に落ちるのを悠長に待つより、神の方を殺しちまった方が早い!」
「なっ……!」
「この神殺しのスキルなら神を皆殺しにできる。まずは手始めにお前だ、タレイア!」
「や、やめろ!そんなことをしたら、究極の生命が私の手によって生み出されない!ゼウスに私の血筋を知らしめることが……!」
「お前を始めとして全ての神を抹殺し、【
「やめろ!!やめろぉぉぉぉぉーーーー!!」
タレイアが掴み上げられながら叫ぶ。
レンは口角を上げた。
その顔が見たかった。
やはりこいつが1番嫌がることはこれだ。
こっちは散々やられたんだ。
今度はお返しだ!
「死ね、タレイア!!」
「ぐあああああああああああ!!」
レンはタレイアを殴り飛ばした。
彼女は吹き飛び、いつの日か、オラリオに墜落する。
拳を振るった後のレンは暫くその感覚を味わい……やがて、拳を収めて前へ進む。
彼は、旅に出る。
全ての神を、殺す為に。