「相手は格上だ。手を出せない上からできるだけ袋叩きにしろ!」
「【
「わかっている!」
どちらの勢力も喉がちぎれん程に叫び合う。ここが苛烈化した戦場だからだ。
場を制しているのは
互いに劣る部分があり、互いに有利を得ている。
故に、ギリギリの戦線。
双方が気迫と本気を投入しなければならない。
「居合の太刀―――【一閃】!」
「はあ……っ!」
オリヴァスの妨害、二階観覧からの砲撃、それらより先に。輝夜とシャクティによる支柱破壊。
迅速な反応に闇派閥は意表を突かれる。教会の二階、向かい合う席が足元から崩壊する。
「な、何ーっ!?」
「「ぐっ!? うわあぁぁーーーっ!!」」
壁ごと崩れていく中、支柱を壊した二人は巻き込まれないようヒビが走るより先に後方に跳んでルシア達の前に戻ってくる。
上方からの優位と戦力、足並みを大幅に乱されたオリヴァス。顔を顰め、輝夜とシャクティを鋭い眼光で捉える。
「おのれ……!」
対する二人はオリヴァスに武器を向ける。
その剣先に指される。しかし、オリヴァスは口角を上げる。
「だが、まだ上に残っている! 貴様らが落とした人員も下で戦う元気がまだある者もいる。数は未だ有利! 出口も我らが抑えたまま!」
オリヴァスが腕を大きく広げて主張する。
彼の言う通り、輝夜とシャクティの動きは良かったが、状況を一変させる程ではなかった。
だが、そんなことは二人とも承知の上だ。
「ふっははは! 何も好転してないぞ! 愚かだなぁ。いつまでも貴様らは! さぁ、どうする……!」
高らかに笑い、上階に指示を出す。
教会出入口の真上。そこの観覧スペースはまだ残っている。まだ上方に残っている
そして、放たれる砲撃より先に動いたのは―――輝夜だ。
「抜かせ。愚者は貴様だ、【
「なっ……!?」
瞬きの間に詰められた間合いにオリヴァスが目を見開く。
凄まじい速度。だが、輝夜は彼と同じLv.3。不意を突かれた接近には対応できなくとも接近されてから反応することはできる。
「私が愚かだとぉ!? 舐めるでないわ、【
輝夜が抜刀すると同時にオリヴァスも武器を振るおうとする。
その動作と、自身に視線と意識が向いていることを確認して輝夜はさらに酷評を加える。
「馬鹿め。私は
「何っ―――ぬぁっ!?」
「貰ったぞ」
輝夜が低い姿勢で下から攻めてきたのに対して、跳躍を用いた上からの接近。
オリヴァスが衝撃を受け、瞳に映るその姿が迫ってくるのを為す術なく無防備に迎えるのを待つ。
そして。
「吹き飛べっ!!」
「ぬおっ!?」
シャクティと輝夜。双方の攻撃がオリヴァスにめり込む。シャクティは顎を下から上へ打ち上げた。
オリヴァスが吹き飛ぶ。狙いは……観覧の敵だ!
「がっ!? ぬおおおああぁぁーーーっ!?」
「「……っ!? オリヴァス様!? うわああぁぁーーーっ!?」」
オリヴァス自身が弾丸となって味方を巻き込み、後方支援勢力と共に二階で転がる。勢いのまま窓から外へ放り出された者もいるだろう。
してやられたオリヴァスだが、意識はまだある。足元はおぼつかないが、なんとか立ち上がり出し抜いた二人を忌々しそうに見下ろす。
「ぐぬぅ……! ま、またしても……!」
「オ、オリヴァス様。も、申し訳……っ」
「何っ?」
腰が抜けたのか立ち上がろうともしない部下の震える声に、オリヴァスが振り返る。
すると、当人が持つ杖の先端が赤く煌めき、膨張していた。
オリヴァスの表情が硬直する。一瞬で理解したのだ。その正体を。
二階にいた者たちは魔法と魔剣を行使しようとしていた。だが、発動までの間にオリヴァスが吹き飛ばされて来た。
その衝撃でバランスを崩した魔道士達は平行詠唱できない者が多い。
当然だ。平行詠唱は難易度が高い。そんな高度な術を習得している人材など
問題は、体勢を崩した今、彼らはその魔法がもう行使できないこと。それと、発動直前までいけば中断もできないことだ。
このことから導き出せる、今、目の前で起ころうとしている事象は。それは。
そして、思い出す。後方援護を指示したのはオリヴァス、自分自身だということを。つまり、この事態を招いたのは、他でもない。
「く、くそぉ……最初からこれが狙い! 私を嵌めたか……!」
オリヴァスの気付きにシャクティと輝夜が口角を上げる。
それを目に焼き付けてオリヴァスは歯を食いしばった。
そして、爆発は起きる。
「ぬぉぉ……っ!?」
吹き飛ぶ観覧場所。爆炎と高熱が炸裂し、瓦礫が飛来する。
自爆したのは一人や二人じゃない。出入口付近は吹き飛び、教会の外が拓けた。爆発が止むと黒煙共に景色が拝めるようになる。
オリヴァスは輝夜達の前に落ちてきたが、瓦礫の巻き添えと、それなりのダメージを負っている。
倒れ伏せた彼に、シャクティが目の前に立ち、武器を向ける。
「終わりだ。【
「ぬぅ……!」
シャクティの宣言にオリヴァスが悔しさを滲み出す。
ここで終わる訳にはいかない。
「わ、私が……っ! こんなところで終わる筈がない! お前たち! 私を逃がせぇ……っ!!」
「うおおお! オリヴァス様を助けろぉ!」
「我らが犠牲になるのだ……!」
「なっ……!?」
まだ戦える者達がもはや無策で武器を取り、数でシャクティや輝夜に押し寄せ、立ち向かってくる。
オリヴァスの往生際の悪さにシャクティも面食らい、何よりも、オリヴァスの指示で闇派閥達が動き始めるのだから輝夜も呆れを通り越して顔を顰めながら敵を迎え撃つ。
「馬鹿な! そこまでするか!?」
「くっ……だが、マズイ!」
輝夜が理解不能を述べる隣で、接敵に対応するシャクティが、背を向け教会の外へと逃げ走るオリヴァスを確認する。
「ふははっ! 私は逃げさせてもらう! この借りは必ず返すぞ、【アストレア・ファミリア】……っ!! そして、貴様達4人の事を恨み続けるぞぉ!」
よろめきながらもオリヴァスが教会の外へと出て、去り際に負け惜しみを吐き捨てて駆け出し逃げていく。
駆け引きにも戦いにも負けたが、追い込まれてからこの場を後にできるなら、敗走という面では成功だ。
オリヴァスは、負け方を選んだ。損失を減らし、結果をマシにした。
そんな彼の背を追いかけようと輝夜は目の前の戦闘員を斬り伏せて、集団から抜け出そうとする。
「待て!」
「よせ、追うな! 奴は
「……っ」
だが、シャクティが制止する。
そもそもこの敵地に飛び込んできたのはルシアの救出が目的だ。つまり、【
元からその予定がなかったのが、上手くいったから目的を履き違えるのも無理は無いが、逃がしてしまうことは予定通りなのだから惜しむにしても深追いする必要はない。
それに、ここでオリヴァスを追えば残されたルシアとルノアが危険だ。
ルノアの状態は酷い。数を削ったとはいえ、オリヴァスが切捨てた
「シャ、シャクティさん。私が戦えます。だから、輝夜さんに追わせても……」
「いや」
ルノアに習った戦い方もあれば、竜としても戦える。
だから、名乗り出たが、シャクティが首を横に振るう。
「欲をかくのはやめよう。ルシア、私は確実にお前を救出したい」
「……っ!」
シャクティの気持ちにルシアが目を見開く。
憲兵であり、団長である彼女にとって闇派閥の幹部を捕らえることは重要だ。それでも、シャクティ達がここに来たのはルシアを助けるため。
それに、ルシアもルノア程ではないが怪我をしている。万全ではない者に任せられる事はない。
「……まあ、そうですね。異論はありません。ここまで来て、
輝夜も同意する。
立場を無視して異端なルシアを選んだ二人だからこそ、何よりも彼女を優先すべき。その考えは正しい。故に、輝夜もシャクティの指示を受け入れた。
ここでの最適解はルシア救出を確実にすること、というのはもう共通認識だ。
「輝夜さん……」
本来受け入れられることのない、それが当然の存在である自分の為に、闇を晴らすという正義よりも優先してくれた。正義の眷属としてあるまじき行為だ。それでも。
輝夜のそんな姿勢にルシアが色んな感情を含んだ表情を見せる。輝夜もまた、小さく笑みを浮かべ、ルシアを一瞥する。
「ははっ。要するにみんな馬鹿ってことでしょ」
ルノアが笑顔で漏らす。
全員の視線がルノアに集まり、輝夜に至っては信じられないもの見るような目をしていた。
「……馬鹿? 今、馬鹿って言いはりました? おかしいですねぇ。初対面の筈ですが」
「無駄話はそこまでだ。最後の仕上げをするぞ。ここにいる奴らを制圧する!」
シャクティが輝夜の意識を敵に戻す。
輝夜もその意図を組んで、ルノアの無礼を一旦無視して溜息をつく。
「まったく。どこの団長も人遣いが荒いこと」
「行くぞ!」
「承知。―――居合の太刀!」
まだ敵は残っている。彼女達二人は即座に彼らを捉え、武器を手に取った。第二級以上の冒険者であり、歴戦で経験値を積んだ者たちの切り替えを見せる。
その後ろで、ルノアはルシアの隣に疲弊を感じさせる勢いで腰を下ろして身を寄せる。
「ルシア。膝貸してよ」
「えっ?」
シャクティと輝夜が後始末とはいえ奮闘する中、言い寄るルノアにルシアが面食らった顔をする。
「何よ。いいじゃん。私、そんくらいは頑張ったでしょ? ちょっとくらいさ。労ってよ、親友」
「……っ!」
親友、その言葉にルシアが反応する。初めてかけらた、そして、憧れていた単語。関係だ。
唐突に憧憬が現実になり、緊張と動揺でどもる。
「あっ。で、でも」
「もう私にできることはないよ。あんたの手助けも必要ない。あの二人、意味わかんないくらい強いじゃん」
「まあ、確かに……」
目の前の戦闘を見遣る。
状況は完全に優勢、シャクティと輝夜は一切苦戦しておらず、次々と闇派閥を無力化していた。なぎ倒されたり跳んだりところどころ闇派閥が可哀想になるくらいに圧倒的に。
その光景を前にしては、ルノアの言う通り、ズタボロの二人にできることはない。
「ていうか、正直限界。助けてよ」
そう音を上げて、ルノアがルシアに寄りかかってくる。半ば頭や身体をルシアの腕の隙間にねじ込んできている。
密着してくるルノアに、ルシアは恥ずかしさでもじもじしつつも膝を用意する。
とはいえ、少し抵抗もあったので相手を気遣う意味でもちょっとだけ忠告をする。
「あの、一応言っておきますけど……寝心地は保証しませんよ?」
「はいはい。わかったわかった。まったく。つべこべ言わずにささっと貸せ―――硬ったぁぁぁ!?」
疲労困憊の身体を勢い任せにルシアの膝に投げたルノアは、叫びながら上体を瞬時に起こす。どこにそんな力が残ってるのか、いや、残っていないがそれでもない力が出るくらい想像を絶する硬さだった。
案の定枕に対する予想通りの反応を訴えたルノアに、ルシアも反論する。
「だ、だから言ったじゃないですか! 私の膝は鱗があるんですよ」
「先に言えよ! 頭かち割れるかと思ったじゃん!」
「言いましたよ!」
「言ってないよ!」
言い合う二人。
いつもだったら白熱するそれも今日のルノアには厳しく、文句をつけるのもすぐに諦めて、溜息をつきながら妥協する。
「あーもー! いいよ、硬くて! ほら、もっかいしてよ」
「は、はい」
ルシアの膝を軽く叩いてルノアが再び頭をルシアの膝に預ける。今度はゆっくりと気をつけて。
「あー。さすがにキッツイ。我ながら良くやったよ、ほんと」
「はい……ありがとうございます。嬉しかったです」
本当に良くやった。凄い行為だ。ルノアの表現を使うなら馬鹿をやったと思う。だが、勇気が必要な馬鹿だ。
ルシアには自分のみがそう捉えられるあの英雄的行為が、とてもカッコよく見えた。
本当に嬉しかった。だから、絞り出すようにその感情を返した。
それに対してルノアはルシアの頬に手を伸ばす。
「そっか。ねえ、顔よく見せてよ。……よく見ると可愛いね、あんた」
「そ、そうですか?」
「ははっ。硬ったいけど結構良い眺めと寝心地……ちょっと……眠く……」
「眠っちゃっても大丈夫です。私がルノアさんを守ります」
「んっ……そっ……」
騒がしい戦場を前に、静かな会話を重ねる。
シャクティや輝夜がルシア達に被害が及ばないようにしている上に教会の奥で戦闘の飛び火が来ないであろう戦場外であったとしても、流れ弾が飛んでくる可能性はある。
危険地帯で、ルノアが安全に、そして安心して休めるようにルシアは背中に生えている翼を大きく広げてルノアを包み込み周囲から完全に隠す。
ルノアは疲弊に暗闇も相まってあっという間に夢の中に入ってしまった。
「~~~~~~~っ!」
ルノアの意識が落ちた後、ルシアはルノアを起こさないよう上体だけで悶える。
【アストレア・ファミリア】に迷惑をかけて、申し訳ない気持ちもあるが、受け入れて貰った喜びや助けてくれた嬉しさに興奮しないなんて無理だ。
だって、これまでの人生そんなことはなかった。
この異端の身体は、避けられる。千年の因縁による前提は絶対に覆らない。そう、思い込んでいた。
いや、実際そうなのかもしれない。今回は、たまたま奇跡か偶然が起きたか重なっただけの可能性もある、
それでも、昔求めていた。異端な私に手を差し伸べてくれる異端の英雄。淡い期待をまだ持つことができていたあの頃の童心が、それを喪失した今、報われた。
ルシアだけの、彼女の為だけの、異端の
命をかけて一人で護ってくれた彼女に、ルシアは聞こえないように声をかける。
「…………ありがとうございました、ルノアさんっ」
大きな竜の翼が、二人を隠す。
ルシアはルノアに触れて、微笑んだ。
枯れて無くなっていたと思っていた涙が、嬉しさでルシアの頬を伝う。
ルノアを休ませ、ルシアとの間に穏やかな時間が流れる。
オリヴァスを逃がすために教会に残り、尽力した闇派閥はシャクティと輝夜により制圧。
戦闘が終焉し、教会の鐘が鳴る。等間隔に響くその音色が。
酷い一日だった。
ルシアは自身の弱さでファミリアの足を引っ張ってしまった。ルノアを巻き込み、ルノアが怪我を負ってしまった。それだけじゃない。ルノアが沢山傷ついた。
でも、二人の関係は沢山進んだ。ルノアはルシアが心の底で求めていたもの全てになってくれた。
シャクティは、オラリオに来て、アストレアに拾われた後、ずっと寄り添ってくれていた。
でも、彼女は賢い人だ。
ルシアは知っている。
シャクティにはルシアを受け入れるくらいの柔軟で多様な価値観があったが、その賢さからルシアの友人に名乗り出ることはできなかったこと。その行為が何を意味するのかを理解し、自分の為にその一歩に慎重になってくれたこと。
そんな彼女も今日はその一歩を踏み出してくれた。恐ろしく怖くて、リスクがあったのに。
輝夜は最初、ルシアを拒絶した。それが彼女の意思ではなく、無意識だったとしても。それでも、ルシアも輝夜も改めてその事実を飲み込み、結論を出した筈だった。だから、輝夜は今もルシアを受け入れてはいない。
でも、一度仲間になったことを大事にしてくれた。全てを切り捨てることをせずにいてくれた。命だけは、助けてくれた。
その正義と、短い間でも仲間だったという関係を与えてくれたことはとても嬉しかった。
沢山の人に迷惑をかけた。大切な人達が物理的にも精神的にも傷ついたし、傷つけた。
それでも、ルシアにとって今日この日は間違いなく人生の岐路であり、色んな人の温もりを感じた日だった。
反省しなければいけないし、喜んではいけないかもしれない。
だが、溢れ出るその幸福感でルシアは下唇を噛み締めた。
ルシアの無事を求め、それが実現した者達も。最後ばかりは安堵と、立場とは別の、確かに胸の中にある満足感に少しだけ表情を緩めた。
これで、ルシアを巡る事件の幕引きだ。
【アストレア・ファミリア】の駆け出し新米を狙ったオリヴァス率いる闇派閥の犯行だったが、その内情であり争われていた事件の鍵、ルシアの正体が
内容は変わっても、結果は正義と友情の勝利に違いないだろう。