ルシアが誘拐された事件から一週間。
バベルの医療施設で治療を受けていたルノアも回復し、ルシアと一緒に輝夜やシャクティ、それにアストレアとガネーシャを含めて改めて設けた話し合いの場へ行く日となった。
と、いうのもルシアは暫くルノアに付きっきりで医療施設にいた上に、ルノアが退院した前日はルノアの家に泊まり込んで付き添っていた。
ルノアは遠慮したが。ルシアは無理やり理由をつけて泊めて貰ったのだ。
ルノアが心配だった。というのも嘘では無いが、【アストレア・ファミリア】に帰るのは気が引けたからだ。
闇派閥から解放された直後にアリーゼ達に無事を報告し、その日に会って以来、ルノアの看病を盾にして
輝夜はルシアの命を見捨てなかった。だが、それは仲間であったことを蔑ろにせず、彼女が自身の正義に従っただけのこと。その正義は命に対して行使されたものであって、
つまり、彼女はルシアを受け入れた訳ではない。
だから、まだ顔を合わせづらい。
真実を知られた時。拒絶されたのなら二度と接しないと誓って距離を置く。受け入れて貰えるなら傍にいたい。
でも、輝夜はどちらでもない。故に、彼女の前から去るでもなく、共にいることもしない絶妙な距離感でやり過ごしている。
ただしそれも今日で終わり。
いつまでもどう触れていいかわからないその関係性を放置している訳にはいかない。きちんと場を設けてこれからについて話し合う時間が必要だ。
それを全員が共通して認識しているからこそ、事件の後、後処理を終えた後に集まることを予め決めておいた。
「……」
ルノアの部屋で、ルシアは荷造りの手を止める。出発の時間が迫っているのを確認しつつどうしても身体が重かった。
部屋を見渡す。二人で過ごすには正直狭い。
でも、良いところだ。
そこら中から
場所を取ることを除いてもルシアがここに居座ったらルノアの迷惑になり、ルノアが自分で納得して受け入れているとはいえ、あまり四六時中一緒にいるのは良くないこともルシア自身理解している。
それでも、またこの部屋に戻ってきたい。まだここにいたい。そう思ってしまう。
行き倒れていたところを拾ってくれたアストレア。正体を知らないとはいえ沢山面倒を見てくれた【アストレア・ファミリア】の団員たち。彼女達に感謝はしている。してもしきれないほどに。
でも、申し訳ないが、正直。
異端の英雄になることを選んでまで、自分と一緒にいる覚悟をしてくれた親友の場所の方が居心地がよく感じる。
竜の鼻がツンと微動する。ルノアは狭くて暗くて湿っぽいと言うが、ルシアには、好きな空気に感じた。
「……ルシア」
「はい、どうしました? ルノアさん」
呼ばれて振り返るルシア。
完治したとはいえ、病み上がりのルノアが先程までのルシアの様子を見て、部屋の奥から戻ってくる。
その表情は少し神妙な面持ちだ。
「今日、あんたがその身体のせいでファミリアから追い出される~っていう話になるかもしれないじゃん? もし……そうなったらさ。こんな狭いところで良ければだけど、私のとこに居てもいいからな?」
「……!」
ルノアの提案にルシアが目を見開く。どうやら傍から見ても考えがわかるほどに様子から漏れていたようだ。
彼女の気遣いに、ルシアは心の内にぽかぽかと温もりを感じ、ちょっと涙腺が緩む。それを我慢して平静に戻るために首を振るい、小さな笑みを浮かべる。
「あぁー……でも二人で暮らすにはここじゃ狭いか」
「引っ越しましょう。私もお金出します」
「そうじゃん。あんた裕福だったね、そういえば」
「まあ、そんなに余裕がある訳では無いですが……。ルノアさんに鍛えてもらった報酬にほぼ全財産注ぎ込みましたし……」
「あれそうなんだ!? いや、確かに金額大きいなとは思ってたけど道理で……」
荷造りしながらルノアが思わず振り返る。
ルシアが用意した金額は容易に1年は遊んで暮らせる額だった。まさかあれが全財産に近いとは思わなかったが、違和感はあった。
その予感が的中していたとは……。
「あの時はもう先は長くないと思ってましたからね」
「……っ。あんたそれ……いやまぁ過ぎた話だからもういいけどさ。二度とやんないでよ」
動揺を引っ込めて、ルノアが冷静に諭す。せっかく受け入れたのにそんな覚悟を決められたんじゃたまらない。
とはいえ、もう過去の話だ。あの時のルシアは自殺を考えていた。今はもうやめたとルノアは聞いている。自分の存在がルシアに生きるという道を歩かせた。
別にルノアが受けいれたことでルシアのこれからの人生が全て上手くいく訳では無い。それはルノアもわかっている。
それでも。ルノアが一緒に生きたいと言ってくれた。シャクティが友達だと言ってくれた。輝夜が命を救いに来てくれた。
その三つがルシアの意思を変えた。
ルシアはシャクティに言った。そして、ルノアはシャクティからそれを聞いた。
最期に友達ができたらいい、と。裏を返せば、友達ができても死ぬ気だったとも捉えられる。
でも、もうそんなことを思ってるルシアはここにはいない。だから、少し何かを思ってからルシアは柔らかい表情で頷く。
「……はい。勿論です。ルノアさんがいますから、もうそんなこと思う必要はありません」
「あっそ。ならいいんだけど」
ルシアの様子を見て大丈夫そうだと判断したルノアは、荷物に意識を戻して背中で適当に返す。
そして、話を引越しの件に戻した。
「ま、あんたから貰った報酬を費用に当てるのが
「光熱費と水道代はルノアさん持ちでいいですか?」
「なんでだよ! 普通割り勘だろ、そこは」
「なるほど。では、ルノアさんは食費だけ。私がその他を払う。というのはどうでしょう」
「えっ。何それあんたに何のメリットがあんの? 私めっちゃ得しない? ……いや、待てよ。なんか罠の匂いするな。あんた何か企んでるだろ」
「そんな……私はただ私を受け入れてくれたルノアさんに恩返しをしようと……よよよっ……」
「ちょっ。泣かなくてもいいじゃん。私が悪かったよぉ!」
短い付き合いでルシアの性格をなんとなく掴んでいるルノアの指摘に、ルシアがわざとらしく弱々しく涙を流す。
それを見てルノアは焦って自分の非を認めた。
だが、待ってましたとばかりにルシアが彼女に見えないように影で口角を上げる。
「フッ。計画通り」
「いや、聞こえてるから。やっぱ何か企んでるじゃん!」
「さぁ。どうでしょうね」
「あっ、しらばっくれるな! おい!」
ルノアの追求をひょいと躱し、ルシアはとてとてとルノアの魔の手から逃げる。
そんな彼女を追いかけ回すルノア。部屋の中で二人はギャーギャー、キャーキャー叫びながら追いかけっこをした。
満足するまでじゃれあった後に、ルノアに抑えられたルシアがポツリと漏らす。
「……ありがとうございます、ルノアさん」
「んっ。何が?」
「二人で暮らすことの提案です」
仰向けになってルノアを見上げるルシア。
二人は見つめ合い、ルシアは微笑む。
「ルノアさんの言う通りになったらお願いしちゃうかもしれません……。でも、まずは行ってみないと何も分かりませんね」
「まあね。ここで結論を出したら、場を設けてもらった意味無くなっちゃうし。何より勝手すぎるしね」
「はい。それに、すぐに追い出さずにこういう機会をくれたことも気になります。もしかしたら私たちが想像しているような話の展開に落ち着かないかもしれません。……可能性は低いと思いますが。まだ、どのように転ぶか分からないのも事実です」
ルノアの返答にルシアも同意する。ルシアの伸ばした手をルノアが取り、その身を起こす。
二人は認識を共通にして、身支度を済ませた荷物の紐をキュッと締めた。
そして、荷物を持って玄関の扉から廊下へと出た。二人とも外へ出たのを確認してルノアが施錠をしようとする。
「「んっ?」」
ルノアが鍵をかけるカチャッという音と同時に隣の部屋の扉がガチャッと音を立てて開く。ルシアとルノアの意識がそちらに集中し、二人の視線の先に黒髪の
目立たない色味の服装に、フードを深く被ったその格好は地味だが正直怪しさ満点だった。
「あの」
「はっ?」
相手も今日初めて会った隣人を一瞥して、すぐに興味から排除して仕事へ行こうとした。
だが、その矢先に小さいエルフの方から声を掛けられ、思わぬ事態に豆鉄砲を食らったかのような顔で振り返る。
その
「ちょっ、何話しかけてんだよ」
「えっ。あぁ、いえ。隣に住んでらっしゃる方がいるのを私は知らなかったので。さっき隣部屋で騒いだのは迷惑だったなと思いまして……」
ルノアが耳打ちと肘打ちで、思わずルシアを止める。
それに対して冷静に説明した後、構わずルシアは相手の女性に話しかけ続けた。
「先程は隣の部屋で騒いでしまいました。ご迷惑じゃなかったですか?」
「……特に問題ありませんでしたけど」
「そうですか。とはいえ、今後は気をつけます。すみませんでした」
ペコリと頭を下げるルシア。
相手は謝罪を受けて、ただただ困惑していた。
「は、はぁ……。別にお構いまく……」
チビの癖に礼儀正しい、変なやつ。そんなことを思いながら
そもそも仕事で急いでいたのだ。話し掛けられたのが想定外。
その背中を見送ってルシアはルノアの視線を感じる。
「なんですか?」
「別に。あんた、変な奴~って思っただけ」
通じあっていないところでルノアは
ルシアは首を傾げながら目に映ったものを読み上げる。さっきの
「クロエ・ロロ……さんらしいですね」
「そうなの? てかなんであんたが知ってんのさ」
「えっ。いえ、標識に書いてあるので……」
ルシアが指を指した先にある隣部屋の扉、そこに張り付けられた木板に、名前が刻まれている。ルノアはそれをしっかりと捉えて、ルシアへと視線を戻し、ルシアもまた、ルノアへと視線を戻した。
二人の間に若干沈黙が流れる。
「し、知ってたし? つーか毎日私は見てるから。ここに住んでるんだから知らない訳ないじゃん」
「ほんとですか?」
「う、うるさいなぁ。悪かったよ、他人に興味なくて」
ルシアに指摘されてルノアが自供する。
どうも前の一件からこのチビハイエルフに弱くなってしまった気がする。
「そういや私、あんたのこともあんま知らないよね」
「そうですか?」
ルシアからすればルノアに隠していることはもうほぼない。
モンスターの血を引いていることも、それによる特徴的な身体も、そのせいで同胞のエルフにも気づかれにくいハイエルフだということも、今置かれている状況も、自身の心境も。
あと公にしていないことがあるとすれば……故郷の森のことくらいだ。
だが、ルシアからすれば昔居たエルフの森のことなんて今の自分にはほぼ関係ない。ただの昔話だ。
だから、話すことはもうない。
「よし。じゃあ行くか」
「はい。行きましょう」
ルシアとルノア。
二人は時間に余裕を持って家を出た。
あの夜、現場に居合わせた者。そこに加えて、事情を知る二派閥の主神。彼女達が待つ闘技場へ。
その足を向けた。