【ガネーシャ・ファミリア】が都市で行う祭典、『
ギルドが共同で企画を立てていようとも、ギルドの主神ウラノスが
故に、闘技場の権限はガネーシャにあり、ギルドの人間もどこで聞き耳を立てているかわからないが聞かれて困ることは無い。
ルシアという半怪の存在は、
話し合いの場に闘技場を選んだのは、ルシアがバイトで通い慣れていることや、アストレアが前に相談してきた場所であることも確かに理由ではあるが、身内しかいない場所であり、あわよくばウラノスの耳に届く可能性も視野に入れたガネーシャの判断である。
まあ、後者は望み薄であり、届けばラッキーくらいにしか思っていないが。
ともあれ、闘技場の最上階観覧個室にて、秘密を知る者は集結した。
【アストレア・ファミリア】から、主神アストレアと副団長ゴジョウノ・輝夜。
【ガネーシャ・ファミリア】から、主神ガネーシャと団長シャクティ・ヴァルマ。
そして、当事者のルシア・マリーンに、彼女を受け入れ肩を持ち親友兼英雄となったルノア・ファウスト。以上六名が派閥と親友で分かれ、四角い机を中心に取り囲み、長椅子に腰掛けている。
シャクティが客人たちにカップを用意し、並べ終えたのを確認して、ガネーシャと彼女が真っ先に切り出した。
「事情は全てシャクティから聞いた。アストレア、そして【
「我々は仲介人だ」
ガネーシャがビシッ! と自身に親指を向け、シャクティは一言だけ前提を述べる。
この場所の提供とシャクティの立場に、輝夜は目を細めた。
「こんな場所まで提供して、えらい豪勢なご対応して頂いたみたいですね。そちらの団長さんはルシアの友達になられたのでしたっけ? なんなら、ルシアは【ガネーシャ・ファミリア】でお抱えになります?」
「……輝夜。やめなさい」
輝夜の挑発的な言動に、普段温厚なアストレアが注意する。
その横槍に対して、輝夜の矛先はアストレアへと変わる。
「アストレア様がお怒りになるのも、アストレア様がルシアに御熱がゆえ。皆して、ルシアへの認識が甘いと違いますか」
「輝夜……!」
輝夜の口が止まらない。
アストレアも珍しく声を上げる。
そんな二人を見て、当のルシアは黙り込んで目を逸らした。
「……」
「ちょ、ちょっと! さっきから何さ。そんな話をしにきたわけ!?」
二人を直視できないルシアを見兼ねてルノアが席を立ち、真っ当な意見を入れる。
そんな彼女にも、素直になれず、いつも鋭い事を言ってしまう輝夜は正論で切り伏せようとした。
だが、それより早く。この場を沈めたのはシャクティの言葉。
「……私は、ルシアが良いと言うのなら【ガネーシャ・ファミリア】に迎えてもいいと思っている」
「えっ?」
開始早々激化しそうだった空間の中で、遮り、静寂を誘ったのは意外にもポツリと漏らした一言。
思わぬ受け入れ態勢にルシア本人も目を丸くしてシャクティを見る。
ルシアだけじゃない。ガネーシャも、他の三人も、全員の視線がシャクティに集まった。
「だが、所属しているファミリアに一年以上在籍しなくては、
「シャクティさん……」
ルシアがシャクティを見つめる。
シャクティは覚悟決めた。憲兵の頭としてではなく、一個人として判断することにした。
無論、そうなると立場を利用する事は出来なくなる。故に、ルシアを【ガネーシャ・ファミリア】に迎えたとしても籍を置かせるくらいが精一杯だ。
それでも、アーディとイルタに背中を押されたシャクティの意思は硬い。
「すまない、ガネーシャ。勝手な判断なのはわかっている。しかし……」
「気にするな。シャクティ、お前が決めたことならば構わん。責任ならお前の判断を受け入れた主神、つまりは俺にある」
ガネーシャや他人に止められてもシャクティは意志を曲げるつもりはない。
だが、自分の判断で仲間と主神に迷惑をかけてしまうかもしれない。そうなっても後悔はないが、申し訳なさはある。
シャクティの謝罪にガネーシャは毅然とした態度で責任を分担する。
今の彼は、友を選んだ我が子に誇りさえ抱いているくらいだ。責める筈がない。
「……なるほど。そこまで腹を括っていらっしゃるなら私が茶化しても意味無いですね」
「私は立場や良識に判断を委ねず、私自身とルシアの私的な関係を優先した。同じようにしろと言うつもりはない。だが、この場を要求したのならばそろそろ本心を話したらどうだ?」
今度はシャクティが輝夜に指摘する。
ここまでの彼女は、これまでと変わらず、現実を突きつけ、厳しい意見を述べるだけ。だが、シャクティはそれが建前だとわかっていた。
逆にルシアはそれを本心だと思っていたため、目を見開いて輝夜を見遣る。
「えっ」
「……」
「素直になれ、と言っている」
みんなの視線が集中する中、黙りこくる輝夜にシャクティが追撃する。
それを受けて輝夜は暫く沈黙を作り、
「ルシア。お前は
「……っ!」
「なっ!? ちょっと!」
指摘されても尚、突きつける輝夜にルシアが狼狽し、ルノアが感情を露わに立ち上がる。
シャクティも呆れた表情で嘆息した。
それを傍目に、輝夜は次の言葉を紡ぐ。
「そして、人間でもある」
「えっ……」
ルシアだけでなく誰もが呆気に取られた。
輝夜がそんなことを言うなんて、予想していなかったからだ。
そんな反応をも輝夜は置き去りにする。
「お前がどららか、それを他人に委ねるな。ルシア、お前が全人類に示せ」
輝夜の開眼されたその
言葉には強さが備わっていた。
その目線を輝夜も、ルシアも逸らすことは許されない。
「人間か、モンスターか」
その一言でわかる。この場にいる全員が理解する。
輝夜も覚悟を決めている。
だからこそ、ルシアに提示した。
「あっ。えっ。で、でも……」
対するルシアは動揺して応えられない。
突然そんなことを言われたって状況も呑み込めないし、どう返していいかもわからない。
そんな様子のルシアに、予想していたかのようにアストレアが口を開く。
「一つだけ、試してみる価値があるんじゃないかって考えが私と輝夜の中であるの」
アストレアの表情は柔らかい。
彼女の言葉に繋ぐように、輝夜が淡々と付け加える。
「【アストレア・ファミリア】として、正義の使者として、その活動をする中で。もし人類全体にお前自身が味方であることを証明し人々の印象に強く在れるならば。その身の真実が明らかになった時、ただ異端と扱われるのではなく、一人の冒険者として。人々の味方として、捉えて貰える可能性も0ではない」
「……っ」
説明というよりは考えの提示。
輝夜の言うことをルシアは理解した。
それは、【アストレア・ファミリア】に残り、ルシアが自身の潔白を証明する道。正義を掲げるルシアの姿。
「つまり……何が言いたいの?」
輝夜の遠回しな表現に眉をひそめたルノア。
シャクティが答える。
「
または、
都市に住まう民と都市の、つまりは彼等の未来。
それを守り、その為に戦える者に。ルシアはなれるのか、その素質を問うている。
「お前に、善意を持つ普遍の民衆にその在り方を示せるだけの、正義への志があるならば。私達は……賭けてもいい」
「……っ」
ルシアは気付く。
その博打は、輝夜の覚悟だ。
そして、彼女は暗にルシアにその価値があると述べている。
「少なくとも、そう思ってしまう程には私も情に弱いらしい。この判断は、短い間でお前を仲間と認識した私の甘えだ」
その言葉で思い出す。
そうだ。輝夜は、彼女は。未熟な者、それでいて大切な人に、本音を隠して厳しさを見せる。
その対象は他者だけではない。自分自身も例外ではないのだ。
「輝夜さん……」
輝夜の本質を理解しているからこそ、ルシアは輝夜の分かりにくい言葉から彼女の決意を感じ取る。
「ただし、期間を決める。お前は爆弾だ。いつ、どのタイミングでその正体が世間に露呈されるかわからない。時間をかけてお前の名が轟くのを待つほど我々には余裕がない。いや、どんな大派閥でも同じ筈だ」
シャクティらを一瞥する。
輝夜は続けた。
「その爆弾が破裂した後に、それでもまだ【ガネーシャ・ファミリア】が受け入れるというのならば、
輝夜は、提案と期限を設けた。
これはルシアに与えられたたった一度の
「ルシア。その期間で、我々の派閥を用いて試すかどうか今日ここで決めろ。私はその提案をお前に授けるためにこの話し合いを望んだ」
輝夜の話は終わった。あとは、ルシアが答えを出す番だ。
ただ、ルシアは既に心の内で答えを出している。
故に即答をくりだす。
「わかりました。やります」
「「「……っ!」」」
ルシアの即決にアストレア、シャクティ、ルノアが注目する。
ガネーシャも判断の早さに感嘆を漏らした。
あまりに安易に頷いたため、ルノアが心配する。
「ちょっと。どれだけ大変なことか分かってる?」
「はい。わかってます。それでも、やる価値があると感じました。せっかく輝夜さんとアストレア様が用意してくださった機会でもありますし、成功すれば私の人生において大いなる前進になります」
どこに行っても迫害されてきた。その終わりが、可能性の
全てに受け入れて貰えなくとも、自分の力でたった一つや二つでも
その考えの元、ルシアはルノアに対して頷き、さらに加えた。
「それに、もし上手くいったら迷惑をかけずにルノアさんと一緒にいれるじゃないですか」
「……っ!」
ルシアの言葉にルノアが詰まる。
先の事件でモンスターとしての身体を決して離さず、ルシアとの関係を絶つ意思を見せなかったルノア。それは、強い繋がりだ。
例えルノアが差別に巻き込まれ、ルシアを抱えて逃げ回ることになってもこの人ならばその道を迷わず選ぶとルシアは確信している。
だからこそ、可能ならば、そんな選択をせずに済む未来を手に入れたいと思うのだ。
「ルシア……あんた……」
ルシアの気持ちにルノアが驚きと思いやりを抱く。
そんな反応を示すルノアにルシアは上目遣いで恐る恐る尋ねた。
「ルノアさんは私の正体が都市中……いえ、世界中にバレても傍にいて……くれ……ます、よね?」
答えはわかってる。絶対に離れない、否定しない、そんな返しをしてこない。
それでも、確認したい。これは信頼があってもこの先に進むための勇気に、必ず必要な前提だ。
それをルノアも理解して、しっかりとルシアと向き合って応える。
「……当たり前じゃん。言っただろ、私は元からはみ出し者だって。あんたを受けれても受け入れなくても、私自身は変わんないんだよ。だったら、私はあんたが欲しい」
教会でも言ったことだ。
二人の気持ちをここに再度、強く示し合った。もう何も不足はない。
ルシアはルノアの返答を聞いて覚悟を決めた。
前提を済ませた今、あとは可能性に身を任せるだけの理由があれば充分となった。
「だが、たった一年。いや、既に経過した月日を差し引いて、そんな短い期間でまだ駆け出しのルシアが正義の眷属として活躍できるのか?」
ルシアの決意が決まったのを確認してシャクティが純粋な疑問を口にする。
それに応えるのは輝夜ではなく、ルシア。
ルシアには輝夜の提案に二つ返事で承諾した
「その為の武器ならあります」
適当じゃない確かな心当たりがある確信めいたハッキリとした口調。
ルシアのそんな態度にシャクティが眉を顰める。
「ドラゴンの力か? それを使うのは期限を待たずして正体を都市中にバラすリスクを上げているようなものだぞ」
冒険者としてのルシアは駆け出し、レアスキルやレア魔法がある訳でもなく、アビリティも平凡。加えて、魔道士や剣士といった何か役職の才覚を見せている訳でもない。
ルシアがハイエルフであり、魔道士やヒーラーとしての可能性があることを加味しても一年間という短い期間ではそれが花開くのを待っている猶予は無い。
ならば、残るはモンスターとしての、ドラゴンの力。
シャクティがありついたようにその場にいた全員が同じ発想に辿り着いた。しかし、ルシアは首を横に振るう。
シャクティの言ったようにルシアの身の潔白を示すために、それを使っていたのでは本末転倒。そんな博打じゃ輝夜も提案を取り消すだろう。
「いえ。竜の力は必要ありません」
そう告げたルシアは自身の頭を指でさす。
「私が使うのは……
武器は示した。そして、確かな決意を表明した。ルシアは、正義と中立を唱える者たちの前で宣言した。
異端な身体。その全ての部位を正義の象徴にするために。竜の翼は正義の翼に、魔石のある醜い心に正義の天秤を。
【アストレア・ファミリア】のルシア・マリーン、その正義は今ここから始まる。