原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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レコードの始まり

 

 都市の市壁にて、その全貌を見下ろす神が一柱。

『闇』が蔓延り、『正義』が駆ける。その構図は今も昔も変わらない。背後に控える二人の英雄もどこか懐かしむような視線を送っている。

 

 だが、異なることが一つある。

 それは天秤。バランスだ。

 闇の勢力も前より弱まってはいるらしいが、彼らを抑えられる程の力が、意志の強さが、『正義』が足りない。

 

 故に、都市に住まう民衆が貧困と微悪に染まる。そして、増えた手間を正義が片付ける。そんな、力関係の乱れが起こした循環だ。

 

 長きに渡る暗黒期、それが未だに終わらぬ都市の現状。どちらに天秤が傾くか、これまではわからなかったが、今や闇が優勢になりつつある。

 この暗黒期を更なる暗黒に染め、もう後戻りできない終焉に(いざな)うか。正義が打ち勝ち、新たな時代を齎すか。

 

 その天秤を正しき方へ導く為には、バランスの調整が必要だ。

 そして、自分()が干渉できるのは『闇』。

 都市の闇を束ね、『悪』とする。

 

 ―――オラリオには、『絶対悪』が必要だ。

 

「行くか。悪を謳い、正義を問いに」

 

 一人の眷属と、同盟関係にある二人の英雄を連れて。男神(おとこ)は市壁の上を歩き始めた。

 しかし、都市を下に捉える、そんな彼の視界に一柱の知神(ちじん)が映り、その足を止める。

 

「……『光』だ」

「何?」

 

 男神(おがみ)、暗黒を司るエレボスのボヤキにアルフィアが反応する。

 ザルド、ヴィトーと共に眼下に注目すると、彼のその視線の先には四人の集団がいた。

 

 一柱の神が従えるは、エルフが二人、希少種族が一人。

 この距離ではエレボスが彼らに目をつけた理由がわからない。

 アルフィアからすれば、エルフの内の一人、おそらくはハーフエルフの女に少し違和感を覚えるが。

 

「……珍しいな。お前が雑音に顔を顰めず、その(ほう)へ意識を向けるなど」

 

 ザルドが指摘すると、そちらは雑音だったのか、アルフィアが顔を顰める。

 

「五月蝿い。あの娘……」

「あのハーフエルフの女がどうかしたか」

「……奴だけ何も聞こえん」

「何っ?」

 

 ザルドが耳を疑い、視線を眼下からアルフィアに泳がせた。

 しかし、アルフィアの方は都市への視線を切る。

 

「気にするな。気の所為だ」

「……そうか。お前が聞き間違いをする筈もないが。いや、いい」

 

 ザルドも都市の様子を視界から消す。

 何も聞こえないと戦友が言うのならば、そうなのだ。聞き間違いという表現が正しいのかどうかもここで展開する必要は無い。

 

 二人は都市の現状を充分確認したと判断し、その場を去り、下へと降りていく。

 残ったヴィトーは未だに風に靡く主神を見遣る。

 彼は、依然その目を見開き、呟きを続けた。

 

「正義に、群衆に、愛に、道化に、旅。役者は揃ったと思っていたが……そうか」

 

 エレボスが目を細める。

 

「……グィネヴィア。不純と光の女神。お前の力もバルドルのように強すぎる。正義を灼き尽くす程に」

 

 眷属を従え、都市門を今日潜った一行。

 あれがおそらく派閥の全容。問題は、その身がどちらに属すのか。

 今、この都市を二文化している勢力がある中で、彼が示す選択肢は。

 

「闇を照らすか、それとも全てを壊すか」

「……それ程の脅威なのですか。その神は」

 

 主神が注視するほどの神物に、ヴィトーが言及する。

 自身の眷属の不安を汲み取り、エレボスは少し笑った。

 

「確かに奴の力は凄まじい。だが、バルドルと違ってあの女神(おんな)は自分自身でもコントロールできない。心配するな、ヴィトー。あれくらい招き入れたところで『絶対』は覆らない」

 

 コートを整え、ようやく階段へと向かうエレボス。

 通りすがりにヴィトーの肩に手を置き、自身は下る。その背中を見せながらエレボスはヴィトーに告げた。

 

「【殺帝(アラクニア)】と【白髪鬼(ヴェンデッタ)】に会いに行くぞ。今こそ、闇派閥(イヴィルス)を集結させる瞬間(とき)だ」

 

 コートを靡かせ、歩みを始める主神にヴィトーが腰を折り、頭を垂れる。

 予想外の勢力(むし)の乱入を赦したが、問題は無い。計画(シナリオ)の準備は整った。あとは実行のみだ。

 時は来た。秩序を壊し、混沌を齎す刻が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 都市のとある酒場にて。

 所属する派閥の主神と、その眷属達。仲間ではなく、同盟関係にある彼らと分かれ、夜は一人で過ごしていた。

 懐かしき酒。素晴らしき私の主人(マイ・ロード)、彼女と交わした思い出のウィスキー。グラスを揺らし、香りを嗅ぐ。

 

「そういや聞いたかよ、【アストレア・ファミリア】の新人の話」

「……」

 

 静かに一人で嗜み、周囲にその長く特徴的な耳を傾ける。

 エルフにしては珍しく酒を好むその男に、最初は違和感を覚えつつも店主も客も既に意識の外に置いている。

 そういう品のある者たちの趣向の(バー)、酒場とは違い、気に入っているところだ。

 

「なんだよ。正義の中堅派閥共がなんだってんだ」

「そうだぜ。団員数はそんなに多くねえが新人が増えるなんてのも珍しい話でもないだろ。ほら、何年か前にエルフのねーちゃんも入団してただろ。えー……なんだっけか」

「【疾風】だろ?」

「そうそう!」

「だーっ! 成長期の【疾風】の話は今いいんだよ!」

 

 後ろの席で男たちが円卓を囲み、話のスジがそれながらもとある派閥について語り合う。その話を背中で聞く。

 何でもいい。今は多くの情報が必要だ。この都市の情勢が。精査するのはある程度集まった後に。

 

【アストレア・ファミリア】。正義。【疾風】。都市に来てから夜を彷徨い、聞き耳を立ててきたが、この情報が入ったのは三度目だ。

 どうも今この迷宮都市は闇派閥(イヴィルス)とやらが蔓延り、彼女たち正義の眷属が秩序と治安を維持しているらしい。

 

 ゼウス・ヘラの時代から続く都市の暗黒期。それが未だに終わらず、現在が最も過酷であることは都市に来る前から知っている。というより、自身のファミリアが都市へ来たのはそれが理由だ。

 だが、酒を嗜むそのエルフの男、マリウス・ガウェンはそういう類に一切興味が無い。

 

「それで【アストレア・ファミリア】の新入りがどうしたんだよ」

「それがよ。とんでもない噂があるんだよ。聞いて驚くなよ……?」

「そんなくだらねえことで勿体無いぶるなよ」

 

 話題を始めた男だけが神妙な面持ちで他の冒険者たちは適当に聞き流している。

 そんな中で、その男は切り出した。

 

「なんでもそいつは……モンスターらしいんだ」

 

 そして、そんな突拍子もないことを口にした。

 全員が目を丸くする。暫く沈黙が続き、次第に全員が嘲笑した。

 

「ハッ! 何言い出すかと思えば……!」

「馬鹿馬鹿しい。お行儀のいい奴らがモンスターなんか匿うかよ」

「いや、でも……!」

 

 まともに話を聞いて貰えない状況に男が身を乗り出そうとする。

 その口から滑らしそうな名前を仲間の視線が抑え、飲み込んだ。

 

「……あの方が言ってたんだよ」

「じゃあなんだ? 奴らの中にテイマーでいるってか?」

「聞いたことねえな」

 

 男達は冒険者では無い。闇派閥(イヴィルス)だった。

 マリウスはなるほど、と思いながらほくそ笑む。

 それと同時に情報に食いつき、目を見開く。

 

 素晴らしい。

 もっと気の遠くなる作業が待っていると思い、それを覚悟していた。物を選ばず取り入れ、そこから厳選して欲している情報へと辿りつこうと考えていた。

 だが、こんなところでいきなり『当たり』を引くとは。()がいい。

 

「……失礼。その新人について、お尋ねしたい。その者の種族について存じ上げますか?」

「なっ!?」

 

 突然振り返り、声をかけてきたマリウスに男達が驚愕する。

 そして、机に掛けていた武器に触れた。

 それより先にマリウスは大金の入った袋を男たちの食卓に落とす。

 

「……っ!?」

「貴方々に興味はない。私はその情報が欲しい。もし買い取らせて頂けるのであれば、通報もしなければ、情報以外のことは全て忘却すると約束しましょう」

 

 男達の動きより早く、言葉で畳み掛ける。

 袋の重量が鳴らした鈍い音に、物理的に男達は黙らされる。喉を鳴らす音だけがその卓で許された。

 場を支配したと確信した瞬間に、マリウスが底の見えない笑みを浮かべる。

 

「い、いいのかよ。こんなに……」

「えぇ。無論。先払いで結構。貴方が大したことを知らなくとも、それも結構。ただし貴方がその情報を得た情報元を知りたい」

「……っ!」

 

 マリウスの提示に男が目を見開く。

 

「悪い話では無いのでは?」

 

 闇派閥の男達は店内を見渡す。男達の正体に気づいているのはマリウスだけ。他の客も店主も、エルフの一人客が隣で飲んでいる卓に声を掛けた、そんなよくある様子としか捉えておらず、気にする素振りもない。

 

 彼が口にするように、人伝の曖昧な情報を美味しい金額で売り、この場を穏便にやり過ごせるならば、メリットの方が大きい。

 何より、男達は察していた。このエルフは強く、自分達では勝てないと。

 

「へへっ。いいのか? こんな大金……もう取り下げはできねえぜ?」

当然(ウイ)

 

 迷いなく頷く。

 例え微々たる情報量でも彼にとっては絶大だった。故に、惜しまない。

 とはいえ、それを口にすれば相手も付け上がり、更なる金額を要求してくる。

 そして、それも理解している。

 

「……【アストレア・ファミリア】」

 

 男から話を聞き、用が済んで退店したマリウス。派閥の名を呟く。

 次の目的地は決まった。

 今すぐにでも向かいたいくらい、そこに求めているものがいる。

 だが、今日のところは夜も更け……そう思ってると、自身の元に寄ってくる者がいた。マリウスはその者に気付いて、声を掛ける。

 

「レディ・アーサ。どうしてここに?」

「グィネヴィア様が……呼んでいます」

「なるほど。標的(ターゲット)が見つかった。故に時間制限(タイムリミット)、ですか」

 

 同じ【グィネヴィア・ファミリア】のハーフエルフ。マリウスは彼女をセカンドネームで『アーサ』と呼ぶ。

 これといって特徴の無い普遍的な女性だ。

 そんな彼女にマリウスは主神への伝言を授ける。

 

「レディ。私の主人(ロード)が見つかりました。もう一日頂きたい」

「……私に言われても困ります」

「あぁ。そうでしたね。このマリウス、失念しておりました。いいでしょう、一度戻り、自分で交渉します。今日のところは共に主神の元へ参りましょう」

「はい」

 

 マリウスが折れて、アーサが頷く。

 立場的には前者が派閥内新参者で、後者が第一の眷属つまりは団長格なのだが、多く者が逆に捉えるだろう。それほど、彼女には迫力(オーラ)がない。まるで普遍の民の如く。

 

 マリウスはガタイもよく、戦う者の出で立ちをしている故に、尚更だ。

 二人は夜の都市で、どこにも寄らず、真っ直ぐと宿までの帰り道を辿る。

 

 両者の仲はハッキリ言って良くない。寧ろ、悪い程だ。なぜなら、誰に対しても礼儀を忘れない、そんな育ちをしてきたマリウスが無言で歩みを共にするのだから。

 

 暗黒期の真っ只中。

 民衆が闇派閥(イヴィルス)に脅え、閉じこもるいつもの夜。影で蠢く闇の者たちに、裏で暗躍し始める大きな存在。そこに、一筋の光も差し込み、迷宮都市は混沌へとその足を進めていく。

 

 最悪の七日間まであと僅か。

 巨悪が立ち塞がり、正義が問われ、秩序が乱されようとする中で、それでも足掻き突き進む正義の眷属たちの記録(レコード)が刻まれる。竜の娘の正義と英雄の光は、いかなる結果を及ぼすか、それもまた、これから記されていくことである。

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