工業区の襲撃。工場と倉庫の被害は完全に抑えた。
敵は魔法や魔剣、爆薬など派手で威力のある火力を有していたが、それらの使用を従来のやり方で予測される結果よりも大幅に阻止することができた。
しかし、ルシアはそもそも火災を起こさせず、盗品を全て回収し、倉庫や工場も無傷とまではいかなかったが多少の改修でまた使える程の損害に抑えた。
おかげで現場の保存も完璧な状態で残り、【ガネーシャ・ファミリア】の科捜研による様々な調査と検証が可能になった。
今まで三度、今回で四度。魔石製品工場の襲撃があったが、ここまで証拠が残った現場は初だ。
今回の出動は間違いなくこれ以上ない結果を残せたと言える。
仲間であるアリーゼ達、現場に後から合流し報告を受けたシャクティら、誰もがルシアの行いに問いただしたい気持ちを抱えたが、まずは労いと事後処理を優先した。
シャクティにもよくやったと告げられたルシアは自分一人では為し得ず、自身の理論を実証できる
そんなルシアの言葉も受けて、正義の眷属達全体の功績となった。
そして、後の処理や現場調査はシャクティとアーディの申し出により【ガネーシャ・ファミリア】がやることになり、彼女達の厚意でルシア達の仕事は終わった。
故に、【アストレア・ファミリア】は
「おかえりなさい、みんな」
【アストレア・ファミリア】の
帰ってきた眷属達を主神のアストレアが微笑んで迎え入れる。
「アストレア様!」
「ただいま戻りました、アストレア様」
「子供みてぇにズラズラ並んで帰還しましたよっと」
「主神様自らお出迎えさせるなんて、わたくし達も随分偉くなったこと……」
「そんなことないわ、輝夜。帰っきてくれた者の無事を喜ぶ、それに神も子も関係ない。ましてやこんな時代。
派閥を引っ張る四人が口々にする返事に、アストレアが真面目な理屈と冗談を交えて答える。
そんなアストレアの冗談にネーゼが反応した。
「に、新妻……アストレア様が……! やっべ、そこはかとなく背徳感が……!!」
「なぜ貴女は興奮しているのですか、ネーゼ」
ネーゼの発想についていけないリューは呆れて眉を顰める。
そんな二人のやり取りを微笑ましく思いながらアストレアは
「ふふっ、疲れたでしょう? お風呂にする? それとも、食事かしら?」
「……あるいはアストレア様、ですかぁ?」
「なっ!? 輝夜!?」
清潔な女神に対する無礼。加えて、羞恥心を駆り立てる
しかし、輝夜は具体的に口にした訳では無い。
リューが罠にかかったことに口角を上げて、いつものように指摘もといちょっかいを出してやろうと企む。
その輝夜の思惑を断ち切るようにアストレアの言葉に突然聞き耳を異常反応させてやり取りをする彼女たちを横切り、主張する者有り。
「食事で。食事でお願いします。食事で。できれば性急に。是非」
「お前はブレねえな、ルシア……」
グッと握り拳を作って強く訴えるルシアにライラがドン引きの意味も込めたジト目を向ける。
輝夜とリューも言い合いに発達することなく、ルシアの食い意地に瞠目していた。
「め、目が据わってる……」
「どんだけ食うのが好きなんだよ」
「まあ今回は沢山働いたもんね、ルシア」
「いや、炊事担当した時、あの目で催促されたからあれが平常なんだと思う……」
ルシアに恐れすら感じるノインに、ネーゼもさっきの興奮が一気に冷め、セルティが同胞として苦しい擁護をして苦笑いするが、アスタが呟いて相殺した。
仲間が後退りしたことに目もくれず、ルシアは「ご・は・ん・ご・は・ん」と小躍りし始める。
人類、せめて都市民にルシアを認めてもらわなくてはいけない。その前提として同じ派閥でも同様のことをする必要があるというのに早速距離を置かれてる目の前の光景に輝夜は笑顔を見せる。
否、額に青筋を立てている。笑みは貼り付けたもの。つまり、この腹ぺこドラゴンが……とキレている。
「あ、あらあら。じゃあ食事にして私もルシアと御一緒しようかしら」
「良いですね。アストレア様と共に食べれば何倍も美味しくなりそうです」
「嬉しいこと言うのね、ルシア」
『なっ……!?』
アストレアの申し出を快諾したルシア。
あっという間にアストレアを独り占め、魅力的な選択肢から簡単に結果を出し、最速最高の待遇を受ける彼女に他の団員が呆気に取られる。
なんという手腕。なんという話術。女神を信仰する彼女たちが戦慄する。
実際のところは女神もドラゴンも全く何も考えていない……! 結局計算の無さが正義なのだ。
「さすがルシアねっ! 私も負けてられないわ!」
「何と戦っているの……? アリーゼ。それに普段なら貴女に皆敵わないわ。ルシアだけね。自分でも分からなけれどルシアには乗せられてしまうの。どうしてかしら」
「遂に無茶苦茶なアリーゼに対抗できる奴が現れたか……!」
「ルシア、強敵ねっ!」
「依怙贔屓の間違いでは?」
「……? どういうこと、輝夜」
「いえ、何も」
アリーゼに問われ、輝夜が発言を引っ込める。振り返った彼女よりも奥、女神の驚きそして悲しみの視線と目の動き、最後に自責で瞼を伏せて眉を下げるのを見て輝夜も少し居心地が悪くなる。
みんなは二人の表情の
肝心のルシアは、アリーゼ達の茶番にも輝夜達の陰りにも見向きもせず、アストレアが事前に用意した食卓へとまっしぐらでその小さな身体でてとてとと駆けてゆく。本当はアストレアと輝夜に関しては傍目に捉えてはいたが。
逆はそれを知らず、輝夜は呆れ返っていた。
「そういえば。ルシア、そろそろ聞かせてくれるかしら? 貴女のこと。ハッキリ言って異常な作戦指揮能力だったわ。……ルシア、貴女は一体何者なの?」
「私も聞きたい。あれは多少頭が冴えていたり秀才だったりでは説明がつかない。どこかで習ったか、あるいは経験があると見た。少なくともお前の言動、現場での対応を踏まえると初めてだとは思えん」
ルシアが飯を頬張り始めたところにアリーゼが尋ねる。
欲を言えば入浴や食事を済ませた後には話し合いたいが、主神への事後報告や反省会、振り返りや分析はともかく作戦中は事態の収集を優先して後回しにしていたルシアへの好奇心を聞かずにはいられなかった。なにせルシアのおかげで反省する事など殆ど無いのだから。
そして、その興味はアリーゼだけでなく、みんなが同じ気持ちだった。
「……」
注目が集まる中、大盛りパスタを口に運び、咀嚼しながらルシアは少し考えを巡らせるように天井の方を見遣りながら押し黙る。
やがて、充分に噛んで飲み込み、喉を鳴らしたかと思えば胃袋へと流れ込み、げふっと満足そうに息を漏らす。そして。
「……まず、作戦指揮能力ではなく、作戦考案能力です。私に指揮の才はありません」
始めに切り出したのは訂正。
ルシアはさらに重ねる。
「特にリューさんの説得はかなり強引にしてしまいました。あの場ではあれで良かったかもしれませんが、今後の関係性に影響しますし、そうなるといつか作戦中にリューさんと連携が取れなくなるリスクがあります。それに最終的にアリーゼさんがリューさんを動かしたことを考えると、指揮能力の高さはやはり団長を務めるアリーゼさんに軍配が上がりますし、適性もあると思います」
水の入ったグラスを揺らしてアリーゼの姿を反射で映す。
続けて自身の考案力について説明する。
「まず、私の使い方をアリーゼさんに教えます」
「使い方? 私に……?」
「はい。アリーゼさんは責任者で指揮者です。私は一人でいても意味はありません。そういう人材です。アリーゼさんのような人望や精神性あるいは高いカリスマ性や適切な対応力を持つ人がいて初めて成り立つ……というのは言い過ぎですが、効果が比べ物にはならないでしょう」
ルシアが笑みを浮かべる。
今度はきちんとアリーゼと、皆と向き合って話す体勢に移行した。
ルシアは自身のことをあくまで作戦を提案して司令塔に提出する軍師であると述べる。
最終的にその作戦を実行するか、適切であることを判断して結論を出すのは指揮官だ。
その役割はアリーゼが該当する。彼女は判断能力も高く、人望もある。何より、団員の扱いを分かっている。
「私は人を動かすことはできませんが、状況を打開する策を講じるこならできます。先読みと状況把握、そこに発想を加えて時には事態の解決、時には目的を達しながら自軍の問題を解決します」
何かに耽けるように一拍置いて、ルシアは淡々と自身の経歴を口にする。
「それが私の作戦考案能力。味方も敵も被害を0に、もちろん抗争は自軍の勝利に。そんな構図を描き、提供するのが私の仕事でした」
「待って。仕事……?」
最後の単語を流さず、拾い反復して顔を顰めたアリーゼ。彼女のおかげで全員がその違和感に気付く。輝夜も眉を寄せて目を見開き、思わずアリーゼからルシアへと視線を素早く動かした。
アストレアも両手で口を覆う。
「はい。私は故郷の森で戦争に関わり、軍師として働いていました。れっきとした戦争人です」
『なっ……!?』
普段の彼女の
「ル、ルシアが戦争……?」
「そういえば私達は貴女の出身を知らない。私ともセルティとも異なるであろう貴女の出身は一体どこなのですか」
「そうだよ……! そんなルシアが戦争なんて……ルシアが森にいた頃って凄く若かったんじゃないの!?」
「いくら能力や才能があっても子供を戦争に駆り出すエルフの森……エルフという種族からは、その習性からは考えられない方針だが」
輝夜の言う通り、エルフという種族の行いとは思えない。それにルシアはハイエルフ、輝夜しか知らないがハイエルフを崇拝の対象にするエルフが子供とはいえルシアを戦争に派遣するなどイメージと違いすぎる。
故に気付いた。これは、ルシアの故郷が異質なのだと。
そんなエルフの森について、ルシア・マリーンが言及する。
「私がいた森の名は、フリテン。独自の王を有し、私は知略の才能を買われていました。戦争に勝てるからです。それが私の能力の全容……背景です」
世界の中心にして、最前戦線でもある迷宮都市オラリオ。その都市は長い暗黒期の真っ只中にあり、【アストレア・ファミリア】は正義の信条を掲げ、中堅派閥でありながら積極的に
その混沌の中に取り込まれても、初陣で全く動揺もせず、自身の能力を振るえたあの
それは、【アストレア・ファミリア】よりもルシアが戦いに慣れているという単純な要因だった。