太陽や月明かりの代わりに階層全てを照らす水晶が遥か上空、階層の天に広がり、空模様を描いている。さらに、薄暗い洞窟ではなく、迷宮の中とは思えない木々や自然で満たされていて、地上にも引けを取らない澄んだ空気と心地よい風を形成している。
ルシアは、目の前に広がる信じ難い爽快感と神秘を纏う景色に、驚愕と感嘆の気持ちで目を見開いていた。
まさか、迷宮の中にこれほどの景観があろうとは。
「……なんという」
硬直し、見惚れていたルシアがようやく口にしたのはたったそれだけ。呟いたというよりはかろうじて発することのできた言葉が漏れ出たという感じだろう。
ルシアの反応を見た【アストレア・ファミリア】の面々は彼女の背後で期待通りとばかりに皆、ルシアに感動を共有できたことに歓喜と興奮で悶えたり、唇を噛み締めたりした。
そんな彼女達とは裏腹に多少の落ち着きを持っている輝夜が、代表のようにルシアの隣に立つ。
「どうだ、ルシア。このおぞましく厄介な怪物共の巣窟にも稀には良い物もあるだろう?」
「……はい。正直、想像以上でした」
輝夜に問われ、そちらを向いてまたすぐに視線を戻す。穏やかな呼吸。緩やかに鼻につく自然の香り。この類の清潔さに感激する感性が自分にもあったとは。ルシアは、自分もエルフなのだと少しだけ自覚した。
無意識に緊張が切れ、小さな笑みを作っていたルシア。彼女の表情を見て、皆が身を乗り出してきた。
「18階層! いいでしょ? 私達【アストレア・ファミリア】はみーんなここが一番好きなんだ! 特に皆で見つけた水晶の森!」
「そうですか。良いですね」
「ルシアも気に入ってくれた? どう? どう!? 凄く良くない!?」
「はい。素晴らしいと思います」
「この景色を共有できて、好きになってくれたなら、ルシアも正真正銘【アストレア・ファミリア】の一員だよ」
「そうなんですか? 嬉しいですね」
「そうでなくてもルシアは大切な仲間だけどねっ! でも、私達の好きをルシアも同じ気持ちでいてくれたらそれが最高に素敵っ!」
「ありがとうございます。私も同意見です」
ノイン、アスタ、リャーナ、セルティ、イスカ。口々にルシアに話しかけて、ルシアもまた会釈で返す。彼女達の大切な場所を共有し、同じ気持ちを抱くことを許されている。
受け入れられている。それが、凄く満たされた。
「ルシア。奥に泉がある。汚れただろう。私と一緒に来い。そこで休もう」
「……! はい、よろしければ。是非」
輝夜の思わぬ提案に瞠目しつつも、誘いを受けて昂る気持ちが上回る。ルシアは冷静を装って返事をし、輝夜の隣についた。
無論、近くでそんな二人のやり取りがあって他の面々も黙ってはいない。
「えっ、ズルい! 私もルシアと水浴びしたい!」
「ダメだ」
「なんでよ。輝夜は良くて私達はダメなんておかしいじゃない」
「そうだそうだ! 私だって!」
リャーナやセルティが突っかかってきて輝夜も反応に困る。ルシアの身体のことを考えれば、他のメンバーを連れていく訳にはいかない。だが、そんな断り文句言える筈もない。
口を滑らした、輝夜はそう後悔した。ルシアを想っての提案がまさか裏目に出るとは。
故に、頑なに適当な返ししかできない。
特にセルティはルシアに制止されただけあって抑えてはいるが、本心ではハイエルフであるルシアに尽くしたいのだろう。水浴びするなんて耳にすればお手伝いをしたいと考えるのはエルフでなくとも想像できる。
自分で自分とルシアを追いつめてしまった輝夜は少ない手札で集まる文句を切り捌く。
ここにもう片方の堅物エルフがいないのだけが救いだ。いたら絶対面倒でもっと過激な口論になる。
「そういえばルシアとはまだ裸の付き合いしてなかったものね」
「お前ら、その辺にしとけ。一緒に水浴びくらい私も別にいいとは思うが、ハイエルフだったり……いや、それはあんま気にしなくていいのか。あー。とりあえず、ルシアにも事情があるんだろうし、輝夜を責め立てたって仕方ないだろ」
リャーナやセルティ、今に便乗するマリューと裏腹に、新人のルシアが困るであろう混乱になってしまって、一歩引いてくれたネーゼ。こういう時に冷静なのはライラだが、いなければ、次に俯瞰的になれるのは彼女だ。
まあ、ライラは冷静というより興味のあるなしがハッキリしているだけだが。
「いい加減にしろ、
「ルシア独占はんたーい!」
「そうだそうだ!」
「お、おい。お前ら人の話聞いてたか……?」
輝夜に群がりができ、遂に輝夜も苛つき始める。せっかく中立になったネーゼもまるで統率が取れなかった。
自分を中心に輝夜やネーゼを困らせてしまい、ルシアは彼女達の前に出る。
「すみません、皆さん。私には古傷があり、あまり人にそれを見られたくないんです」
「……っ!」
ルシアの発言に輝夜が目を見開いた後、振り返る。
彼女が口を挟んできたこともそうだが、嘘だとわかったことの方が
輝夜はルシアの裸体を見た。だが、傷などなかった。特異的な肉体に目を奪われたからじゃない。いや、奪われはしたが、人に見られたないほどの大きな傷くらいは認知できた。
それでも、記憶にない。ということは、ルシアにはそんなものないハズだ。
だが、ルシアが吐いた嘘に皆もただ踊らされはしない。
「えー! でも、私達気にしないよ! ねえ?」
「そうだよ」
中々簡単には引かないらしい。包囲網は解かれなかった。
これ以上はルシアも戸惑う。
「あぁ、えっと」
「ルシアの気持ちの問題だ。そんなことも汲み取れないんのか、お前達は」
「「……っ!」」
輝夜の指摘で皆が気づく。
ルシアは元
「ご、ごめん。ルシア」
「いえ」
ルシアはそこまで予測して嘘をついた訳では無いが、結果的に向こうが理由を作って納得してくれた。
しかし、まだ飲み込めないこともあるようだ。リャーナが尋ねる。
「でも、なんで輝夜はいいの?」
「輝夜さんには一度見られてるので。それにアストレア様やアリーゼさんにも、事情を理解していただくために話は通しています」
疑問にはルシアが答える。さらに嘘も重ねて添えた。
輝夜もその嘘を信じ込ませるために補足する。
「アストレア様や団長には報告すべきと判断したのだ。とはいえ、1人くらいは気軽に肌を見せれる相手も欲しい。そういう訳で私が名乗り出た、というだけの話だ」
話を通した二人ではなく、敢えて輝夜というのも今団長であるアリーゼが不在、つまりは団長故に飛び回ることがある、その忙しさを考慮すれば理屈は通る。実際は、アストレアにもアリーゼにも当然話してなどいない。そもそも嘘だからだ。
だが、ここまで貫き通せばさすがに納得する。
「そっかぁ」
「じゃあ仕方ないね」
ようやく身を引いたのを確認して輝夜とルシアが安堵する。
二人は誰も後をつけていないか後方を注意しながら奥の泉へと向かう。本人がそれなりの事情を気にしているというのに諦めずに尾行するような仲間達ではないが、すぐに断念したとはいえ分かれてすぐネーゼに止められていたので、多少気を張るのは正解だ。
「……すまない、ルシア」
「いえ。私は大丈夫ですので」
道中、ルシアに謝罪する輝夜。
ルシアは気にしてないと首を横に振るうが輝夜は他人に厳しい分、自分にも優しくない。一度の失言はかなり猛省する方だった。
「今回は私の行動が軽はずみだった。皆の前で誘えばああなることは少し考えればわかったことだ」
輝夜が自身を責める隣で、ルシアはゴジョウノ・輝夜というこの女性は意外に甘く、人を想う性格なのだということがわかった。
恐らく、リューに対して当たりが強いのも、裏では彼女のことを相当気遣っているのだろう、ということも。
彼女の人物像はわかったが、泉に着くまでこの調子も困る。
というより、ルシアは輝夜が悪いなどと微塵も思っていない。原因は、全て自分だ。
故に、その時の輝夜へと誘導しよう、そう思いルシアは自身が不利になる正論を振りかざす。
「そもそも私の身体が招いたことです。この身体でなければ要らぬ配慮でした。そんな身分でも、私は皆さんの仲間になりたいと、その道を選びました。ですから、これは私の責任です」
淡々と口にするルシアに、輝夜は目を細める。彼女の意図に気付きつつ、ルシアを受け入れた時の自分を思い出した。
「……あぁ、まさにその通りだ。私がこれほど気を遣ってやってるのだから、それ相応に応えて貰うぞ」
「はい。勿論です」
輝夜の言葉にルシアが表情を動かさずに頷く。
そして、二人の足は止まった。
「ところで」
「あぁ」
背後に気配を感じていた二人が振り返る。
そこには木陰に隠れた、隠れ切れていない
「マリウスくん。どこまでついてくるつもりですか?」
「……フッ。さすがは
「いや、普通に変態なんですけど。私達は視線に敏感なんですよ。あと私を褒めて誤魔化さないでください」
発見されると開き直ったのか堂々と出てきて平然と喋るマリウス。ルシアは元主だから表情が引き攣っている。
そんな彼女を前にしてもマリウスは何故か食い下がろうとしない。
「しかし、我が主。昔はよく貴女の背中を流していたもの。貴女の身を清めるのはこのマリウスの役目……」
「もう私は自立してますよ……何十年前の話ですか、それ。いいから早く戻ってください」
「............................
「なんですか今の間は。絶対覗かないでくださいよ。輝夜さんを覗いたら一生口聞きません」
命令は絶対遵守である主に突き放され、マリウスがこの世の終わりのような暗い表情をする。
「おぉ、なんと殺生な......」
「良識です。頭おかしいんですか?」
この筋肉エルフは煩悩の神にでも取り憑かれたのだろうか? 信じられないようなものを見るようなルシアの目に、マリウスも仕方なしと下がっていった。
その背中を見届けて、様々な感情を抱えてルシアに一任、もとい丸投げしていた輝夜がようやく口を開く。
「……私はどこからツッコめばいい?」
「すみません。
「そうか。なら二度と我々の前に連れてくるな」
「あ、はい」
ルシアにとってマリウスは滅多に現れない自分を慕う者。その従順さは信頼できるし、私生活でも色々と任せられる貴重な存在。また、こうした戦場でも有能さを見せる時がある。
が、まあ当然の返しだなと妙に納得した。あの異性に対する異様な執着がなければ良い従者なのだが。もう頼れないようだ。アーメン。ルシアは彼の顔を思い浮かべて合掌した。