原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

31 / 54
正義問答

 日射しが差し込み、温もりを感じる昼下がり。

【アストレア・ファミリア】の本拠(ホーム)の寝台でルシアは、アストレアと輝夜から一連の説明を受けていた。ルシアは一通り聞いて俯く。

 

「そうですか……。私は詠唱途中で精神疲弊(マインド・ダウン)。そして、遂に私に何かあるのではないかと警戒されつつある……と」

「そういうことだ」

 

 ルシアの反復に輝夜が相槌を打つ。

 

「大方お前の出身について訝しんでいるのが大半だ。リオンやセルティがうちのファミリアにいたのは好都合だった。ハイエルフを少しでも知る奴らがいたからこそ、話は()()()に進行した。……だが」

 

 語尾に付け加え、輝夜は目を細める。ルシアと視線を交わして瞳で訴えた。

 続きを言葉で表すのは、アストレアだ。

 

「ルシア。貴女は半竜(ハーフドラゴン)という以前に私たちが思っていたよりも問題を抱えているわ。いえ……貴女の想定もきっと超えている」

「それは、つまり」

「ドラゴンということを完璧に隠し通していても、今の貴女じゃ他の要素から綻びが起きて、二次的に()()()()の秘密まで露呈しかねない」

「……!」

 

 目を見開くルシア。

 アストレアの言うことは最もだ。

 もうルシアも二人が何を言いたいのか分かった。それでも、今度は二人できちんと言葉にする。

 

「今はまだお前が通常のハイエルフではないかもしれない、その程度で論は留まっている。だが、もしもハイエルフを良く知る者が現れ、お前がハイエルフとしてどれ程の特異性があるのかその全てが解明されたならば……」

「その時にその特異性で説明できないことが起きたら、今度こそ貴女は隠れ蓑を失い、切れる手札がなくなる。最後には、もうその正体を晒すしかない、そういうことになるわ」

 

 思い浮かべるのは【ロキ・ファミリア】に所属するハイエルフ、【九魔姫(ナイン・ヘル)】。最悪なのは彼女の目に止まり、少しでも何かしらの疑惑を持たれればエルフ全体の疑心がルシアに集中すること。

 輝夜とアストレアは主にそれを危惧している。

 

 特に、【アストレア・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と交流がある。例えそれが暗黒期において闇派閥(イヴィルス)という共通の敵がいる間だけだったとしても、ルシアがもし正体が発覚したその時の為に今から名誉を築こうとしても危険(リスク)が大き過ぎる。

 

 彼らと密接にあり、常に綱渡り状態で危険と隣り合わせなどとてもじゃないが二人は承諾できない。

 その事を理解してルシアは項垂れた。

 

「なるほど……要するに、ここで契約満了(ゲームオーバー)という訳ですか」

「いいや。契約中断(それいぜん)だ。手遅れになる前に、お前はもうここで立ち止まれ。ルシア」

「……っ」

 

 輝夜に告げられ、ルシアは唇を噛み、被っていた布を強く掴む。

 

「私は……わた、し……は……っ」

 

 瞼を閉じて、想起する。輝夜がくれた機会。あの話し合いの中で誓ったこと。

 ルシアは、あの時の気持ちをもう一度胸に抱いた。挑戦したい、輝夜が提示した可能性の先を叶えてみたい。

 

 それは、前より強く、強く在る。

 手が届かなくなってきたからこそ、余計に渇望する。故に、まだ諦めきれない。

 ルシアのそんな態度を言葉はなくとも感じ取った輝夜は、彼女に飲み込んでもらうために猶予をやることにした。

 

「……良いだろう。諦めがつかないなら、最後に見回り(パトロール)だけ連れて行ってやる。その間に気持ちに整理をつけろ。いいな?」

「……はい」

 

 頷くしかない。元々なかった機会(チャンス)だ。それを喪失した責任は自分にある。

 仕方がない。そう、割り切れたら楽だろう。

 もっと前もって予測し、報告すべきではあったが、自分の把握していないところで自己の意志とは関係なく発現した魔法に追い込まれ、少しだけ納得がいかない。

 

 それでも承諾するしかない。そういう立場にいる。

 ルシアは、輝夜に連れられて巡回に出た。

 そして、リューとライラと合流する。俯き加減なルシアがリューは気にかかった。

 

「ルシア?どうかしたのですか。暗い顔ですが」

「気にするな。直に解決する」

「……何故貴方が答えるのです、輝夜」

 

 至極真っ当な指摘を輝夜は無視してルシアを連れる。

 そこに、一人の男神(おがみ)が声を掛けてきた。

 

「―――リオンちゃん」

「……っ!」

 

 名指しと声の抑揚。アリーゼから聞いた話で警戒していた輝夜とライラが、リューの視界に入らない立ち位置で目を見開いて反応する。

 ルシアはただ疑問符を浮かべてリューと共に振り向いた。リューがその男神の姿を確認して尋ねる。

 

「貴方は……神エレン?」

「奇遇だね。また街の巡回かい?さすが正義の眷属だ」

 

 リューに気付いてもらうと同時に、わざとらしく語りかけてくる一人の男神。

 尊敬や賛辞は表面的、含みと皮肉が見透かせる彼は以前、アリーゼとリューと接触し意味深な持論を少しだけ展開して去っていったと聞いている。

 

 神ならば一癖二癖あり、持ち前の全知をひけらかし下界の人間(こども)に、答えをしっておきながら惑わすことを好んだりする厄介な存在でもあるが。目の前の彼は一際その中でも異質、意図が読めず、だからといって完全な善良とも判断できない。

 含みのある言い方を好む皮肉魔、捉えどころがない。

 

「あらあら。どらら様ですか、この男神様は?神なのにいまいちぱっとしないので、感想に困ってしまいます」

「アリーゼが言ってた、例の胡散臭い神ってやつだろ?あの大した金もねえ貧乏神の」

 

 前回はアリーゼ。今回は彼女の代わりに輝夜とライラ、そしてルシアがリューについている。底が見えないエレンに対して、アリーゼから聞いた話も統合し、二人は辛口を浴びせた。

 

 対するエレンはリューを見かけて声をかけた為、連れが見えておらず、今日も彼女を庇う存在がいることを確認して一瞬目を見開く。が、すぐに口撃を認識して情けない崩れ顔を見せた。

 

「ひゅー!初対面なのに辛辣ゥ!一応神だからもうちょっと敬意をもってくれるとお兄さん嬉しいんだけどなー!」

 

 攻撃的な態度だがそれを包む上辺の口調で話す輝夜と、攻撃性の意図はないが印象という名の酷評を直球で告げてくるライラ。その二人の対応にエレンはちょっぴり涙を浮かべた。

 加えて、神のプライドが傷ついたのか、あるいは印象と違った彼女達に思うところがあったのか、指摘してきた。

 

「神々の中でも純潔神(アルテミス)に並ぶ善良派+彼女より遥かに穏やかなアストレアの眷属でしょ、君達!?もっと淑女しようよー!」

 

 エレンはアルテミスの名を口にし、彼女を脳裏に思い浮かべて、その眷属との結び付きの不整合さを嘆いた。主神を知る様子の彼に輝夜が尋ねようとしたところ、先にルシアが口を開く。

 

「お言葉ですが」

「……っ!?」

 

 ずっと輝夜の影に隠れていたルシアが、ひょこっと身を乗り出してエレンと対峙する。ついさっきこれが最後の巡回で、これからは雲隠れするように告げたというのに、怪しげな神の前に躍り出たルシアの目立つその行動に輝夜が瞠目する。

 エレンも、小さな体躯で声も発しなかった彼女の事は蚊帳の外に置いて認識していなかった。

 

「ん?」

 

 目の前に出てきて見上げてくるルシアをエレンは少し驚愕も含んだ面食らった表情で見下ろす。輝夜やライラには、その態度は表裏のない素の反応だとここまできて初めてそう目に映った。

 エレンと向き合うルシアが締めていた蛇口を一気に捻った時のように語り始める。

 

「女としての在り方は他人に強要されるモノではありません。また、性別の固定概念……所謂偏見はやめてください。アストレア様も私達も勝手な印象(イメージ)を持たれて落胆されても迷惑です」

 

 淡々と告げるルシア。それはさらに続き、紡がれる。

 

「それに、アルテミス様という女神様のことは存じ上げませんが、神であろうと本人のいないところで本人を語るのもあまり良い気持ちがしません」

 

 決して感情を露わにしてる訳ではなく、真顔でただ諭すように主張を並べた。相手が例え神であっても、億さず否定すべき否定する。それも冷静に。

 逆に、相手が神だからこそ淡々と、隙は見せない。

 

 感情を激化させるのはこっちの負けだ。それをルシアは理解している。まあまだ爆発させる段階ではないが。話はそこまで進んでいない。

 突然の発声に驚愕を突かれ、呆気に取られていたエレンが遅れを取り戻し、我に返って愛想笑いを貼り付けた。

 

「あー……君、喋れたんだ?それも沢山。他の二人が話し出しても黙ってたからてっきり失声なのかと思ってたよ」

「心外です」

 

 端的に返すルシア。先程からこの男神の文句には引っかかりを覚えていた。

 故に、我慢できなくなった。そして、少し怒っている。

 

 そんな感情に振り回され、欲求を優先してしまったルシアを輝夜が表向きではにこやかに男神と向き合いながら、足元でルシアを小突くように蹴る。今日からの自分の立場を弁えて、無駄な面倒事を起こさないよう出しゃばるなと暗に告げている。

 

 ルシアはその意図を汲み取り、ギョッとした。

 横目で少し覗いた輝夜の表情の奥から苛立ちが読み取れたからだ。

 ルシアはすぐに目を泳がせてどもる。

 

「き、今日は少し事情がありまして……」

 

 動揺するルシアが一歩下がる。それと同時にエレンに声を掛けられたリューが彼に尋ねた。

 

「ところで神エレン、何かご用ですか?」

「いや?フラフラ歩いてたら()を見かけたからさ、暇潰しに話しかけてみただけ」

 

 質問の返しに適当な内容が戻ってきたため、リュー達は少し顔を顰めてなるほどと色々飲み込みながら見上げたり目元を抑えたり、視線を外したりした。

 輝夜は、こういった時に物怖じせずに正直に感想を述べる。

 

「神の暇潰しほど面倒なことはのぅございますねぇ」

「申し訳ありません。貴方が言った通り、我々は巡回中です。失礼させてもらいます」

 

 輝夜に便乗してリューもこの場を後にしようとした。

 が、彼女達がエレンに向けたその背中を聞き逃せない囁きがつついてきた。

 

「……その巡回ってさぁ。いつまで続けるの?」

 

 ただ疑問を漏らした、それだけとは捉えられない含みを感じ、不快感を催した一同は振り返る。

 リューは顰めた表情で目を細める。

 

「どういう意味ですか……?」

「言葉通りさ。毎日、君達はこの都市のために無償の奉仕をしてる。じゃあ、君達が奉仕しなくなる日って、いつ?」

 

 夕日が傾き始める。淡く、なのに直視できない陽射す背景にエレンが立つ。

 彼が投げかけ、提示した疑問にリューは自信を当然のように持って答える。

 

「……無論、『悪』が消え去るまで。都市に真の平和が訪れた時、私達の警邏も必要なくなるでしょう」

 

 言い切るリューに、エレンは鋭く自身の見解を差し込んできた。

 

「君達の正義感が枯れるまで、じゃないんだ?」

「……何が言いたいのですか?」

 

 エレンの否定を揶揄しているのにそれを含みにし、表向きにしない物言いにリューも目付きを厳しくする。

 その視線を飄々と受け流し、エレンはリューから誘い出したかった意見の提示請求に口角を上げる。合法的に許可を貰ったのをいい事にエレンは自己の見解を羅列する。

 

「見返りを求めない奉仕ってさぁ、きついんだよ。すごく。俺から言わせればすごく不健全で、歪。だから、心配になっちゃって……」

 

 言葉とは裏腹に冷たい瞳で視線を落としたところからリュー達へと移動させる。

 頭を搔く癖も止まり、異なる雰囲気……否、彼の本心が滲み出てきた。声音も低い。

 

「君達が元気な今のうちは、いいかもしれない。でも、疲れ果ててしまった時、本当に今と同じことが言える?」

 

 対象がリュー単体から正義の眷属その全てになったところで目敏く輝夜が突っかかる。

 

「……男神様?わたくし達にいちゃもんとやらをつけたいので?」

「まさか。俺は君達のことすごいなぁって思ってるよ。いや本当に。俺には絶対できっこないことを、誇りさえもって臨んでいるんだから」

 

 遠い目をしてエレンは彼女達が今口にしている正義の行く末に思い馳せ、恍惚とした表情を浮かべる。

 

「君達が儚く崩れ落ちた光景を見た時……とても悲しくて、そして禁断めいた興奮を抱くんだろうなぁって……そう思う」

「……っ!」

 

 勝手な想像を自分たちを消費され、さらには劣情の対象とされている。リュー達は悪寒が走り、目の前の神に恐怖や不快、様々な嫌な感情を抱いた。

 そうして改めて、実感する。

 

 この男は神なのだと。彼にとって下界の、そこに住まう存在の全ては娯楽で、鑑賞しているに過ぎないと。

 所詮は他人事で、今を必死に生きる彼女達にとって水を差す観客でしかない。その欲に塗れた視線に当てられる方は溜まったのでは無い。

 それを直接肌に感じて尚、即座に意見できるのはライラだ。

 

「いい加減、不愉快になってきたぜ。神様。うちの武闘派はどっちも沸点が低い猛犬なんだ。噛みつかれる前にちょっかいかけるのやめてくんね?」

「へぇ~いいね。蛇の道も知ってそうな、その冷たい瞳。君みたいな子がいるから、正義の派閥も破綻せず廻るんだろうな」

 

 ライラに面と向かって強く含みを込めた注意を受けても、エレンは飄々と躱し、当たり前のように通常運転で無許可の分析で返した。

 その態度に苛つく同時にこの相手にはマトモな対話は無理だと今のやり取りで理解したライラは、相手に求めるのをバッサリと諦めて、踵を返す。

 

「いくぜ。リオン、輝夜、ルシア。構うだけ手の平の上で転がされるだけだ。神の娯楽に付き合う義理はねえ」

「あーごめんごめん!じゃあこれで最後にするよ。質問に答えてくれたらちょっと意地悪なお兄さんはここから消える、約束しよう」

 

 ライラの最適な対応に焦ったエレンが急いで呼び止め、公約まで口にする。

 相手が相応の譲歩を見せたため、甘さがあるリューがつい反応をあげてしまう。

 

「……その質問とは?」

 

 エレンの都合にあった、彼から見た場合に優しさと捉えられるリューのその要素に輝夜達が少し呆れた目線を送るが肝心の本人は認識の外に置いている。

 食いついてきたリューにエレンがしめたと眉を一瞬動かす。リューが仲間と一緒だと思うように彼女を誘導できない。話を上手く展開できない。だが、せめて最後に縋ってでも、彼女を揺らがせる為に絶対にそして最低でも必要な投げかけをしたい。それが。

 

「『正義』って何?」

 

 ほんの短い、そして単純で今更な、前提を問う疑問。正義の定義。そんな立ち返る必要も無い程に過去に置き去りにしてたことを、わざわざ掘り返してきて今になって持ってきた。

 正義の眷属達は訝しみ、この男神が何を思ってそんなものを投げかけてきたのか。思惑が理解できず、顔を顰めた。

 エレンは、そんな彼女達の反応を全く気にも止めず、補足する。

 

「俺はさ、今とても考えさせられてるんだ。下界が是とする『正義』って何なんだろうって。全知霊能(ぜんちれいのう)の癖に、未だ下界に提示できる絶対の『正義』ってやつに確信を持てない。ま、それは俺がしょーもない事物(モノ)を司ってるせいかもしれないけど」

 

 放っておけば次々と紡ぐエレン。系統(ジャンル)の違いが、正義への疑問に繋がると告げる。そして、疑問は疑念になる。

 そこに彼女達を導き、答えを聞きたい。

 

「でも、だからこそ君達に聞いてみたいんだ。正義を司る女神、その眷属たる君達に」

 

 それらしい理由をつけてリュー達を捉えるエレン。

 対して輝夜とライラ、ルシアは相手が特に意味もなくまたは自分達下界の人間には探れない意図を持って話しかけてくるが故に応じるだけ無駄だと判断する。ライラは自分たちと同じように無視を選択するようリューの肩に手を置いた。

 

「相手にすんな、リオン」

「言えないの?やっぱり分かってないのかな?自分達が掲げているモノでさえ」

 

 ライラの最適解にエレンも手を打つ。わかりやすいほどの挑発だが、この中で一人には効果的面だと理解しているからこその一手。その文句を発した時点で他の三人はリューの制止を諦め、ライラは心底面倒くさそうな表情を作った。

 案の定、リューだけがエレンに噛み付く。

 

「……っ!いいでしょう、その戯言に付き合います。答えなど決まりきっているのだから」

「ならば、『正義』とは?」

 

 自信溢れ、断言するリューにエレンは即座に同じ質問を重ねる。

 リューはそれに対して答えを提示した。

 

「無償に基づく善行。いついかなる時も、揺るがない唯一無二の価値。そして、悪を斬り、悪を討つ。―――それが私の正義だ」

 

 言い切るリュー。

 傍目に聞いていた輝夜は、表情に変化は無いが鼻を鳴らし、内心で彼女を愚か者めと憐れんだ。ライラもこの神の狙い通りだと怠そうにその辺を見上げた。

 ただ、ルシアだけが異なる反応を見せる。

 

「それは正義ではありません、リューさん」

『……!?』

 

 エレンがしたくて仕方なかった否定。そこにリューを連れてくるまで遠回りまでしたというのに。

 彼より先に口を開き、それどころか味方であるというのに否定までしたルシアにエレンだけでなく他三人の注目まで集まる。それでも、物怖じすることなくルシアは平然と自論を展開し始める。

 

「暴力は手段であって本質ではありません。悪を討つことそのものが主目的(メイン)ではなく、力のない人々を守る方が重要です。奪う者を断罪するのと理屈は同じ。こちらも奪ってばかりでは、何も解決しません」

「ルシア……な、何を……」

「これは驚いた。まさかリオンちゃんの論を仲間である者が否定するとは。君、名前は?」

「ルシア・マリーンです」

 

 エレンに聞かれ、堂々と名乗るルシア。

 その名に少しだけ反応したエレンは出しゃばってきた彼女を先に標的として潰そうと狙いを変える。

 

「マリーン……へぇ。じゃあ君にも尋ねよう。君はリオンちゃんの掲げるモノは正義でないとした。ならば、そんな君にとっての『正義』とは?」

 

 リューへの問いと同様のもの。ルシアは眉をピクっと動かしてやがて、答えを提示した。

 

「……その問いに答えはありません」

「は?」

 

 答えを聞かせろと尋ねたというのに答えは無いという。

 根本から覆したその返答は、屁理屈のようにも捉えられる。皆が豆鉄砲を食らったように唖然とする中で、エレンはいち早く正気に戻って彼が思う優男の愛想笑いを作る。

 

「オイオイ。正義の眷属が正義を分からないだって?じゃあ君達のこの無償の奉仕は一体なんだ。ますます気味が悪いじゃないか」

 

 理由がないなら得たがしれない。珍しく、というよりここまでで一番エレンが的を射た発言をした。

 輝夜達も内心では初めてこの神に同意に近いモノを抱いてルシアの説明を待つ。

 当の本人は、ゆっくりと瞬きした後、しっかりとエレンの瞳を目で捉えて真っ直ぐとした目線でハキハキと発言を続ける。

 

「『正義』に、答えはありません。ただし、『悪』には答えがあります」

「……っ!」

 

 追加で論を展開したが、まるで会話は成立していない。エレンの指摘(レス)を完全に無視している。

 ルシアの中に何か思惑がある。敢えて、下手な対話(コミニュケーション)をしている。彼女もまた、自身と同じように、それより強引だったとしても()()()へ誘導しようとしている。

 エレンも神だ。そのくらいの読み合いはわかる。だがしかし、その内容が全く見えてこない。それがマズイ。

 

「なぜ一方にはあって、一方には無いのか。それは、悪が簡単だからです。そして、その簡単さが人を容易く悪に導いてしまう所以」

「……!」

 

 リューが目を見開く。

 エレンが置いてけぼりをくらっているのをいい事にルシアがさらに勝手な方向に進めていく。

 

「『正義』とは、答えがないこと。それは悪ほど単純ではないからです。故に、その難しい道を選び、正義を考察し続ける者達は賢者と呼ばれます」

「なっ……」

 

 ここにきて、急な展開の収束。無理やりに思えて確かな合致。エレンが作った表情は崩れ、頬をひくつかせる。

 ルシアの滅茶苦茶な進行は意外にも納得できるところに落ち着き始めた。そして。正義とは何か、その最終回答を告げる。

 

「つまり、正義とは何か断定してはいけない。これが私の答えです」

 

 少し狡い、それでもまかり通ってはいる。ルシアの回答に誰もが瞠目する。

 ルシアの答えと自身のものを内心で比較したリューが俯き、目を泳がせる。そんな何か思うことがある彼女にルシアは近寄り、リューがルシアをハッとして見る。

 

「大丈夫です、リューさん。私のこの論が必ずしも絶対ではありません。同時に、この男神様の反論が正しいとも限らない。知能の数だけ意見はあります」

 

 今、ここで正義とは何かその結果が判明する訳でも、議論したことで模範解答が生まれる訳でもない。

 人だろうが神だろうが集まって何を発信してもこの場では正義という学問に対する一意見しか出てこない。

 

 ルシアはそう伝えることで、リューと自身の回答が異なり、どちらが耳心地良く聞こえたとしてもそれが全てではないと理解して欲しかった。

 当然、最初にリューの意見を否定したことも必ずしもルシアが正しいとは限らない。

 

「私達個人個人は生涯をかけて考えていくしかありません。もしその結果、辿り着かなかったとしても、研究は受け継がれてゆくもの。だから、人は群れるのです。そこに、意味があるから」

 

 そこまで述べでみせたルシアにエレンはようやく合点がいったと目を細めてルシアを捉える。

 

「ルシア・マリーン……そうか、君かぁ。道理でヴィトーが遅れを取る筈だ。アストレアの派閥に、そう聞いた時は驚いたが、君がいたなら納得だ」

「何の話ですか?」

「なんでもない。聞き流してくれ。それよりも、君は『悪』には答えがあると言った。その内容は一体―――」

「さて、これ以上油を売っている時間はありません。皆さん、行きましょうか。エレン様も外は危ないので、どうかお気をつけて。では」

 

 エレンが追求しようとしたのと同時にルシアはそれを遮るように少し声量をあげて彼に背を向ける。

 

「あっ。無視しないでぇ!まだ君の話深堀りできるよぉ?まだ終わってないからさ、このやり取りだけ最後までお兄さんと付き合ってくれないかなぁ!?」

「そうですか?私としてはもう何も言うことありませんが。それとも、私の発言に私ですら把握してないことがあると?まあ、なんて素晴らしい。さすが神様、とても聡明なんですね。私にはとてもとても……頭のな足りない私にはこれ以上はついていけません。あぁ残念」

 

 ルシアの背中に涙を浮かべながら呼びかけるエレンに、ルシアは演技がかった過剰な物言いで対応する。しかもそうして受け流し、相手をせずにそのまま足も止めない。

 先々とこの場を後にしようとするルシアを一人にする訳にもいかず、輝夜は彼女に付き添い、ライラもこりゃちょうどいい立ち去る機会だと感じてその後に着く。

 

 一人残されたリューだけがエレンもルシア達を交互に見る。エレンの指摘や発言、彼とのやり取りでの心残りなど様々あるが、一人残されるのも勘弁だ。

 そんなリューの背中を後押しするようにルシアが振り返りもせずにエレンに言い放つ。

 

「エレン様。もし何かまだ意見があるのでしたら、ここら先は到底私には理解できない領域ですので論文にでもして然るべきどころにご提出なされるとよろしいかと。まあどこの誰ともしれない小娘への論が大衆の目に止まるとは思えませんが」

「……」

 

 言い残すルシアにリューが彼女の後ろ姿を目に焼きつける。そして、自然と足は仲間の方へと向かった。

 残されたエレンは、正義の眷属達の視線が失せたのと同時に鋭い目付きへと変貌し、小さいエルフに唇を噛む。

 肩を並べてそそくさと退散する一行の中で、輝夜がルシアの肩を突く。

 

「……やるではないか。正直良い気分だ。あまり目立つ真似はするなと言いたいところだったがな」

「ありがとうございます」

「ちょっとスカッとしたぜ、さすがルシアだな」

「いえ」

 

 輝夜とライラに褒められ、ルシアはただ相槌を返す。

 一人、数歩遅れて着いてくるリューにルシアは振り返ってその思い悩む彼女を少しだけ眺めて、声を掛けることにした。

 

「……」

「リューさん。早く行きましょう。こうしている間にも罪のない人々が脅かされているかもしれません」

「……っ!は、はい。それは……そうです、ね……」

 

 軽く説得して足早にさせる。リューも駆け足で追いついて四人は共に巡回へと戻った。

 計画の重要な役割(ピース)を担う人物を選ぼうと、もう第一印象(ファースト・コンタクト)であの生真面目な金色長髪のエルフに最終調査を仕掛け、弄ぼうとしたエレンだが、思わぬ伏兵が正義の眷属達には紛れ込んでいた。未だ、一番の候補は譲らぬが、あの小さなエルフもある意味では悪くない。

 

「―――あぁ。なるほど。クソ。してやられたな。適当言ったな?あの女」

 

 ただ、今日の勝負(コミニュケーション)は完全敗北だ。エレンは自覚した。

 あのエルフは存外やる。生真面目さ、現実の認知、狡猾さ。他の眷属が備えているものをある程度ではあるが網羅している。恐らく人生の経験値が違う。

 

 神に嘘は通用しない。だが、彼女は適当を言っただけで全てが嘘ではない。その時思いついた本音とも言える。だから、気づけはしたが少し時間(ラグ)かかった(あった)

 そして、彼女は自分の発言を明日には忘れているだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。