原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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ペンドラゴン

 日頃の都市からは想像もできない賑わい。そして、何より数々の屋台が放出する鼻孔を突く香ばしい空気。それが充満し、外だというのに辺り一体その空間を支配している。

 素晴らしい。まさにそう表現するしかない。ルシアは目の前の楽園に合掌し、天を仰いだ。

 

「炊き出し……なるほど、ここが私の理想郷(アヴァロン)でしたか。これ以上にない催し(イベント)、まさに人類の叡智……」

「いや、人類舐めすぎでしょ」

 

 ルシアを連れていたルノアが思わずツッコミを入れる。だが、そんな指摘もお構い無し。

 ルシアは今にもヨダレを垂らさとし、屋台に並ぶ食べ物に目を眩ませ、荒い呼吸をする。公共の場で理性を保てない程の興奮を食い物に向けていることにルノアは理解し難い感情を顔に浮かべる。

 

 中腰で両腕を屋台の方に伸ばし、どこから手をつけていいものやらとまるで獲物を狙う獣のように徘徊している。

 その後ろをついていくルノア。ルシアはまず、脂と沢山の肉や野菜が入った汁物から注文した。

 

「すみません。鍋ごと貰えますか」

「へい!鍋ごと……鍋ごと!?」

 

 聞き間違えかと思ったのか店員がお椀に注ごうとした手を止めて二度見する。ルノアが慌てて止めに入った。

 幾度か頭を下げて数杯分だけ貰って店から離れる。

 

「バカ!最初から飛ばしすぎだろ。闇派閥(イヴィルス)に怯える日々で疲弊した皆を癒す為の行事なんだから、冒険者のあんたが食い意地はってどうすんだ!」

「もう一応冒険者ではありませんし、今日は客です。まあ遠慮はしましたけどね。本当はあと10杯ほど頂きたいところだったので」

「……その10杯って多分私が想像してる単位と違うよね。鍋×10ってこと?嘘でしょ?」

 

 ルシアの異常な食事量は知ってはいたが、まだ人伝てでしか把握していなかった。

 故に、ルノアは初めて目の当たりにして面食らった。食事だけに。やかましいわ。

 

 コップ1杯を飲み干すかの如く一口で購入した分を流し込んでしまったルシアにルノアが瞠目する。

 一体その小さな身体のどこに容量の大きい胃袋があるのか。それとも消化が早いのか。ルノアの人生で一番の不思議現象が今、目の前で起きていた。

 

「まずは温まろうと思ったのですが、この程度じゃ全く足りませんね。次に行きます。満足したら前菜に移行しましょう」

「まだ前菜にすら辿り着いてないのかよ!?」

 

 恐ろしいことを言い始めたルシアにルノアが困惑する。

 金銭的な心配が浮かんで、彼女の荷物を見遣る。すると、今日の予定にしては大柄なモノを背負っている上に、何か突起物が入っているのが外側からでもわかる。

 

「そういえば、あんたその荷物何入ってんの?いつもはほぼ手ぶらだよね」

「あぁ……これは」

 

 ルノアに問われてルシアは該当の物を中から出す。手に取り、出したのは篭手型の武器。まるで竜の腕のように尖った表面を有している。

 ついこの前、神ゴブニュに依頼した物だ。

 

「完成してたんだ!」

「はい。今日ルノアさんと合流する前に受け取ってきました。意外と早くできて驚きました」

 

 今日はデートなので同じ家から出発したが、二人は待ち合わせをした。雰囲気重視だ。

 そして、その待ち合わせ場所に行く前にどうやら寄り道してきたらしい。

 その結果、今ここにある篭手をルノアは手に取ってどんなものかと拝見する。すると、手首の部位に文字が掘られているのに気付いた。その箇所を指で差してルシアに尋ねる。

 

「これ、なんか名前彫ってある?」

「そうですね。ゴブニュ様に確か口頭で教えて頂きました……確かペンドラゴン、です」

竜の頭(ペンドラゴン)?あんたの鱗、腕から取ってなかったっけ」

「インファント・ドラゴンの頭部を使用したので、おそらくはそれが原因かと」

「なるほどね」

 

 言われてみれば装甲部分にはインファント・ドラゴンの体表色である橙色が垣間見える。繋ぎ目に使用したようだ。

 試しに腕を通してみると、まるで自分の手のように一致(フィット)して動く。ルシアはゴブニュに申し付けた注文がキチンと再現されていることに感嘆した。この感覚は、()()()()にかなり近い。

 

「ていうかそれ持ったままここに来たの?一旦帰って置いてくりゃよかったのに」

 

 ガチャガチャと音を鳴らしながら手を開いたり閉じたりしていたルシアに、ルノアが疑問をぶつける。

 ルシアは答える。

 

「それは……ルノアさんが言ってたように自衛も必要かと思いまして。冒険者による見回りもあるようですし、闇派閥(イヴィルス)に限らず、炊き出しでも物騒には変わりないので」

 

 ルノアがルシアに武器を譲ったのはいずれ起こるかもしれない迫害と治安の悪い世間に対する苦肉の対抗策としてだ。故に、一日でも早く持っておく必要がある。

 ルシアの返答を聞いたルノアは少し思うところがあった。

 

「……そのことなんだけどさ。ルシアが戦わないってのには私も正直賛成なんだよね」

「えっ」

 

 手を引いて飛び出してくれた上に、篭手を授けてくれたルノアからそんな発言が出るとは露ほども思っていなかったルシアが目を丸くする。

 

「いや、まあ?死んで欲しくはないからさ。自衛はできて欲しいって意味で武器の提案はしたんだけど。その……正義の為に皆を守るんだーっ的なやつ?それはやんなくていいんじゃないかな。一生自粛しろーっていうのに納得できなくて飛び出して来ちゃったけど、そっちの件はそう思うんだよね」

「でも……それじゃあ私とルノアさんは」

「そりゃ後ろ指刺されて石投げれられる可能性を無くすのは理想だけどさ。それを目指す中で失敗の確率が高いならやる理由はないじゃん」

「ルノアさん……」

 

 ルノアの言葉が、彼女が自分を想って告げてくれているのを感じさせてくれる。別に輝夜達が自分を想ってなかったとは思ってない。ただ、割合や比重の話だ。

 彼女は打開策として、現実的な話をしているというよりは自分との将来に触れている。それは、自身の気持ちになってくれるよりも嬉しい。

 

「それに私は今の関係でも正直良いと思ってる。高望みすりゃいくらでも挙げられるけど、でもこの妥協案も……悪くない」

 

 ルノアの言葉にルシアが目を見開く。そう言ってくれて嬉しい気持ちとそれでいいのかという葛藤。

 狼狽える。俯くその目線が泳いだ。

 その末でもやはり、忘れられないのは理想だ。

 

「で、でも……」

「何より。あんたが危ない目に遭わないならそれが一番いい」

「……っ!」

 

 それは最大の心配。ルノアの気持ちが痛いほどに伝わる。

 彼女を想うならこのまま意志を委ねてしまうのがいい。

 ルシアの中で決心が揺らぎ始めた。その時。

 

「いやぁああああああああああああああーーーーーーっ!!」

『……っ!?』

 

 近くで悲鳴が響き、ルシアとルノアが反応する。

 声がした方に注目し、そちらへ向かうと人々が逃げ惑い、ルシア達とは逆方向に強い流れを形成する。その人混みの中で闇派閥(イヴィルス)の特徴的なフード姿が垣間見えた。

 

「あれは……!」

闇派閥(イヴィルス)!本当に襲撃してきたってこと!?」

 

 強襲に誰もが対応出来ていない。ただ炊き出しを楽しんでいた人々が、戦うことの出来ない民衆が襲われている。

 その光景を見てルシアは駆けようとした。

 

「人が……!」

「ちょ!ルシア、ダメだって。あんたは!」

 

 走り出したルシアの腕を慌てて掴んでルノアが止める。

 対するルシアは振り返って、強く腕を引いた。

 

「離してください!助けないと!」

「それであんたの危険に繋がったら本末転倒だろ!」

 

 さっきルノアが伝えた意思から伴う制止。ルシアも頭の中ではわかっているが、目の前の殺戮を無視できない。惨状に視線を戻し、下唇を噛み締める。

 人々を襲い、追い立てる闇派閥(イヴィルス)。やがて、彼らの周りは逃げ遅れた者達だけになり、ルシア達の視界も拓ける。

 

 そして、目に映り、一番目立っていたのは破天荒なサクラ色の髪と無造作に散らばった髪型。薄着に黒いコートを羽織った女。

 何がそんなに楽しいのか、彼女の腰から足先まである長さの剣を振るい人を斬り付け、踏みつけにしながら甲高い笑い声を響かせる。

 

「ははははははっ!『前夜祭』だぁ!騒ぎに来たぜ、冒険者共ぉぉ!!」

『……っ!』

 

 闇派閥(イヴィルス)達は彼女を取り巻いて行動している。彼女こそが彼らを従える者。つまり、闇派閥(イヴィルス)の幹部だ。

 血飛沫を自ら浴びる中、踊るように進軍していく彼女をルシアは知っている。

 

「あれは……闇派閥(イヴィルス)の幹部、【殺帝(アラクニア)】。ヴァレッタ・グレーデ!ランクは……Lv.5ッ!」

「……っ!私より2個も上……っ、クソ……!」

 

 ルシアが口にするそのデータを耳にしてルノアが惨状から目を背ける。ルシアと違って彼女は戦うことに問題は無い。だが、格上も格上となれば話は別だ。そうなればまた別の問題が生えてくる。

 参入しても歯が立たない。それどころか瞬殺も有り得る。人助けとか良い子ちゃんとかもはやそれ以上の話だ。自分の命が狩られる……!

 

「うわあああああ!!」

「いいぞぉ、お前ら。もっと騒げ!ははははっ!」

「……っ!」

 

 ルノアの足がすくみ、ルシアが止めらる中、被害は凄まじい勢いで拡大している。屋台は壊され、火事が隣に移り、死体が増えていく。

 冒険者はまだ来ない。突発的に起きたのと、恐らくは作戦ミス。

 この状況を変えられるのは正真正銘、現場にいる二人。その条件がルシアの忍耐を刺激する。

 

 ルノアもまた、立ち去ることができない。普段なら路地裏でその所業に引きはすれど、傍目にして何も気にせず立ち去ってしまう。なのに、なんで。このバカや正義バカ達と関わったから?ルノア自身にも自分のことがわからない。

 それでも、ひとつ分かるのは。今でも優先順位の最上は逃げ惑う彼らではないということ。

 

 確かに変わった。ルノアも自覚している。でも、それは自分よりも大切な()()ができた。そこだけ。

 だから、ルシアを戦わせないというのは同意見。ルシアは、ルシアだけは。その為なら世界の隅っこで暮らしたっていい。

 でも、本人は違う意思を持っているらしい。ルシアは人間の首を落とすヴァレッタを目にして決心する。ルノアはそんな彼女の後頭部ばかりを見ていた。

 

「やっぱり私、行きます」

「ダメだって!」

「じゃあルノアさんが……!」

「それも……無理だ。Lv.5なんて私じゃ相手にならないよ……!」

 

 ルノアに腕を引かれてルシアがその勢いのまま振り返る。二人は顔を見合わせて言い合う。

 オリヴァスの時ならば、ルノアは決心できた。だが、あれは同格だからだ。それに、ルシアを救い出す為だったから。今はそのどちらの条件も揃っていない。踏み込む勇気など出る訳が無い。

 どの案にも否定的なルノアの態度にルシアが声を張り上げるようになる。

 

「じゃあ放っておけって言うんですか!」

「仕方ないだろ!」

「そんなの納得できません!」

 

 遂に我慢の限界が来て、ルノアの腕を振り払おうとするルシア。その手を離さないようにルノアも踏ん張った。

 ならば、とルシアは戦場へと足を向け、彼女も腕を逆に引っ張る。引き合いが始まった。

 

「放っておくなんてできません!今、目の前で襲われてるんです。人が死んでるんです!そして、それを今すぐ止められるのは私達だけです!!」

「そんなこと……!」

「あります!見て見ぬふりなんてできない。罪のない人達を見捨てなきゃいけないなら、私はその人達に糾弾されて、指を指された方がいい……っ!!」

「っ!?」

 

 ルシアの発言にルノアが目を見開く。散々迫害されないようにするにはどうすべきか話し合い、ルノアもその為に戦った。

 なのに、ルシアの天秤はそれが最優先事項ではなかった。彼女にとっては罪のない人々が傷つけられている、その方が許せない。

 ルノアには理解できない。大切な個人の為ならともかく、関係の無い赤の他人の為に夢も目的も捨てられるってのかよ。

 

「また迫害されてもいいっての!?辛かったから、耐えられないから逃げてきたんだろ……!だから、自殺しようとしたんだろ。それで私と出会って、友達を手に入れたんだろ!」

「……っ!」

 

 ルノアの言葉にルシアが詰まる。一瞬の迷いはあった。だが、すぐに覚悟を決めてしまう。その瞳に力を宿してしまう。

 なんでだよ。なんで、自分を捨てられるんだよ。その眼差しで捉えられたルノアは狼狽した。

 決心したルシアが叫ぶ。

 

「迫害は辛かった!でも、あの苦痛はもう初めてじゃない……!今、謂れもない理不尽に見舞われている彼らの方がずっと辛い筈です。私はそれを見捨てられません……!」

「お前……!」

「それに、私にはルノアさんがいます。昔とは違う。私は1人じゃない」

 

 そう言って今度は突然柔らかい表情を作って微笑む。ルノアは目を見開いた。力が少し抜ける。

 

「ルノアさんの言う通りです。二人でひっそりと生きていくのも……悪くない」

「……っ!」

 

 ルノアが動揺する。ルシアは足を止めていたが、その腕を引く力が弱回っているのを目敏く確認する。ルノアは自分の発言を後悔した。

 その間にルシアがその腕を振り払い、遂に解放されてしまう。そのまま戦場に走り出した。

 

「だから!」

「ルシア……!」

 

 ルノアが追いかけようとするももう遅い。ただその背中に名前を呼び掛けることしかできない。

 駆ける中でルシアは把握していなかった自身の感情に触れる。

 

「私は戦います!……多分、これが私の正義。そうだ、私はもう染まってたんです」

 

 思い浮かべるは正義の眷属達。心に宿すのは正義の女神。

 ただ自分の潔白を晴らす為だけに戦う者はもういない。過去の経験から得た感情に気付き、それを今日から具現化する。

 なぜ戦うのか?それは、受け入れられたいからでも、友達が欲しいからでもない。この求める心は確かにある。でもそれを求めるのは(ルノア)にだけ。戦うのはまた別だ。

 

「皆さんの正義心が忘れてた私の本心を思い出させてくれました。私は迫害から逃れる為に森を出たんじゃない。理不尽に人の命が踏み躙られている、そんな光景を目の当たりにするのが耐えられなかった……!」

「……っ」

 

 ルシアの叫びにルノアが詰まる。

 駆けながら篭手を装備するルシア。戦場へと参入した彼女はその勢いのまま闇派閥(イヴィルス)を拳で薙ぎ倒した。

 闇派閥(イヴィルス)の構成員がルシアを見て驚く。

 

「今もそうです……っ!」

「ぐあっ!?なんだお前!」

 

 部下が倒れていくのを目にしてヴァレッタが乱入者を認知する。

 戦闘の音を聞き分けて、部下が転がってきた方を見遣った。すると、そこには拳を振るう小さなエルフが。

 ヴァレッタは狙っていた冒険者の介入に口角を上げるが、直後、予想していた者でも、見知った者でもないことに訝しむ。

 

「なんだよ。もう邪魔が……あぁん?初めて見る顔だな、お前ェ」

 

 ヴァレッタの声でルシアが振り向く。闇派閥(イヴィルス)を一人、拳で地に伏せさせた時に顔を上げ、その視線を交わした。

 人々に対する理不尽。憤りと闘志に燃えるルシアはその心に宿す名を口にする。

 

「……【アストレア()ファミリア()】」

「あぁ?」

「ルシア、マリーンです」

 

 鋭い眼光をヴァレッタにぶつけた。

 だが、相手は強者。そんな視線を簡単に跳ね除ける。

 

「ハッ。知らねえよ、これから死ぬ奴の所属なんざ!!」

 

 得意のステイタスで一瞬で肉薄し、ルシアを照準に獲物を振るう。が、その刃が小さなエルフの身体を引き裂く感覚は一向に来ず、代わりに金属がぶつかり合う衝撃が獲物を持つ手から全身へと伝わってきた。

 振り下ろしたその刀身を自身の頭上で篭手を交わらせた防御体勢で受け止めるルシアに、ヴァレッタが表情を歪めて苛つく。

 

「……っ!こいつ!」

「絶対に許しません。自分の為に他人を殺める行為なんて……私は一番嫌いです!!」

 

 ヴァレッタのステイタスとドラゴンの馬鹿力を持つルシア。両者の拮抗の中でルシアは強い意志を表明する。

 

「貴女を倒します!」

 

 その宣言にヴァレッタは逆に愉快に笑みを浮かべ、戦闘の火蓋が切られた。

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