自分達は無傷。手も汚さず。相手も、いつでも切り捨てられる民も、自分達と直接関係のない者は搾取の限りを尽くし、狩り尽くす。
彼らがどれほど苦しもうが気にも止めない。同じ人間だとさえ思っていない。
搾れば資源と土地と資産が手に入る格好の餌くらいにしか認識していない。自分達さえ良ければ他は視界にすらいれない。
そんな非情で傲慢な欲望を叶えてしまう策を素知らぬ顔で提供していた最低で愚かな王に、仕えていた。
耐えられなかった。敵を倒すのは仕方ない。人が死ぬのは仕方ない。そういう世界だった。
でも、あれは人の死に方じゃない。戦ってなんかない、もはや一方的な虐殺だ。常勝に圧勝を重ねるこの悪魔の才能は、人権を踏みにじる。
せめて、人らしく戦うべきだ。それが最低限の礼儀だろう。
特殊な肉体を持つルシアだからこそ、そう思ったのかもしれない。
人も怪物に成り果てる時はある。しかし、身体がこれではそれ以下だ。
故に、ルシアなら尚更に、あの生き方からは抜け出す必要があった。例え、主人が望んでいたとしても、肉親が願っていたとしても。彼らを不幸に落とすことになっても、脱却を選んだ。
だから。非人道的な策士は嫌いだ。私もお前も、嫌いだ!!
「あなた方がやろうとしたことは非情すぎます。人々の心情を利用して使い捨てようなど、していいことではありません」
「……っぁ!?」
計画を防ぎ、尚且つ説教紛いのことを始めるルシア。
対するヴァレッタは徐々に状況を呑み込み始めて、ルシアのその余裕綽々な態度に腸が煮えたぎるような苛立ちを覚える程、我に返ってこれた。その矢先にこの世で二番目に嫌いな奴の腹立つ
その悔しさという感情を抱くことさえも、凄まじい形相で自分を捉えることさえも、おこがましいとルシアは考える。自分たち最低な策士に人を恨む資格などない。
故に畳み掛ける。
「運良く今まで搾取するばかりの立場だったから、惨状を見ても狡猾な笑いが出るのでしょう。絶対に許しません。償ってもらいます」
「……さっきから黙ってりゃ聞いてりゃ何様だよ。神のクソ共にでもなったつもりか?てめぇに許しを乞う必要性なんて端からねぇよ……!それともあれか?正義の味方様は大層偉いってか?」
舌打ちと中指を添えてルシアの叱咤の言葉に反論ではなく足蹴りで返すヴァレッタ。
考える限り最も響いてないと思われるその態度に、あれだけのことをしてこの様子に。ルシアは、込み上げるこの煮えたぎる怒りに、さらに、表情を強張らせる。
「上から目線ではありません!それに、私が裁くのではありません!手を下すのは法!償いを求めるのは社会の仕組み!人間として、知性を持って、都市の中で生きる道を選んだのなら、定められた
「……っ!」
決して響いた訳ではない。善悪を、秩序の意味を、全て理解した上で自身の欲求と邪悪を満たそうとするヴァレッタには効果のない投げかけだ。彼女に正論を説いても仕方ない。
だが、ルシアの勢いに圧された。加えて、改めて、それも的確な秩序と社会の論を展開されたのも効果的だった。
普段なら、何処吹く風、どんな論を解かれようと同じ舞台で
そして、彼女の叫びに反応を見せたのはヴァレッタだけではない。シャクティが、イルタが、アーディが、同じ紋章を背負う者達が、目の前の敵をいなしながら彼女に注目した。
対象的に、ヴァレッタはたじろぎ、完全に萎縮してボヤく。
「ク、クソが。……ンだよ。てめぇ本当に【アストレア・ファミリア】かよ。ガネーシャの間違いだろ」
「後者は褒め言葉として受け取っておきます」
形勢は完全にルシア。故にどこまでも淡々としている。
彼女の先の主張を聞いて、シャクティ達【ガネーシャ・ファミリア】は打ち震えていた。
「ルシア……」
ヴァレッタとの間合いを取っていた為、最もルシアの近くにいたシャクティが呟く。この場にいる誰よりも群衆の主に使える彼女達だからこそ、心に響いた。
正義を否定するどころか肯定すらし、尊敬も向ける。だが、彼女達にはもっと優先すべきことがある。理想を求めるのは他に任せればいい。現実を見て人々の日常を御する者が、最低限を守る者が彼女達だ。
『秩序』。
ルシアは【ガネーシャ・ファミリア】の信念を完璧に捉えている。今、この場にいる眷属達は彼女に意見に感動し、賛成し、彼女を同志として心の中に収めた。
自分達の気持ちを代弁してくれた。素晴らしき人。彼女を支持し、密かに共感する。今、【ガネーシャ・ファミリア】はルシア・マリーンと共にある。彼女が
逆に、ヴァレッタは、もはや不快のあまり口角を上げて笑みを作ってしまっている。頬をひくつかせ、張りつけた矛盾の表情は、笑っていても怒り狂って痙攣してるのだと見て取れる。
一人の小さなエルフが、起きる筈だったものを防ぎ、盤面を制圧した。冒険者共はそのチビに畏敬の目すら向けている。
気に入らない。気に食わない。とにかく、全てが最悪だ。
作戦を失敗に追い込まれたその物理的な要因だけではない。もう目の前でそいつが称えられているのが耐えられない。言葉ではなく、空気が、誰もが潜在的な意識で彼女をそういう目で見てるのが、さらに拍車をかける不快。
湧き上がる憎しみが増加し、どうしてもこいつを出し抜きたい、苦しめたいという気持ちが逸る。
「は、はははっ。バァ~カ!『自決装置』なんざ演出と殺傷力が
「都市中に潜伏兵ですか……。それも予測済みです。都市外に勢力を伸ばした時点で都市内に我々が把握している以上の構成員が多数いることはわかっていました。力のない者達を集める意味は最初わかりませんでしたが、自爆装置をつきとめた時には解決。謎が解けました。それと、自決装置が作動しないという予期せぬ事態で潜伏兵の方が混乱し、機能していないのではないでしょうか」
「……っぁ!」
どこまでも手を回しているルシア。既に打った手が後々にまで効果を発揮するのも含めて、ヴァレッタは面食らう。
「て、てめぇ……そこまで見通して……」
「
宣言するルシア。
全体的な戦況だけではない。彼女がいる施設そのものの形勢も逆転している。
『自決装置』が正常に作動し、冒険者の混乱と動揺を起こせなかった時点で冒険者を手玉に取れる
ルシアの思考開示。彼女と話し合いをしている間に彼女の背景で冒険者がこの場にいる敵勢力を順調に制圧している事実を、ヴァレッタはようやく認識した。
この状況にさすがのヴァレッタも苦虫を噛み潰したような表情を見せる。
「く、くそ……」
「これが私の仕事です。ご清聴、ありがとうございました」
最後に煽りを入れて、ルシアは挑発的な、口角を上げる笑みを作る。だが、その瞳は怒りに満ちている。眉間にはシワが寄っている。
その態度に、ヴァレッタの中で何かがプツリと切れた。わなわなと震えた後、自身の前髪を毟る。そして。
「ルシア!!あぁ……ルシアっ!?ルシア・マリーン……っ!!ルシア……マリィィィィィーーーーーン!!!」
あまりの忌々しさに目の前のルシアを執拗に目に焼き付けるほど捉えて、その名を叫び散らした。
不愉快の極み。だか、ルシアから目を離せない。憎しみのあまり、壮絶な殺意が優先されて、逸らせない。理性のたかは外れた。
「はははははっ!!ははっ!あはっ!」
血が昇りすぎて叫びが笑いに変換される。
それは、本能が行った
その内容にヴァレッタは目を見開く。同時に納得した。
そうだ、コイツは。ルシアはやらかした……!!
それに気づいた途端、怒り狂い壊れて出てきた笑いが、自暴自棄を経由して、いつもの狡猾な笑いへと変動する。
ルシアの作戦、その重大な欠陥。それは。
「くくくくっ。はははははは!!だが、よりにもよって『音』を使ったな?そりゃ命取りだぜ、ルシアァ!」
『……っ!?』
瞬間。冒険者達の背筋が凍る。空気が変わる。大気が震える。上級冒険者から恩恵のない信者までもが、肌で感じることが出来た。
それほどまでに凄まじい存在感。同じ空間に足を踏み入れただけで、否、ただこちらに向かっているというだけで、近付いているというだけで全員が察知した。
悪寒を覚えた全員が同じ壁に注目する。
響くのは、たった一言。
―――『
瞬き、それで景色が変わった。壁は吹き飛び、冒険者達は室内でかき混ぜられる。天井が下で地面が上で、落下して飛び上がって、打ち付けられて、最後にはそれらを全てを経由する軌道を描いて単純に吹き飛ばされた。
辺りは一変して廃墟のようになり、瓦礫が散らばっている。
浮き上がった埃が落ちゆく視界の先に、白く長い髪を有した女が一歩また一歩とゆっくりとその姿を明らかにする。
武器は持たず、装備も軽装。肌を見せている。白の魔道士だ。
誰もが朦朧とする中で、冒険者達はかろうじて彼女を捉える。
最も意識がハッキリとしているシャクティはその全容を目にして見開いた。
「……っ!奴は!」
定例会議より前、
彼女に【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭部隊は完膚なきまでに叩きのめされた。否、もはや手玉に取られ、遊ばれたと言っていい。
その犯人が、目の前の女だ。故に、シャクティはその恐ろしさと不気味さを知っている。正体は不明。
そんな謎の人物である張本人は周囲を見渡した後、一人の小さなエルフに目をつけた。
シャクティもルシア自身もその視線を察知する。ルシアはなんとか顔を上げて身は伏せたまま彼女と対峙した。
「話は聞いた。『
『……っ!!』
満身創痍でも、動けなくても、その声が非力な仲間に向けられているということは理解できる。
大切な仲間が殺される。敵の強さが推し量れない、が故に敵が想像の域を超えているとわかる。そんな相手が
立ち上がりたいのに、できない。【アストレア・ファミリア】は唇を噛み締める。
「これより不快な音はいくつもあったが、悪意のある酷い音は貴様のがぶっちぎりだ」
「……」
信者や部下をヴァレッタが制止している。もう彼女以外必要ない。たった一人、彼女がいれば十分だとヴァレッタは示唆している。その顔には先程とは打って代わり、ニヤケ面。
現れた最強の魔道士、『アルフィア』はルシアへと歩みを近づける。
その足が彼女に向かって進み始めたのを見て、シャクティは痙攣している足を引きずりながら身を起こす。
「……っぁ!うっ、あぁぁ……!!」
「……っ。ダメよ!シャクティ!!」
「立つな……!」
「お姉ちゃん……っ!」
言う事を聞かない身体を気力で無理やり従わせるシャクティ。アリーゼを始めとして、輝夜とアーディがそんな彼女に叫ぶ。ルシアの為に、友達の為に、無謀な戦いにその身を投げようとしている。その意図を、唸りを上げた時から察することが出来たからだ。
シャクティは落ちていた武器を手に取り、それを支えに完全に体勢を整えた。
シャクティは揺るぎない意志を胸に宿す。例え死に戦でも構わない。ルシアには人が当たり前に享受する人生を、これから歩んでもらうんだ。ここでその命を奪わせる訳にはいかない……!
やらせない。例え、世界中が奴を敵視しようとも私だけはルシアの味方なんだ。私は、ルシアの……友なんだ!!
「シャクティさん……!」
「ルシ、ア……っ、は、やら……せん。貴様の相手は私だ」
立っているのがやっとだ。足は今にも崩れそうで、片方は使い物にならない。目も泳いでいる。相手を正確に把握できていない。
そんな状態なのはアルフィアでなくとも見て取れた。
ルシアはシャクティの想いに震え、心配で表情を曇らせる。アルフィアは嘆息をついた。
「諦めずに立ち向かう姿勢、そういう泥臭いのをザルドは好みそうなものだが、私は趣味ではない。面倒だ、さっさと去ね」
「……っ!うあああああぁぁぁーーーっ!!」
また
それでも、怪しい足取りで雄叫びをあげて突っ込む。結果が見えていても、恐怖をいかに感じていようとも、無謀だと理解していても。ルシアを救う為なら相手を倒す気で立ち向かう。
だが、現実は非情だ。
「【
「……っ!!」
無言。シャクティは声すら発する余裕がないくらいに簡単に吹き飛ばされた。
物のような軽さすら想像させる跳躍に、誰もが酷い表情でその軌道を目で追う。ルシア、リュー、アリーゼは険しい顔で目を見開き、アーディは思わず口元を覆った。
秩序を重んじる戦士は屍のように瓦礫に落ち、動かなくなった。
「シャクティ……ッッッ!!」
「お姉ちゃん!お姉ちゃん……!」
リューとアーディが取り乱すも立ち上がろうとしたその足は挫けて再度地に伏せる。
シャクティが守ろうとしたルシアは、力が入らないその身体で這いながら彼女の元へ寄ろうとする。
「シャクティさん……!シャクティさ―――っ!!」
視線が動いた。意識が向いた。自分に。それだけで、ルシアの動きが止まる。シャクティに添うのを断念する。それ程に、本能で危機を覚える。
自分へと向かう足が砂を踏む音を立てている。ルシアは恐る恐るそちらへ顔を上げた。すると、もう五歩もない距離感で【静寂】が迫り、こちらを捉えて目を細めている。
「案ずるな。最初からお前だけが狙いだ。有象無象の雑音など瀕死だろうとどうでもいい」
「……っ」
先に口を開いたのはアルフィア。暗にトドメを刺すつもりはないと告げる彼女の言いぶりからシャクティには一撃で仕留めるような力は使ってないと読み取れる。
無論、そんな敵の言葉を信じるかどうかはこちら次第だが、今はどちらにするにせよシャクティには構えない。
圧倒的な存在が目前にいるのだから。
「失神。そして、致命的な外傷を負ったか。今ならそのLv.4は無力な民でも容易く命を奪えるだろうな」
「……っ」
アルフィアの発言にルシアが反応する。
彼女がシャクティに意識を預けたのは束の間、沈黙した相手から視線を外し、改めてルシアを詰るように捉えた。見れば見るほど小さな体躯。その頭部に収められた矮小な脳みそが
「貴様はいずれ、大きな
「……!?」
向き合い直してその顔を初めてハッキリと目にして、瞼を閉じていた彼女は翡翠の色を宿したその瞳を晒し、ルシアの姿を映す。
ルシアは掛けられた言葉に引っ掛かりを覚えながら、目の前の相手に怯えも抱いて顔を顰める。
アルフィアのことは知らない。恐らく、彼女が定例会議でシャクティやオッタルが言っていた『強者』なのだろうという予測しか。
だが、桁外れのその実力を僅かなら、ルシア
そう、本来のルシアなら。ただ、それでも尚、その全容はまるで掴めない。
故に、余計に恐ろしいのだ。測れないということは、
「貴様もまた、未来という訳か。……知れている。だが、無いより
そう告げて、アルフィアは目を細めた。ルシアもこの場にいた誰もが彼女の魔力、その片鱗を感じる。
「ルシア……!」
魔法が放たれる。照準はルシア。誰にでもわかった。ルシアの名を叫ぶのは【アストレア・ファミリア】。高笑いするのはヴァレッタ。
だが、その全ての
彼女の魔法は―――超短文詠唱だ。
「散りゆく前に、せめて祝福してやろう」
「……っ!」
アルフィアは、囁く。
「【
刹那、全ての光景が白飛びに。
ただささやかに。『音』は響いた。