大英雄アルバート。
数ある英雄の中でも最も偉大、最も強大と言われる最強の中の最強。
私の祖はそんな彼の
―――なのに、私は今、大英雄の血をひく者と呼ばれその英雄の『再現』を望まれている。
「どうした。撫でただけだぞ?」
都市南西にて。ザルドは数多の冒険者を薙ぎ倒していた。
だが、本人にその意識はなく。民の為に、都市の為に、勇敢にも立ち向かう者たちに向けて、敬意を持って戦おうとした。が、誰もが触れただけで吹き飛んでいく。
そんな体たらくには、落胆と溜息しかない。
「……つまらん。せめて、
この先に進めば【フレイヤ・ファミリア】と
そんな未来をまだザルドは認知していない。
―――そして、その運命は
「…………っ!!!!」
後光。それは、幻覚か。
背後から凄まじい存在感を、ザルドは感知した。瞳孔が開くほどに目を大きくし、背中でその威圧を受けた。
朽ち果てた冒険者達が地に伏せ、広がる光景が前方。もうこの場にいる
ただ、ザルドが進行するその足を止めた
ザルドが初めて戦士として、肉体を強ばらせる。
意識的にではない。本能で、ザルドの身体
それだけの存在が、彼の背後に現れた。
ザルドは目を見開く。背中で感じる、求め、焦がれた存在。直感だが、確かすぎるその感覚に自動的に興奮している自分がいる。
打ち震え、待望の瞬間を迎えることへの事実に、ザルドは久しく勿体つけて、まずは顔を上げるだけで済まし、次に目線、そしてようやく踵を返して身ごと、ゆっくりと振り返った。
そして、再度、ザルドは衝撃を受ける。
―――は?
心の準備も済ませ、最高の演出まで自身に施し、視認したのは。
……ただの小娘だった。
「……っ!?」
ザルドは少し瞠目した。
彼が意識した程に、無視できなかった程に、その存在は際立っていた。しかして、振り返ってそこにいた彼女にはまるでそのような魅力がない。背中で受けた時と正面で受けた時に全くの別人ほどに違いすぎる。
ザルドは、自身の感覚を、いや目の前の現実の方を疑った。一瞬、幻覚でも見せられているのかと思ったが、この【暴食】に感覚すら誤認させる幻惑を類を使える者など、現時点でこの世に1匹しかいない。
故に、
「……っ」
女が自身の剣に手を添える。どうやら戦闘意思があるらしい。それにすら、驚愕を覚える。無謀や愚行、それ以前の差だからだ。
その者は、先程覚えた違和感が嘘のように平凡だった。恩恵は受けているようだが、市民に毛が生えた程度と捉えていい。
いや、もはや一般人のそれと変わらない。ステイタスがあるのに
何より、才がない。未来を微塵も感じない。
その確信的な弱さには、冒険者が最初から持っているものさえない。実力を隠すスキルでもあるかのような出で立ちまで推測させるほどに。
だが、今すぐにカラクリを解くことは、できなくはないだろうが面倒だ。そんな手間にかける時間はない。こちらも忙しい。
それに、彼女と戦うのは、適当な棒きれでも拾って突っ込んでくる無力な民の相手をするようなもの。ならば、この上なく煩わしい。
だから、制止する。
「やめておけ。お前では話にならん。撫でることすら過剰となる」
「……っ!」
ザルドから言葉を掛けられるとは思っていなかったのか、ハーフエルフの女は面食らった後、目を泳がせる。
どうも様子がおかしい。ザルドは挙動不審な相手に訝しんだが、今は他に優先すべきことがあるので踵を返した。
すると、彼女に背を向けたのと同時にエルフの男と角が生えた希少種族の女が道を塞ぐように現れる。
「……なんだ。いや、誰でもいい。俺の前に立つことが何を意味するのか、その身をもって味わう他ない。Lv.3と、Lv.4」
ザルドはようやく武器を手に取り直した。
今度はきちんとステイタスを備えた実力者が対峙したからだ。
だが、相手に戦闘の意思はない。代わりに希少種族、ゴブリンのような角を頭に生やした
「気色悪いのぉ。黒竜に負けた腹いせに後輩イビリかぇ?圧倒的な差で嬲って、尚且つ『撫でただけ』だのと調子ついたセリフ、ワシなら恥ずかしゅうてよう言えんの」
「お止めなさい。煽りなど、品格を疑われますよ」
鬼人の言葉に訂正を入れるのは誠実なエルフの男。名を、マリウス。
ザルドを間に挟み、対する鬼人の女。そちらの名は、
共に、所属は【グウィネヴィア・ファミリア】。
「……御託はいい。早くかかってこい」
口数の多い格下に嫌気が差したザルド。こんな雑魚に構ってる暇は無い。早急に片付けるに限る。
だが、催促された二人は一方はとぼけた顔をし、もう一方はフッと小さく小馬鹿にしたように笑う。
「……?何を勘違いしとるんじゃ?お主は」
「我々に貴方との戦闘意思はない。戦うのは我々ではありません」
「何……?」
「その通りですわ」
「……!」
また異なる声。今度は高貴な振る舞い、雰囲気を醸し出す神威を纏う女。
その正体は下界にて、特に人間は即座に看破することが
「……女神か」
ザルドは目を細めて、ハーフエルフの隣に位置づいた女を捉える。女神は、ここにいる三人の冒険者の紋章に記された通り、その名をグウィネヴィア。
互いに認識し合ったのを確認してグウィネヴィアは口元を隠しつつザルドを捉える。
「我々は【暴食】、あなたを求めこのオラリオに来ましたの。正確に言えば、【暴食】と【静寂】」
「俺達を追ってきただと?何が目的だ」
ここにきて、ザルドは初めて警戒する。ゼウス・ヘラの時代が終わって以降、狙われることなどなかった。
あれ以来姿を眩ませた二人を求めようなど、執念すら必要なこと。
だというのに、今になって。前時代の残痕を必要とする者が自分たち以外にいるとは。
もはや、暗黒を晴らす礎としての価値しかない。そのハズだ。
ならば、この者たちは私欲にザルド達を消費する者達である可能性が高い。
それは、邪魔者。そして、ザルド達にとって、度し難く許せない存在。
が、偶然は起きた。
否。グウィネヴィアは、彼女の後ろにいる女神は、ザルド達の行動原理を正確に予測できていた。故に、グウィネヴィアの
これは、理論で組み立てられたキチンとした計画。
ザルド達は、『英雄』を求めている。
黒き竜を討ち滅ぼさんが為に。
そして、そんな目的を有して行動する前時代の英雄に利用価値を見出した者たちがいる。
そうして両者の目的が奇跡的に合致するように、仕組んだ者がいる。
英雄を求める、神時代を代表する二人の元英雄、彼らにぶつけるのは、次
グウィネヴィアはその者をとある目的の為に育成している。そして、とある目的というのはこれは本当の偶然。ザルド達と同じく、黒き竜の討伐。
つまり、これは運命である。
故に、彼らを追い求めた理由を問われれば、こう
「―――
「……っ!!」
グウィネヴィアが指す者にザルドは衝撃を受ける。
指名されたのは、まさかの一番無力な者。
Lv.1の長い黒髪の女ハーフエルフだった。
「リョーカ」
「……はい」
グウィネヴィアに、名を呼ばれ、返事をする長い黒髪の女ハーフエルフ―――リョーカ・アーサ。
だが、ザルドは目の前の女神が正気とは思えない。
リョーカは雑魚だ。
何かスキルがあるのだとしても、ザルドと相対することができる程とは思えない。
だとしても、女神が無策で眷属を差し向けるだろうか?
それに、リョーカからは冒険者
どちらかというと、強力で
故に、拍子が抜けるほど弱さを汲み取れても、ザルドはその違和感が引っかかり始めた。
相手にする気もなかったリョーカを敵として、捉え始める程に。
「対戦、よろしくお願いします」
「……!」
不気味な相手を訝しむザルドに、リョーカはお辞儀した。敵を前にして、腰まで折って自身を畳んでしまっている。
しかも礼儀を正しく理解していないのか、目線はザルドに向けたまま、顔を上げてる意味の無いお辞儀になっている。いや、そもそも戦場でお辞儀をするのがまずおかしいが。これは、決闘ではない。
「今から戦う相手に頭を下げる奴がおるか、アホンダラ」
「う、うるさい」
鬼人の女、伊吹鬼に苦言を呈されて、リョーカは言い返す。
あまりにも普遍的な雰囲気。ただの町娘にしか見えない。
ここでようやく、ザルドは確信した。この娘は、戦士ではない。冒険者でもない。なんなら、戦う者でもない。
普通の一般人だ。そう、
「【ゼウス・ファミリア】の【暴食】……ほ、本当に本物だ。生で見れるなんて……」
「……」
リョーカがザルドを上目遣いで、憧憬の眼差しで捉える。
この視線にザルドは覚えがある。ザルドを英雄と讃え、慕うものたちが有するものだ。よく、戦え無い者たちに向けられる。
だが、違和感を抱えているザルドはリョーカを軽視できない。一瞬はしたかもしれないが、もうない。
こいつは、何かが変だ。それがずっと警告して鳴り響いている。
「リョーカ!何度も言ったでしょう。喋り方に威厳を!戦う前から腑抜けて見えますわ」
「ご、ごめんなさい」
リョーカがグウィネヴィアに怒られて肩をビクッと鳴らす。
どうでもいいが、彼女たちの関係性はわかった。リョーカは、グウィネヴィアの眷属だが慕っている訳ではない。
嫌々従ってるだけだ。
理由は、リョーカに秘められた異質なもの。それを、女神に利用されている。
そして、リョーカは何か異質なものを抱えてはいても、性格という面では普遍的だ。人間性という部分では、本当に戦う者ではない。
この短い時間で断言出来るほどの経験が、ザルドにはある。
だが、全てどうでもいい。
今、俺は小娘を利用している女神と同じ醜さを抱えているかもしれない。
それでも構わない。見たい、見たいのだ。リョーカ・アーサの、本当の姿を。
「レディ・アーサ。私が教えた通りに」
「……はい」
マリウスに指摘されて、リョーカは1拍を置く。
深い、深い深呼吸。
それを挟んで、開眼。
―――すると、空気が一瞬で張り詰めた。
『―――
「……っ!!」
雰囲気が変わったリョーカに、否、変わったのはリョーカではない。空間が、変わった。変容した空気に、ザルドは目を見開く。
リョーカではない。何かが、彼女の周囲を張り巡らされている。
それは、神秘に立ち会わなければ通常なら目にすることのない存在。ハイエルフでさえも一部の高尚な存在のみが触れ合っているもの。
―――精霊。
リョーカは、彼らの加護を受けている。それも、微かにではない。ハッキリと、全面的に、寵愛されている。
未だかつて、この現世でこれほど精霊を具現的に捉えているものなどそういないだろう。
リョーカ・アーサは、精霊に愛されていた。彼女の中に流れる血は、精霊に
―――『彼』ではないか、と。
「お前は……」
何者だ。そう、問いかけようとした。その問いは投げかける前に処理される。
「大英雄の再来」
「何?」
答えたのは、グウィネヴィア。
口元を隠して告げる。
「彼女は、大英雄の生き写し。生まれ変わり。その血筋」
風の精霊が周囲を吹き荒らす。
旋風に包まれたリョーカの異質な雰囲気をザルドはしっかりとその瞳に写した。
まさか、奴は。そんなおとぎ話を、だが目の前に。
ザルドの思考が目まぐるしく動く中、伊吹鬼がグウィネヴィアの発言に鼻を鳴らして嘲笑する。
「ハッ、どれなんじゃ。ハッキリせぇ」
「レディ・イブキ」
「はいはい。余計なことを言って悪いのぉ」
マリウスに睨まれ、伊吹鬼はお調子者を演じて腕を頭の後ろに回す。不干渉を態度で示して、戦場に背を向けた。
「大英雄……だと?」
どこかの冒険譚に、おとぎ話にそんなのがあっただろうか。
それこそ、黒竜に、奴の眼球に一太刀を浴びせたと。そんな話が。
だが、それはどれほどの前か。
それが今、目の前に?そんなバカな。
疑惑と驚愕の目をザルドから向けられるリョーカ。その視線と、グウィネヴィアの紹介に彼女は俯いて視線を落とした。
「別に……そんなんじゃ……」
私は、『彼』じゃない。
特別な力なんてない。
ただ、精霊に誤解されて取り囲まれて、彼等の特別扱いを間違って受けているだけ。
ただの、人なのに。
「リョーカ。始めなさい」
「……!」
指示が降りて、リョーカは腰にかけている剣の束を取る。
リョーカの装備は、安物で最低限の胸当てのみ。剣は、これもまた大層なものではない。
正直、剣はナマクラでもいい。剣であれば。剣さえあれば、私は『彼』だと思って貰えるから。
「恐らく貴様では俺に勝てない」
「……!」
リョーカが抜刀の構えを取り、腰を低くして前のめりになった時。ザルドはポツリと言葉をかけた。
目を見開くリョーカ。戸惑って視線を泳がせた。
だが、すぐに思い詰めたように自身の足元に視線を落とした後、深呼吸を挟んで、顔を上げた。
だって、そんなことはわかってるから。そして、この人も。
「手は抜いてやる。安心してかかってこい。俺は、お前の力を見たい。貴様が有するものが何か、確かめてやろう」
「……」
じゃあ口頭でいいよ、なんてことも思ったが。
リョーカも、彼と打ち合いたい気持ちはあった。とある理由で。
だから、雑念は呑み込んだ。意識の低い自分は、引っ込めた。でないと、死ぬ。
「わかりきった結果に自ら陥ろうとは。いや、いい。それが望みならば、我は剣を振るうのみ」
ザルドはわざとらしくリョーカを愚か者のように捉える。
恐らく、彼にも何か事情がある。大体、わかるけど。
1柱の邪神と二人の元英雄の思惑。それは知ってる。
でも、どうでもいい。
ザルドがリョーカの可哀想な立場に興味を示さなかったのと同じように、リョーカもまた、ザルドの諸事情など例えマニアでも、目の前に憧憬がいて、剣を混じえる興奮には勝てない。
今だけ、人違いばかりする精霊に感謝する。
「せめて、喰らい尽くしてやろう。貴様もまた、未来なのだとしても」
「……っ!」
剣を握るザルドがその武器をいつでも振るえるよう、力を込める。
リョーカも、剣を抜き、構える。
もはや両者に話し言葉は不要。
「エーラ」
リョーカは、『風の彼女』に、囁いた。