原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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半竜種と大英雄

 

 静寂。

 自らが破壊したものが土埃として舞い、目の前の光景は、建造物が吹き飛び、無造作に散らばる瓦礫が広がっている。平坦とも綺麗とも表現出来る程に更地になり、何もかも凄まじい力によって形を変えられてしまった。

 

「……」

 

 アルフィアは、敵の集団を無視して自身が魔法を放った残痕に歩みを進めた。無言で、意識を前方に集中している。

 背後では、闇派閥(イヴィリス)と冒険者がまだ争っているだろう。だが、どうでもいい。それに彼女たちの掃除はアルフィアの仕事ではない。

 

 アルフィアがここにいるのは仕事の邪魔をした雑音を、生み出した者を潰す為だ。そして、張本人のハイエルフを照準として魔法を放った。相手はLv.1。本来ならばもう用事は済み、持ち場に戻っている。

 しかし、アルフィアがそうしないのはまだ標的が生きているからだ。加えて、その気配が異質なものへと変容している。少なくとも、間違いなく、先程の小娘のそれではない。

 

「……」

 

 もう後方も含めて何も見渡せたくなった。土埃が霧のように視界を遮り、暗闇の中、アルフィアは足を止めた。一人、ポツンと佇んでいる。

 アルフィアは、普段伏せていることの多い瞼を開けた。目の前をしっかりその瞳で捉える。

 この先にいる―――モンスターと対峙した時の気配に似た威圧感を。

 

『―――』

「……!」

 

 暗闇に煌めく眼光。アルフィアは、自身の身体を大きく上回る()に捉えられた。

 相手がモンスターならば知性ではなく本能で警戒され、視線を交錯させる。その感覚が今もある。

 

「……モンスター。それも、深層級の……竜種だと?」

 

 目の前にいる怪物は、姿形を捉えることはできない。だが、アルフィアの経験と感覚、そして能力があれば情報など無くともただそこにいるというだけで概要は把握出来る。

 不思議なのは、何故ここに、地上それもオラリオの人が多くいる区域でこれほど高位のモンスターが平然といるということだ。

 

 加えて、小娘を仕留めた手応えがない。奴はどこへ消えた?それに、Lv.1があの至近距離からの【サタナス・ヴェーリオン】を受けて無事でいるはずがない。間違いなく木っ端微塵になる。

 ルシアを逃し、さらに突如現れたドラゴン。

 

 一方は強大な存在を警戒し、一方は不可思議な状況から様々な可能性に構えている。両者は絶妙な間合いを保ち、その中でアルフィアは思考を巡らせた。

 まず最初に考えたのは小娘(ルシア)がテイマーであったか。だが、推定Lv.5に相当する竜種を使役できるテイマーなどそう簡単に転がっているものではない。

 

 そして、強さも然ることながら目の前のドラゴンはその肉体も巨大だ。その巨体をオラリオで隠し通すことなど不可能に近い。隠すことができないのであれば、オラリオがドラゴンの滞在を許すことになるがそれこそ無いだろう。

 何より、アルフィアの頭の中にあるのは―――『この()が気付かなかった』という点だ。

 

 Lv.7にして【静寂】のアルフィアが。例えここまで温存し、隠し球として用意していたとしてもこれだけ近くにいたドラゴンを察知出来ないわけがない。

 つまり、アルフィアがこの工業区に現れていた時点でドラゴンに気付いて当たり前。なのに、全く気配を感じなかった。

 故に、アルフィアから言わせればこう表現する他ない。

 

 ―――ドラゴンは、()から()()現れた。

 

「なんだ?貴様は」

『―――』

 

 アルフィアが自身の背丈より高い視点に問いかける。

 ドラゴンは、アルフィアを見下ろした。

 

『―――』

「……!」

 

 ドラゴンが後退した。そして、瞬く間にその気配を消した。

 アルフィアは深追いしない。竜が消えた虚空をただ見つめる。

 

「……」

 

 奴はテイマーという出で立ちではなかった。それが推定Lv.5の竜種を扱う規格外のテイマーだったと?

 バカな。笑いも起きん。

 

 呆然と立ち尽くしていたアルフィアだったが、ひとつ息を吐くと、前進を選んだ。

 破壊の痕を通り抜けて、土埃のない澄んだ外に出る。ここに来るまでも、来てからも小娘はいない。完全に逃げおおせた訳だ。

 

 アルフィアからは、様子は変わらないものの気だるさを読み取れた。再度息を吐く。表情の変化も仕草もないが、存外彼女はわかりやすい。

 そんな彼女の元に一人の気配が近づいてきた。アルフィアは、その相手の特定を一瞬で察知し、求めていた小娘ではないことにまた溜息を重ねた。

 彼女は、その男の方に瞼を綴じたまま目線と横顔だけを向ける。

 

「……随分と機嫌が悪いな。アルフィア」

「黙れ。貴様こそ、妙に機嫌がいい。不愉快だ。消えろ」

 

 アルフィアが一人でいる都市通路にザルドが現れる。やることを済ませてきたのだろう。

 それと引き換えに何も達成できず、その上謎さえ生まれたアルフィアからすれば、ザルドの高揚は癇に障る。

 ザルドも扱いの難しい『才禍の怪物』様に呆れた息をついた。

 

「当たるな。器が小さいぞ」

「今の私を前にして、さらに煽るか。塵芥になりたいようだな。……待て。貴様、もしや負傷しているな?」

「……」

 

 アルフィアが瞼を開ける。彼の傷を見る前からアルフィアは目を見開いていた。

 あの【暴食】が今の時代の冒険者如きに()()()()()()()()()()など。それを期待してはいたが、その希望が叶うことは早々にはないだろうと考えていた為に、驚きを隠せない。

 

 肉眼で彼を捉えると、ザルドの鎧は腹部が粉砕されており、何か貫通したのか出血痕があった。

 血の匂いに誘われ、アルフィアはその負傷に気付けた。だが、想定以上の状態だった。

 故に、問い詰めたい気持ちに久しく駆られた。

 

「誰だ?誰にやられた?貴様が可愛がっていた牛の小僧(ガキ)か?……初手で奴に一矢報いられたと。それは凄まじく期待以上だ。再会の衝撃も束の間に、もはやそれを通り越し置き去りにして、覚悟を即座に決めて火事場を発揮したとでも言う気か、貴様は」

「……」

 

 まるで彼女自身の魔法のように滑らかに言葉が出てくる。

 ザルドはそれを黙って浴びた。

 アルフィアは彼のその態度にも癇に障る。

 

「……もしや貴様ともあろう戦士が腑抜けた訳ではあるまいな。この期に及んで私に見込み違いをさせるつもりか。貴様のおかげで私は格が落ちるという訳だ。ならばその身、塵一つ許されるものではない。まさか貴様が想い出に耽る愚か者であろうとはな」

「奴ではない」

「…………何?」

 

 緩みのない畳み掛けるような言葉の弾圧。その合間にこの男はボソリと一言、されど聞き逃せない内容を呟いた。

 アルフィアの苛立ちは加速する。

 

「なぜそれを早く言わん。私に散々口を回らせて、面白かったか?」

「お前がベラベラと喋るからだ」

「何だと」

「……それよりもこの傷を与えた者のことだが、いずれお前の前にも現れるだろう。用心しておけ。奴は……冒険者ではない。俺たちの常識に当てはまらん」

 

 ザルドの言葉にアルフィアが瞠目し、今度は面を彼に向ける。

 

「……今、なんと言った?」

「……」

 

 アルフィアに聞き返され、ザルドは瞼を閉じる。

 

「一つ、収穫があったということだ。まだ発展途上だが、成長させれば可能性はある。特に、冒険者ではないというのが大きい。『()』を相手にするならば、それくらい常識の枠外(イレギュラー)が丁度いい」

「……どうだか。お前の言うことをアテにするかどうか、それは私の自由だ」

「それでも構わん。どの道、いずれお前の前にも現れる。あのハーフエルフの女に付き添っていた主神。女神が言ってた。奴らの標的は俺たち二人だ」

 

 ハーフエルフの女。

 その発言で、アルフィアは該当人物を想起した。そうか、あの『無音』の小娘か。

 

「あの娘。やはり聴き間違いではなかったか。いや、聴こえぬものに適切な表現ではないが」

「俺は冒険者を潰しに行く。()()()は知らんが、闇派閥(イヴィルス)の策は失敗したようだからな。せめて、オラリオの包囲と冒険者の殲滅はこなす。それにもう時期、神の一斉送還が始まる。自由に動けるのもこれまでだ。役割を果たさなければ、これ以上は怪しまれる」

 

 何故か。そこに引っ掛かりを覚えて、アルフィアの眉が微かに動く。

 ザルドが来た道とは逆の方向を意識した。取り逃した、あのハイエルフの小娘。そういえば奴もLv.1だった。

 黒竜に絶望し、自身らに失望し、オラリオに失望し。せめて神時代を終わらせ、暗黒期を晴らし、次代の英雄を育成しようと悪あがきを計画したが。

 

 Lv.1のハイエルフとLv.1のハーフエルフ。

 一方は謎を抱えつつ【勇者(ブレイバー)】の如く頭が切れ、一方は神に頼らぬ力を持つ。

 期待すらしていなかった。後輩の冒険者の育成すら考えていたところに、無から英雄候補が現れた。

 ならば、やることは一つ。

 

「私も戻ろう。ここで貴様と顔を合わせていても仕方ない。……それと、高い知能を持ったハイエルフの新顔がいる。あれもまた、Lv.1だ」

「……ほう」

 

 お互いに背を向け、アルフィアの忠告にザルドが興味深そうに呟く。

 両者ともに、顔を上げて歩き始めた。

 

「……」

 

 ザルドと別れ、持ち場へ向かうアルフィア。

 彼には敢えて不完全な情報を渡した。

 あの推定Lv.5のドラゴンは、必ずまた出現する。あの小娘を、Lv.7(我々)が求めれば、必然に。

 

 確証のないことなど伝えても気を散らすだけだ。

 小娘と竜種(あれら)は、ザルドが直面した時にザルドが判明させればいい。

 信頼が少し。合理的判断が九割。アルフィアは、彼に一任することが最適だと結論を出して、自身が自身に課せた『()()』の役割を全うすべく、目の前の仕事から片付けに行った。

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