「マズイ、リョーカはもうじき死にそうじゃ」
『……!』
アルフィアから逃げ延びて【ロキ・ファミリア】に戻ってきた一同は威吹鬼の言葉に瞠目する。
確かに横たわるリョーカは血色が悪く、真っ青で今にも命が絶えそうだ。
外傷も酷い。
だが、今ここで死なせていい人材ではないことは、あの場にいた誰もがわかっている。
「すみません。私が診てもいいですか?」
「ルシア……?」
名乗り出たのはまさかのルシア。
確かに彼女は回復魔法を使えるが……。
「待て。ルシア、まさか貴様あの魔法を使うつもりではないだろうな?」
「使うつもりです。でも、安心してください。ちゃんと考えがあります。能力を
ルシアは説明する。
少し違うが、リヴェリアと似たようなことが自分にも少しだけできると述べる。
皆、疑心暗鬼でルシアが心配だったが……リョーカは今にも死にそうだ。
正直、四の五の言っている場合ではない。
「とりあえずやってみます」
「また失神すんなよ~?」
ルシアが大丈夫です、返して杖を借りてリョーカの前に立つ。
そして。
「【アヴァロン・リヴァビル】」
呪文を短めに、能力を限定的に。
回復魔法を使用する。
すると。
「……あれ?」
『……!』
むくっとリョーカが突然半身を起こした。
彼女は周りをキョロキョロと見渡して、次には自身の体を見下ろして傷が何処にも見当たらないことに気づいた。
しかも、痛みも消えている。
つまり。
「な、治った……!」
「そうですか。よかった」
リョーカが立ち上がり、元気いっぱいに拳を突き上げる。
ルシアも微笑む。
失神もしなかった。
考えうる限り最高の結果だ。
「う、嘘だろ……」
「お前にはいつも驚かせられる」
「物は試しですね。まだまだ改良の余地はありますが」
驚く輝夜とは裏腹に、本人は冷静だ。
「元が強力なので回復量は凄まじいですが、基本的には普通の回復魔法の延長線上まで格落ちしています。もっと使えるように努力します」
「うん!立派ね!ルシア、貴女凄いわ!」
ルシアを褒めるアリーゼ。
彼女にそう言われると、なぜかいちばん嬉しい。
やはり団長で、この人柄だ。
この人に認められることはやりがいになる。
ルシアは少し誇らしくなった。
そんな彼女にリョーカが近づく。
ルシアも気づく。
「えっと。ありがとう……ございます」
「いえ。他に異常はありませんか?」
「は、はい!」
「それは良かった」
ルシアはまた微笑んだ。
死の淵から全快したのだからこれ以上のことはない。
「君もそう思いますよね?マリウスくん」
「えぇ、勿論。さすが
『は?』
全員がこいつまじか、と軽蔑した眼差しで見た。
あまりに倫理と人道に反したセリフ。
リョーカの人柄がいいのもあり、もはや女性陣はリョーカの味方。
マリウスを睨みつける。
が、本人は何処吹く風。
少し微笑を浮かべると、外を見た。
そんな時。
「み、皆さん大変です!団長達が……!」
「ラウル!どうした?」
部屋に駆け込んできたのはラウル。
リヴェリアが迎え入れる。
彼は息を整えると、血気迫る表情で顔を上げる。
「団長達が、【ゼウス・ファミリア】のLv.7に……!」
「……!ザルドか!」
「ラウルさん。状況を教えてください。フィンさん達はダンジョンですよね?」
「はいっす!モンスターはまだ26階層、連絡班からそう報告を受けています!けど、今は19階層くらいかと!同時にLv.7と闇派閥に団長達は足止めをくらってて……!」
「なるほど」
ルシアは理解した。
フィンとオッタル、ガレスなどロキとフレイヤの眷属がザルドやヴァレッタと交戦中。
地上には予測通りアルフィアしかいないようだ。
フィン、ガレス、アレンとLv.5が3人、加えてLv.6のオッタルがいればザルドが相手でもいい勝負はすると思うが……。
「行きましょう。邪神エレボスもダンジョンにいるならそれとモンスターを叩けば当初の話は決着がつくはずです」
「待て、アルフィアはどうする?」
「それは……」
全員視線がゆっくりと1人に集まる。
【暴食】、【静寂】どちらか一方なら多少は相手をできる個人。
そんな者はもう1人しかいない。
しかし、本人は全員に見られて嫌な顔をする。
「リョーカさん。申し訳ありませんが、もう一度【静寂】と戦ってもらうことは可能ですか?今度は倒していただきたいのですが」
「そ、それは……」
頼まれて困った顔をするリョーカ。
これまでとは違い、今度はマリウスに対して彼女は助けを求めるように見る。
マリウスはやれやれとため息をついて立ち上がる。
「それはなりませんね、
「マリウスくん。なぜ?」
「我々の目的から外れるからです。そもそも我々は都市の冒険者ではない。個人的な目的で戦い、利害が一致したから一時的に協力したまで。これ以上は義理も契約もございません」
「"
……確かに。
少し引っかかるところはあるが、彼らに都市を守る義務はないのも間違いない。
それでも。
「お願いします、リョーカさん。現状の戦力を考えれば彼らにダメージを与えられる者ですらリョーカさんだけなんです」
「……」
ルシアが頭を下げて頼み込むがリョーカは顔を顰めて目を逸らす。
身も縮こまってマリウスの後ろに半身を隠してしまった。
そこに。
「リョーカ・アーサ。私からも頼む」
「……っ」
「リヴェリアさん……」
リヴェリアも立ち上がり、面と向かって真剣に頼み込む。
それでもリョーカは思い悩む。
どうやら彼女にはエルフらしいハイエルフへの信仰がない。
フリテンのエルフだからだ。
ハイエルフの王の邪智暴虐に苦しめられていたのがフリテンの民。
ハイエルフを信仰するどころかあまり好まない傾向にさえある。
だから、リヴェリアが頼んでも二つ返事ではない。
「私は……これ以上戦いたく、ない。戦うの、好きじゃない……」
『……!』
何を悩んでいるのかと思えば、大前提戦うこと自体に抵抗があるとボソボソと述べ始めたリョーカ。
そんな彼女の言葉に全員が目を丸くして固まる。
そう、彼女達は冒険者。
勇気ある彼女達にリョーカの気持ちは理解できない。
共感できない。
「いやいや、でも【暴食】とも【静寂】とも1回は戦ってんだろ?なんで今度はダメなんだよ」
「それは……」
リョーカではなく、ルシアが代わりに言い淀む。
アリーゼ、輝夜、リヴェリア辺りもなんとなく察しはついている。
とはいえ彼女の事情を、それも予想の範疇を超えないことを他人が勝手に口にするわけにもいかない。
【静寂】との戦闘に居合わせればわかる。
マリウスの指示に逆らえなかったリョーカ。
おそらくマリウス……いや、その背後の女神によるなんらかの強制力でリョーカは戦わざるおえない状況になっている。
故に彼らが指定する戦いはこなさなければいけない。
逆に言えば、指示された戦い以外は彼女にとって
そりゃそうだ。
戦いが好きではなく強制的に戦わされているに過ぎない彼女が、自主的な強制ではない戦いに乗り気になるはずがない。
だから、リョーカは【
戦いを強いられる人生。
力だけがあって、その力が多くの者を惹き付け、利用されるだけの人生。
それに抗える勇気、自分のために力を振るえる気持ちが欲しかったから。
でも、人はそう簡単に変われない。
故に彼女は下を向く。
……そんな彼女に1人だけ寄り添う。
その女は、冒険者でありながらこの中で唯一、弱者に寄り添える者だから。
「戦う人じゃない貴女に頼ってしまって、ごめんなさい」
「……!」
「アリーゼ・ローヴェル……!」
アリーゼが少し屈んでリョーカと目線を合わせ、優しく告げる。
リョーカは驚いた。
アリーゼも苦しそうだったから。
自分の痛みを理解しようとしてくれてるのがわかるから。
「自分達でどうにかできなくてごめんなさい。私達は無力でごめんなさい」
「アリーゼ……」
アリーゼの言葉に【アストレア・ファミリア】の面々も下を向く。
アリーゼは、リョーカの手を恐る恐る手に取って、両手でできるだけ優しく包む。
「お願い、この戦いに巻き込まれた多くの罪なき人々を助けてあげて。【静寂】を倒せるのは貴女だけなの。お願い……!」
「……っ。私は……」
真剣に訴えるアリーゼ。
目を逸らすリョーカ。
茶番とリョーカの反応を見ていたマリウスが嘲笑する。
「フッ。無駄ですよ。彼女はそうやって戦いを頼み込まれることが嫌いなんですよ。レディ・アーサ。見ての通り、誰もが貴女の優しさに付け込み戦いを強いる。力を求める。貴女は我々の契約だけ守っていればいいんだ」
「こいつ……!」
「よせ。奴の言う通り、綺麗事を並べても我々は奴と同じ穴のムジナだ」
ライラが噛み付こうとして輝夜が制止する。
輝夜の言い分も正しい。
アリーゼは傍目でそれを認める。
そして、直ぐにリョーカと真剣に向き合った。
そこに。
「大変です!【静寂】が現れて都市が……!市民達が!」
「……!時間切れか……!」
タイムリミットが先に来た。
リヴェリアが顔を顰める。
全員が顔を合わせる。
もう行くしかない。
「では、【アストレア・ファミリア】はダンジョンへ向います。私の頭があれば、【暴食】とモンスターをどうにかできるかもしれません」
「すまない、頼む。アイズ、我々は【静寂】を止めに行くぞ!」
「わ、わかった」
リョーカが気になるも大人の話に混じれなかったアイズが頷き、一同が動き出す。
その中でアリーゼだけが振り返る。
「無理にとは言わないわ。貴女の気持ちを尊重してあげて。貴女にも痛い思いや苦しい思いはできるだけして欲しくないから」
「……!」
「けど、少しでも、私達の戦いを見て"
「"声"……」
そう言ってアリーゼは去った。
残されたリョーカは、安物の剣を見下ろして、俯く。
「リョーカ。一応言っておくが、妙な気を起こすでないぞ?」
「イブキ……」
あぐらをかく友に言われ、リョーカはまた深く思い悩む。
そんな彼女の耳に市民の悲鳴が届くまであと数分。