「ごめんなさい、ガネーシャ。そして、ありがとう。急な申し出だったのに時間を取ってくれて」
「俺がガネーシャだ!」
迷宮都市オラリオ、その中でも東区画にある
【ガネーシャ・ファミリア】の
目的は【ガネーシャ・ファミリア】主神、ガネーシャと面会するため。
そして、今、事前に手紙を送り、許可を得た上で訪れている。
「俺はガネーシャだ!」
ガネーシャは基本これしか言わない。
だが、神であるアストレアには『それで? 今日は何の用だ?』と尋ねているように聞こえた。
「今日は、貴方に相談があって来たの。貴方、ギルド公認で行う祭典、『
「うむ! まだまだ祭り事をできるような状況ではないがな! そして! 俺がガネーシャだ!」
「それに加えて、貴方のファミリアは
「そうだ! 俺がガネーシャだ!」
「だからという訳ではないけど……事実として貴方が一番『
「どんな時でも頼れる男っ!! そう! 俺がガネーシャだ!」
自身の眷属が迷宮探索に行っている裏で、相談しに来たアストレア。
ガネーシャは一貫して自身の名を叫び、叫ぶ度にポージングを取る。
だが、アストレアが発する次の一言はそんなガネーシャを震撼させた。
「私、最近新しい眷属を迎えたの。でもね、その
「俺がガネ―――今、なんと言った?」
空に向かって雄叫び、ポージングを取っていたガネーシャが、耳を疑ったのかその視線を下し、顔だけアストレアに向ける。
「名はルシア・マリーン。おそらくあの
いつものハイテンションではなく、真面目なトーン。
ガネーシャは椅子に腰かけ、アストレアと同じ目線で会話をした。
「本気で言っているのか?」
「あら。私がデタラメを言っているように見える? これでもかなり深刻に悩んでいるのよ」
「なら何故そんな娘を引き受けた」
「だってあの
「………………バルドルかぁ」
その名を聞いてガネーシャが顔を覆った。とはいえ、彼は象の仮面をつけているので正確には仮面を覆ったことになるが。
「そんなこと言う
「まあ……気持ちはわからんでも無いが……」
光の神、『バルドル』。
彼は下界の
そう、救済『する』ではなく、救済を『与える』。彼の『救済』は、過程のない
そして、『救済』という結果だけ与えられた
その力は、『救済』された
その事が
彼の光は、『救済』は、下界の
許されている力の一端でさえ人間には強い影響力を与える。
それが
「もしやその娘は……」
「えぇ。私も同じことに思い至ったわ」
ルシアはバルドルに何故会おうとしていたのか? バルドルに会って彼に何を望んでいたのか。
その答えとして考えられるのは、『救済』による今世への未練の断ち切り。
すなわち、『
「あの
「……迫害か。滅多に外へ出てこないハイエルフでもあるが、このオラリオまで来たことも恐らくは同じ理由だろうな」
「えぇ」
ガネーシャの言う通り、ルシアは元々住んでいた森を追い出されていると予想できる。今は、自分で自分のことを隠せるが、彼女が生まれてから幼少期に至るまではどう取り繕っても正体を隠すのは難しい。
故郷の森。そして、
内情はわからないが、その道のりが険しいこと、少しの
そもそもルシアは遠慮なく接しているようで、キチンと一線を引いている。天然で陽気な性格は、本当のものではあるだろうが、本心を隠すためのブラフでもある。ただの一面であり、その一面だけを見せているに過ぎない。
これまでの
ルシアは
ルシアにその気がないならアストレアも彼女の意思を無視して眷属達に打ち明けるなんてこともない。
「とにかくルシアが死に向かって進んでいくことを黙って見てることなんてできないわ」
「ふむ。そういうことなら―――シャクティ」
ガネーシャに名を呼ばれて部屋に入ってきた
「我々神では一人の
「確かに事情を知る
勝手に進む話にシャクティが意義を申し立てる。
「待て、ガネーシャ。私は
「無論そういう者に任せられるのが一番だが、贅沢を言える状況ではない。それに! シャクティなら事情を話して任せられる。今、必要なのはお前のような存在だ」
「……まったく。ごく稀に、言いくるめるが妙に上手い」
ガネーシャが真剣に物事を頼める相手はそう居ない。ガネーシャの
つまり、彼の言うようにシャクティは他にはいない人材だ。そして、それを本人も理解しているからこそ断りづらい。
「ごめんなさいね。お願いできる?」
「尽力は、します」
正直自信はないが、神々が本気で悩みその上で自分を頼ってきたことからガネーシャの自身に対する評価は確かだということはわかる。真剣な時の主神の願いは叶えたいとも思う。
絶対の解決、その約束はしかねるが言葉通り尽力することを今ここで女神に誓う意味も込めて頷いた。
「ガネーシャ。シャクティ。ありがとう」
「うむ。しかし。正直、我々が助けてやれることは少ない」
「そんな事言わないで。こうして相談に乗ってくれただけでもとても助かるわ」
「そうか。とにかく、できる限り協力はしよう。まずは自殺の件、それだけは絶対止めねばな」
「えぇ」
話し合いは終わり、アストレアが帰る。
シャクティとも今後について決め、全員が部屋を後にした。ただ一人、残ったガネーシャはアストレアの話を聞いた時、頭に浮かびずっと脳内の片隅にこべりついていたことを呟く。
「
ガネーシャは、ダンジョンの入口であるバベルを見遣り、物思いに耽った。