原初の竜でも友達が欲しい   作:伊つき

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安楽死願者

 

「ごめんなさい、ガネーシャ。そして、ありがとう。急な申し出だったのに時間を取ってくれて」

「俺がガネーシャだ!」

 

 迷宮都市オラリオ、その中でも東区画にある闘技場(コロッセオ)。まだ建設途中ではあるが。

【ガネーシャ・ファミリア】の眷属(こども)達が怪物(モンスター)調教(テイム)を練習する光景の上で。闘技場(コロッセオ)最上階に設置された主神観覧の席にアストレアは来ていた。

 

 目的は【ガネーシャ・ファミリア】主神、ガネーシャと面会するため。

 そして、今、事前に手紙を送り、許可を得た上で訪れている。

 

「俺はガネーシャだ!」

 

 ガネーシャは基本これしか言わない。

 だが、神であるアストレアには『それで? 今日は何の用だ?』と尋ねているように聞こえた。

 

「今日は、貴方に相談があって来たの。貴方、ギルド公認で行う祭典、『怪物祭(モンスターフィリア)』の事業を始めるのでしょう?」

「うむ! まだまだ祭り事をできるような状況ではないがな! そして! 俺がガネーシャだ!」

「それに加えて、貴方のファミリアは調教師(テイマー)も多く抱えてる」

「そうだ! 俺がガネーシャだ!」

「だからという訳ではないけど……事実として貴方が一番『怪物(モンスター)』に詳しいんじゃないかと思って、貴方なら相談できると思って来たの」

「どんな時でも頼れる男っ!! そう! 俺がガネーシャだ!」

 

 自身の眷属が迷宮探索に行っている裏で、相談しに来たアストレア。

 ガネーシャは一貫して自身の名を叫び、叫ぶ度にポージングを取る。

 だが、アストレアが発する次の一言はそんなガネーシャを震撼させた。

 

「私、最近新しい眷属を迎えたの。でもね、その()、『怪物(モンスター)』の血を引いてるようなのよ」

「俺がガネ―――今、なんと言った?」

 

 空に向かって雄叫び、ポージングを取っていたガネーシャが、耳を疑ったのかその視線を下し、顔だけアストレアに向ける。

 

「名はルシア・マリーン。おそらくあの()先祖(ルーツ)に『怪物(モンスター)』がいる。まあ、殆どはハイエルフで構成されているようだけれどね」

 

 いつものハイテンションではなく、真面目なトーン。

 ガネーシャは椅子に腰かけ、アストレアと同じ目線で会話をした。

 

「本気で言っているのか?」

「あら。私がデタラメを言っているように見える? これでもかなり深刻に悩んでいるのよ」

「なら何故そんな娘を引き受けた」

「だってあの()、バルドルに会いたいなんて言うんだもの」

「………………バルドルかぁ」

 

 その名を聞いてガネーシャが顔を覆った。とはいえ、彼は象の仮面をつけているので正確には仮面を覆ったことになるが。

 

「そんなこと言う()、放っておけないでしょう?」

「まあ……気持ちはわからんでも無いが……」

 

 光の神、『バルドル』。

 彼は下界の人間(こども)達に『救済』を()()()

 そう、救済『する』ではなく、救済を『与える』。彼の『救済』は、過程のない()()であり、『神の力(アルカナム)』だ。美の女神が『魅了』を用いるのと同じ。光を司るが故に行使を許されている権利。

 

 そして、『救済』という結果だけ与えられた人間(こども)は救われた気持ちにはなるが、その実は全く何も解決しない。

 その力は、『救済』された人間(こども)は、この世への未練が無くなり、命を絶つ。その可能性すら含むと言う。

 

 その事が二神(ふたり)の脳裏に浮かんだ。

 彼の光は、『救済』は、下界の人間(こども)達には刺激が強すぎるのだ。『美』を司る女神の『魅了』が人間の人生を、意思を掌握し狂わせることも出来るように。

 

 許されている力の一端でさえ人間には強い影響力を与える。

 それが神の力(アルカナム)。それが、下界の者達と神々との間にある絶対的な差、神々を『超越存在(デウス・デア)』とする所以。

 本神(ほんにん)が望んでいるか、自分の意思で行使しているかは別としてそれが事実としてあるのは確かだ。

 

「もしやその娘は……」

「えぇ。私も同じことに思い至ったわ」

 

 ルシアはバルドルに何故会おうとしていたのか? バルドルに会って彼に何を望んでいたのか。

 その答えとして考えられるのは、『救済』による今世への未練の断ち切り。

 すなわち、『スッキリした自殺(安楽死)』だ。

 

「あの()がどんな人生を送ってきたのかはわからないけれど、あの()の身体にはわかりやすく怪物(モンスター)の血を引いている特徴が表れている。きっと、これまで色んなところで沢山正体がバレたはずよ」

「……迫害か。滅多に外へ出てこないハイエルフでもあるが、このオラリオまで来たことも恐らくは同じ理由だろうな」

「えぇ」

 

 ガネーシャの言う通り、ルシアは元々住んでいた森を追い出されていると予想できる。今は、自分で自分のことを隠せるが、彼女が生まれてから幼少期に至るまではどう取り繕っても正体を隠すのは難しい。

 

 故郷の森。そして、長寿種族(ハイエルフ)がオラリオに来るまでの長旅。その中で何回迫害を受け、暴力を浴びてきたか。

 内情はわからないが、その道のりが険しいこと、少しの油断(ミス)で酷い仕打ちを受けたことは容易に想像できる。

 

 同胞(エルフ)たちの恩恵、ハイエルフに対する信仰もルシアは基本利用できない。彼女はドラゴンの要素がハイエルフであることを隠している。故に、同胞にも気づかれにくい。

 派閥の同胞(リューとセルティ)にも看破できていない。まあ、気づかれたとしてもドラゴンの方も気づかれれば信仰どころか迫害が待っているだろうが。少なくともルシアはそう思っている。

 

 そもそもルシアは遠慮なく接しているようで、キチンと一線を引いている。天然で陽気な性格は、本当のものではあるだろうが、本心を隠すためのブラフでもある。ただの一面であり、その一面だけを見せているに過ぎない。

 これまでの迫害(経験)から身につけたものだろう。

 

 ルシアは家族(ファミリア)を信用していない。誰にも自分に怪物(ドラゴン)の血を引いている、などと打ち明けようとしない。

 ルシアにその気がないならアストレアも彼女の意思を無視して眷属達に打ち明けるなんてこともない。

 

「とにかくルシアが死に向かって進んでいくことを黙って見てることなんてできないわ」

「ふむ。そういうことなら―――シャクティ」

 

 ガネーシャに名を呼ばれて部屋に入ってきた人族(ヒューマン)の女性。【ガネーシャ・ファミリア】の団長、シャクティ・ヴァルマだ。

 

「我々神では一人の眷属(こども)に付きっきりというのには無理がある。うちのシャクティにその娘をなんとかケアできぬものか試してみよう」

「確かに事情を知る人間(こども)がいると助かるわね」

 

 勝手に進む話にシャクティが意義を申し立てる。

 

「待て、ガネーシャ。私は専門家(カウンセラー)じゃないんだぞ。その筋のことを何も知らない」

「無論そういう者に任せられるのが一番だが、贅沢を言える状況ではない。それに! シャクティなら事情を話して任せられる。今、必要なのはお前のような存在だ」

「……まったく。ごく稀に、言いくるめるが妙に上手い」

 

 ガネーシャが真剣に物事を頼める相手はそう居ない。ガネーシャの神格(じんかく)や優秀さは多くの助けとなり、秘密を共有されることが多い。それこそ、ギルドの主神『ウラノス』ですら彼を信頼してよく頼っている。

 つまり、彼の言うようにシャクティは他にはいない人材だ。そして、それを本人も理解しているからこそ断りづらい。

 

「ごめんなさいね。お願いできる?」

「尽力は、します」

 

 正直自信はないが、神々が本気で悩みその上で自分を頼ってきたことからガネーシャの自身に対する評価は確かだということはわかる。真剣な時の主神の願いは叶えたいとも思う。

 絶対の解決、その約束はしかねるが言葉通り尽力することを今ここで女神に誓う意味も込めて頷いた。

 

「ガネーシャ。シャクティ。ありがとう」

「うむ。しかし。正直、我々が助けてやれることは少ない」

「そんな事言わないで。こうして相談に乗ってくれただけでもとても助かるわ」

「そうか。とにかく、できる限り協力はしよう。まずは自殺の件、それだけは絶対止めねばな」

「えぇ」

 

 話し合いは終わり、アストレアが帰る。

 シャクティとも今後について決め、全員が部屋を後にした。ただ一人、残ったガネーシャはアストレアの話を聞いた時、頭に浮かびずっと脳内の片隅にこべりついていたことを呟く。

 

怪物(モンスター)の血を引く娘……もしや異端児(ゼノス)と何か関係が……」

 

 ガネーシャは、ダンジョンの入口であるバベルを見遣り、物思いに耽った。


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