「ハッ……!」
ルシアは突如起きた。
危機察知の本能故だ。
最低限の回復だけして、今は寝てる場合ではないと夢に起こされた。
「……っ」
ルシアは身を起こし、同時に感じ取る。
キメラ化したジャガーノートが近くまで来ている。
奴はこの51階層に到達している。
「……」
ルシアは脱力して壁に背中を預けた。
ため息をついて虚ろな目で地面を眺める。
正直、もう打つ手はない。
ここから下の階層に逃げたらジャガーノートには殺されないかもしれないが、モンスターにやられる。
ルシアがいくらステイタス以上に強くとも、今の状態ではここらの階層が限界だ。
かといってジャガーノートにも勝てない。
要するに詰みだ。
「……ここまで、ですか」
ルシアは天井を見上げる。
もはや外傷も体力も精神的にも治す手立てがない。
残す手段はこのルームで餓死することだ。
出入口はやがてジャガーノートが待機するだろう。
今か今かとルシアが出てくるのを永遠に待ち侘びるはずだ。
そうなったらもう物理的に出ることが出来ない。
出たら殺される。
だから、もうここで干からびて死ぬのを待つしかない。
その方がきっと楽な死に方だ。
「お腹ぺこぺこで死ぬより殺される方がマシか。どうせ痛みには慣れてるからなぁ」
ルシアは足をパタパタとひらつかせて呑気なことを言う。
もはや死に方を選ぶしかやることがない。
小さな体。
鱗と傷だらけの足。
装備は剥がれて竜の身体は全てさらけ出している。
ルシアは……息をつく。
そして、壁にもたれかかったまま、背中を擦りながら上体を横に倒した。
冷たい地面を全身で感じながら縮こまる。
「お腹……空いたな。ご飯食べたい。皆と、ご飯……温かくて、楽しかったぁ……」
ルシアは、いつの間にか頬を濡らしていた。
瞼の裏に眩しい光景が広がる。
【アストレア・ファミリア】で皆と食卓を囲んでいた日々。
今まで体験したことのない幸せな時間だった。
あの時間が永遠に続くだけでよかった。
それ以外必要ない。
それ以上求めない。
それだけがあれば満足できた。
そんなに難しいことだろうか。
やはり、高望みなのだろううか。
この身体は……そんな幸せすら掴んじゃいけないのだろうか。
「ふふっ。ライラさん、ダメですよ。リューさんのおやつつまみ食いしちゃ……」
ルシアは虚ろな目で遂に幻覚を見始めた。
こうしている間にもジャガーノートが近づいてるのがわかる。
それでも、ルシアは。
眠ることを……選んだ。
「……」
ゆっくりと瞼を閉じる。
幸せな夢の世界へ。
今までは、そんな夢すら見れなかった。
知らなかったからだ。
でも、今は幸せを知っている。
あの温もりが……ルシアの最期をきっと彩ってくれる。
あぁ。
こうして死ねるなら、夢を叶えたと言ってもいいかもしれない。
大切な仲間と。
友達と。
それが出来て、想い出を抱いて逝けるなら昔より遥かにいい。
きっとこれが―――『幸せ』なんだ。
みんなを守れた。
これ以上はない、と。
諦めて……眠ろう。
『ルシア』
「……っ!」
イヤだ!とルシアは飛び起きた。
私の名前を呼ぶ声を知った。
皆の声を知った。
もう知ってしまった。
もう知らなかった頃には戻れない。
味わってしまったら欲望は止められない。
もっと欲しい。
もっと求めたい。
まだまだ満足できない。
こんなところで……!死ねるか……!
「まだ……まだ、何か打つ手があるはず……!」
ルシアは徐々に顔を上げて、考えを巡らせる。
その時。
「……っ!」
ルシアは自身の手にずっと握っていた魔石を、手を広げて見下ろす。
今、ルシアが持っている物はこれだけ。
ペンドラゴンも上に置いてきた。
装備もアイテムも何も持っていない。
それでも、今、この手に魔石はある。
「……っ」
ルシアは、考えが過ぎってすぐに嫌な顔をする。
凄く抵抗があることだ。
確かに今、冒険者としてのルシアは絶体絶命かもしれない。
だからといってモンスターになり切るなんて、彼女のこれまでの軌跡を辿れば拒否反応があるのは当たり前。
だが。
それでも。
生きて、また、皆に。
―――"会いたい"。
「……っ!」
ルシアは、生まれて初めて魔石を口に運んだ。
噛まずにそのままゴクリと喉を通す。
「はぁ……!はぁ……!」
皆の顔を胸に。
ルシアは息が荒くなりながら、四つん這いで地面に顔を伏せる。
そして。
「うっ!?う、うおおおおお!?うおおおおおオオオオオォォォー!!』
ルシアは、力強く立ち上がり、咆哮した!
血流が脈動を起こした直後。
傷が全回復した!
体力が戻った!
なにより、肉体が膨れ上がる。
力が無限に湧いてくる!
気持ちが昂る。
魂が燃える!
これが……!!
【強化種】の力ッッ!!
「オオオオオォォォー!竜人形態 モード飛竜!!」
ルシアはルームから飛び出す。
すると。
ジャガーノートが通路の奥まで来ていた。
「――――――ッ!?」
「ハッ。目玉くらいやがって、このじゃが丸野郎が。いくぜ!【グライダー】!」
まさかルシアの方から出てくるとは思っていなかったジャガーノート。
そんなジャガーノートにルシアは閃光一閃を食らわせる。
ジャガーノートを通過するルシア。
その高速から時差で強風がジャガーノートを襲い、穿たれた顔面を起点に通路を吹き飛び、屈んだルシアを超えた。
ルシアの前方にジャガーノートが地面に叩きつけられる!
「―――――――――ッ!」
「上にいた時からよぉ……ずっとうるせぇんだよ!!テメェはよぉ!!」
鳴きながら身を起こそうとするジャガーノートにルシアは駆けて拳を構える。
「竜人形態 モード岩石竜!【グランドインパクト】!!」
「――――――ッ!?」
倒れ伏せたジャガーノートに追い討ちの突きを仕掛けると、鳴き喚いて壁に突っ込んだ。
土埃が上がる。
「――――――!!」
「……!」
ジャガーノートはすぐに土埃の中から飛び出して、ルシアに突っ込んでくる。
しかし、その瞬間。
「オオオオオォォォー!」
「――――――!?」
「……っ!」
ヴァルガングドラゴンの狙撃だ。
ジャガーノートとルシアの間合いを貫いて、縦穴ができる。
ルシアは……その縦穴を見て、閃いた。
「先に行くぜ。あばよ」
「――――――!」
ジャガーノートを置いて、ルシアは瞬時に判断して縦穴に飛び込んだ。
そして、そのまま降下していく。
そこにまた爆炎がせりあがってくるが。
「サラマンドレア・ブレス!」
ルシアは自身の炎で相殺した。
そして、そのまま炎を掻い潜って52階層へと姿を現す。
「悪ぃな。こっちは腹ぺこなんだ。全員平らげさせてもらうぜ!!」
「オオオオオォォォー!」
52階層に着地したルシアは、すぐに獲物に目を配らせる。
大量のヴァルガングドラゴン。
その胸には魔石が腐るほどある。
ルシアは舌なめずりした。
「いくぜ!【グライダー】!」
「……!?」
まずは一体。
討伐した。
そして、降ってきた魔石をキャッチする。
そのまま口に含んだ。
「……っ!!」
ルシアはまた足を開き、膝を折り、力む。
筋力が増幅するのがわかる。
また強くなった!
「……もっと食わせろ。こっちは腹減ってんだ」
ルシアは口角を上げて、口元をぬぐった。