それは、大雨の日だった。
【アストレア・ファミリア】が生還し、本拠へ帰ってきたのが半月前。
輝夜達からジャガーノートのこと、ルシアが
暫くして時間差でアリーゼは片腕を補強しながら戻ってきた。
しかし。
ルシアは。
戻ってこない。
彼女の消失からは1ヶ月が経った。
【アストレア・ファミリア】はルシアの捜索に何度もダンジョン散策を行っており、ギルドに依頼も出している。
今日も彼女達は出払っている。
大雨の中、1人留守番をするアストレアは何をするでもなく椅子に座り、時間を過ごしていた。
「ルシア……」
頭を抱えるアストレア。
かと思えば窓の外を除いて子供達がルシアを連れ帰ってないか何度も確認する。
子供達は帰ってきた。
けれど、まだ1人。
ルシアが帰っていない。
ずっと。
それが気が気でない。
彼女はなりふり構わずロキやフレイヤにも相談した。
けれど、2人とも眷属が捜索に協力してくれると言ってくれるのが関の山だ。
フレイヤにすら同情された。
アストレアは精神的に参っていて、深刻な顔をしていたからだ。
もう何も手につかない。
ルシアが心配で仕方ないのだ。
「ルシア……」
アストレアはまた窓の外を覗いて呟く。
すると。
「アストレア様」
「……っ!?!?」
突如、待ち望んでいた声が背後からした。
アストレアは慌てて振り返る。
そこにはルシアの姿が。
「ルシア……!貴女、帰って……っ!」
アストレアは言いかけて止まった。
何かルシアの様子がおかしい。
深くローブを被って、表情もよく見えない。
それに。
彼女からは……【
「……っ!」
アストレアは、口元を手で覆い後ずさった。
ルシアはそんな子ではない。
わかっているはずなのに。
正義を司る自身の力が警報を鳴らしている。
今、目の前にいるルシアは危険な悪で、迂闊に近付けば殺生も厭わないと。
「ルシア……貴女、何が……っ。あったの……?」
「流石アストレア様。わかりますか」
ルシアはフードを脱いだ。
すると、彼女の瞳は金色に煌めいている。
「貴女、それ千里眼……!」
「はい。Lv.7相当に至ったからか、多少は使えるようになりました。例えば能力を限定的に使用するなど」
ルシアは都市を見透すことができる。
見れないところもあるが……迷宮に繋がる人工の通路があることくらいは見抜けた。
「アストレア様。私は、帰ってきた訳ではありません。アストレア様と交渉しにきました」
「こ、交渉……?」
アストレアが聞き返すと、ルシアはこくりと静かに頷く。
そして。
「アストレア様。私はこれからグウィネヴィア様の眷属になります。なので、【
「……!?」
アストレアは瞠目する。
驚愕の一言だ。
「ど、どうして……!グウィネヴィア……?なぜ!?」
「予言が出ました。【アストレア・ファミリア】はダンジョンにて滅びます。そして、私が近くにいたら滅びの時は早まります」
「なっ……」
言葉を失うアストレア。
それでも、予言が出たらもうどうしようもない。
ルシアは畳み掛ける。
「なので、【アストレア・ファミリア】を救う為に派閥を抜けてグウィネヴィア様と交渉し、リョーカさんの力を借りて迷宮完全攻略を果たします」
「その為に、【
「はい」
「ルシア、それは……」
【アストレア・ファミリア】に所属したままではできないの?と言いかけて止まる。
もし、同じ紋章を背負っているだけでも近くにいる判定になるなら、迂闊には言えない。
それに、ルシアはアストレアの反論を許さない。
「アストレア様」
「……っ。ルシア……。あのね、少し話を―――
「アストレア様が受領してくださらないのであれば、私は【アストレア・ファミリア】を滅ぼします」
えっ……?」
アストレアが固まる。
聞き間違えかと思った。
この子がそんなこと言うなんてありえないと。
誰よりも【アストレア・ファミリア】への想い入れが強いルシアが、ありえないと。
しかし、聞き間違いではない。
「迷宮完全攻略できれば世界を再構築し、皆を生まれ変わらせることができます。あまりその話は信じてないので最終手段ですが。【アストレア・ファミリア】ならびにアストレア様が私の【アストレア・ファミリア】救済を邪魔するのであれば―――」
ルシアは1拍置いて顔を下げ、再び上げる時には殺気がこもっていた。
「やむを得ません。その時は、
「ルシア……っ!貴女……!」
言ってる事の大半は意味がわからないが、ルシアは本気だ。
それだけはわかる。
本気で愛する者達を皆殺しにすると言っている。
正気の沙汰ではない。
今、ルシアは―――
「ルシア……!」
「選択肢は2つです。私の邪魔をせず改宗の手続きをし私に救済されるか。あるいは、私に滅ぼされるか」
―――どちらか選んでください。
ルシアのその言葉を受けて、アストレアは選択した。
選択の余地はない。
実質一択だ。
それに、ルシアに彼女達を手にかけさせたくない。
アストレアのその慈愛と正義が肯定を生んだ。
すると、【アストレア・ファミリア】の本拠にグウィネヴィアが入ってくる。
「……お気持ち、お察ししますわ。アストレア」
「グウィネヴィア……ッ!」
アストレアが酷い顔で彼女を見あげると、ルシアは荒っぽくローブを脱ぎ捨てた。
そこには裸体の彼女が。
二人の間をスタスタと歩き、仰向けにソファーに寝る。
名残惜しさなどない。
事務的で迅速な動きだ。
2人の神にさっさと血を垂らせと求めている。
「ルシア……貴女は、【正義】を……捨てたのね」
「はい」
ルシアは頷き、顔を伏せる。
簡単に肯定した彼女に、アストレアはもう何も気が起きない。
乱れた髪を垂らしたまま、動揺のままに。
これは悪夢ではないのかと目眩すら起こす中、朦朧とした意識の中、ぼんやりとグウィネヴィアと2人、血を垂らしルシアの【
数分後。
本拠を去るルシアの背中にアストレアは呼びかける。
「ルシア!この前、
「……わかりました」
ルシアはグウィネヴィアに先に行くよう伝え、振り返り残った。
そんな彼女に、アストレアは大切に包み込んできた
「貴女の二つ名は【
「……そうですか。思ってたより可愛らしい響きですね。【アストレア・ファミリア】にいる小さなエルフにならお似合いだったかもしれません」
でも、と続けてルシアはアストレアに背を向ける。
「その名を名乗ることはありません。私は【グウィネヴィア・ファミリア】の【
「ルシア……」
ルシアはそれだけ言い残してパタリと扉を閉めて、【アストレア・ファミリア】の本拠を後にした。
部屋に戻り、残ったのは。
愛していたはずの子供の名を呟き、崩れ落ち床に座り込んでしまった