『ベル、ダンジョン行くぞ』
『えっ?』
帰ってくるなり開口一番そう言ったスズネリア。
彼の様子にベルは何も言い出せず、ただ頷くことしかできなかった。
そうして、ベルとリリとスズはダンジョンへと訪れている。
「何か……誰かに見られてる気がしない?」
「そうですか?リリは何も感じませんが。ただ、この階層は静かだなとは」
「うん。モンスターが全然いないよね」
「……」
ベルとリリが不安を覚える中、スズネリアは下を向きながら2人の後ろをついていく。
その時。
『――――――ッ!!』
「……!?」
咆哮が轟いた。
ベルは、その鳴き声に覚えがある。
彼らは固まる。
そして、道の奥からは……剣を持ったミノタウロスと―――同じく剣を持ったリザードマンが現れた。
「なっ……!?」
スズネリアがリザードマンを見て、瞠目する。
同時に想起する。
―――『やはりこの子供は害でした』
聖剣を手に、にじり寄る記憶の中の
その正気ではない瞳に抉るように捉えられ、幼き頃のスズネリアは震えた。
あの時のトラウマが……スズネリアを刺激する。
「ミノタウロスに……リザードマン!?なんで9階層に、しかもリザードマンって中層のモンスターじゃ……!」
リリルカが真っ青になって訴える。
しかし、彼女が見上げるベルは動かない。
狼狽しながら、固まっている。
―――そんな彼を超えて、狼が2体のモンスターに飛びかかる。
「【
『……っ!?』
剣を振り落として、先手を打って襲いかかるスズネリア。
その斬撃はリザードマンの剣に防がれる。
『オオオオオォォォーーーー!!』
「……っるせぇな。テメェよぉ。中層の奴がここにいるなんてよぉ……誰かの差し金なのは丸わかりだろうがッッッ!!」
スズネリアのクラレンター。
その刀身が展開される。
「【
『……っ!!』
緊急時に持っていた火炎石で剣に摩擦を起こし、発火。
聖剣の火属性の力を使って横凪に払うスズネリア。
ミノタウロスとリザードマンは後ずさった。
ちなみに、火炎石は1つしか持っていない。
彼のプライドが使用を許していない。
極力使いたくないからだ。
だから、この初手の牽制だけしかない。
「誰が消しかけたか知らねえけどよ……
「ス、スズ……」
「スズネリア様!」
「……!」
仲間の声に、振り返る。
スズネリアは、その2人を目に焼きつける。
「……行け」
「えっ?」
「俺を置いて行けって言ってんだ!!一発で理解しやがれ!!ぶち殺されてぇのか!!」
『……っ!?』
鬼の形相で脅迫するスズネリア。
ベルとリリルカが目を見開く。
当然、この状況で2人を殺せるわけがない。
そんなことをしてる間にミノタウロスとリザードマンの剣にスズネリアの首は飛ばされるだろう。
それでも、その気迫は、2人を守るために―――。
「どこの誰だか知らねえが、よくぞ俺様の地雷を踏み抜いたッ!おかげで仲間を守って、死ねるぜ!!」
スズネリアは、剣を構えて2体のモンスターと対峙する。
間違いなく殺される。
適性レベルに微塵も達していない。
それでも。
動けなくなった
無力な
この命は、投げ打てるに決まってんだろうが!!
「アアッ!!」
スズネリアは、自身の頭を剣にぶつけた。
そして、顔を上げる時……彼の頭部から血が流れる。
「俺様のプライドは今殺した!!仲間を守るより大事なことなんてねえ!!」
スズネリアは叫ぶ。
ミノタウロスというおまけはよくわからないが。
そう判断した。
ならば、自分が2人を巻き込んだということになる。
その事の方がよっぽど許せない。
プライドの優先順位は決まった。
この命に変えても2人を帰す、これがスズネリアの天命となった。
「ヘスティア様!あんたの愛する眷属とッ!!ベルが大切に想うリリルカは、生きてあんたに返す!その為になら使える!」
血で赤に染まった目元。
その奥から覗く眼光。
スズネリアは―――
「借りるぜ、ヘスティア様。あんたがくれた魔法。この半年間、育ててもらった恩義をここで返す!―――【迸れ】ッ!!」
それは、超短文詠唱!!
「【ライトニング】!!」
『……!?』
スズネリアの肉体から放電され、帯電を纏ったと思ったら。
ミノタウロスとリザードマンの視界から彼は消えた。
そして、彼らの背後。
「――― 【
回り込んだスズネリアが薙ぎ払う!
『オオオオオォォォ!?』
2体のモンスターを背後から斬った。
だが、ダメージはそこまで通っていない。
速さはあっても、攻撃が軽い。
リザードマンが振り返り、剣を振るうが。
「遅せぇ!!」
『……!?』
また背後に回って今度は頭部に蹴りを入れた。
リザードマンは壁に突っ込む。
姿を現したスズネリアを狙ってミノタウロスが剣を振るうが不発。
魔法を使用したスズネリアは、光速で動くことが出来る。
その肉体はまるで消失し、一筋の頼光となる。
「オラッ!!」
『……!?』
「でぇぇりゃ!!」
『……!?』
何度も消えては不意打ちを繰り返し、時間を稼ぐスズネリア。
そんな彼の戦う姿を……ベルは。
「スズ……!」
見捨てずにいた。
スズネリアが奮闘している。
そして、死のうとしている。
仲間の命が消えゆくこの瞬間に、立ち去るなんて、彼にはできない……!
「スズ!うおおお!!」
「ベル様!いけません!!」
「……っ!?」
ベルが走り出した。
その姿を見て、戦いながらスズネリアも瞠目する。
だが、もうベルは止められない。
彼はミノタウロスに向かい、照準を合わせる。
「【ファイア・ボルト】!!」
『……っ!?オオオオォォォォ!!』
スズネリアからミノタウロスを奪って戦闘が始まる。
死地に飛び込んでしまった2人。
その光景を前に……リリルカは。
「あっ……あぁ……」
真っ青になって立ち尽くす。
このままだと2人は死んでしまう。
リリルカはそれをただ見てることしかできない。
そして、2人が死ねば……次は自分だ。
「……っ」
リリルカは、狼狽える。
周りを見渡す。
何より、2人が死ねのは嫌だ。
誰か。
そうだ。
誰か……!
「た、助け……誰か!助けを呼ばなきゃ……!」
リリルカは駆け出す。
誰でもいい。
とにかく、2人に助けを。
2人が死ね前に……!
「【迸れ】!【ライトニング】!!」
リリルカが消えていった道を一瞥して、その通路を塞ぐようにスズネリアが着地する。
そして、再び詠唱して、地を蹴る。
「くたばりやがれ!!
『オオオオォォォォ!?』
向かい来るリザードマンの懐に滑り込み、すれ違いざまに斬った。
それでも、大した傷になっていない。
それに―――。
「……っ!……っ!クソ……!」
スズネリアが肩で息をする。
彼は、
魔法は持ってるが、使って無さすぎてその消費になれていない。
体力や負傷以外で自分が消耗していくことに、
つまり、彼は魔法を使っての戦闘がなっていない。
慣れない疲労に、考える力も奪われていく。
視野も狭くなり、足元も不注意になる。
「【ライトニング】!うおっ……!?」
彼は、地を蹴り、超
そして、そのまま転ける。
その隙を―――中層級のモンスターが逃すわけがない。
『オオオオオォォォーーーー!!』
「しまっ―――」
倒れたスズネリアが見上げる景色。
一気に肉迫し、その視界に剣を振り下ろすリザードマンが映る。
終わった。
「スズッ!!」と叫ぶベルの声が聞こえる。
彼の命が間違いなく絶たれる。
その瞬間。
「―――【エーラ】」
「―――よく、頑張ったね」
2人の
「母上……っ!」
「……っ!」
スズネリアの前には、リョーカが。
ベルの前には、アイズが。
互いに、モンスターの前に立ちはだかる。
『今、助けるから』
2人は、同じ言葉を口にした。
その台詞を聞いて……情けなく蹲る2人は。
「……いかないんだ」
「えっ?」
「……母上」
「……うん」
一方は、気持ちの昂りを拳に込めて。
一方は、瞳を揺らして。
彼らは、
少なくとも、今この瞬間までは誰もがそう思っていた。
けれど、2人は決定的に違う。
それは。
「もう……アイズ・ヴァレンシュタインに助けられるわけにはいかないんだ!!」
「助けてくれ、母上……っ!」
ベルは、男だった。
スズは、子供だったのだ。
「うおおおお!!」
ミノタウロスに立ち向かっていくベル。
その一方、スズネリアを……リョーカは軽蔑した目で見下ろす。
「……スズネリア。私は、一緒に戦うつもりで言った」
「……っ!」
「でも、スズネリアはそう言うんだね」
スズネリアが顔を上げる。
そこには失望しきった想い人がいた。
彼女は、同時に、スズネリアを保護対象として見る。
判断されたのだ。
自立していない、子供だと。
「スズネリアは、冒険者になるって言った。私は止めなかった。人が戦いたいって言う分には、冒険したいっていう分には個人の自由だから口出ししない」
「……っ」
「スズネリアにとって、冒険って何?強くなるって何?私を、大切な人達を守りたいって言ってたのは……何?」
「母上、それは……!」
スズネリアは、詰まる。
ここで答えをすぐに出せない者に、戦場にいる資格はない。
「スズネリア。貴方に冒険者は無理。私に代る英雄は無理。……そんな覚悟なら
―――冒険者なんて、辞めちまえ」
「~~~~~~~~っ!!」
リョーカは彼に背を向ける。
そして、失望していた自分に驚く。
最初から、子供の戯言だと思っていた。
だから、期待なんてしないようにしていた。
なのに、結局、自分は子供にすら救って欲しいと縋っていた。
情けなくて仕方ない。
例え自身が巻き込まれただけの被害者でも。
無意識でも。
子供に救ってもらおうなんて少しでも考えていたのなら、それは大人のすることではない。
親の考え方ではない。
「……【エーラ】」
『……っ!?』
リョーカはリザードマンを瞬殺した。
そして、もう一方の戦闘を見る。
「【ファイア】……!!【ボルト】ォォォ!!」
『……っ!!』
英雄の如く冒険をやり切った少年の、最後の零距離砲撃がミノタウロスの上体を吹き飛ばした。
彼は……勝った。
まるで、英雄のような行いで。
「……」
しかし、リョーカは彼から目を逸らす。
もう誰にも期待しない。
英雄なんて、いない。
どうせ私が1番英雄なんだ。
だから、もう助けなんて求めない。
この残酷な現実を受け止めて、被害者の自分を、自分で救うしかないんだ。
最初から甘かった。
未来は、自分で切り開くしかない。
最初からそう決まってたのに、戦うのが嫌だからとうだうだ悩んでいるフリをしていた自分とは……今日でもうお別れだ。
「スズネリア、帰ろう」
「……っ」
立ったまま気絶しているベルを、悔しそうに眺めていたスズ。
そんな彼にリョーカは声をかけ、手を差し伸べる。
「母上……俺は……まだ、あいつらと」
「スズネリア。貴方に彼らといる資格はもうない」
「……っ!そ、それでも……!」
スズネリアが顔を上げる。
しかし、ベル達を見て、言葉に詰まる。
彼らと共にいる資格がないと言われてしまい、どこかで納得してしまった。
それがいけなかった。
彼は、眩しすぎる仲間から目を逸らして……本心から逃げてしまう。
「俺は……嫌だ。【グウィネヴィア・ファミリア】には帰りたくない」
「そう。【ヘスティア・ファミリア】に残りたい、じゃないんだ」
「あっ……!」
「もう終わりだよ、スズネリア。その言葉が出てきた時点で。貴方の冒険は終わり」
スズネリアの瞳が揺れる。
そして、俯く。
リョーカは、「そもそもまだ冒険できてないけど」という言葉を喉で止めて飲み込んだ。
リョーカは冒険者ではないが、冒険者が好きだから、冒険者のことは知ってる。
そんなマニアな彼女から見て、スズネリアはとても冒険者とは言えない。
ただの真似事していただけの……子供だ。
「……
「……っ!」
手を取らないスズネリアに、この理性的な判断も下せないのかと、リョーカは手を引っこめて彼を置いていく。
一人で帰路に向かった。
そんな彼女を見て。
「待って……!」
「……?」
アイズがリョーカを呼び止める。
先程まで白髪の少年のステイタスに盛り上がっていた【ロキ・ファミリア】の面々もその後ろで視線を送っていた。
「……昔から。聞きたかった。貴女は、お父さんの……何」
「……」
問われてリョーカは視線を落とす。
そして、奥のリヴェリアも聞き耳を立ててるのを一瞥する。
「……昔から、言いたかった。私は、貴女が期待してるような……存在じゃない」
「……っ!」
それだけ言い残してリョーカは去る。