本の虫はヒーローの夢を見るか   作:蘇りし本キチ

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雨読詩文:オリジン ①

彼女は本が好きでした。

公園で遊ぶより、旅行に出かけるより、『個性』をひけらかすより、(ページ)を捲っているほうがずっとずっと楽しかったのです。

 

本をこよなく愛する彼女へ両親は読みものを与えました。その多くはメルヘンチックでファンタジックな子ども向けの童話や絵本です。

彼らは良き理解者でした。子どもの興味を抑圧せずに後押ししてくれたのですから。

 

詩文(しのぶ)は本当に本が好きだなぁ」

「うん、とっても大好き!」

 

雨読 詩文(うどく しのぶ)の両親の行動、それは超人社会において当然と言えました。

彼女の『個性』は読書という行為に対して密接に結びついていたからです。

 

「おこしにつけたきび団子、一つわたしに下さいな♪」

 

淡く光る児童書を片手に口ずさみ、最後に背表紙のタイトルを高らかに読み上げます。

 

桃太郎(ももたろう!)

 

するとどうでしょう、彼女の目の前に黍団子が現れたのではありませんか。

 

詩文は一度読み通したものの力を使うことができました。

『浦島太郎』ならば玉手箱が飛び出し、『ラプンツェル』ならば髪が伸びます。

 

『個性』の影響なのでしょうか、子ども向け程度ならばスルスルと読み切ってしまう彼女。

これを伸ばさぬ手はないだろうと、両親は小説を彼女にプレゼントしました。

 

『走れメロス』から始まり『銀河鉄道の夜』、『不思議の国のアリス』と、多くの物語に触れ、詩文は数多の力を現しました。

 

両親はその時に気がつくべきでした。もしかするととっくに遅かったのかもしれませんが。

撃鉄が起こされた(個性)を子どもに持たせることがどれほど危険なことなのか。

残念なことに我が子の誇らしさ故か、彼らの目はくらんでしまっていたようです。

 

そうして矢のように季節が過ぎ去って、詩文の9歳の誕生日を迎えた時のことです。

両親からのプレゼントに詩文は大はしゃぎ。夜を徹して本を読み上げ、『個性』を使いました。

 

瞬間、彼女の視界は海に閉ざされてしまいます。

部屋はいっぱいの深い海に満たされ、彼女の両親は超高水圧に晒されました。

ほんの少しもがきましたが、たったの数秒で揺蕩うだけとなりました。

 

9歳の詩文は『個性』を自ら解く方法を知りません。

おおよそ5分の時間経過で強制解除されるまでの間、ついさきほどまで親だったものから視線を離すことができませんでした。

 

そうしてまもなく、部屋は干上がりました。

ふやけきったリビング、塩臭くなって潰れたケーキ、打ち上げられた深海魚みたいな両親。

 

子ども一人の心に癒えない傷を負わせるには十分すぎる出来事でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詩文ちゃん」

 

エプロンが目の前に迫り、笑いの張り付いた顔が降りてくる。

苦手なら無理して話しかけなくてもいいのに。

 

「先生、放っておいてください。これからはちゃんとご飯食べますから」

 

遊戯室の隅っこで膝を抱える私に養護施設の先生は困った顔をした。

困らせたいわけではなかった。だけど私が誰かに関わるのはきっと良くないことだと信じている。

もう一度に耐えられる自信なんて私にはないし。

「ごめんね」と口にした先生はしきりにこっちを気にしながら他の子のお世話に向かっていく。

それと入れ替わるようにこっちに走ってくる人間に私は思い切り顔をしかめた。

 

「ねーちゃん」

「私は君の姉ではないし、読み聞かせもしない」

「そこを何とか」

「しない。お願いだからあっちに行ってくれないか」

 

ここに入ってから時刻(ときざみ)ベルにせがまれない日はない。

冷たくあしらっても次の日にはまた絵本を持って私の前にベルは現れる。

彼をしっかり拒むことはできなかった。それは私が罪から逃げ出してしまうような気がして。

 

「何でだよー。いーじゃんか一冊くらい」

「ベル。私はね、何度も言うようだけど本が苦手なんだ」

「……へえ」

 

神妙な顔でベルは呟いた。

いつも鐘みたいに騒がしい彼にしては珍しい。

 

「あんまりにも君がしつこいから、もう一度しっかり言おう思ったんだ」

「ふぅん、そうですか」

 

なんだか気持ち悪い。

何か試されているような気がして身構えていたものの、少年はぷいとそっぽを向いて私から離れていく。

 

私は喉に詰まっていた息をたっぷり吐き出し壁に寄りかかる。

いやに疲れたと天井を見上げていると、どこからともなく声が聞こえてくる。気疲れしていた私の耳へそれはスルッと入り込んできた。

 

「どっどど どどうど どどうど どどう」

「青いくるみも────あっ」

 

つい、続けてしまった。

ぎこちなく頭を上げるとベルのしてやったりと言わんばかりに笑っている。

今日ばかりはその頬に一発くれてやりたかった。

 

「嫌いだったらさ、わざわざ覚えてないよね?」

「……可愛さ余って憎さ百倍ってやつだから」

 

いかに言葉を重ねようと反応した時点で負けは決まっていた。

結局ベルに丸め込まれてしまった私は、渋々一冊本を読み聞かせることになる。

 

 

タイトルは──『銀河鉄道の夜』。

 

 




雨読 詩文(うどく しのぶ)
→オリ主ちゃん。黒髪ストレート文学少女。本が本当に大好きでした。
読み物に由来した力を発揮する『個性』を授かり、齢九歳にして両親をミンチよりひどいことにしてしまう。ちなみにプレゼントされたのは『海底二万里』です。
こういう悲しい事故も超人社会ならあるかも……ないかも……。

時刻(ときざみ)ベル
→苗字上手くできた気がするけど多分先駆者様はいる。
本が好き。

どっどど どどうど
→風の又三郎。青空文庫で読めます。
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