本の虫はヒーローの夢を見るか   作:蘇りし本キチ

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雨読詩文:オリジン ②

「なあ、『ほんとうのさいわい』って何?」

 

藪から棒に、ではない。

雨読詩文(うどくしのぶ)による『銀河鉄道の夜』の朗読が幕を閉じたところで難しい顔をした時刻(ときざみ)ベルが首を捻った。

 

『銀河鉄道の夜』は少年ジョバンニが授業で恥ずかしい思いをする場面から始まる。

朝も夕も仕事に身を置く苦学生ジョバンニは世間からは浮いた存在で、級友も仕事先の仲間も彼を冷笑するが、友人のカムパネルラだけはその例に洩れた。

 

孤独を抱えるジョバンニは町外れの野原からやってきた銀河鉄道へ乗り込み、同じく乗車していたカムパネルラと共に銀河旅行へ出発する。

彼らは旅の途中で出会いと別れを繰り返す。発掘する大学士、狐の鳥捕り、半神の燈台守、そして悲劇の乗船客の少女からまことのみんなの幸いのために燃え続ける蠍の話を聞いた。

 

ジョバンニは蠍の話に『みんなの幸いのためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない』と言うほど甚く感動する。

カムパネルラと共にみんなの幸いのためどこまでも行こうと言葉を交わすが、無二の親友の姿は銀河鉄道から姿を消してしまった。

 

そうして銀河鉄道から目覚めたジョバンニはカムパネルラが命と引き換えに友を助けたことを伝えられる。

 

 

大筋はこのようなところである。

文中では時折『みんなの幸い』『ほんとうの幸い』という文字列が疑問を提起する形で登場していたが、作中でそれらについての明確な答えには触れられていない。

ベルはそこに違和感を覚えたのだろうと詩文は心中結論付け、「これは自論だけど」と前置きしてから口を開いた。

 

「きっとそれを考え続けることだと私は思うよ。幸いとはなんだろう、と」

 

全く、私が言えた台詞じゃないけれど。

喉まで出かかった言葉を詩文は一生懸命飲み込んだ。

 

「考える?」

「そ。色々『幸い』の例が出てきたけど、それが何かなんて人によって違う。だから、そう、ずっと考えるしかない」

 

自分はそう在れていない。

こうして偉そうに講釈をベルに垂れているくせに、その一割さえ自分は実践できていないのに、ペラペラと語って聞かせている。

 

「考えに考え抜いた跡が、きっと『幸い』に……」

 

詩文は言葉を止める。ベルは黙って続きを待った。

気の迷いか、はたまたそうすべきと思ったのか、重苦しく閉じた口をゆっくり開く。

 

「なあ、ベル。私に本を読む資格はないんだ」

「どうして?」

「私の『個性()』が、両親を殺したからだ」

 

詩文の頭は下を向く。

水滴が幾つか床へ散らばった。

 

「本は好きだよ。大好きだ。でも今の私にとって本はナイフと同じ。だから読まない。もう二度とあんなことをしたくないから、誰かの『幸い』を潰したくないから」

 

読書がそのまま『個性()』に繋がる。

それは彼女の『個性』の利点であり、彼女にとっての恐怖を掻き立てるものだった。

読めば読むほど力が身についていくのは、親を殺してしまった詩文にとってただただ恐ろしいだけなのだ。

 

「ねーちゃん、失くしたら辛い?」

「……とても辛いよ、本当に。今でも夢に見る」

「他の人がそんな目にあうのは嫌?」

「当たり前だ。私と同じ思いなんてして欲しくない」

 

ベルの視線は張り紙に注がれていた。

筋骨隆々のヒーローがプリントされた広報のチラシだ。

 

「……ずっと考えてたんだ。苦しそうなねーちゃんをどうにかできないかって。それで、今やっと思いついた」

「例えば、もしさ。ねーちゃんが失うより多く、ねーちゃんの『個性』で誰かを助けられたら、それを『幸い』って言えないかな」

 

詩文はベルの言葉を馬鹿らしいとは言えなかった。

それが子どもの屁理屈だとしても、考える足を止めて、何もせずに拒んでいた自分よりも、彼は余程『幸い』を体現していた。

 

「人はそれ贖罪(しょくざい)と言うんだよ、ベル」

 

自分はそんなことすら考えられなかったのか。

詩文は苦笑した。まさか歳下に気が付かされるなんて思ってもみなかった。

 

 

この日、雨読詩文の始発点(オリジン)は決定した。

 

 

失う痛みを知るからこそ、誰かの『幸い』を守るために。

そして、自らの罪を贖うために。

 

彼女は──ヒーローの夢を見る。

 




次回、雄英入学試験。
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