本の虫はヒーローの夢を見るか   作:蘇りし本キチ

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入学試験

今日この日に辿り着くまでの毎日は随分と早く過ぎ去っていった。

目標を定めてからの時間は光陰矢の如し。数年前が昨日のように感じられる。

 

初めはおっかなびっくり本を読み、細心の注意を払って個性を扱った。

私には最悪の前科がついて回っている。殊更慎重に反復し、よく学んだ……と思う。

 

私が他より優位に立てるのは切れる手札が多いこと。

それを今日の本番で上手く発揮できるかは神のみぞ知るといったところだけど、自分を信じてやってやるしかない。

 

周りには多くの受験者、そして正面には雲を衝くような巨大ゲート。

数学Ⅱで大敗を喫した筆記試験を終えた私は実技試験会場の入口で他の参加者と共に試験開始の合図を今か今かと心待ちにしていた。

 

各々『個性』のチャージをしたり、効き具合を試したりしている。

みんな自信に溢れた顔をしていた。

そんな空気に気圧されそうになるものの、スウと深呼吸をして自分をリラックスさせるように努める。

 

(大丈夫。こっちも他の人にも引けを取らないくらい頑張ってきた)

 

私はおもむろに正面に手を伸ばす。すると、眼前に自分の身長と同じくらいの本棚が姿を現した。

びっしりと隙間なく詰められた本は私にとって努力の結晶である。

 

「えーとカ行カ行……あった」

 

目当ての本を抜き取ると、綻びのできた本棚は光の粒子と共に消失する。

バクバクする自分の心臓を宥めるように、私は一節を口にする。

緊張を吹き飛ばすように仰々しい仕草で、片手に開いたそれを携えて。

 

「──どっどど どどうど どどうど どどう」

 

『風の又三郎』

 

ぱたり、本は閉じられた。

すると決壊したダムのように本から活字の群れが溢れ出す。

光を帯びた文字の奔流、それらが身体にぴっとり巻き付いて中へ吸収された。

 

吐き出し終えた本の消失と同時、私は透明な風袋を背負っていた。風神雷神図屏風の風神が持っているアレだ。

袋の口を開くとどうどう音を立てて空気を吸い込んでいき、程なくして充填は完了する。

 

「よしっ」

 

その終了を合図としたのか、気の抜けたスタートがスピーカーから告げられた。

周囲の受験生が我先に入口へと詰めかける光景を視界に収め、予定通りとほくそ笑んだ私は風袋の中身を()()する。

 

──瞬間、暴風と共に私の身体は宙を舞った。

 

 

 

 

詩文の身体は三半規管が悲鳴をあげるレベルの回転を加えられ、受験者の頭上を飛び越え先頭へ踊り出た。

このまま墜落すれば確実にミンチだが、彼女の風袋はそれを許さない。

噴射で段階的に速度を落としつつ、そよ風のように詩文を着地させた。

 

「ぅうぉおえぇぇ……」

 

意識が吹き飛びそうになるのを歯を食いしばって堪えた彼女は中央一番乗りのアドバンテージを活かす手札を切った。

再び現れた本棚より書籍を素早く拝借。開いて一節、言葉を紡ぐ。

次は厚さが目立つ、さながら辞書のような(ページ)数だ。

 

「──law of universal gravitation(万有引力)

 

Principia(プリンピキア)

 

彼女の手中にラテン語と数式が渦を巻き、一つの真っ赤な林檎が握られる。

 

Principia(プリンピキア)』、またの名を『自然哲学の数学的諸原理』。著者はアイザック・ニュートン。彼の名を冠する力学体系についての解説書だ

 

正面にはスタートダッシュを決めた詩文に対し、敵意マシマシにプログラムされた絡繰たちが教育上よろしくない単語を垂れ流していた。

最も、対(ヴィラン)の専門家たるヒーローを教育しようというのだから、通常のそれとはワケが違うが。

 

「あー、ロボット工学三原則をご存知でない?」

「標的捕捉、ブッコロス!」

 

仮想(ヴィラン)として製造された彼らに古典的原則は存在しなかった。

襲い来る機械人形たちの頭上へ詩文は大きく振りかぶって林檎を投擲する。

 

放物線を描く果物を脅威と認識しなかったのか、それを無視して突き進んだ1Pたちは突如として地面に倒れ伏す。

地に縫い付けられてなお加えられる()()に脆いボディは限界を迎え、数秒で物言わぬ鉄屑へと成り下がった。

 

「よし次」

 

役目を終え数式となって解ける林檎を他所に、詩文は次なる力へ手を伸ばす。

 

「──そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう」

 

『檸檬』

 

林檎の次に握られた果物は檸檬(レモン)だ。

黄色の中からはチキチキチキと時を刻む音が聞こえてくる。

 

「芸がないような気がするけど!」

 

再び果物を投擲する。

ほんの少し前に一度潰された仲間たちを赤く輝くカメラアイに収めている仮想(ヴィラン)はもちろん警戒する。また果物から重力が投射されるのではないかと。

警戒から即座に果物の排除にかかったが、詩文の思うつぼだ。

 

射程から逃れた詩文は右手で点火スイッチを押すようにジェスチャー。

その合図と共に黄色の閃光が迸った。

 

檸檬爆弾(レモネード)発破(ファイア)ッ!」

 

カッと鮮やかな光条を走らせた檸檬は花火のような爆発を引き起こす。

檸檬を象った爆炎はさながら芸術のようであった。

 

 

 

 

試験も終盤に差し掛かり、受験生たちにも疲労の色が見え始めている。

それは詩文も例外ではない。ビルの影で上がった息を整え、次の書物を選定していた。

 

「『狂気山脈』はダメ。『リヴァイアサン』もちょっと違う。『種の起源』、『宇宙戦争』……うーん」

 

どこかのロボットのようにあれでもないこれでもないを続けている最中、それは現れた。

試験の説明で最後に付け加えられた“ギミック”。0P、倒したところで得点に加算されない町を破壊する仮想(ヴィラン)

ビルとほとんど同じ背丈をした圧倒的な脅威が、ジロリと挑戦者たちを睥睨した。

 

「──ばらのはな さきてはちりぬ おさなごエス やがてあおがん」

 

ここで背を向けて誰にヒーローを名乗れよう。

拳を振り下ろす仮想(ヴィラン)に詩文は真っ向から勝負を挑む。

 

『雪の女王』

 

詩文の足が接地していた地面から風雪が勢いよく舞い上がる。

ロボットに付着した雪は根を張るように氷塊を生み出し、手足の駆動部を凍結させていく。

 

0Pの動きは散漫になっている。しかしその全てを押しとどめることはできなかった。

軋みをあげながら強引にボディを前進させ、更なる破壊を成さんと進軍を試みている。

 

詩文は鉄塊の(ヴィラン)を前に本棚を呼び出し、ある本に指をかけた。

躊躇の間にも理不尽は動き始めている。

 

「……仕方ない」

 

()()()を引き出そうとしたが、それが使われることはなかった。

 

「終〜〜〜〜了〜〜〜〜〜!!」

 

放送が響く。仮想敵たちの機能が停止する。

雄英高校の実技試験はここでタイムアップ。

 

「……倒せなかったなぁ」

 

風雪が振る中でカメラアイの光を失った鉄塊を見上げて詩文は悔しそうに呟いた。

 




『作品タイトル』:詠唱
→それにより発動する能力

以下、今回のおしながき。

『風の又三郎』:どっどど どどうど どどうど どどう
→風神の風袋による強力な大気放出。

Principia(プリンピキア)』︰law of universal gravitation(万有引力)
→出現した林檎を起点とした重力場の展開。

『檸檬』︰そうしたらあの気詰まりな丸善も粉葉(こっぱ)みじんだろう
→遠隔起爆が可能な檸檬型爆弾の出現。

『雪の女王』︰ばらのはな さきてはちりぬ おさなごエス やがてあおがん
→吹雪による凍結攻撃。
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