「オロオロ」
果たして開幕当初からゲロから始まる物語などあろうか。これがあるんだな。
口端についた吐瀉物をトイレットペーパーで拭き取り、便器から顔を上げる。トイレットペーパーで拭くなんて汚いとか一瞬考えるも便器に向かってこんにちはしてる時点で汚いも何もなかった。
ゲロを吐くというミッションを終えたのでトイレから出ようとするも身体は頑なにそれを拒む。
仕方なしに便器に蓋をし座った。これが便所飯か――とかと現実逃避。ちなみに、今は別に昼時ではない。
あちらの世界を彷徨い一息ついたところで今後の展開を考える。
このままトイレに篭っていたところで事態は一向に良くならない。さほど悪くなるとも思えないが。
今は始業前の僅かな時間であり、あまり猶予はない。しかし、考えども答は出ない。というよりも答なんてないだろう。
――キーンコーンカーンコーン
ホームルーム5分前を告げるチャイムの鐘がなる。
自分は学生であり、ホームルームの時間に教室にいなければ遅刻となってしまう。正直遅刻なんてどうでもいいが、このままでは“奴ら”が来てしまう。
どうしようどうしよう。あっ、そうだ。
「そうだ、お家に帰ろう」
「帰るな!」
「出たぁぁぁ!」
だがしかし一歩遅かった。来てしまったのだ――最強最悪の“奴ら”が。
■
さて、今更だがここに至るまでの状況をおさらいしよう。
誰に言ってるかって? そりゃ決まってる。
自分は某県海鳴市にある私立聖祥大学附属小学校3年1組の学生である。中肉中背、勉学平凡、スポーツ平凡で陰日向に咲くを地で行きたいナイスガイである。地で行きたいである。
そんな平々凡々を夢見て生きている自分であるが、一つ人とは変わった生い立ちがある。
自分は異世界人である。ある日目覚めたら知らない天井だった。しかも子どもの姿になるおまけ付きである。
しかしこれだけならまだ良かった。なぜならこの世界はゲーム・アニメの世界だからである。
別に頭がおかしくなったわけではない。異世界に来た時点でおかしくなってるだけだ。
異世界に来た当初は不安でいっぱいであったが、今までの記憶を持ち子どもからやり直せるということにそれなりに期待があったのだ。
しかしそれは異世界に来て一ヶ月足らずで打ち破られる。
知らない天井の家や異世界での自分の立場などある程度調べ終え、一応この世界に認知されていることを確認した自分は少しの安堵と期待を持ちならが外へ繰り出した。
そして出会った。――魔法少女リリカルなのはの主人公である、高町なのはと。
もしここで彼女と出会わなければ、自分の異世界生活ももう少しまともなものであっただろうか。いや、そもそも海鳴市ということと、通っている学校が聖祥大学附属という時点でお察しだろう。
ともかく、この世界が魔法少女リリカなのはという世界だと気づいた瞬間、自分の心は崩壊した。
■
「あんた、いつまでトイレに篭ってるのよ。ホームルームが始まるわよ」
「持病の腹痛がいたた。先生には自分は早退すると伝えてください」
今日の学校は始まってすらいない。
トイレに座り、考える人の姿勢を取る。さぁどうする自分。どうにもならない。
「持病の腹痛とか意味がわからないんだけど。いつも同じこと言ってるじゃない」
「今回は本当に痛いんです、信じて下さいバニングスさん」
そう、何故か女なのに男子トイレに侵入してくる荒くれの名前を呼び、冷や汗を流す。
アリサ・バニングス。知っての通り、高町なのはの友人である大企業経営者の子女。パツキン。田舎ではないとはいえ、なぜ海鳴市に住んでるのやら。
「ふーん、そんなに痛いなら救急車呼ぶわよ」
こちらが嘘を付いているという確信からカマをかけ出す。もはやオオカミ少年状態だ。実際に嘘だけど。いや、ちょっとだけ、ちょっぴりだけ痛い。主に扉越しにいる誰かのせいで。
「救急車を呼ぶほどじゃないかなー。大丈夫ですって、ちゃんとホームルームが始まる前には行きますから」
嘘です。お家帰ります。
「あんた今さっき早退するとか言ってなかったっけ。いいから早く出てきなさいよ」
「そうだったけかなー、空耳じゃないですか?」
カランカランと拭くものも無いのにトイレットペーパーを回す。
トイレはいってますよー、用足てますよーと虚しくアピールをする。
「意味もなくトイレットペーパーを使わない! ほら、はやく」
カシャンと扉が開き、バニングスがこちらへ手を差し出す。
一応トイレにいたんだから、そんな自分に手を差し出すのは女の子としてどうなのよ、女の子じゃなくてもどうなよと考え――扉開いたぁぁぁ! なんで開いたし! !開いたし
「ホームルーム始まっちゃうよ?」
小首を傾げ可愛らしく言う彼女。バニングスではない。月村すずか。同じく高町なのはの友人であり、彼女もまた社長令嬢。バニングスとは違ったタイプのお嬢様である。なのに、また女か! ここは男子トイレですよ!
というかあなたの仕業ですか。扉を飛び越えて入ってくるなんて人間業ではないですね。
「ん?」
非難の目を向けるも、まるで自分は悪くない、悪気なんて全くないという透き通った純粋すぎる目で返された。
「ほら、行くわよー」
バニングスに手を取られ、城より引きずりだされる。アー!
バニングスは勉学も学力も優秀であり、一般的に男よりも成長が早い女であるが、だからといって自分が彼女に力で負ける道理などない。これが月村であれば、謎のパワーでどうにかされてしまうかもしれない。
しかし手を取り引きずっているのはバニングス。
「ちゃんと歩きなさいよ、もー」
バニングスはまるで手がかかる子どもを相手にするかのような声をあげる。
月村はバニングスと自分を見ながら微笑む。かわいい。
そして自分はというと。
「――」
もの言わぬ屍と化し、顔を真っ青にして震えていた。
■
バニングスによって教室へと連行された自分の机へと座る。ちなみに窓側の最後尾。いわゆる主人公席。いえーい。
「大丈夫?」
着席する前に誰かに話しかけられたような気がするが、気のせいだろう。
ホームルームがもう少しで始まるということでバニングスと月村と別れたので少しばかり安堵する。
しかしバニングスに掴まれた手は未だに震えており、これが俺の力……! 収まれ! とかと邪気眼ごっこする。
そんなことをしているとバニングスと目が合う。
「ッ」
バニングスの席は同じ列にあり、比較的近い。そのためバニングスの挙動はぼーっとしてても目に入ってくる。何やら自分を見ていたのか後ろを向いており、目が合うとさっと前を向いた。
これが絶望か、とか黄昏れているとホームルームを告げるチャイムが鳴り、ほぼ同時に教師がやってくる。
おはようの挨拶から始まり、出席の確認が始まった。点呼された生徒は返事するが、これは時間がかかる。まぁ、そのためか毎日やるわけではないけど。気分か。
しかし、アニメの世界の住人と机を並べて勉強をするなど、おかしな話である。世には転生だとか憑依だとかを題材にした作品が溢れまくっているらしい。そして持ち前の知識を活かしてメインキャラクター達との交流を図るが大抵だ。そりゃそうだ。じゃなきゃ物語始まらないし、かわいいし、オリキャラ面倒だし、かわいいし。
しかし実際に自分がその立場になったとしてそう行動できるだろうか。
まぁ、そこは正直人によるだろう。だから、自分がそうでなくとも全くおかしくはない。
そもそも自分はこの世界に来る過程でトラックにも神様らしきものにも出会ってない。目が覚めたら知らない天井である。
最初は夢を見ているのかと思ったが、こんな意識がはっきりしている夢なんてない。薬かなんかで幻覚の世界にいるだとか、胡蝶の夢だとか、怪しいヘッドギアを付けられて電脳世界にいるだとか、世界5分前仮説だとか適当に妄想してた。
そんなことを考えながら高町なのはと出会った。異世界人とのファースト・コンタクトである。そして気づく。ここがアニメ・ゲームの世界だと。それにより確信した。この異世界旅行は何者かによる意図的な行動によるものだと。
だからこう思うのだ。
そんなことができるやつがいるのなら、そいつは今何をしているのかと。
だからこう思うのだ。
もし自分がそいつの立場なら、観察でもしているのだろうなと。
だからこう思うのだ。
「――ディオ・ブランドーさん」
きさま! 見ているなッ! とね。